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2015/08/09

■節子への挽歌2888:長崎にももう一度行かないといけません

節子
今日は、長崎に原爆が投下された日です。
テレビで平和式典の様子を見ていましたが、複雑な思いで見ていました。
どうしてそこに、安倍首相がいるのかが全く理解できないのです。
まあ、そういう理解できないことが、最近は増えてきています。

長崎といえば、一度、節子と2人で行ったことがあります。
長崎と佐世保を回ったような気がしますが、例によって、正確な記憶がありません。
ただ覚えているのは、節子と私が長崎に行くと知った、長崎の友人たちが、私たちをしっぽく料理に誘ってくれたのです。
これまたよく覚えていないのですが、見晴らしのいい山腹の料理旅館に招待してくれ、数名の人たちで宴会をしてくれたような気もします。
節子はとても喜んでいました。
当時、長崎県や佐世保市などで、私は仕事をしていた関係で、友人たちは多かったのです。
佐世保はハウステンボスに泊まったのですが、その時ももしかしたら誰かが便宜を図ってくれたのかもしれません。
節子がいたら、覚えてくるでしょうが、私はそういうことは一切記憶に残りません。
費用さえだれが負担したかも覚えていないのです。
困ったものです。

少なくとも、その時、ご一緒した人の何人かは覚えています。
もちろん今もお付き合いがありますが、長崎にも佐世保にも久しくいっていません。
時間的・経済的に、もう少し余裕があれば、一度、長崎もゆっくりと回ってきたいのですが、いまはまだ、その気になれずにいます。
いや、余裕の問題というよりも、一人での旅の自信がないのかもしれません。

でもそろそろ行っておかないと、行けなくなるかもしれません。
日本中に、会いたい人がたくさんいます。
いまならまだ行けそうです。
しかし、どうも先延ばしにしてしまう傾向があります。
こうやって、人は、たくさんの「やり残し」を残して、旅立つのでしょうね。

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