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2015/06/03

■節子への挽歌2812:自然こそ彼岸

節子
久しぶりの雨です。
最近、今まで以上に心身が自然気象に影響されるような気がします。
人の生体は、成長するにつれて、自然から自律する度合いを高め、ある一定の年齢からまた自然と同調しだし、最後は土に戻るのかもしれません。
外の雨を見ていて、そんな気がします。
旧約聖書によれば、神は泥から人を創ったそうですが、それは実に理にかなったことではないかと私は思っています。

昨日、久しぶりにメンタルヘルス総研の久保田さんが湯島に来ました。
久保田さんは、長年、メンタルヘルスの問題に関わっていて、「体の体操」という運動を広げようとしていますが、なかなか広がりません。
その相談に来たのですが、その話が終わった後に、がん治療のための「ニンニク加湿法」というのにも取り組んでいるという話がありました。
これは日本古来の療法ですが、それを広げたいというのです。
この種の話はたくさんありますが、きちんとした評価はなされていないような気がします。
節子も、こうした古来の日本の知恵に基づく療法を試みましたが、医学の世界では正当視されていませんでした。
そこには、近代医学の傲慢さを感じますが、もっとさまざまな知恵や体験を活かし合う文化が育てばと思います。

節子の闘病中、私もこうした民間療法を集める活動ができないかと思ったことがありますが、節子を見送った後は、逆に思い出したくもないほどの辛い記憶だけが残りました。
それでそうした思いなどはすっかり忘れていました。

友人ががんになったとして、そうした療法を進めるのはとても難しいことです。
私もつい最近、それを体験したばかりです。
自分のことであれば、いかなるリスクも取れますが、他者にはリスクを押し付けるわけにはいきません。
そこで「医学的なエビデンス」などというものが大事にされるのでしょうが、それは単なる言い訳でしかないのかもしれません。
しかし、体験者の事例をたくさん集めていって、それを体系化していけば、生きたエビデンスを含むポータルサイトができるかもしれません。
そういうものがあれば、それを患者の友人に示唆することはできます。
しかし、もはやそういう活動に取り組み気力がありません。

節子の取り組んだ療法の一つに、自然とイメージ的に一体化するというものがありました。
それを思い出しました。
自然と一体化することで免疫力を高めるというものですが、自然と一体化するということは自然に戻るということかもしれないと気がつきました。
自然が私たちの戻るべき世界であれば、それは彼岸でもあります。

雨を見ていると、こんなことが次々と思い浮かびます。
節子のいない雨の日は、ただたださびしいだけです。
自然が彼岸であるというのが、今朝の大きな発見です。

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