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2015/07/09

■節子への挽歌2830:声をかけること

今日も雨です。
いままさに梅雨の真っただ中。

この週末、湯島でサロンを開きますが、そこで話題提供してくれる宇賀さんからメールが届きました。
そこにこんな文章がありました。

篤農家さんと言われる方々は野菜たちにいつも声かけをすると言います。
「何をしてほしいんだろう。何ができるの?」

宇賀さんは、私のブログを読んでいないと思いますが、まさに昨日、私が書いたことにつながっています。
声をかけることは、認め合うことの出発点です。
そして、宇賀さんもメールで書いていましたが、これは別に野菜に限ったことではなく、人に対しても同様です。

私の1日は、仏壇に向かって節子に声をかけることから始まります。
最近は、ぼやくことも多いのですが、基本は感謝のことばです。
いまある私は、節子のおかげだからです。

前にも書いたことがありますが、仏壇は大きな意味を持っています。
彼岸や亡くなった人を可視化し、実体化してくれるのです。
仏壇に向かって話しかけても、誰も不思議には思わないでしょう。
それに話す立場からも、虚空に向かって話をするよりも、とても話しやすいのです。
そして、声をかけることによって、関係を実感することもできます。

そういえば、最近、「声かけ」をしていない人が増えています。
気になりながら声をかけるのがどうも億劫になってきたり、声をかけても反応が弱いので臆病になったりしているのです。
私自身がもう少し落ち着いたら、また声かけを始めようと思います。
私にも、何かできることがあるかもしれませんし。

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