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2015/06/18

■「70年の不戦」その1:この70年間は「不戦」だったのか

6月13日に「70年の不戦」をテーマにしたカフェサロンを開催しました。
その簡単な報告はすでに書きましたが、そこで話題になったことや気づいたことなどを、何回かに分けて書こうと思います。

一番、大きなテーマは、この70年の日本が本当に「不戦」だったのかどうかということです。
残念ながら、今回のサロンでは、これは大きな論点にはなりませんでした。
しかし、この70年、日本人は「戦争」という状況に中で、「人を殺すこと」も「殺されること」も体験していませんから、日本人は「不戦」状況を享受したと言ってもいいでしょう。
問題は、果たしてそれが、世界の平和に寄与したかどうか、あるいはそれが新しい世界のモデルになったかどうかです。
それは、不戦サロンの第2回に期待したいと思います。

サロンの後半で、私は次のような発言をしました。 日本が世界の戦争に直接的に巻き込まれなかったのは憲法9条のおかげであるが、しかし同時に、日米安保条約のおかげかもしれない。 そして、日米同盟という枠組みで考えれば、日本は戦争に加担してきたとも言えるのではないか。 朝鮮戦争もベトナム戦争も、イラクも、沖縄の米軍基地から爆撃機は飛び立ったことを考えれば、攻撃された相手から見れば、日本が戦争に加担していなかったとは思わないかもしれない。 日本は、米軍の戦争を経済的に支えるための、工場であり、基地であっただけであり、「不戦」を享受したのは日本人だけの感覚ではないのか。 しかし、日本人が誰も「戦場において殺されずに、また人を殺なかった」という事実は、大きな意味を持っているのではないか。 その「不戦の体験」は、世界に発信する価値があるのではないか。

日本人は「戦争の被害者」という意識が強く、自らが「戦争の加害者」だったという意識が弱いということが、最近、よく言われます。
この意識構造は、いまの不戦の70年の受け止め方にもつながっています。
日本には確かに戦争はなく、その「平和」を享受してきました。
しかし、それは他国の「平和」を犠牲にしていたのかもしれません。
朝鮮戦争で日本は経済復興の契機を得たと言われるように、「戦争の加害者」であることの側面を意識することなく、「戦争に支えられた経済」によって、「平和」を享受してきているとも言えるかもしれません。
つまり、相変わらず、自らが「戦争の加害者」であることへの自覚がない。
だとしたら、この70年を「不戦」と誇ることは難しい。
ただただ「直接的な被害」を回避してきただけであり、見方を変えれば、戦争に加担してきたとさえいえるかもしれません。

にもかかわらず、日本はこの70年、戦争に巻き込まれなかった。
それは、人類の歴史において、初めてのことかもしれません。
その意味を、私たちはやはり、もっと深く考える必要がある。

しかし、考える間もなく、その「不戦の70年」が終わろうとしています。
人類は、不戦とは無縁の生き物なのかとついつい思ってしまいますが、まだ諦めるのは早いかもしれません。

しばらく、不戦サロンで考えたことを書いていく予定です。

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