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2015/08/02

■節子への挽歌2873:誠を尽くして応えていく

節子
この数年、私の日曜日は、NHKテレビの「こころの時代」から始まります。
寝室のテレビを視聴予約しているので、朝の5時になると、その番組が私を起こしてくれるのです。
といっても、きちんと見るわけでもなく、半分寝ながら聞いています。
時にはほとんど寝てしまっていることも少なくありません。

今朝も5時に「こころの時代」が始まりました。
今日は3年前に放映された「生きる意味を求めて ヴィクトール・フランクルと共に」の再放送でした。
語り手は、山田邦夫さんです。
以前の放送は録画して2回ほど見ました。
「生きる意味」は、私にとってもキーワードの一つであり、当時、それを失っていたからです。

このことは、この挽歌にも何回か書きました。
それまであまり読めずにいたフランクルの本も何冊か読みました。
テレビを見た直後の記事を読んでみると、私が違和感を持ったと書かれていました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2012/05/post-f551.html
その違和感はいつの間にか解消されています。
その過程は、たぶんどこかに書かれているのでしょうが、私の記憶にはもはやありません。

最近、ずっと感じているのは「大きないのち」ということです。
その視点で、フランクルを読むことができるようになったのは、この番組を見てからです。
その文脈から言えば、フランクルの指摘はすんなり心に入ります。
山田さんは、宗教を超えた「宗教性」ということを教えてくれました。

今日は、きちんと目を覚まして、番組をもう一度みました。
新しい気づきはあるものです。

最後に山田さんはこう語っていました。

普通は時は無常ですべて消え去っていく、というふうに考えますけど、フランクルは、まったく逆でして、一旦起こったことは2度となくならないと。
たとえば、稲刈りをして、脱穀して蔵に詰めますよね。
過去は虚しいというふうに思う人は、その切り株の田んぼしか見ていない。
しかし、過去という蔵の中にはいっぱい詰まっている。全部そこに保存されている。
ですから今ここで自分が為すこと、それが永遠に残る。
時間的には、空間的には、全部繋がっている。
そういう世界の中で、フランクルは意味ということを考えている。

そして、山田さんはこう言います。

今ここで自分は何を為すべきかということは、自分の内からは出てこないんですね。
自分にその時、問い掛けてくるものがあるわけです。
その問い掛け、呼び掛けに応えていく。
自分の誠を尽くして応えていく。
それ意外にない。

前回は聞き逃していましたが、今回はこの言葉にとても元気づけられました。

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