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2015/07/14

■節子への挽歌2833:人がだんだん信頼できなくなってきています

節子
最近また、私のまわりの時間の速度が早まったようです。
私の体験では、生活内容が希薄になると時間密度が薄くなって速度が速まりますが、逆に生活内容が過密になるとこれまた時間が凝縮されすぎて速度が速まります。
いまの状況は、たぶん前者でしょう。
なにしろこれほど意味のない生活を過ごしていることは、私にはほとんど記憶がありません。
誤解されないように補足すれば、意識が内向しているという意味です。
私の考えでは、「自分一人の完結した世界で生きていること」は存在しないのと同じです。
人は他者と関わることにおいてのみ、生きている、と私は考えています。

まあ、そんなことはどうでもいいのですが、この数週間、かなり自閉化して生きています。
だから時間が早く進み、気づいたら翌日になっている。
それで挽歌もまた書き損ねているわけです。
朝に書こうと決めたものの、朝になるとすぐにいろいろなことが始まり、へこんで気を抜いているとすぐ明日になってしまうのです。
一度、生活のリズムを失ってしまうと、なかなか回復できないものです。

昨日は在宅でしたが、突然に知人が訪ねてきました。
市会議員をやっている人ですが、いつもポストに機関紙を投函してくれている一人です。
彼女も、数年前に伴侶を亡くしましたが、その後も、議員活動を熱心にやっています。
以前一度、我孫子市で若者たちを主役にしたグループを立ち上げようと彼女もいっしょに取り組んだこともありますが、想定していた若者が2人も仕事の関係で転出してしまい、頓挫しました。
先日、街中でお会いして立ち話をしたこともあってか、今回は機関紙投函のついでにチャイムを鳴らしたのでしょう。
昨日はちょっと人に会う気になれずに、引きこもっていたのですが、それもあって、いささか機嫌が悪いまま、いろいろと話しました。
不思議なもので、話すとどうも社会とのつながりでの活動をしたくなってしまう。
そうならないように、人に会うのを抑えているのですが、うまくいきません。

しかし、本気で何かをやろうと思っている人は、ほとんどいません。
かく言う私も、たぶんよそから見たらそう思えるでしょう。
ということは、他者もまた、本当は本気でやろうとしているのかもしれません。
しかし、どうも言葉だけで動きのない人が多すぎます。
裏切られるという意味が、最近少しだけ理解できるようになってきました。
こんな生き方を続けていたら、ますます性格が悪くなりそうです。

完全に信頼できる人が、やはりほしいです。

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