« ■節子への挽歌2806:人は常に自らとしか話していないのかもしれません | トップページ | ■節子への挽歌2808:目のない話 »

2015/05/29

■節子への挽歌2807:輝いている人に会いました

節子
昨日は川口市の国際箸会館の集まりに行ってきました。
そこで、実に幸せそうな人に会いました。
長野県の篠ノ井にある児童養護施設円福寺愛育園の藤本光世さんです。
コミーの小宮山さんからは何回もお話をお聞きしていて、いつかお会いしたいと思っていました。
面識はなかったのですが、会場に言った途端に、ああたぶんこの人が藤本さんだなとわかりました。
輝いていたからです。
頭も輝いていましたが、全身からなにか明るさと元気が出ていたのです。
人は、こうでなくてはいけないと思いました。
最近の私は、たぶんその反対にいるからです。

集まりの後、交流会がありました。
そこで、藤本さんに声をかけさせてもらいました。
そして、幸せですね、と会った途端に不躾にも言ってしまいました。
さすがにそれだけでは伝わらないと思い、子どもたちはみんな純ですからと付け加えました。
藤本さんはすぐに反応してくれました。
現場で子どもたちときちんと付き合っていることが、痛いほど伝わってきました。
現場で、本当の仕事をしている人は輝いています。
最近は私は、そういう場を失ってきています。

昨日は主催者の小宮山さんも輝いていました。
私はいささか疲労気味で、存在感さえ薄かったと思いますが、いろんな人に久しぶりにお会いできました。
途中、交流会を抜けだし、近くにある小宮山さんの会社に気になっていた人がいたので、会いに行きました。
元気そうでした。
私が考えていたことは、会った途端に吹っ飛びました。
彼もまた現場を持っているからだなと気がつきました。

節子は小宮山さんをよく知っています。
こんな経営者がいるのかと節子の世界を広げてくれた人です。
以前は湯島にもいろんな社長が来ました。
節子が好きになれなかった社長は、どこか共通点がありました。
その直感は、私にはとてもよくわかりました。

藤本さんのように、輝かなければいけません。
「純な目」を失わずに、嘘をついてはいけないのです。

|

« ■節子への挽歌2806:人は常に自らとしか話していないのかもしれません | トップページ | ■節子への挽歌2808:目のない話 »

妻への挽歌15」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌2807:輝いている人に会いました:

« ■節子への挽歌2806:人は常に自らとしか話していないのかもしれません | トップページ | ■節子への挽歌2808:目のない話 »