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2015/07/19

■節子への挽歌2843:心の拠りどころ

節子
節子もよく知っている、新潟のKさんから電話がありました。
私と同じように、いろんな禍が一挙に襲いかかってきて、精神的にかなりダウンしているようです。
私の声を聞くと、少しは元気が出るようで、電話をかけてきたのです。

Kさんは、いま、かなり八方ふさがりです。
ご自身の体調もそれほどよくないでしょう。
時々、弱気になるようです。
そして、こういう状況になって、いろんなことが分かってきたが、まさか自分がこうなるとは思ってもいなかったと言います。
まさに私と同じです。
時に、もういいかと人生を投げ出したくなるのです。

今日は、宗教について話しました。
Kさんは、これまでどちらかというと、宗教が好きではなかったようですが、もう亡くなられた母上が、信仰していたある宗教の教本を今読みだしたそうです。
Kさんは、私に、新興宗教をどう思うかと訊きました。
私は、新興宗教も含めて、宗教的なものへの帰依や進行は大切なことだと考えています。
人にとって、何が大切かと問われれば、私は経済ではなく、宗教と政治を挙げます。
人の生き方を支えるのが宗教であり、社会の秩序を支えるのが政治だと考えているからです。
もっとも昨今の日本の宗教や政治は、そうはなっていないかもしれませんが、それでもその2つは大切なことだと思っています。

そんな話をしていたら、Kさんも、やはり「心の拠りどころ」を求めているというのです。
その教団の教本は難解ですぐにはわからないが、読んでいると安堵できるというのです。
それこそが、信仰の意味なのでしょう。

Kさんの伴侶はいま、入院されています。
それがいまのKさんにとって最大の問題なのですが、伴侶が入院してしまって身近かにいなくなると、心の拠りどころが見えなくなってしまうのです。
そこで、何か、見えるものとしての心の拠りどころを探し出します。
Kさんは、いまそれに出会いつつある。
その成果、前回よりも状況はたぶん厳しくなっているはずなのに、Kさんの声には力を感じました。
もしかしたら、私の声の方が澱んでいたかもしれません。

心の拠りどころ。
残念ながら、いまの私はまだ出会えていません。


私も宗教の書籍は何冊か読んではいるのですが。

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