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2015/06/29

■「福島の子どもたち」をテーマにしたサロンの報告

昨夜の「福島の子どもたち」をテーマにしたサロンは、たくさんの人に聴いてほしかった内容でした。
この種のテーマの集まりは、さまざまなところで開催されているでしょうが、やはり改めて、小さな場での話し合いの意味を感じました。

雨の中を10人が集まりました。
たまたま新潟から出張してきていた[ささえあいコミュニティ生活協同組合]の高見さんと川上さんも参加してくださいました。

立柳さんは詳細のレジメとともに、たくさんの資料を用意してきてくださいました。
立柳さんは年に1回程度、福島の実状をコムケアサロン話してくださるのですが、今回もかなり驚愕な事実がありました。
今回は録音しておき、文字起こしすべきだったと後悔しました。
一番心に残ったのが、除染作業員に関することでした。
中途半端に書くと誤解されますので、やめますが、沖縄を思い出しました。

今回は、学生から70代まで、女性も2人、経済界の関係者や食養に取り組んでいる人、NPO関係者、原子力行政に関わる組織の人など、多彩な立場の人がいたため、話し合いもさまざまな視点に広がりました。

非常に象徴的だったのは、初めて参加した人が、これまではあまり深くは考えていなかったが、立柳さんの話を聞いて、ちょっと認識の甘さを感じ、その後の話し合いの中で、生活実感的にはまた少し揺り戻され(あまり神経質になることもないかなと思い)、しかし、最後には立柳さんが話された、いろんな捉え方があるが、大切なのはそれぞれが自分の問題として主体的に考え行動することだというメッセージに納得したと話されたことです。
これこそが、まさに私がサロンをやっている目的ですので、うれしい思いをしました。

にもかかわらず、「自分の問題として主体的に考え行動すること」だけでいいのかと、私は少し異を唱えました。
それは、「体験したものの責任」ということです。
これは改めて、この時評編に書く予定です。

話の密度も高かったので、30分も延長してしまいましたが、話したりなかったことがたくさんありました。
立柳さんのメッセージはいつも心に響きます。
やはり現場に触れている「外の人」の目は大切です。
福祉関連のNPO活動をしている人たちにぜひ聞いてほしかった話でした。

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