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2015/08/20

■節子への挽歌2911:節子が逝ってから今日で2911日

節子
やっと挽歌の番号と節子が旅立ってからの日数が一致しました。
一時、挽歌が書けなくなり、40日以上のずれが生じていましたが、命日が来るまでに一致させようと頑張ったのです。
まあほかの人にはどうでもいいことでしょうが、私にはすごく気になることだったのです。
おかげで、この間、あんまり時評編が書けずにいました。

節子が彼岸に行ってしまってから、今日で2911日目ということです。
長いといえば長く、短いといえば短いですが、挽歌も2911回書いてきたわけです。
まだ書いているのかと感心してくれる人もいますが、最初の頃と違い、最近は私の日記のようになっていますから、感心することのほどもありません。
しかし、書く時には、少なからず節子のことを思いながら書いていますので、一応、その時間は節子と一緒にあるわけです。

この挽歌を書くことで、精神の安定を得たこともあります。
思いを発散する仕組みとしては、とても効果があります。
最初は読み手など全く意識していませんでしたが、読者からの反応があると、それはそれでまた元気がもらえます。
最初の頃は、ひどいコメントも来たりしましたが、最近はそういう嫌がらせのコメントもなくなりました。

挽歌のおかげで、知り合った人もいます。
会ったこともない人から元気づけられることもあります。
いつか会えたらいいなと思う人もいます。
挽歌のおかげで、少し世界が広がっているのです。
ただ、挽歌を読んでいるという人に会うと、私の心の奥底までも見られているような気がして、いささか恥ずかしい気がすることもあります。

節子が果たして読んでくれているかどうかはわかりません。
節子は、結婚前に、私が毎日書いて送っていた詩でさえも、あんまり喜んでいた感じがありませんでした。
私なら感動したでしょうが、まあ毎日詩を送りつけられたら、気持ち悪いかもしれませんね。
節子は、この挽歌のような、めんどくさいことは、あまり好みではないのです。
頭を使うのよりも身体を使う方が好きな人だったのです。

なんでそんな人が、私と結婚したのでしょうか。
たぶん私に騙されたのでしょう。
その私から解放されて2911日。
今ごろは彼岸でのびのびと花づくりを楽しんでいるかもしれません。
ちなみに、私はそういう節子が大好きだったのです。
人は誠に複雑なものです。

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