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2015/06/20

■「70年の不戦」その3:SADAKO-LEGACY

ちょっと寄り道をします。
というのは、昨日、SADAKO-LEGACYの佐々木祐滋さんが湯島に来てくれたからです。
友人が、引き合わせてくださったのです。

SADAKO-LEGACYは、広島平和記念公園にある原爆の子の像のモデルとなった、佐々木禎子さんの生涯を伝えることを通して、平和への実現に向かって活動しているNPO法人です。

佐々木禎子さんは、2歳の時に広島で被爆し、12歳で亡くなりました。
最後まで、折鶴をおりながら。
本や映画になっているので、ご存知の方も多いでしょう。
http://www.sadako-jp.com/

SADAKO-LEGACYは、禎子さんのお兄さんと甥でミュージシャンの佐々木祐滋さんが中心になって活動しているNPOです。
http://www.sadako-jp.com/
その佐々木祐滋さんが、先日の不戦サロンに参加してくださった宇賀さん夫妻と一緒に、湯島に来てくれました。
いろいろと話しました。
そして、いろいろと考えました。
やはり、時代は変わろうとしているのだとも感じました。

祐滋さんと話していて、突然、前に読んだ本の中で、サダコさんの兄の雅弘さんが書いていた文章を思い出しました。
帰宅して、その文章を探して読み直してみました。
改めて共感しました。
ちょっと長いですが、その文章を引用させてもらいます。

2004年、ウィーンの中央図書館ホールで「禎子物語」を講演した後、質問時間が設けられ、地元の中学生が質問しました。 「原爆はどこの国が落としたのですか」と…。 私はこう答えました。 「あのときから長い時間が経過しました。その間に神様は、お互いの心を洗い流してくださいました。だから原爆を落とした国の名前は忘れました」と。 この心こそが、禎子が伝えたかった「思いやりの心」であるからです。 「憎しみからは、憎しみの心しか生まれない」。けれど大切なことは、憎しみ合う前に、お互いを理解しあう「思いやりの心」を持ち、これをつなぎ続けていくことだと禎子が教えてくれました。 次代を担う若者達に伝えたいのです。 (出典:「INORI」(綾野まさる ハート出版 2010)

「原爆を落とした国の名前は忘れました」。
目から鱗が落ちたのを思い出しました。

そういえば、たしか雅弘さんは、平和な世の中をつくるために必要なことは「赦すこと」だと言っていたような気がします。

ちょっと寄り道をさせてもらいました。

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