■憲法を守れるのは国民の不断の努力だけ
今日は1冊の本の紹介です。
つい最近出版された「裁判に尊厳を懸ける」(大川真郎著 日本評論社)です。
高校時代だと思いますが、「真昼の暗黒」という映画を観ました。
原作は、正木ひろしの『裁判‐人の命は権力で奪えるものか』で、冤罪事件と騒がれた八海事件を題材にしたものです。
冤罪事件の恐ろしさがリアルに描かれるとともに、ずさんな警察の捜査を告発した内容で、社会派映画の代表的傑作と評判になった映画です。
映画を観た帰り道、ずっと強い怒りから解放されませんでした。
それが、私が「検事」(弁護士ではありません)になろうと思った最初のきっかけでした。
そして、法学部に入学しましたが、いろいろとあって、法曹界への道はやめました。
大学時代の同級生の一人が、この本の著者の大川さんです。
大学を卒業後、久しぶりに会った時には、彼は日本弁護士連合会の事務総長でした。
そして、日本の司法改革に取り組んでいました。
彼に会った直後、大川さんは自分が関わった事件を本にした「豊島産業廃棄物不法投棄事件」を送ってきてくれました。
私の中で、弁護士という仕事の捉え方が少し変わりました。
本書は、その大川さんがこれまで関わった7つの裁判についてまとめた4冊目の著書です。
はしがきで、大川さんはこう書いています。
長い弁護士生活のなかで、裁判を通して、数々のすぐれて魅力的な人々に出会った。
虚飾のないたたかいの場で、数々の試練を乗り越えた当事者らのつよい信念、勇気、忍耐、決断、そしてなにより人間性に心を打たれた。
最初に取り上げられている事件は、無実の2青年が権力犯罪と闘った事件です。
読んでいて、まさにあの「真昼の暗黒」を思い出しました。
久しぶりにまた若いころの怒りが全身にこみあがってくるのを感じました。
高校生の頃の思いはどこに置いてきてしまったのかと、いささか自責の念が浮かびました。
つづいて、警察の暴力に職責を守り抜いた弁護士、集団暴力に屈せず職責を貫いた地方議員、大気汚染に立ち上がった市民たち、企業の不利益扱いを許さなかった女性労働者たち、虚偽の医療過誤告発を跳ね返した心臓外科教授、大量に不法投棄された産業廃棄物の撤去を求め続けた島民たち、といった6つの事件記録が続きます。
いずれも「たたかい」を余儀なくされた当事者たちの記録です。
大川さんは、その当事者たちに寄り添いながらも、理性的に事件の顚末とその意味、そして当事者たちの生き方を語っています。
7つの事件に共通しているのは「人間の尊厳」の回復ですが、それだけではありません。
裁判の結果、新たな立法の契機になるなど、「社会の尊厳」もまた守られたのです。
大川さんはこう書いています。
もし、当事者らが裁判に立ち上がらず、人権侵害に屈していたならば、自らが著しい不利益を受けたまま終わっただけでなく、法によって保障された人権そのものが実質的に失われることになったかもしれない。
そして、19世紀のドイツの法律家イェーリングの名著「権利のための闘争」(実に懐かしいです)に言及した後、こう書いています。
わが国の憲法も「この憲法が国民に保障する基本的人権は国民の不断の努力によって保持しなければならない」としている。
人権は常に侵害の危険にさらされている。
人権侵害の不法に対しては、勇敢なたたかいが求められ、そのたたかいが多くの人の棒利を守るだけでなく、権利をさらによりよい方向に生成・発展させることにもなる。
いま、その憲法そのものが危機に瀕している事態が発生していますが、イェーリングが言うように、憲法を守れるのは国民の不断の努力だけなのです。
そして、本書の7つの物語は、その勇気を思い出させてくれるでしょう。
ぜひ多くのみなさんに読んでいただきたいと思います。
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蛇足を付け加えれば、司法界のみなさんにもぜひ読んでほしいものです。
大川さんは、最後にこう書いています。
21世紀において、司法は他の政治権力から独立し、国民の権利、自由、民主主義の担い手として、より信頼され、頼りがいのある存在にならねばならないと思う。
私もそう願いますが、残念ながら現在の司法界は、自らの尊厳を失ってきているように思います。
大川さんは、先の「司法改革」においても大きな役割を果たし、その経緯も詳しく本にまとめられています。
残念ながら、私はその司法改革はあまり共感できませんが(理念を感じられないからです)、法曹界の人たちには、改めて「司法とは何か」をしっかりと考えてほしいと思います。
すみません。まさに蛇足ですね。
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