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2015/08/31

■国会12万デモから新しい流れが起きてほしいですが

テレビや新聞でも報道されましたが、昨日、「戦争法案廃案!安倍政権退陣! 8・30国会10万人・全国100万人大行動」が全国で展開されました。
最近の日本は、国民のほとんどが「つんぼ桟敷」に置かれているような状況に感じています。
しかも80年前の日本と違い、国民自らが目と耳を閉じているような気がしてなりません。
いや心を失ったのかもしれません。
その背景には、生きるために忙しくしなければいけないという状況が広がっているのです。
実際には、忙しくなどする必要がない条件はできているはずですが、人為的に多くの人は目先の生活の危機感に追い込まれています。
そこから抜け出せば、いかようにも生きられるはずですが、心が呪縛されてしまうと、なかなか抜けられないのでしょう。
そうしたなかで、最近、国会周辺に限らず、各地でデモ行動が広がっています。
これが単なるガス抜き活動にならなければいいのですが、国会周辺のデモに参加していつも思うのは、空しさです。
デモをするよりも、まずは自らの生き方を考え直し、自分を取り戻すことが大切だという思いが強まっています。
そんなこともあり、最近、どうもデモに参加する気分になれないでいましたが、今回はやはり参加したいと思い、行ってきました。
会場に到着するのが、ちょっと遅れてしまったため、最寄駅の地下鉄の駅から地上に出るまでに20分近くかかりました。
駅構内でも熱気が伝わってきました。
もちろん地上も人でいっぱいでした。
友人たちと待ち合わせていましたが、結局、会えませんでした。

最近の国会デモの雰囲気と同じく、私にとっては予想以上に穏やかで平静なデモでした。
こういうデモがいいと思ったこともありますが、やはり少し物足りません。
特に現在のように、国民の声など全く聞こうとしない政府の場合は、こんな平静なデモではなく、やはり逮捕者が出るようなスタイルがいいのではないかなどと思いながら、歩いていました。
どこかで小競り合いがあれば、荷担したいという思いもあって、歩き回っていました。

平静とはいえ、人数はこれまで以上に多かったですし、高齢の女性が多かったような気がします。
若者は、シールズががんばっていましたが、総じてやはり少ないのが気になりました。
労働者はゼネストを!というビラももらいましたが、そのビラを読んだ限りでは、たぶん広がりは出ないでしょう。

デモにはまったく縁を感じなかった小沢一郎さんが演壇で話をしました。
まさかの登壇でおどろきました。
私のまわりでは失笑も起こりましたが、とてもわかりやすい話でした。
小沢さんが戦争ができる「普通の国」を目指していたことを思い出すと、頭が混乱してきます。
しかし、最近の政府のやり方への批判であれば、十分に納得はできます。
今回のデモのテーマは、要するに「国民の声を無視する政府への批判」なのだろうと思います。

もう一つ感じたのは、原発事故後のデモの時に比べて、警察があまり協力的ではなかった気がしたことです。
これは思い込みのせいかもしれませんが、締め付けや働きかけがあったとしたら、これも恐ろしい話です。
本当は、警察官や自衛隊のみなさんこそ、こちら側で行動すべきではないかと私は思いますが、日本に限らず多くの場合で、彼らは居場所を間違っているように思います。

国会前の道路が久しぶりに埋め尽くされ、多様な立場の人がたくさん集まった。
これは新しい時代の始まりだと解説するテレビのキャスターもいましたが、正直に言って、私にはそれほどのことは感じませんでした。
たしかにマスコミ報道がていねいにされたことには「新しさ」を感じますが、ここから何か新しいことが始まるとは、残念ながら思えないデモでした。
もちろんこれによって流れが変わることを切望していますが、そういう期待は持てなくなっている自分が残念です。

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コメント

 佐藤さん、私も30日は有楽町駅(JR)を下車し二人で国会議事堂前に向かいました。


 >国会前の道路が久しぶりに埋め尽くされ、多様な立場の人がたくさん集まった。
 >これは新しい時代の始まりだと解説するテレビのキャスターもいましたが、正直に言って、私にはそれほどのことは感じませんでした。
 >たしかにマスコミ報道がていねいにされたことには「新しさ」を感じますが、ここから何か新しいことが始まるとは、残念ながら思えないデモでした。
 >もちろんこれによって流れが変わることを切望していますが、そういう期待は持てなくなっている自分が残念です。

 その昔(60年代)、多くの集会やデモで唄われたのが“L 'Internationale(インターナショナル)”、その後とりわけべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の行進でよく唄われたのが“We Shall Overcome(勝利を我らに)”です。
 そして、今は“ラップ”の調子に乗せてのアジテーションが主流ですが、私は所縁のこの二曲を懐古することに止まらず、“ラップ”のメッセージに込められたメイン・アジェンダ(立憲主義の復権)を心に刻みながら、やがてはあらゆる立場を超えて共に心ゆくまで繰り返し“We Shall Overcome(Pete Seeger)”を唄いたいと思っています。

 また、会いましょう。

投稿: 向阪夏樹 | 2015/09/03 16:08

向阪さんありがとうございます。
たしかに、「ここから何か新しいことが始まるとは、残念ながら思えないデモでした」ですね。
しかし、諦めずに、何かが生まれるように微力を出していこうと思います。

投稿: 佐藤修 | 2015/09/04 10:19

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