■節子への挽歌2912:東尋坊からの焼き芋
節子
東尋坊の茂さんたちから、焼き芋が届きました。
丸もちも一緒に。
みんなでつくったのでしょう。
大事にしなければいけません。
節子にもお供えしました。
ユカが言うには、この芋は安寧芋ではないかというのです。
私はその分野の知識は全くないのですが、とても甘いのだそうです。
たしかに甘いのですが、やはり焼き芋はさほど得手ではありません。
節子はきっととてもおいしかったでしょう。
先日、わざわざ評判の焼き芋屋さんで買ってきた渕野さんに、やはりあんまりおいしくなかったけど、がんばって他の人の倍食べたよと言って、彼をがっかりさせてしまいました。
私は、彼が喜ぶと思ったのですが、逆効果でした。
まあしかし、嘘はつけませんので、そう言ってしまったのですが、そんなことは言わないでいいでしょうと、節子がいたら注意されたでしょう。
どうも私は、言わなくてもいいことを言ってしまいます。
困ったものです。
茂さんと川越さんに、お礼の電話をしなければいけません。
美味しかったとは言えないし、焼き芋は好きではないとも負えないし、何と言ったらいいでしょう。
ただ、ありがとうございました、と言えばいいわけですが、余計なひと言を言ってしまうのが、私の悪い癖なのです。
そういえば、先日、ある人がお土産に京菓子を持ってきてくれました。
その人が、お口に合わないかもしれませんが、というので、そうなんですかと反応してしまいました。
そうしたら、その人は、前回持ってきたお菓子があんまりお口に合わなかったようなのでと言うのです。
たぶん持ってきてくれたお菓子を一緒に食べたのでしょう。
そして私の気持ちが、まさに顔に出てしまったのでしょう。
困ったものです。
それでその時は、封を開けずに、その方が帰った後、食べました。
美味しかったです。
一緒に食べればよかったです。
ちなみ、美味しいとか美味しくないとかは、些末な問題です。
要は、気持ちです。
茂さんたちが、そしてもしかしたら、自殺を思いとどまった人たちが、汗を流して作ってくれたお芋とお餅。
うれしくないはずがない。
千疋屋のメロンよりもうれしいです。
でも、それでもなお、美味しいお芋でしたとは言えないところが、私の困ったところです。
正確には、味覚的には美味しくなかったけれど、みなさんの気持ちに感謝しながら、きちんと味わせてもらいました、というのがいいでしょうか。
茂さんのことですから、「美味しかったでしょう!」と畳み込んでくるでしょう。
さてそれをどうかわすか。
かなりの難題です。
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