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2015/05/27

■節子への挽歌2805:節子は決して「これはいい考えだ」に賛成しませんでした

節子
前にも書きましたが、ふと「これはいい考えだ」と思うことがあります。
大体において、そういう時は、あまりいい考えではなくて、後悔することが多いのですが、今日もそれをやってしまいました。

3時から飯田橋である集まりがありました。
その1時間前に湯島で時間ができたのですが、ぼーっと外を見ているうちに、そうだ、自転車で飯田橋まで行こうと思いついたのです。
普段はカジュアルな服装で湯島に来ていますが、今日はその後、お茶の水のビジネススクールで講義を約束していましたので、暑い中を背広で来ていたのを忘れていました。
湯島には小さな折りたたみ自転車があります。
変速ギアなどついていないので、結構疲れる自転車です。
出かける時に一瞬迷ったのですが、まあ気分転換にもなるしと思ったので決行してしまいました。
さて、それからが大変でした。
走り出してから15分も立たないうちに後悔しました。
あまりにも暑いのです。
その上、地図をきちんと頭に入れてこなかったので、途中で迷子になってしまったのです。
先日も千駄木で迷子になって大変でしたが、今日は広域での迷子なのでさらに大変でした。

ちなみにこの自転車はベランダに置いているので、汚いうえに、私がタイヤのパンクを粗雑にセメダインで直したので、もう廃棄されている自転車より汚いのです。
そのため一度、交番に道を訊きに寄ったら、乗り捨ての自転車を盗んだのではないかと疑われたこともあります。
ホームレスの人に間違えられたのでしょうか。
まあ、ムッとしますが、そういう雰囲気をつくったのは私でしょうから仕方がありません。
身だしなみには私はほとんど無頓着ですから。
それ以来、道に迷っても交番には寄らないことにしています。

それにしてもなぜか老人が小さな汚い自転車で、よろよろと都心を走っているのは不思議な光景でしょうね。
さすがに、暑いので背広の上着は脱いで出かけましたが、自動車は迷惑したことでしょう。
それにかなり疲れてしまい、その後の講義は大変でした。
栄養ドリンク剤を飲んで、なんとか3時間、話しました。

決して、「いい考え」ではなかったのです。
ちなみに、節子は、結婚後、数年してからは、私の「これはいい考えだ」に決して賛成しませんでした。
きっと私より先に、学んだのでしょう。
間違いは人を賢くさせるものです。
私も少し賢くなりました。
はい。

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