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2015/08/17

■いっそオリンピックがなくなるとうれしいのですが

オリンピックのエンブレムのデザインが問題になっています。
デザイナーの佐野さんの評判もガタガタになってきてしまいました。
知的所有権という概念に否定的な私にとっては、最初はどうでもいい話でしたが、ここまで広がってくると、ついつい一言書きたくなってしまいます。

まずエンブレムの話ですが、あれはどう考えても似ています。
しかし、似ていてもいいではないかと私は思っていました。
人間が考えることなど、所詮はそう違わないのです。
どんなに独創的に考えだしても、同じようなデザインはどこかにあってもおかしくありません。
それに、すべてを調べろなどというのは現実的でもありません。

ですから、佐野さんは堂々と確かに似ているが、私はそれを盗用などはしていないと言えばいいだけの話でした。
しかし、佐野さんは、「まったく似ていない」と言い切ったのです。
その段階で、ああ、この人は感性が鈍く、デザイナーではないと思いました。
ロジックの人なのです。

でもそれでもそれは大した問題ではありません。
私は、最初からあのエンブレムデザインは好きではありませんでしたが、そもそもオリンピック自体が金にまみれた商業活動ですから、デザインが汚れてくるのは当然のことだと思っていました。
金が支配する世界で、美を守れるとは私は思っていないのです。
どうでもいい話です。

しかし、その後、次から次に出てくる「盗作まがいの作品」には驚きです。
ここまで切ると、もはやデザインの問題ではなく、生き方や文化の問題です。
デザインの世界にまで、工業化と金儲け主義がいきわたったということでしょうか。

新国立競技場も、私には醜悪な人たちが、醜悪な手法で、,醜悪な建物を造ろうとしているように見えてしまいます

こうしたことが次々と起こるのは、オリンピックを日本で開催することにしたからです。
なぜオリンピックを招致したかといえば、金もうけや経済成長のためでしょう。
誤解かもしれませんが、私にはそう思います。
そんな予算があれば、原発被災者の支援や子供の貧困解消に当ててほしいですし。生活保護者を守ってやってほしい。
それくらいの思いを持つスポーツ選手(アスリートというおかしな名称も違和感があります)はいないのか、と私は情けなく思います。

オリンピック招致が決まった時から、私は反対を表明していますが、みんな蜜に群がる蟻のように、オリンピックに群がっています。
私には情けない光景にしか見えません。
スポーツを愛する人たちは、なぜおかしいと思わないのでしょうか。

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