■節子への挽歌2920:節子が褒められることもあるのです
節子の9回目の命日が近づいてきました。
それもあって、この数日は、節子を少し褒めるようなことを書こうかなと思っていたら、節子を褒めてくれるメールが届きました。
私信なのですが、少し引用させてもらおうと思います。
かなり「褒めすぎ」なのですが、まあ命日も近いということでお許しください。
メールをくださったのは、一昨日お会いした荻阪さんです。
佐藤さんに淹れて頂いた「コーヒーの香り」を嗅ぎ、 豆の味わいが、なぜか心に沁み込みました。 佐藤さんと御話が進む中で、懐かしく、奥様の温かな微笑や声があの時間の中で、小生の胸中に 静かに浮かび上がっておりました。 私は、奥様に御会いしたのは、1度だけでしたが、その出逢い、訪れる相手のおひとり御一人をどれだけ大切に、迎えて頂いたか。 その奥様の御心配りが脳裏に浮かびました。 佐藤さんが奥様と共に、コンセプトワークショップを創ってこられたことをあらためて感じました。 「温かな姿勢」「鋭い論理」「人々が集まる人望」を具え、問題意識と正義感を持って歩まれ続けておられる佐藤さんとの再会に、深き御縁を感じました。 そして、 御会いしていない時間が長かった分、その御互いの歳月を通して、素晴らしき再会へ変わることを昨日、訪れた「人生の時間」の中で学ばせて頂きました。
私も褒められていますね。
最後の2つの文章は不要ですが、なんとなく切り離せなくて、一緒に引用させてもらいました。
私も時には褒めてほしいものですから。
節子に対する評価は間違いなく過大評価ですが、しかし、節子が褒められたことは以前にも一度ありました。
節子がまだ湯島に来て、電話などの応対をしてくれていたころです。
四国の経済機関に講演を頼まれました。
当時は私もそれなりに各地に講演に出かけていました。
講演の前夜、呼んでくださった人たちと会食をしました。
その席で、電話で講演を頼んできた方から、佐藤さんのオフィスの受付の方の対応に感激しましたというようなことを言われました。
受付もなにも、私の会社は私と節子しかいません。
節子がそんなに感激してもらうような受け答えをしたとはにわかに信じられなかったのですが、その方はとても感じ入ってくださっていて、何回もおっしゃるのです。
実は女房なんですと言ったかどうかは忘れてしまいましたが、何か私自身とても気分がよくて、翌日の話も楽しくさせてもらいました。
実は私は講演はあまり好きではなく、記憶もあまりないのですが、その時のことだけはしっかりと覚えています。
まあ女房を褒められるのは、自分を褒められるよりうれしいものです。
ちなみに、私は節子を褒めたことがほとんどありません。
それで、この挽歌では、その罪滅ぼしに、いつも過剰に褒めているわけです。
でもまあ、こうして節子を褒めてくれる人もいます。
節子
うれしいですね。
命日まで、あと4日です。
8年前のことは思い出したくありませんが、目の前に浮かんできます。
なにしろ実にドラマティックでしたから。
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