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2015年9月

2015/09/30

■節子への挽歌2948:書くことの効用

節子
九州のTさんからいま、定期的にメールが届いています。
彼女のこれまでの人生の覚書のような内容のメールです。
彼女はかなりドラマティックな人生を歩んできています。
私は、一度しか会ったことはありません。
節子は会ったことはありませんが、彼女の世話にはなっています。
Tさんの紹介で、「官足法」という療法をしえてもらい、その施術を受けました。
そのほかにも、ちょっとした縁がありました。

節子がとても大変だった頃、Tさんから電話がありました。
Tさんは、別の意味で大変な時期だったようでした。
その電話の後、交流が途絶えました。
そして9年近くがたった先月、メールが届きました。
よくわかりませんでしたが、人生の岐路にあるようです。

そして、むかし話を語りだしました。
私自身はきちんと読んでいましたが、あまりにも私的な内容なので、反応できずにいました。
少し続いた後、こんなことを書き綴っていいいのだろうかと自問のようなメールが来ました。
きちんと読んでいるから、ともかく書き続けたら、とメールしました。
そして今も、メールが続いています。
まだ20年ほど前の話なので、これからかなり続きそうです。

彼女は、過去を書くことで、気持ちを整理できるのだろうと思います。
彼女は昔雑誌の編集もやっていました。
書くのは得意のはずですが、たぶん今は書くことはほとんどしていないでしょう。

彼女がなぜ、私を相手に選んだのかわかりません。
たしかに読み手がいないと、書くのが難しいのでしょう。
それで私が選ばれたのでしょうが、彼女には親しい友人もいます。
その友人が、私を彼女に引き合わせたのです。
なぜ彼女ではなかったのか。
その友人は、節子はよく知っている人です。
その彼女もまた、ドラマティックな人生を送っているはずです。
そういえば、彼女からも最近、パタッと連絡が途絶えています。
聞くところでは、会社に入って普通の生き方になっているようですが、それも故あってのことのようです。

話を戻して、Tさんですが、彼女は私とはまったくと言っていいほど、違う世界を生きています。
いまは大分に住んでいますが、地方の良き共同体社会ではたぶん異質な存在でしょう。
ストレスがたまらないはずはありません。
いまそれが私に向けて吐き出されてきているわけです。
どう受け止めればいいか、よくわかりません。
いまはただ、誠実に彼女の半生記を読むだけです。
Tさんには伴侶がいます。
その伴侶に語ればいい話なのですが、それではだめなのでしょう。
人生の聞き役は、伴侶だけではないのかもしれません。
読み手がいないと、書くのが難しいのでしょう。

私の場合は、節子が読み手です。
だからこうして書き続けていられるのかもしれません。
いずれにしろ、書くことで気持ちはかなり鎮まります。
であれば、書いた人から送られてくるものも、きちんと読まないといけません。
問題は、どういうコメントを返せばいいのか、です。
正直、私は、彼女のことを、酒とたばこが大好きだということ以外、ほとんど知らないのです。

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■節子への挽歌2947:生活を共にすることの価値

節子
今日は秋晴れのいい天気です。
久しぶりに畑に行きました。
先週、種を蒔いていた大根が芽を出していました。
植物のすごさは、いつも感動的です。
季節違いに植えたさつまいもはやはりダメそうです。
いまは収穫のない時期なので、もっぱら野草との闘いですが、野草とも何か連帯感が育ってきています。
付き合う時間が重なってくると、親しみは増すものです。
節子との関係も、そういう面もあったのかもしれません。
生活を共にするという意味は、大きな意味をもっています。
節子がいなくなってから、つくづくそれを感じます。

白菜の種も蒔いてしまいましたが、肥料をやるのが面倒なので、何もせずに蒔いたのでいささか心配です。
でもまあ、彼らの生命力に期待しましょう。
先日、来春用のチューリップの球根も買ってきましたが、まだ百日草が元気なのでもう少し待とうと思います。
まあそんな感じで、畑もポチポチです。

そういえば、今年はトンボをまだ見ていない気がします。
例年ならもう出会っているはずですが、今年はセミも少なかったですが、トンボはさらに少ない気がします。
少しだけ畑をやっているだけでも、自然の表情の変化が意識できます。
同時に、生命との出会いもかなりあるのです。
今年の畑は、生き物が少ない気がします。
私ががんばって、環境を破壊し、生き物を追いやってしまったのかもしれません。
生きるということは、残酷なことなのかもしれません。

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2015/09/29

■節子への挽歌2946:相談してもらえる幸せ

節子
フェイスブックに、私とほぼ同世代の方からメッセージをもらいました。
私とは考え方がかなり違い、今回の安保法制論議に関しても、いろいろと厳しいコメントをくださっている方です。
しかし、単に私への反論を書くだけではなく、ご自分もしっかりと考えられている、とても誠実な方です。
考え方が違っても、誠実な議論ができる友人がいるのはとても幸せなことです。

その方は、私にはもう一つ「幸せ」があると書いてきてくださいました。

高年齢になっても多くの人々から尊重されご多忙なのは真に幸せなことですね。

たしかにそうかもしれません。
今朝は、実はもう一つ、相談のメールが届いていました。
残念ながら私の答えられる内容ではありませんでしたの、きちんとした相談者を紹介しました。
その方もたぶん、そうしたことを相談する年長者との付き合いがなかったのかもしれません。
実は、彼女は、あることで一度、湯島に相談に来たのですが、それが縁で今回も相談してきてくれたのです。
あんまり役には立てませんが、一人で考えているよりはいいでしょう。
そういう役割くらいは、私でも果たせるでしょう。
時のとんでもないトラブルに巻き込まれることもありましたが、
人の役に立つことは幸せなことですから、たしかに私は幸せなのかもしれません。

もっと気楽に周りの人たちに相談できるような生き方をすればいいのに、と思うこともあります。
しかし、まだまだ問題を抱え込んで、苦しんでいる人が多いです。
何で苦労をシェアしないのか。
節子がいなくなって、苦楽をシェアできることが、どんなに大切な事かがわかりました。
だから私もできるだけ、愚痴をこぼしながらも、誰かの相談に応じたいと思っているのです。

今朝の相談相手は、私のアドバイスを受けて、さっそく動き出すようです。
こんな感じで、自分のことがなかなかできません。
まあ、それが幸せということなのかもしれません。
節子のことを、何もしてやれないのは不幸なのですが。

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■節子への挽歌2945:心にポッカリ穴が空いた感じ

節子
今朝、20年ほど会っていない若い友人からメールが届いていました。
彼は毎年、必ず年明けにメールをくれます。
そして今年こそ湯島に行くといつも書いています。
しかしまだそれは実現されていません。
彼との接点は、そう多かったわけではありません。
ある自治体の都市計画を策定するときに協力してもらったことがあるだけです。
それも直接ではなく、一緒にやった友人の大学教授の学生だったのです。
しかし、どこか羽目を外したところがあり、ずっと気になっていました。
なぜか彼も私を気にしてくれていたようです。
毎年、年初に近況報告も含めた長いメールが届きました。
しかし、彼が卒業してからは一度も会っていません。

その彼からのメールです。
年初でもないのに、何事だろうと思いながら開いてみました。
書き出しはこんな文章でした。

このたび、父が9月25日に他界いたしまいた。 今なら愛妻を亡くした佐藤様の気持ちがよくわかります。

やはりそうかと思いました。
久しぶりにメールをくれる人の多くは、いつも重い内容なのです。

彼のお父さんが、数年前に脳梗塞をおこし、認知症気味になっていたことは知らされていました。
彼はこう続けて書いてきました。

父を預かっていただく、介護施設は少なく、 体重、身長とも大きな父の介護は母では無理であったので 私自分の仕事を辞め、命は二度と帰ってこないと思い、父の介護をがんばったのですが残念です。

野崎泰伸さんが書いた「共倒れ社会を超えて」という本があります。
自らも障害を持つ野崎さんは、いまの社会がいかに生きづらいか明らかにしています。
そうなっているのは、みんな自分で問題を引き受けすぎているからだとも示唆しています。
そのことを思い出しました。
彼も引き受けすぎ、背負いすぎていたような気がします。
そうならないように、今年のはじめに来た彼からのメールにも、一度、湯島に話に来ることを誘ったのですが、たぶんその時間さえなかったのでしょう。
問題を抱えた途端に、逆に小さな世界に埋没しがちなのです。
そういう社会の仕組みは、変えていかなくてはいけません。
そのためにも、もっと人の繋がりを育てていくことが大切だろうと思います。

彼はさらにつづけて書いています。

私には相談できる年長者が周りにいない状態です。 ご迷惑と思いましたが、父の年に近い佐藤様の事を思い出し、メールした次第であります。 今は、毎日介護していた、父がいなくなり心にポッカリ穴が空いた感じで深い悲しみの中にいます。 悲しみの中から抜け出し、ちゃんと生きていかなければと思うのですが、悲しくて、涙ばかり出てきます。 湯島に行き、悲しみからどう抜け出せばよいか相談することもあると思いますが、その節はよろしくお願いできればと思います。

年寄りにもできることはあるのです。
いつでも湯島にどうぞと返事を書きました。

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2015/09/28

■節子への挽歌2944:スーパームーンをみながらの月見鍋

節子
昨日は中秋の名月でしたが、今日は、昨日よりも月が大きく見えるスーパームーンだそうです。
それでむすめたちと庭で月を見ながらの食事でした。
メニューはロウソクの灯のもとでの月見鍋。
おいしかったです。

節子はこういうのが大好きでしたが、節子がいなくなってからはあまりやらなくなっていました。
どういう風の吹き回しか、ユカがセットし、ジュンも参加してくれました。
庭から正面に月が見えていました。
たしかに明るい月でした。
そのせいで、星はあまり見えませんでした。

節子がいなくなってから9年目に入りました。
節子が残してくれた文化は、まだ残っています。
節子も写真で参加しました。
節子の話もいろいろ出ました。

節子が逝ってから、もう9年。
もうそんなに時間がったのか、不思議な気がします。

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■節子への挽歌2943:とかく人の世は住みにくい

節子
気を抜くとまた、日数との差が開くので、挽歌を優先させようと思います。
今朝、娘と話をしていて、節子は格闘技が嫌いだったねという話になりました。
私も嫌いでしたが、節子はかなり徹底していました。
私は西部劇が好きだったのですが、節子は嫌いでした。
殺し合いがともかく嫌いだったからです。
それまで私は、西部劇での撃ち合いなどを気にはしていませんでしたが、節子から言われてみるとたしかに醜い殺し合いが多いです。
マカロニウェスタンが流行りだしてからの西部劇は、あまり見なくなりました。
西部劇に限らず、殺し合う場面のある映画は、節子は観ませんでした。

私も格闘技は昔から好きではありませんでした。
というよりも、まったく理解できないのです。
闘う相手は、人ではないはずです。
いささか理屈っぽいのですが、格闘技には大きな意味が潜んでいるような気がするのです。

節子から学んだことは、こういうことでした。
節子はたぶん意識もしていなかったでしょう。
だからこそ、私には学ぶことができたのかもしれません。
節子は、人を諭すようなことは言いませんでした。
節子は、知識や言葉ではなく、生き方において私にいろいろなことを気づかせてくれたのです。

いま、安保法制を巡って、いろんな言説が私にまで届いてきます。
私は、軍事による抑止力という発想自体に、格闘技を重ねたくなるのですが、友人からも、3日考えたけれども佐藤さんの主張が理解できないと言って、公開の場でていねいなメールをもらいました。
いただいた問いかけには応えなければいけません。
応えているうちに、世界が広がりますから、反対意見はありがたいことです。
しかし、どこかにむなしさを感じます。
問題は、簡単なことなのです。
節子なら言うでしょう。
なかよくやればいいだけだ、と。
生活者には、難しい理屈も議論も不要なのです。

このブログは、生々しい自分とちょっとソフィストケイトされた自分とを混在させながら、書き続けています。
見栄を張りながら、恥をさらけ出しているということです。
節子との世界は、まさにそうだったからです。
論理だけでの対話は、何か私の性には合わないことを、最近痛感しています。
論理の世界はぶれてしまうからです。
夏目漱石が、「知に働けば角が立つ,情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ,とかく人の世は住みにくい」と書きましたが、漱石も生きにくい社会を生きたのでしょう。

社会からの逃げ場が、やはりほしいです。

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2015/09/27

■節子への挽歌2942:闘うことを忘れるな

節子
昨日のサロンはとてもよかったです。
友人の話も感動的でした。
大川さんは自分が関わった裁判の被告のことを話している時に、涙ぐみました。
大川さんはとても明るいやさしい人で、涙など見たことがありませんでした。

その被告は、冤罪によって生活を破壊されたのです。
幸いに大川さんたちの弁護活動で、その人の冤罪は晴れたのですが、すい臓がんでその人は亡くなりました。
息を引き取る前日、大川さんに電話があったそうです。
冤罪が晴れたところで、すべてが解決したわけではありません。
その思いを、彼は大川さんに伝えたかったのでしょう。
そして大川さんは、それに応えて、いまも彼のことを忘れずにいる。
深い感動を覚えました。

大川さんは大学時代のクラスメイトです。
節子は会ったことはありませんが。
私と違って、社会の表舞台で、正面から不条理に立ち向かい、闘ってきた人です。
社会から脱落した私とは大違いです。
そのせいか、ゆっくり話す機会は最近までありませんでした。
昨日の彼の話を聞いて、そのことを悔やみました。

大学時代、私が触発された先生の一人が「刑法」の団藤重光さんです。
その後、最高裁の判事になった人です。
団藤さんの講義で、ドイツの法律家のイェーリングの「権利のための闘争」を教えてもらいました。
しかし、いつの間にかそれをすっかり忘れていました。
大川さんの、長い、静かな、そして勇気ある取り組みは、まさに闘いだったのです。
それも理解せずに、彼が関わった司法改革を批判したことを少し反省しました。
人の思いは、外からはなかなか見えないものです。

久しぶりに大学時代のことを少し思い出しました。
節子に合わなかったら、違った人生になっていたかもしれません。
もちろん節子も、私と会っていなければ、まったく違う人生になったでしょう。

大川さんは、いまを「闘いを忘れた時代」だと言いました。
穏やかで、いつも笑顔の大川さんの口から、そういう言葉が出るとは、思ってもいませんでした。
その言葉がとてもうれしかったです。
闘いを忘れていなかった人がいたのです。
私も、「闘い」を忘れた「凡庸」な存在にならないようにしなければいけません。

節子からも静かな闘い方を学びはしましたが、節子がいなくなってから、闘う気力も萎えていました。
大川さんの話を聞けたことに感謝しなければいけません。

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2015/09/26

■カフェサロン「個人の尊厳と社会の尊厳」の報告

今日のちょっとハードなカフェサロン「個人の尊厳と社会の尊厳」は11人の参加でした。
弁護士の大川真郎さんが、心に残った裁判の話を踏まえながら、まさにテーマにぴったりの話をしてくださいました。
大川さんがなぜ弁護士になったのか、そしてなぜ弁護士会の活動に軸足を移して、司法改革という難事に取り組んだのか、友人でありながら、そういう話をきちんと聞くのも初めてでした。
これまで司法改革に批判的なことを書いてきましたが、大川さんの思いの深さを知って、自らの不明さを恥じました。
加えて、これまで取り組んだ裁判の被告の大変さに言及する時の大川さんの表情は実に印象的でした。

大川さんが詳しく話してくれた4つの裁判に共通するのは、被告の自らの尊厳を懸けた信念と勇気と忍耐であり、それが社会の尊厳を守ったということです。
そういう勇気ある人たちのおかげで、社会、つまり私たちの生活が守られていることを、私たちはもっと認識しなければいけないと、改めて思いました。

大川さんのお話で、心に深く残ったことを3つだけ書いておきます。

裁判では個別の事件しか扱えないが、個別事件の裁判が法や社会を変えていくことがある。
人間は大事にされなければいけない。司法はその守り手ではないのか。
現在は闘いを忘れた時代になっている。それでいいのか。

いずれも具体的な裁判の話に関連させて話してくれました。
大川さんの最近の著書「裁判に尊厳を懸ける」にも語られていることですが、やはり本人から直接聞くと心に沁みこんできます。
私には感動的な3時間でした。

参加者も多彩で、話し合いもいろいろと広がりました。
今回は、医療制度改革に取り組んできた本田宏さんも初参加してくれましたが、大川さんの医療過誤裁判の話に関連して、医療の世界の実態などを話してくれました。
本田さんは「患者さん第一」を理念に活動をされていますが、大川さんの被告視点での姿勢につながるものを感じました。

いろいろと話していくと、やはり制度自体が人間を呪縛しているとともに、司法や医療や法律といった個別の領域を超えた活動の連携が不可欠だというような話になりました。
様々な分野で活動している人たちの、緩やかなカフェサロンはやはり続けようと思いました。

いずれにしろ、大川さんが関わった裁判の被告たちのように、信念と勇気と忍耐をもった「闘い」が必要であり、闘う人たちの連携がもっと広がっていくことが大切です。
大川さんの本にも書かれていますが、19世紀のドイツの法律家イェーリングが言っているように、自己の権利を守ることによって法一般が守られ、法一般が守られることによって自己の権利が守られるのです。
昨今の憲法問題や安保法制、あるいは原発問題にもつながっている話です。
原子力損害賠償法問題などに取り組んでいる本間さんが、最後にそのことに言及してくれました。

参加者からもさまざまな体験紹介や思いの発信がありました。
ご紹介できないのが残念です。
大川さんの話ももっとたくさんの内容があったのですが、ぜひ大川さんの著書「裁判に尊厳を懸ける」を読んでください。
今日の話を聞いて、読み込みが少なかったことを反省して、私ももう一度読み直してみようと思います。
私のホームページにも簡単な紹介記事を書いています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/books.htm#150719

20151026


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■節子への挽歌2941:「…って、どんな意味があるのだろうか」

節子
また挽歌がたまってきました。
別に時間がないわけでもないですし、書きたくないわけではありません。
ただただ書けていないだけです。

人は元気の時はいいです。
自分がやっていることのすべてが、価値のあることのように感じられる。
しかし、何かでめげてしまうと、やっていることのすべての意味が感じられなくなってしまう。
この1~2年は、そうしたことの繰り返しです。
世間的に言えば、情緒不安定、躁鬱気分とでもいえるでしょうか。

いつも事の始まりは、極めて瑣末なことから始まります。
節子はよく聞いたことのある言葉でしょうが、「…って、どんな意味があるのだろうか」という極めて小さな疑問から始まります。
いま陥っているのは、湯島で毎週のようにやっているカフェサロンって、いったいどんな意味があるのだろうかという疑問です。

実は今日も湯島に来ています。
「個人の尊厳と社会の尊厳」をテーマにしたサロンです。
大学時代の友人に話題提供してもらうのですが、大阪で弁護士事務所を開いている彼の時間を割いてもらって、彼に迷惑を与えたのではないかという気がし出したら、何かちょっと気になりだしたのです。
いつか彼にお返しができればいいですが、なかなか難しそうです。
まあ私の「恩送り」主義から言えば、そういう考えは不要なのですが、気になると止まりません。
それに休日なのにわざわざ湯島まで来てくれる参加者の人たちはどうでしょう。
私に付き合っているのかもしれません。

こんなサロンをやっていても、社会は変わらない。
そう思うとやはり考えてしまうのです。
いうまでもありませんが、私はいまの社会の生きづらさを、少しでもなおしたいと思って、サロン活動をしています。
でも何も変わらない。
だから時々思うのです。
「サロンをやることに、どんな意味があるのだろうか」と。
節子がいたころは節子に訊ねていました。
節子の答えは、いつも、「じゃあ、やめたら」でしたが、それでいるも疑問は解消されました。
あんまり論理的ではないのですが、論理的ではない対話が夫婦では成り立ちます。

そろそろその友人が来ます。
迷いは捨てなければいけません。

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2015/09/23

■緊急カフェサロン「安保法制成立をどう考えるか」の報告

急な呼びかけにもかかわらず、10人の人が集まってくれました。
ご多用の中を、仕事を犠牲にしてまで参加してくださった方もいました。
残念ながら、今回の安保法制やその採決のあり方に怒りと不安を持った人だけでした。
そもそもこの集まりを緊急開催したのは、私の反対姿勢に異を唱えた人たちと話し合いたくての企画だったのですが、一人も参加してくれませんでした。
やはり思いの深さの違いかもしれません。
そこにこそ、もしかしたら時代が凝縮されているような気もします。
しかし、幸いに、怒りのぶつけ合いには終わらなかったように思います。

参加者のおひとりが、「刃(やいば)は内に向けられている。私たち一人ひとりの生き方がどんどんと狭められている」と話されました。
私もまったくそう思います。
湯島でのこの種の話し合いも、来年はもうできなくなっているかもしれません。
しかし、その一方で、新しい動きも出てきたという話もありました。
若者は明らかに動き出していますし、大人たちも少しだけ政治に目覚めた動きもあります。
地殻変動が始まったと評価した人もいます。

いま大切なことは、「何を優先するか」です。
目先の問題にかまけて、大事なものを見逃してしまうような愚行だけはしたくありません。
ニーメラーのような後悔もしたくない。
そう思えば、一人ひとりが、いま何をすべきかは見えてくるでしょう。
そして、今日の10人が、明日の100人に広がることを念じています。

学ぶことを忘れてはいけないと参加した大学教授が話されました。
若者への言葉ではありません。
大学教授である自分も、若者から学ばなければいけないという意味です。
時代を切り開く真実は、いつの時代も「少数派」にあります。
あるいは、時代に染まっていない若者たちにあります。
いや、子どもたちかもしれません。

余計な知識の呪縛をすてて、素直に事実を見れば、裸の王様とその取り巻きのような愚行は犯さないでしょう。
なぜそれが多くの安倍政権支持者には見えないのか。
そのわけを知りたかったのですが、今回はそれができなかったのが残念です。

今回の集まりは一過性のものにしたくなく、継続させることにしました。
もし、今回の政府の進め方や安保法制の意義について、賛成の方で、問題提起してもいいという方がいたら、湯島の場所を提供し、私が事務局を務めますので、カフェサロンをやってもらえないでしょうか。
日程は、できるだけ合わせますので、ご連絡ください。

もし政府支持の人が手を挙げてくれない場合は、
次回は、「民主主義ってなんだろうか」をテーマにしたいと思っています。
また今回議論になった「国民投票制度」もテーマとして考えています。

出来ることから少しずつ、行動も始めたいと思っています。
それが時代の岐路とも言うべき、いまを生きる私たちの責任だろうと思います。

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2015/09/22

■節子への挽歌2940:気分が変わると世界は変わってきます

節子
気分が変わると世界は変わってきます。
少しだけ気分を変えようと思って、今朝は少し早目に動き出しました。
一段落してテレビをつけたら、ハナミズキの一青窈さんのインタビューが出ていました。
ハナミズキと言えば、以前、地元のギタリスト宮内さんが、わが家にわざわざ献花ではなく、献歌に来てくれた時の曲です。
それもあって、なんとなく見てしまいました。
そして初めて一青窈さんのこととハナミズキの歌の意味を知りました。
一青窈さんの話は、あまりよく理解できませんでしたが、気持ちは伝わってきました。
人はみんな、いろんな思いを背負って生きている。

このテレビのせいではないのですが、気分を変えることにしました。
世間はいま、長い5連休ですが、私にはまったく無縁です。
いろいろと溜まっていた用事などを消化しようと思いながら、心身が動かずに、いささか暗い連休を過ごしていました。
気が萎えていると、それをさらに落とし込むようなことが起こるものです。
そんな悪循環の中にはまっていました。

気を改めて、少し動き出しました。
そうしたら、いろんなことが動き出しました。
いずれも、ほんの小さなことです。
安保法制関連の話もありますが、私の気をふさいでいるのは、安保法制に関しても小さなこと、例えばちょっとした意見の違いや心無い攻撃的メールなのです。
しかし、そういう小さなことも、気が萎えているとひどく響いてしまいます。
それに慰めてくれる人もいません。
位牌の節子も、そんなことは聞きたくはないでしょう。

ところが、気を戻したからでしょうか、奇妙なほど、いろんな動きがいい方向にまわりだしたような気がしてきました。
不思議なほどです。

気分が変わると世界は変わってきます。
節子がいる時は、節子が私の気分を変える存在でした。
その節子がいないいま、自分で気分は変えないといけません。
今日は、ちょっとばかり気が戻ってきました。
朗報も入ってきました。

人間、良い時もあれば悪い時もある。
そう信ずるのがいいようです。

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■建物散歩ツアー(入間編)のお誘い

9月に、若林さんに「建物散歩のたのしさ」をテーマにしたサロンをやってもらいましたが、実際にその楽しさを体験する建物散歩ツアー(入間編)を若林さんに企画してもらいました。
私の不手際で、ご案内が遅くなってしまいましたが、10月17日の開催です。
誰でも歓迎です。
参加ご希望の方は、私にご連絡ください。

○日程:2015年10月17日(土曜日) 小雨決行
○散歩地域:埼玉県入間地区(池袋から西武線で40~50分)
○集合場所:西武池袋線入間市駅改札口
○案内人:若林さん
○コース予定:
11時 入間市駅集合出発
 午前  ジョンソンタウンを見学、
      途中で昼食(食事代は各自負担)
 午後  旧石川組迎賓館
     豊岡教会
     黒須地区見学(岡野さんに解説案内してもらいます)
16時半 西武池袋線入間市駅で解散
○募集人員:8名前後
○参加費:学生    500円
学生以外 1000円

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2015/09/21

■節子への挽歌2939:お彼岸なのでおお墓に行きました

節子
安保法制の強行採決のおかげで、また生活のリズムが狂ってしまいました。
まあ論理的には関連性はないのですが、精神的にはかなり影響を受けています。
そのため、また2日も挽歌を書かずに終わってしまいました。
困ったものです。

お彼岸なので、お墓に行ってきました。
涼しくなったので、今日から造花をやめて活花にしました。
それもにぎやかにしようと、洋花に加えて、わが家の庭や畑の花も持っていきました。
いわゆる「仏花」は、私は好きではないので、家の仏壇も基本的にはあたたかな感じの明るい雰囲気の花にしていますが、お墓の供花も同じようにしています。
最近はそういう雰囲気のお墓も増えています。
仏花だと菊が多いのですが、菊は長持ちはしますが、華やかさがありません。
今日は、華やかな花を選んで組み合わせたので、とてもにぎやかな感じです。
両親も節子も喜んでいるでしょう。

相変わらず気は萎えたままです。
時評編がまだ書けずにいます。

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2015/09/20

■緊急カフェサロン「今回の安保法制成立をどう考えるか」のお誘い

緊急サロンのお誘いです。
フェイスブックに、今回の安保法案に顚末に関する投稿をいくつかしていたら、いろいろとコメントをいただきました。
賛否両論です。
なかには、簡単には答えられないものもありました。
それで、緊急カフェサロン「今回の安保法制成立をどう考えるか」を開催することにしました。
急ですが、お時間があればご参加ください。
主催は、リンカーンクラブですが、私が事務局役で担当します。

テーマは大きくは2つです。
ひとつは、これは民主主義の終焉ではないか、という進め方の問題。
もうひとつは、安保法制の内容に関する是非論です。
どちらが中心になるかは、当日の参加者次第です。
さらに第3のテーマが出てきたら、それも含めます。

最初に究極的民主主義所長であり、リンカーンクラブの初代代表の武田さんが20分ほど話をします。
武田さんは、今回の経緯を見ていて、涙が出てきたそうです。
どういう涙かは、当日、お訊きください。
その後は、参加者が私見を述べ、後半は全員で話し合えればと思います。
暴力は厳禁ですが、異論の激烈なぶつけ合いは歓迎です。
ただし、参加者のそれぞれの意見を認めあう姿勢は基本に置きたいと思います。

急なので、参加者はあまり集まらないと思いますが、とにかく今ここでやっておかないといけない気がしてきて、リンカーンクラブの武田さんと相談して、開催することにしました。
よろしくお願いいたします。

○日時:2015年9月23日(水曜日)午後1時半~4時半(予定)
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf

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2015/09/18

■昨日デモに参加して感じたこと

昨日デモに参加して感じたことをフェイスブックに書きました。
そこでも予告しましたが、頭が冷静に戻ったら、ブログできちんと書こうと思っていましたが、なかなか怒りはおさまりません。
それで、とりあえず、フェイスブックに書いた記事を転載しておきます。
それへのコメントもいろいろとありました。
なかには、ますます怒りがこみ上げるコメントもいくつかありました。
怒りはおさまりそうもありません。
困ったものです。
以下、今朝、フェイスブックに書いた最初の文章です。

昨日ほど疲労感の残ったデモはありません。
帰宅して録画していた国会中継を早送りで見て、これは民主主義への宣戦布告だと思いました。
安保法制が平和への宣戦布告であることをまさに物語っています。
委員会の最後の場面だけをニュースで見た人や鴻池委員長を閉じ込めたという報道の言葉を真に受けた人たちには、野党の暴挙と見えたかもしれませんが、ていねいにこれまでのことを見て、各地のデモにも参加し、自分で考えてきたら、たぶん違ったことも見えてくると思います。
そうしないと、アイヒマンをはじめとしたドイツ国民がそうであったように、共犯者になるでしょう。

現政権がいかに嘘ばかりを重ねてきたかも、広聴人として国会で発言した濱田元最高裁判事の言葉を借りれば、「普通の知的レベルの人」であれば、気づくはずです。
自民党から全く異論が出ないのは、もはやかれらは思考停止し、知性を失ったからでしょう。思考しない人から構成される政党は、山崎さんがコメントされたように「カルト集団」と言われても仕方がありません。
ガルトゥングが言っているように、暴力には「構造的暴力」もあるのです。今こそ、少しでも知性のある人は、しっかりした想像力をもたねばなりません。大人たちは、感性を持っている若者に学ばなければいけません。

ブログできちんと書こうと思っていますが、いま書くと、どうやら「素直に」罵倒したくなりそうなので、少し頭を冷やしてから、ブログに書くつもりです。
しかし、安倍自民党は、どうもルビコンをわたってしまった気がします。
「ヴァイマル憲法とヒトラー」の著者の池田さんが言うように、これほどの国民蔑視は、ヒトラーでさえ、やらなかったことです。

まだ怒りがしずまらないため、とりあえず一言、異論を書こうと思っていたら、やはり長くなってしまいました。
やはり午前中は、頭を冷やしていた方がよさそうです。

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■節子への挽歌2938:逝く者の贈り物

節子
友人から聞いた話です。
ずっと頭に残っているので、書いてしまうことにします。

友人の妹さんががんになりました。
おそらく手術の際の不手際が原因で、その人は医療不信に陥り、医療拒否をするようになってしまったそうです。
症状が悪化しても、医師を受け付けなくなってしまいました。
友人は、妹さんの家に寝泊まりして看病しながら、なんとか医師に診てもらおうと思い、いろいろと工夫しました。
最後に苦肉の策で、医師とは言わずに、診てもらうようにしたそうです。
しかし医師とわかった途端に、彼女は拒否反応を示しました。
その時に、その医師が、彼女に厳しく言ったそうです。
「あなたは逝くかもしれませんが、残された方が笑顔になれません」。

その翌日、彼女は医師を受け入れだしたそうです。
しかしすでに時遅く、彼女は結局、逝ってしまいました。
しかし、最後はその医師ともとてもいい関係になっていたそうです。
おかげで、友人は笑顔を失わずにすみました。
まだ1年もたっていませんから、笑顔は無理でしょうが、いつか笑顔を取り戻す時が来るでしょう。
私も、彼女の笑顔をまた見たいです。

かなり不正確な記述ですが、この医師の言葉は、とても考えさせられます。
「逝く者の責任」と言ってしまうと冷たくなりますが、「逝く者の贈り物」と考えると、気分が和らぎます。

「逝く者の贈り物」に気づくのは、しばらくたってからです。
なかなか気づかないものです。
しかし、必ず何かを残してくれています。
それに気づくと、とても幸せな気持ちになれます。
そして、同時に、悲しさもまた戻ってくるのですが。

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■節子への挽歌2937:雨の中を寄り添って無言のデモをしている老夫婦

節子
昨日、国会デモに参加してきました。
8月30日よりは、参加者は少なかったですが、熱気はむしろ高かったです。
幸いに私がいる間は、雨はさほどひどくなかったのですが、雨を気にしている人はいませんでした。
道端に座っている中高年の夫婦も多かったような気がします。
みんなやりきれなさをかかえているのでしょうか。

昨日はなぜか、安保法案よりも、そうした夫婦の風景が気になってしまいました。
というのも、デモに出かける前、テレビで国会の特別委員会の荒れ模様を見ていたのですが、自民党の議員たちは、家庭でどんな会話をしているのだろうかと気になりだしたのです。
誰一人、トップに異を唱えない政党のメンバーには、たぶん「自分の生活」はないでしょう。
いったい彼らの生活や家族はどうなっているのかと、気になりだしました。
平和の基本は、生活であり、家族であり、夫婦です。
それがなければ、平和を語ることなどできないはずです。
嘘八百で、言うことがコロコロ真反対に変わっていく安倍首相や中谷防衛相を、いさめる伴侶はいないのか。
家族はいないのか。
友人はいないのか。
もしいさめないとすれば、「愛」がないからでしょう。
まあ、そんなことを思ったりしてしまったわけです。
そしてデモに行ったら、雨の中を寄り添って無言のデモをしている老夫婦に出会ったのです。

先日テレビで、新宿での安保法案賛成デモの風景を見た記憶がよみがえってきました。
そこでは若い母親世代の女性が盛んにシュプレヒコールを叫んでいました。
私にはとても信じられない風景ですが、この人たちは人を愛したことがあるのだろうかと思っていました。
本当に子どもを愛しているのだろうかとも思いました。
人を愛したことがあれば、戦争など賛成するはずがありません。
平和のための軍事力などという、矛盾した言葉に惑わされることなどないはずです。
戦う向こう側にも人はいるのですから。

国会での安保法案反対デモでも、女性のシュプレヒコールが目立ちました。
いつもは抵抗なく声が出せるシュプレヒコールも、昨日はあまり声が出せませんでした。
その好戦的なリズムが気になったのです。
「あべはやめろ!」というコールも前回は違和感がなかったのですが、今日は少し抵抗がありました。
もしかしたら、いまの日本から失われているのは「愛」かもしれない、となぜか突然思ってしまったのです。
疲労感がどっと出てきました。

警察官が高圧的で挑戦的だと、昨夜、デモに行った人が書いてきました。
私も一度書きましたが、原発反対デモの時に比べると、今回は確かに警察官が高圧的だと感じていました。
しかし、昨日は警察官をよく観察しました。
若い、本当に子どものような素直そうな警察官が前線にかりだされています。
彼らは、もしかしたら、大勢のデモの市民に恐怖や不安を感じているのかもしれません。
そこに不足しているのは、やはり「愛」なのでしょう。
彼らは決して、高圧的でも、挑戦的でもない。
こちらの意識を少し変えるだけで、見え方はかなり変わってきます。

そうか、いま失われているのは「愛」なのだと、改めて感じました。
そういう気分になってしまったためか、どうもデモの現場にいるのがつらくなってしまいました。
だらしのない話ですが。

昨日は、デモに行かなければよかったです。
愛の失われた時代を、実感させられた気分になってしまったからです。
そんなわけで、足取り重く帰宅しました。
こんなに疲れたデモは初めてです。

時評編では、まったく違ったことを書きそうですが、こんな気分も感じたことを、挽歌編に書いておきたくなりました。
節子がいたら、あの老夫婦のように、シュプレヒコールにも同和せずに、ただ静かに座っているような参加ができたかもしれません。
そうしたら、世界はまた違って見えたかもしれません。

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2015/09/17

■安保法制反対デモと野党のがんばり

安保法制の参議院での採決が迫っています。
そうした中で連日、国会でのデモが激しくなってきています。
昨夜は、かなりの雨にもかかわらず、国会周辺でのデモは続きました。
シールズのメンバーも頑張っています。
ちなみにシールズは、私は最初、あまり評価できずにいましたが、私の認識が間違っていました。
かなり本気になってきていますし、社会的になってきています。
人は、場を通して急速に成長するのでしょう。
場に出かけていない、私とは大違いです。
フェイスブックではいろいろと紹介していますが、ここでもシールズの奥田さんの国会の公聴会での映像を紹介しておきます。
うまく開けるといいのですが。
https://www.youtube.com/watch?v=5dsMhkj6eHk#t=72

しかし、最近のNHKの報道姿勢はますますおかしく感じます。
一昨日の夜の党首討論はひどかったです。
ついでに古いですが、山本太郎さんのNHKの日曜討論での発言のユーチューブも紹介しておきます。
https://www.facebook.com/cwsosamu/posts/10200815113896048?pnref=story

横浜の地方公聴会での水上弁護士の「公聴会が単なるセレモニーで茶番であるならば、私はあえて申し上げるべき意見を持ち合わせておりません」という発言は、やはり新しい事件と言っていいでしょう。
当然のことを口に出す人が現れだしたのです。
そのまま席を立てば、もっとよかったのですが。

話がそれましたが、国会周辺でのデモの盛り上がりに呼応するように、国会内部での野党の行動もしたたかさを強めているようです。
結局、16日には委員会も開催できずに、17日に持ち越しました。
そのおかげで私は寝不足になってしまい、今朝も眠かったです。
しかし、夜通しデモに参加していた人に比べれば、楽をしすぎています。
今日もまた雨です。
老躯に鞭打って。デモに行くべきでしょうが、あんまり自信がありません。
一応、雨合羽持参で出かけるつもりですが。

委員会の開催時刻が迫ってきました。
またしばらくはテレビに釘づけになりそうです。

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2015/09/16

■節子への挽歌2936:サンピエール修道院

節子
サンチアゴ巡礼中の鈴木さんから、初めてのハガキが届きました。
歩き出したから、間もなく1か月ですが、フランスのモワサックから出状されています。
回廊で有名なサンピエール修道院のあるところだそうですが、残念ながらサンピエール修道院については知識が皆無です。
それでネットで調べてみました。
http://izmreise.la.coocan.jp/France/Romanesque/Moissac/Portail/moissac_portail.html
素晴らしい回廊で、柱頭彫刻も見事です。
一度、巡礼路を歩くと、また歩きたくなってしまうという理由が少しわかりました。
単なる観光とはやはり違った感動があるのでしょう。
観光として行ったら、たぶんこうした柱頭彫刻とは会話はできないでしょうが、巡礼者にはたぶん話しかけてくるに違いない。
そんな気がします。
サンピエール修道院の写真を見ていて、イランのイスファハンのイマーム広場を思い出しました。
あれが節子との最後の海外旅行になりました。

鈴木さんは、フランスの LE PUY から歩き出して、もう400キロは歩いたそうです。

毎日、いろいろな人と会い、また別れていく。
旅、巡礼は人生の縮図であると感じるときがたびたびあります。

と書いてありました。
濃密な人生体験をしているようです。

出会う事柄の密度においては、たぶん巡礼よりも世俗での日常の方が多種多様でだと思いますが、日常生活では事件が多すぎて、人生が見えなくなっているのかもしれません。
そういう意味では、巡礼の日常はたぶん人生の感度を高めてくれるのでしょう。
巡礼は、人生としっかりと向き合う旅なのかもしれません。
毎日の風景が全く違っている。
時間と文化がしみ込んだサンピエール修道院のようなところで、自分を相対化してみると、もしかするとまったく気づかなかった自分に気づくかもしれません。

帰国後に、鈴木さんに会うのが楽しみです。

Moissac


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■節子への挽歌2935:その花はダリアですか?

節子
昨日は久しぶりにゆっくりできました。
だいぶ元気になりました。
午前中、畑に行ってきました。
しばらくぶりだったので、畑は完全に野草の世界に戻っていました。
道路沿いの花畑も野草に埋もれそうでした。
しかし、百日草は元気に咲いていました。
義姉から聞いていたように、強い花です。

その花はダリアですか?
突然、通りがかりの知らない女性から声をかけられました。
いえ、百日草です、と答えると、祖母が育てていたダリアに似ていて、いつもきれいだなと思っていました、と言ってくれました。
手入れ不足で、道を通る人に申し訳ないと思っていたのですが、「きれいだ」と思ってくれていた人もいてくれたのです。

よかったら、いつでもどうぞ切り花にお持ちください、とお伝えしましたが、いまの野草の状況では花畑にも近づけないかもしれません。
もう少しきちんと手入れをしなければいけません。
しかし、百日草は元気で、次々と花を咲かせてくれます。
来年は斜面一面を百日草にしてもいいかもしれません。

ついでにランタナも斜面に植えたのですが、元気です。
しかし日照不足か、花が咲いていません。
これから咲いてくれるでしょう。
もし冬を越してくれたら、ランタナもきれいに咲いてくれるはずです。

畑部分は手の施しようもないほどでしたが、一列、畝をつくりました。
大根か白菜を蒔こうと思っています。
しかし予想以上に、野草が生い茂り、気が滅入ります。
植物の生命力は、実にすばらしいです。

畑の端に、ゆずの木があります。
昨年は100個以上実をつけましたが、今年はほとんど実が成っていません。
植物も年によって元気さは違うようです。

ところで、ダリアですが、隣家の皇帝ダリアが素晴らしいので、今春、庭に皇帝ダリアを植えました。
しかしどうも元気になりません。
枯れてはいないのですが、花が咲いてくれるか心配です。
植物と付き合うのも、それなりに大変です。

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2015/09/14

■節子への挽歌2934:2回も携帯電話を受けてしまいました

今日は携帯電話には出ないと決めていたのに、朝、うっかり携帯電話をとってしまいました。
まだぼーとしていたためです。
しかし、内容は、ちょっと「深刻な相談電話」でした。
1時間ほどの長電話になってしまいました。
でも電話で話して、少しは役立ったでしょう。
私も気になっていた問題だったので、よかったです。
かなり「公的な問題」でもあるのですが、いつか公になるかもしれません。
社会にはたくさんの問題が隠れています。
それが見えだすと、本当にやり切れません。

天気がよくなったので、畑に行こうかとも思ったのですが、やはりその元気が出てきません。
テレビの国会中継を見てしまったら、ますます元気はなくなってしまいました。
本を読もうとすると眠くなってしまいます。
パソコンに向かうと、そこにやるべき課題リストがあって、10項目くらいが急いでやるという赤丸がついています。
中には5分もあればやれることもあるのですが、気が乗らないとどうしてもやれないのです。
パソコンは夜にしようと決めました。
まだ相撲をやっているなとテレビを見に行ったら、白鵬が連敗に場面でした。
ますます元気がなくなりました。
私のなかでは、白鵬は負けるはずのない力士なのです。

あまりのことにぼーっとしていたら、携帯電話が点滅しているのが見えて、反射的に受けてしまいました。
九州のGさんです。
どうやらみんなで楽しくやっているような雰囲気の声が聞こえてきました。
いま、佐藤さんの話になって、みんなが会いたいというので電話しました、とちょっと酔っているような感じです。
もしかしたらと思ったら、やはりYさんが私の話をしているようです。
元気ですか、と訊かれたので、ほどほどにと答えましたが、自分が元気だと相手も元気だと思うのが人の常です。
私の身の上相談に乗ってほしいくらいでしたが、相談する元気も出てきません。

というわけで、今日はうっかり携帯電話に2回も出てしまいました。
そのせいではないのですが、疲労感は一向になくなりません。
明日こそ、携帯電話には出ないで、心身を整えましょう。
やはり畑に行くのが一番いいかもしれません。
今や私を癒してくれるのは、自然しかないかもしれません。

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■武力や武装は攻撃への抑止力か誘発力か

昨日の朝日新聞の「日曜に想う」に、論説主幹の大野博人さんが、今春、フランスで出た「悪循環」という小説の始まりの部分を紹介していました。

日々にらみ合っている日本と中国の戦闘機が、ついに南シナ海上空で不測の事態を引き起こす。 互いに近づきすぎて、一方の戦闘機が相手を撃墜。パイロットは無事に脱出したが、やられた側はすぐ報復に。相手国の艦船を攻撃して沈没させた。乗組員約20人が犠牲になる。

決して可能性のない話ではありません。
軍拡競争の必然的な結果とさえ言えるでしょう。
これまで人類はどれほどこうした愚行を繰り返してきたことでしょう。
この小説の副題は、「第3次世界大戦の発端」だそうです。
第3次世界大戦の始まりは、日本の安保法から始まったと、歴史に書かれることがないとは言えません。

日本人は相変わらず、日米同盟による軍事力増強に依存した「安全保障」の世界にいるようです。
あるいは、自らの生き方に基づいて、近隣諸国が日本を攻めてくるという考えを持っているようです。
第二次世界大戦後、占領軍に対して抱いた恐怖感は、自らが侵略地で行ったことをイメージしたのではないかと、たとえばジョン・ダワーは「敗北を抱きしめて」で書いていますが、人は自分の行動原理に従って他者の行動を予測するものです。

アメリカでは、いまも銃による殺傷事件が多発しています。
たぶんその生き方の延長に、戦争大国としてのアメリカが成り立っているのでしょう。
武力や武装は、決して平和にはつながりません。
むしろ、偶発的な事故も含めて、戦争や衝突を誘発することになるでしょう。
武力や武装、軍事同盟は、攻撃の誘発力になったとしても、長い目での抑止力にはならないでしょう。
なぜなら、そこには相手を威嚇し、抑圧する姿勢があるからです。
威嚇や抑圧は、いつか必ず反発を受けるものです。

中国や韓国や北朝鮮が日本に攻めてくると考えている人は、
たぶん、無意識にではあれ、中国や韓国や北朝鮮を侵略したいと考えているのでしょう。
私には、そうとしか思えません。
そうでなければ、相手が日本に攻めてくるなどと考えるはずがないからです。
なぜそうした考えを持つようになったのか。
私には、悲しい話です。

安保法案は国民の反対の高まりにもかかわらず、強行採決に向かっています。
その姿勢にこそ、まさに安保法案の本質を感じますし、安保法案の成立には不安を感じますが、私にとってもっと残念なのは、多くの人が、武力や武装が戦争の抑止力となるという考えを持っていることです。
そういう考えであれば、平和の世界は、夢のまた夢でしょう。
法案よりも、私には、それが残念でなりません。

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2015/09/13

■節子への挽歌2933:疲れています

節子
夏の疲れが出てきたのか、あるいは歳のせいなのか、最近、どうも疲れやすくなっています。
今日は、あるプロジェクトの相談で湯島に出かけていましたが、5時間近い話し合いが終わった後、何やら疲れ切ってしまいました。
幸い、その後、もう一人、相談に来たいという人と約束していたのですが、急用ができて来られなくなったので、すぐ帰宅したのですが、ぼーっとしていたせいで、一つ手前の駅で下車してしまいました。
それも、何となく違和感をもちながら、改札を出てしまったのです。
われながら信じがたい話です。

我孫子駅に着いたら、駅前で憲法9条をまもろうという署名運動をやっていました。
チラシを配布している人と目が合ったせいか、その人が私を追いかけてチラシを渡してくれました。
しかし、私は書名もせずに、そのまま家に向かって歩いてきてしまいました。
少し歩いて署名を呼びかけられたのだと気づき、一瞬、戻って署名しようかと思ったのですが、結局そのまま歩き続けました。
思考と行動がつながらなかったのです。
かなり疲労困憊しているようです。

疲労しているのは、頭だけではありません。
今日は湯島の58段の階段を上るのがつらくて、途中で休みたくなりました。
オフィスについてから、ぐったりしてしまい、冷蔵庫を探して栄養ドリンクを飲んでなんとか持ちこたえました。
困ったものです。

今日、話し合いをしていた人が、佐藤さんはこういう話し合いをいくつもこなしているのは驚きだと言ってくれたような気がしますが、実はこなしてなどいないのかもしれません。
疲れてボーっとしているだけになってきているのかもしれません。
にもかかわらず、疲れ切ってしまう。
さて、どうしたものでしょうか。
とりあえず、明日は自宅でゆっくり休む予定です。
携帯電話には出ませんので、あしからず。

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2015/09/12

■節子への挽歌2932:秋の花の季節

節子
娘の友人が、今年もまた献花に来てくれました。
毎年、おしゃれな花束を届けてくれます。
今年は、品格のある大人っぽいブーケでした。
節子は気にいったでしょうか。
それにしても、節子は本当に花に恵まれた人です。
不思議です。

花言葉というのがありますが、それとは別に、花は物語を生み出す力があります。
花を見ていると、それを感じます。
花の表情は、実に豊かなのです。
これも節子の花に付き合っていて、学んだことです。

庭の曼珠沙華が咲きだしました。
なぜか今年は黄色ばかりです。
雨続きだったので、最近、畑には行っていないのですが、たぶん畑の花はみんな雨風でだめになっているでしょう。
しかし、また秋の花の季節です。
庭もまた、いろいろな花が咲きだすでしょう。
畑にも種を蒔きに行かなければいけません。
節子のいない庭は、最近また荒れ気味です。
小さな庭ですが、毎日接していないと、彼らは自分たちの物語を創りだしてしまうのです。
花の手入れは、思った以上に大変です。
まだ私自身、花の仲間に入れてもらえていないのでしょう。

そろそろまた畑通いも再開です。
秋が長いといいのですが。

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■節子への挽歌2931:人生の過剰を捨てることの難しさ

節子
鬼怒川の堤防が決壊しました。
その様子をテレビで見ていて、自然はやはり生きていると感じました。
正確に言えば、自然の意思のようなものを感じたのです。
いつものように、論理的な思考の結果ではなく、突然にそう感じただけです。

自然の表情の変化は、いつも実に鮮やかです。
その変化の中で、私の感情の乱高下など、些末な話です。
自分の存在を相対化できれば、人生はきっと平安になるのでしょう。
自然は、時々それを教えてくれるのかもしれません。

人生には「過剰」がつきものです。
過剰がなければ、人生は面白くはないでしょう。
しかし、過剰があればこそ、感情は乱高下し、平安はもたらされない。
感情の乱高下は、多くの場合、過剰によってもたらされる。
その過剰を捨てることができれば、人生はどんなに平安でしょうか。
平安が退屈だと感じないようにするにはどうしたらいいか。
それが見つからないまま、感情の乱高下に付き合う気力が次第に消えてきているような気がします。

いまでも、思い出すだけで、気持ちが沈んだり、不安感に襲われることがあります。
本来はしっかりと立ち向かわなければいけないのですが、その気力がない。
その部分を、私の「過剰な一部」として捨てればいいだけの話ですが、なかなかそれができない。
過剰を捨てていくと、人生はどんどん小さくなる。
それを受け入れたくない自分が、まだいるのです。

昨日は、挽歌をかけずに終わりました。
過剰な部分も含めて、昨日は少し厭世観にうもれてしまっていました。
今日の青空にようやく癒されました。

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■カフェサロン「建物散歩のたのしさ」の報告

ちょっと知的なカフェサロン「建物散歩のたのしさ」は、いつもとはちがったメンバーになりました。
参加者が少なかったのが残念でしたが、若い女性が3人、参加してくださいました。
長年、この活動をしている「街歩き達人」の若林さんが、埼玉の地勢や歴史を踏まえて、興味深い建物をたくさん紹介してくれました。

私が度肝を抜かれたのは、現在は本庄市立歴史民俗資料館 になっている旧本庄警察署です。
http://takuan21a.exblog.jp/17622151
明治16年に建てられた洋風建築ですが、なんとコリント式の列柱が創られています。
明示16年に、こんな建物がつくられていたとは驚きです。
ほかにも、魅力的な建物がたくさんありました。
どうして埼玉にはこれほど残っているのでしょうか。
いや意識したら、私の周辺も含めて、どこにもまだ残っているものもしれません。
大切なのは、そうしたものへの関心なのでしょう。
それは、たぶん私たちの生き方にもつながっています。

ところで、若林さんの観察によれば、いまに残る魅力的な建物の多くが、地元の有力者によって、景気が悪い時に作られているケースが多いのだそうです。
つまり職人たちに仕事を提供する場を、意図的につくりだしたということです。
それは地域経済を守るとともに、職人の技術を守るという意味があったのでしょう。
まさに「経世済民」の経済が、有力者によって行われていたわけです。

埼玉県の河川と用水の詳細な地図も見せてもらいました。
これがまた素晴らしい地図です。
ちょうど前日に鬼怒川の堤防の決壊が生々しく報じられていましたが、埼玉はある意味で江戸を守る遊水地域だったのだそうです。
大地全域に血管が張り巡らせているような地図を見ていると、大地とともに生きている私たちの生活が、可視化されているような気がしました。
この図をお見せできないのが残念ですが、ネットで調べたら次の記事が見つかりました。
そこに小さく表示されています。
http://www.japanriver.or.jp/taisyo/oubo_jyusyou/jyusyou_katudou/no16/no16_pdf/w-forum.pdf
小さいのとカラーでないのが残念ですが。

入間にあるジョンソンタウンも初めて知りました。
建物がコミュニティをつくりだす。
これも示唆に富む事例です。

簡単な紹介しかできないのが残念ですが、実にわくわくする時間でした。
10月17日には、実際に若林さんの案内で建物散歩をします。
詳細が決まったら、ご案内します。

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2015/09/10

■節子への挽歌2930:心揺さぶられる風景

節子
我孫子にも避難所が設置されたほどでの大雨です。
小貝川も越水が起こりそうな状況です。
昨日も東京は時折ひどい雨でした。
3回ほど、都内を歩く必要があったのですが、そのいずれもがすごい雨で、それこそ数分歩いただけだったのに、ずぶ濡れになりました。
なぜか私が外を歩く時には必ず滝のような雨が降りました。
自然に叱られているような気がしました。

午前中、各地の大雨の様子をテレビで見ていました。
自然が荒れている風景は、なぜか心が揺さぶられます。
そこに生を感ずるからかもしれません。
まるで人間たちへの怒りのようにさえ、感じます。
不謹慎な言い方ですが、それを見ていると、なぜか元気が出てくるような気がします。

私が心揺さぶられる風景がもう一つあります。
砂漠の中にある古代遺跡です。
テレビで再放映された、パルミラのドキュメンタリーをみました。
最近、ISが爆破したと報道されているベル神殿も含めてのドキュメンタリーです。
パルミラには行ったことがありませんが、一番行きたかったところです。
パルミラの映像を見ていると、いつも不思議なほどに心がドキドキします。
ここに住んでいたのではないかと言う気になるほどです。
と言っても、パルミラに限ったことではなく、砂漠の中の列柱遺跡をみるといつもそういう気分になるのです。
これは、同じ「心揺さぶられる気分」ですが、むしろ「平安」につながります。
なぜか懐かしさが全身を広がってくるのです。

しかし、そのパルミラ遺跡も破壊されつつある。
それも「怒り」によってです。

怒りは破壊につながるのでしょうか。
破壊は、さらなる怒りを生み出すのかもしれません。
怒りを生み出すために、人は「破壊」をするのかもしれません。

雨が上がったようです。
ちょっと出かけてこようと思います。
雨上がりの風景には、自然のやさしさを感じます。
雨がすべての怒りや不浄を洗い流してくれたからかもしれません。

私たちは、自然に包まれて生きています。
最近そのことを強く実感できるようになってきています。

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2015/09/09

■ダイニングを変えるべきか、変えないべきか

今日の挽歌に「ご馳走」の話を書いたので、思い出したことがあります。
これも今日のことですが、電車に乗っていたら、こんなコピーのある広告が目につきました。

食卓をおしゃれにしてから 夫にはコンビニのお惣菜も ご馳走に見えているようだ

さぁ ダイニングを変えよう。

家具販売店のIKEAの広告です。
現代を見事に象徴している広告コピーです。
たしかに、おしゃれでない食卓よりも、おしゃれな食卓での食事のほうが楽しいでしょう。
しかし、この広告は、コンビニのお惣菜はご馳走ではないと明言しているわけです。
そして、食事の内容よりも、食卓のほうが大事だとも言っている。
つまり、食事の内容よりも、ダイニングセットを大事にしようと言っているわけです。
どこか違和感を持ちながらも、私自身もこのメッセージは否定できません。
つまり、そうだよなと思ってしまうのです。
でも、どこかおかしい。

新聞やテレビのニュースは、内容がどうであろうと、私たちは、なんとなくそこに真実や信頼を感じてしまいます。
山本太郎という国会議員の発言よりも、阿部首相やなんとなく政治家らしい議員の発言を信じてしまう。
無名の人の発言よりも、大学教授の発言に信頼感を持ってしまう。
専門家の言葉は、信頼できるものだと思ってしまう。
どんなに騙されてきたかを忘れてしまう。
医師資格免許を持っていない人の医療行為には不信感を持ってしまう。
最後の例は、当然だろうと言われそうですが、私は大切なのは医療行為であって、資格の有無ではないと思っています。

大切なのは、内容そのものです。
そういう視点が、最近ちょっと忘れられているのではないかという気がしてなりません。
でも内容を問い質すのは難しい。
形を問題にして変えていくのは、それに比べれば簡単です。
だからついつい私たちは、内容よりも形式や肩書や手段を重んじてしまう。
こうした発想が、私たちの生き方そのものを覆いだしている。

この広告を見ていて、何か最近の私の生き方は間違っているのではないかという気にさせられてしまいました。
ダイニングをおしゃれにしたらご馳走に見えるようなものは、断固として拒否していこうと、改めて思い直しましたが、あまり自信がありません。
困ったものです。

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■節子への挽歌2929:お布施のご馳走

節子
武田さんにご馳走になってしまいました。
貧乏な佐藤さんに、たまにはちゃんとした寿司を食べさせたいと言って、お寿司をご馳走してくれました。
まあ貧者へのお布施です。
お布施は受け取らないと失礼に当たります。
それに、武田さんの言葉は、ちょっとムッとしたいところですが、事実といえば事実です。

もっとも、私には高級と言われる食への関心は、まったくと言っていいほどないのです。
むしろ、高価な食事をしていると、なにやら罪の意識が芽生えてしまうのです。
それに、昔からそうですが、グルメと言われる人のおすすめの食事はたいていにおいて、私の口に合わないのです。
たしかにおいしいのですが、それよりも採りたての野菜や魚介類をそのまま簡単な調理で食べるのが、私には最高の贅沢でもあるのです。

とまあ、こんなことを言うと、せっかくのお布施の心を踏みにじることになりますので、あまり言わずに(うっかり少しだけ言ってしまいましたが)出かけました。
連れて行かれたのは、銀座久兵衛です。
有名なお店ですが、残念ながら私はその有名度合さえ知りませんでした。
もっと驚くべきだったのですが、驚かなかったのです。
猫に小判というところでしょうか。困ったものです。
武田さんもご馳走のし甲斐がなかったでしょう。
武田さんのご指名で、平さんという方が握ってくださいました。
平さんは、とてもいい人でした。
それに、とてもおいしかったです。はい。

たまたま武田さんの知り合いのご夫妻が来ていました。
某社の経営者だった人ですが、奥様もよく来られるそうです。
節子には一度もそんなことをさせられませんでした。
穏やかそうに話されているご夫妻を見ると、やはりうらやましさを感じてしまいます。
私たちには、こういう老後はやってきませんでした。

ちなみに、今日は夕食もお布施の夕食です。
2回ほど、ある会でお会いした方なのですが、なぜか私の発言のどこかが心に残ったようで、一度、お話ししたいと連絡があったのです。
ありがたいことですが、お布施に見合うお話ができるかどうか、心配です。
しかし、まあ、いただいたお布施は、いつかまた誰かに恩送りすればいいでしょう。
恩送りできるように、明日からしばらくは、思い切りつつましやかな食事にしようと思います。

台風がひどくならなければいいのですが。

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2015/09/08

■節子への挽歌2928:森谷さんを見送りました

節子
森谷さんが亡くなりました。
もっとも、節子はそれほどお付き合いがあったわけではありません。
しかし、森谷さんは、節子の葬儀に来てくださいました。
江戸っ子気風の、律儀な人でした。

森谷さんは、私が住んでいる我孫子市での最初のNPOの設立者でした。
日曜大工が得意の森谷さんは、以前から独り住まいのお年寄りの家などをバリアフリーにするとか、階段の手すりをつけるとかのボランティア活動をしていました。
私はその時、知り合ったのですが、きっぷのいい江戸っ子気質でした。

その後、活動も広がり、NPOの先駆者のひとりとして各地に講演などにも行っていました。
ある時、相談があるんだと自宅に呼ばれました。
NPOの展開に関する相談でしたが、森谷さんが多くの独り住まいの高齢者たちにどれほど頼りにされているかが伝わってきました。
その後も、時々、呼び出され、時々、お会いしていましたが、ついに一緒に何かをするという機会はありませんでした。

節子が病気になってからは、付き合いも途絶えました。
しかし、節子の葬儀に、どこで知ったのか、森谷さんも来てくれました。
最後に会ったのは、私が勝手にある人を森谷さんにお引き合わせした時だったでしょうか。
その時は、珈琲をご馳走になったような、あるいは珈琲をご馳走したような、いずれかだったはずですが、なぜかそれが最後でした。
どうして、それ以来、会わなかったのか思い出せませんが、別に会わなくてもいつも会っているような人でした。
心がオープンで、嘘のない人でしたから、いつもつながっていたのです。
そんなに親しいわけでもなく、何か一緒にしたことがあるわけでもないのに、しかしなんとなく認め合える関係だった気がします。
時々、そういう人がいるものです。

その森谷さんが逝きました。
92歳でした。
森谷さんの遺影は、笑い顔のいい写真でした。
良い人生だっただろうなと思いながら、いろいろと思いだしながら、お経を聴いていました。
宗派をお聞きしませんでしたが、あまり聞いたことのないお経でした。

森谷さん
いろいろとありがとうございました。


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■敵対しているのは、決して「人と人」ではない

10日ほど前の話ですが、今朝のテレビで知って、とてもうれしかったので、紹介させてもらいます。

8月29日、宮崎県高千穂町で、住民有志でつくる「五ヶ所平和祈念碑奉賛会」主催の慰霊祭が行われたそうです。
慰霊されるのは、70年前の終戦前後、高千穂町内の山中に相次いで墜落した旧日本軍と米軍の航空機の搭乗員です。
墜落したのは、日本の陸軍戦闘機「隼」と米軍爆撃機B29です。
隼戦闘機は、終戦直前の8月7日、訓練中の事故でした。
B29は、終戦まもない8月30日、福岡の連合国軍捕虜収容所に補給物資を投下する途中に事故でした。

事故のあった当時、地元の人たちは、両者の遺体を分け隔てなく丁寧に埋葬し、若者たちの死を悼みました。
その後、この2つの悲劇は長い間忘れられていたが、1989年に登山家がB29の残骸を見つけたのをきっかけに史実の掘り起こしが始まり、住民は募金活動をし、戦後50周年の95年に2つの事故の犠牲者を慰霊するために平和祈念碑を建立。
結成した奉賛会が毎年慰霊祭を開いてきているのだそうです。
戦後70年を迎えた今年は、20年ぶりに米国側の遺族も招待されたそうです。
式典には遺族や地元の人たち約100人が出席。
慰霊祭後に記念撮影した日米の遺族らは不戦を誓い合ったと言います。

国を超えて、人として悼む。
未来の展望が明るくなるような、いい話です。
敵対しているのは、決して、「人と人」ではないのです。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/191881

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2015/09/07

■節子への挽歌2927:「愛される自分」ではなく「愛する自分」を生きる

節子
ちょっと「愛について」の青くさい議論です。
このところ、愛するということの大切さを改めて感じているものですから。

愛する人がいるということは、愛する自分がいるということです。
人を愛するということは、たぶん世界を愛するということなのではないかと思います。
私は、どちらかというと、「愛する人」よりも「愛する自分」を大切にしてきました。
節子よりも自分を大切にしてきた、という意味ではありません。
「愛される」よりも「愛する」ことを大切にしてきたということです。

そして、「愛する人」の存在こそが、「愛する自分」の存在意味だと考えてきました。
「愛する人」の向こうには、大きな世界が開かれている。
愛の力が大きければ、その愛は「愛する人」で止まるわけはありません。
愛する人を通して、世界がすべて愛おしいものに変わっていく。
節子がいなくなって、そのことが何となくわかるようになってきました。
そのことは、これまでもこの挽歌で、間接的に書いてきたつもりです。

でも、時々、だれかに愛されたいと思うことはあります。
つまり、「愛される自分」がほしくなる。
そうなると、世界は見えなくなりがちです。
素直に生きることも難しくなる。
なぜなら、愛することは自分の問題ですが、愛されることは他者の問題だからです。
愛されることが目的になってしまい、生きることが手段になりかねない。

生きることは、たぶん「愛すること」です。
生きる力は、愛から生まれてくる。
愛する人や物を喪った時、人は生きる気力も失いそうになる。
そのことを考えれば、納得してもらえるかもしれません。
人はパンがなくても、愛がなくても、生き続けられない。
そう思います。

私が、「愛される自分」ではなく「愛する自分」を生き続けられているのは、節子のおかげだと思っています。
でもやはり、時には誰かに「愛されたい」と思うのは、まだ節子への未練があるからかもしれません。
まだまだ煩悩の世界にいるようです。

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2015/09/06

■ちょっとハードなカフェサロン「個人の尊厳と社会の尊厳」のお誘い

9月の「ちょっとハードなカフェサロン」は、日本の裁判制度をテーマに、「個人の尊厳と社会の尊厳」を考えたいと思います。
問題提起は大川真郎さんにお願いしました。
大川さんは日本弁護士連合会の事務総長として、「司法改革」にも取り組みましたが、私が深い共感を持っているのは、有名な豊島の産業廃棄物問題への取り組みです。
また医療訴訟の問題にも取り組まれ、その経緯も本で読ませてもらいました。

最近、大川さんは、これまでの心に残った7つの裁判の記録を「裁判に尊厳を懸ける」として出版されました。
そこで大川さんはこう書いています。

 もし、当事者らが裁判に立ち上がらず、人権侵害に屈していたならば、
 自らが著しい不利益を受けたまま終わっただけでなく、
 法によって保障された人権そのものが実質的に失われることになったかもしれない。

まさに、このサロンが基調とする「人間を起点とする社会」につながっているお話です。
そこで大川さんにお願いして、サロンに来てもらうことにしました。
お聞きしたいことは山のようにあるのですが、今回は、「冤罪」や「医療訴訟」などの事例を切り口に、「個人の尊厳と社会の尊厳」をテーマにお話しいただこうと思います。
スタイルは、いつものように、最初にお話をしていただき、後半はみんなの話し合いです。

みなさんの参加をお待ちします。

なお、「裁判に尊厳を懸ける」の紹介は次のところにあります。
もしお時間があればお読みください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/books.htm#150719

○日時:2015年9月26日(土曜日)午後1時半~4時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「個人の尊厳と社会の尊厳」
○問題提起者:大川真郎さん(弁護士)
○スタイル:大川さんのお話の後、みんなで話し合う。
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

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■節子への挽歌2926:誕生日としての命日

節子
節子もよく知っているTさんが来ました。
彼女の妹さんが、昨年末、がんで亡くなったのです。
医療に対する不信感から一時は医療拒否になり、姉としては大変だったようです。
しかし、最後は医師への信頼も取り戻し、眠るように息を引き取ったそうです。
この種の話は、誰にでも話せることではありません。
たぶんTさんは、ずっと心に閉じ込めていたようです。
翌日、話を聞いていただきありがとうございました、とメールが届きました。
そして、改めて最後の様子を書いてきてくださいました。
とても感動的な話です。
妹さんの息遣いさえ伝わってくるような話です。
おそらくTさんには忘れられない日になったでしょう。

娘たちは命日よりも誕生日を祝いたいと言います。
命日は、どうも気が重くなるようです。
たしかに「楽しい思い出の日」ではありません。
哀しいばかりか、思い出すだけで、何か暗闇に引き込まれそうになることもあります。
しかし、私は、実感のない誕生日よりも、命日を大切にしたいと思います。
それに、私には命日は、節子にとっても私にとっても、新しい誕生日のような気もするのです。

節子が息を引きとった前後の記憶は、実は極めてあいまいになっています。
意識的に記憶から消去したいという脳の働きがあるのではないかと思うほど、あいまいです。
時間的な記憶の空隙もありますし、自分の意思で動いていたのかどうか確信を持てないこともあります。
しかし、だからこそ、私は命日を大切にしたいと思っています。
なにそこから新しい2人の時間が始まったのですから。

Tさんはいま、社会的にも大活躍している人です。
しかし、いま彼女は独身です。
妹さんは自分が看取ったが、自分は誰が看取ってくれるのだろうかというような話に少し向かいました。
これは彼女にかぎらず、多くの人の問題でもあります。
家族も、人の付き合いも、いま大きく変わりつつあるからです。
死を共有できる人がいるかどうかはとても大きな問題です。

節子の命日には、今年は誰も来ませんでしたが、何人かの人からお花が送られてきたり、節子はいまもなお見舞われています。
少し遅れましたが、また献花に来てくれる人もいるようです。
少なくとも、私は毎朝、お経をあげています。
節子は、良い時代を生きたのかもしれません。

命日から3日間、いろんなことを考えました。
ちょうど佐久間さんの「唯葬論」を読んだところでもあるせいか、看取り合うコミュニティを育てることを考えたりしました。
そういえば、その佐久間さんも花を送ってくれました。
節子はいま、花に囲まれています。

本当に節子は良い時代に行きました。
それがとてもうれしいです。

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2015/09/05

■オリンピック白紙撤回の夢

みんなで社会を動かす仕組みを標榜しているchange.orgから「文部科学省, 国際オリンピック委員会, 内閣総理大臣: 2020年東京オリンピックの開催返上を求めます」 に賛同をお願いしますというキャンペーンの案内が届きました。
https://www.change.org/
すぐに賛同しました。
そしてフェイスブックにシェアさせてもらいました。
そして次のような余計なことまで書いてしまいました。

大賛成です。最近、オリンピック関係者の特技になっている白紙撤回をしてほしいです。オリンピックは今や完全な商業主義になっています。私が不思議に思うのは、スポーツ選手の中からなぜボイコット運動が起きないかということです。まともなスポーツ選手なら、気づいてほしいものですが。

反論がどっと届くだろうと思っていました。
もちろんなかったわけではありません。
しかし驚くことに、私と同じように賛同してくれた人が続出し、change.org事務局から、あなたの紹介で○○さんが賛同しました、という連絡が次々に届きだしました。
いまも続いています。
改めてネット時代のすごさを実感しました。
なにしろ私の知らない人の名前が半分以上もあるのです。
ということは、私はすでに知らない人の中に大きく身をさらしているわけです。
それにしてもオリンピックを望んでいない人が私のほかにもたくさんいるのだということを知ってうれしくなりました。
オリンピックにかこつけて集まっている禿鷹のような人ばかりになったと私はかなり厭世観を強めていたからです。

もう一つ、「スポーツ選手の中からなぜボイコット運動が起きないかということです。まともなスポーツ選手なら、気づいてほしいものですが」と、いつもながらの、言わずもがなのことまで書いたのですが、これに関しても大きな批判がなかったのも驚きでした。
なかには共感してくれた人もいました。

昨今の商業主義化したオリンピックを、スポーツ選手はどう考えているのか、いつも不思議に思っています。
前にも書きましたが、会社のロゴマークを身に着けて、自らを宣伝媒体にしている人たちが私には実に惨めに見えますが、彼らはいったい自分をどう考えているのか、理解できません。
誇りなどないのでしょうか。
それに、これも前に書いて、批判されましたが、100分の1秒で測定される競技は、私には人間のものとは思えません。
完全に部品扱いです。
私には彼らは生きた人間には見えません。
アスリートのドーピングが問題になっていますが、パフォーマンスアップウェアだって同じように感じます。
「アスリート」と言われる人たちにとってのスポーツとは何なのでしょうか。

またまた問題発言シリーズになってしまいました。
今回はフェイスブックには載せないようにしましょう。
これ以上、友人を嫌いにはなりたくありませんので。

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2015/09/04

■「ビハインド・ザ・コーヴ」

昨日の朝日新聞に小さな記事が出ていました。

「イルカ追い込み漁へ出港、水揚げはなし」。 国内で唯一、イルカの追い込み漁をしている和歌山県太地町(たいじちょう)の漁師たちが3日朝、今季初めて出漁した。 世界動物園水族館協会(WAZA)に残留するため、日本動物園水族館協会(JAZA)が追い込み漁によるイルカの入手を禁じてからは初の出漁となった。

またその前日、こんな記事もありました。

日本のイルカ漁を批判的に描いた映画「ザ・コーヴ」に対抗し、反捕鯨団体の活動などを記録した映画「ビハインド・ザ・コーヴ」を日本人女性がつくった。カナダで開かれている「モントリオール世界映画祭」で9月4日と7日に上映される予定だ。

少し長いですが、朝日新聞の記事をもう少し引用します。

「ザ・コーヴ」は、和歌山県太地町での伝統的な追い込み漁を隠しカメラなどで撮影した作品で、2010年に米アカデミー賞を受賞した。漁師がもりでイルカを突き、海の色が真っ赤になっている場面などが論議を呼んだ。 「ビハインド・ザ・コーヴ」は、東京都内の映画会社代表、八木景子さん(48)が400万円の自費を投じて制作。太地町でイルカ漁を監視する反捕鯨団体シー・シェパードの活動記録やインタビューで構成している。 (中略) 八木さんは「食と宗教の自由は認めあうべきだ。それが世界の戦争をなくすことにつながる」と話している。 鯨やイルカを食べる文化がなぜ批判されるのか、もともと疑問に思っていて、国際司法裁判所(ICJ)が昨春、日本の南極海での調査捕鯨に中止命令を出したのを機に実態を調べ始めたという。 日本での公開は決まっておらず、八木さんが上映してくれる映画館を探している。 映画のダイジェスト版はインターネットの動画サイトで公開している。 https://www.youtube.com/watch?v=OwbHbUq9Vnc

太地町のイルカ追い込み漁に関しては、以前、ケネディー駐日大使が批判をしたことがあります。
彼女は、たぶん背景も知らずに流れに乗ったのでしょうが、それへの感想を書いたことがあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2014/01/post-5dd9.html
ケネディー駐日大使には、せめてNHKが放映した「小さな村の国際紛争」という記録番組を見てほしかったと書きました。

いままたクロマグロの捕獲制限が話題になっています。
こうした問題もまた、金銭経済の論理で支配されてきていることに懸念を持ちます。
問題の所在が違っているように思うからです。
最近の世界の動きのすべてに、私が感ずることです。

八木さんの活動にエールを送りたいです。

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2015/09/03

■中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年の思うこと

今日、「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念式典が北京・天安門広場で開かれました。
日本も含めて欧米の首脳は参加しませんでした。
国連の潘基文事務総長の参加に対して、日本の菅官房長官は「国連は中立であるべきだ」と批判しています。

私には大きな違和感があります。
戦争を捉える軸が間違っていると思うからです。
習主席は演説で「抗日戦争の勝利で日本軍国主義の企てを徹底的に粉砕し、大国としての中国の地位を再び打ち立てた」と戦勝の意義を強調したそうです。
先の戦争で、勝ったのは誰か、敗れたのは誰か。
日本国民は、勝ったのでしょうか、負けたのでしょうか。

いうまでもなく日本という国家は負けました。
それが国民にとって良かったでしょうか、悪かったでしょうか。
もっと具体的に言えば、あなたにとってはどうだったでしょうか。
私は、よかったと思っています。
日本国家は負けてよかった、と思うのです。
間違いを正してくれた、連合国には感謝したい気分です。
なんという非国民かと怒られそうですが、いまの日本に誇りを持っていますから、なんと言われようと構いません。

習主席のいう「抗日戦争」の「日」は、日本国民ではありません。日本軍国主義です。
「中国人民抗日戦争」と「世界反ファシズム戦争」が併記され、それへの勝利が祝われたのです。
だとしたら、敗戦によって解放された日本の国民もまた、祝ってもいいのではないか。
国連は中立であるというのは、国家の次元の話で、人々の平和という創設の理念から考えれば、反ファシズムを祝うのはおかしな話ではありません。
潘事務総長に関してもいろいろと言われていますが、菅官房長官の見識よりも、私は納得できます。

とまあ、私はこんな風に考えるのです。
先の戦争で、私たちは何を学んだのでしょうか。
負けたことを悔やんでいるのでしょうか。
私にはその感覚は全くありません。
もし負けていなかったら、いまのような精神的に豊かな生活はできていなかったと思うからです。
こんなに誇れて、好きになれる国にはなっていなかったかもしれません。
安倍首相から「愛国心を持て」などと言われなくても、日本が大好きです。

先の戦争で、日本軍国主義が粉砕されたことを喜び、祝いたい気分です。
「終戦」は「敗戦」をごまかした表現だと言われます。
そんな姑息なことをやっているから、敗戦状況が永続するのだとも言われます。
しかし、私としては気分的には、1945年8月15日は「戦勝記念日」と捉えてもいいのではないかとさえ思います。
日本国民は、自らによってではないかもしれませんが、アメリカや中国のおかげで、間違った歴史の歩みから解放された。
たしかに、他国と違って、ゲリラ活動も市民活動も起こりませんでしたが、国内外の見えないところで、さまざまな思いと活動があったように思います。

習主席は演説で、列強の侵略を受けた歴史からの決別と、平和的な台頭を目指すという中国の立場を強調し、中国軍の兵力30万人削減を表明したそうです。
これもうれしいことです。
軍事力の抑止理論から、オスグッドの一方的軍縮論に変わったとは言いませんが、まあうれしい話です。

戦いの構造を間違えてはいけません。
国会周辺のデモも大事ですが、世界を見る自らの目も問い質したいものです。
80年前の世界から学ぶことは、山のようにあります。

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■節子への挽歌2925:9回目の命日

9回目の命日です。
9回目ともなれば、あまり意識することもありません。
法事もありませんし、仏壇に何か特別のものを供えるわけでもありません。
節子がいないことは、もはやみんなの「日常」になっていますから、悲しみや寂しさが命日だからと言って高まるわけでもありません。
お盆よりも、何もない命日です。

今年は畑からとってきた百日草とセイジ花を活けるだけにしていたら、娘がユリの花を買って来てくれました。
節子の友人から送られてきた胡蝶蘭も供えさせてもらいました。
今年は、献花に来てくださる人もいないので、娘たちと一緒に、ジュンの連れ合いがやっているイタリアンのお店エヴィーバに食べに行きました。
節子の写真と小節子も同行しました。
まあ至って地味な9回忌でした。

ちなみに、節子が旅立ってから今日で何日目かを計算し直したら、2923日目でした。
一生懸命、数字を合わせてきたつもりが、計算違いだったわけです。
明日と明後日、書くのをやめて、正しい数字にする予定です。

節子は見るだけのお相伴でしたが。


9


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2015/09/02

■白紙撤回

今年の流行語大賞はどうやら決まったようです。
「白紙撤回」ですね。

新国立競技場につづいて、オリンピックのエンブレムが白紙撤回されました。
莫大な費用が、無駄になってしまったわけですが、経済成長にはダブルで寄与しますから、喜ぶ人も少なくないでしょう。
それにしても、こんな大きな問題を、白紙撤回しても、だれも責任をとらないというのが、実に恐ろしいです。
それに、白紙撤回ほど無責任な解決策はありません。
また、これほどに白紙撤回が日常化してしまうと、疑心暗鬼が横行しかねません。

もっとも、白紙撤回してほしいものは、なかなかしてもらえません。
これほどまでに反対の機運が高まってきたのであれば、安保法制も白紙撤回してほしいです。
私は、オリンピック招致も白紙撤回してほしいですし、原発再稼働も白紙撤回してほしいです。
ともかく白紙撤回してほしいことが山のようにあります。

白紙撤回が起こるのは、手続きにおかしいことがあるからです。
白紙撤回で終わらさずに、その原因を明らかにしてほしいです。
ネットによる監視の目がさらに向上することで、そうしたことができるようになってほしいです。
今回はまた、ネットの威力を教えられました。
私も、ネットをもっと活用して、自分でできることをやっていきたいと思います。

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■平和活動としてのカフェサロン

湯島では戦争反対サロンや平和サロンなどをやっていますが、そこで時々話題になるのが、「軍事力は抑止力になるか」という問題です。
多くの人はどうも「なる」と考えているようですが、私は「ならない」どころか、逆に戦争や暴力の誘発力になると考えています。
私の常識では、誰が考えてもそうだろうと思うのですが、どうもそうではなさそうです。
しかし、大きな時代の流れから言えば、世界は核軍縮にみられるように、抑止力としての軍事力神話は終わっていると思います。

では何が抑止力になるのか。
私は、人の繋がりだと思います。
あるいは、世界にはさまざまな人がいることを知り、お互いの尊厳を大切にしあう生き方の広がりだと思います。
そのためにも、まずは自らの世界を広げていくのがいいでしょう。
いろんな人たちが出会う場を広げていくのがいいでしょう。

湯島で開催しているカフェサロンは、参加者も少ない小さな出会いの場です。
しかし、そこで自分とは全く考えの違う人に出会うこともあります。
生活スタイルも全く違う人にも会えるかもしれません。
そうしたことを通して、少しだけかもしれませんが、寛容性や理解力が高まるかもしれない。
これが広がっていくことが、私が考える抑止力です。
いや、抑止力というよりも、支え合い力(相互支援力)と言った方がいいでしょう。
支えあう関係にあれば、戦争は起きにくくなる。
これが私の「平和活動」です。
そんな悠長な活動で平和は来るのかと言われそうですが、どんな大きな歴史的事件も、最初は本当に小さな出来事から始まるのです。
逆に言えば、小さな試みから大きなことが結実するかもしれません。

「国民として考える平和活動」も大切ですが、「一人の人間としてできる平和活動」も大切です。
そして、私の場合は、それが「大きな福祉を目指すコムケア活動」であり、カフェサロンが行われている「サロンカフェ」なのです。
そこに行くと気楽に心を開け、新しい出会いを得られる。
そんな「サロンカフェ」が、世界中に広がると、戦争はなくなるでしょう。
まあ私がまた戻ってくる来世か来々世には、きっとそうなっていると確信しています。

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■節子への挽歌2924:節子の友人たちからのメッセージ

節子
8回目の命日を前に、うれしいメールがまた届きました。
節子の幼馴染の、雨森さんからです。
私が雨森さんとお会いしたのは、節子が発病してからです。
節子の生家に帰省した時に、雨森さんご夫妻にお会いしました。
その後も何回かお会いして、ご馳走になったりしてしまいました。
雨森さんの話は、この挽歌でも書いたことがあります。

雨森さんは挽歌を読んでくださっています。
その雨森さんが、こんなメールを下さいました。
少し短くして引用させてもらいます。

8月30日に中学校の同窓会がありました。
何と同窓生198名で、参加が80名の大勢でした。死去された方25名。
幹事長の挨拶が始まりました。
節ちゃんの親友○○さんです。
素晴らしい話をしてくれました。
個人的に、節ちゃんの思い出話もしました。
節ちゃんは、遠くてもきっと参加してくれたのにと思うと、やはり残念です。

来年は、雨森さんが小学校の同級会の幹事だそうです。
この時もきっと、「ああ節ちゃんは居ないのか」と思うでしょうね、と書いてありました。
節子は、いい友だちをもっていますね。
ちなみに、雨森さんは男性です。

節子の友だちと言えば、滋賀の2人の友人から、今年も胡蝶蘭が届きました。
毎年送ってくれているのです。
節子はいまも、彼女たちの中では生きているのでしょう。
うれしいことです。

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■9月6日のオープンカフェサロンへのお誘い

昨日予告した通り、次の土曜日の9月6日にオープンサロンを開催します。
テーマがまったくなく、ともかく気楽に雑談ができる場にしたいと思います。
話したくない人は、ただ黙って珈琲を飲んでいるだけでも結構です。

湯島ではさまざまなカフェサロンをやっています。
ちょっと知的なカフェサロン
ちょっとハードなカフェサロン
大きな福祉を目指すコムケアサロン
戦争反対カフェサロン
農業と福祉を考えるサロン
などなど、です。
しかし、時々、テーマがあると敷居が高いとも言われます。
決してそんなことはないのですが、初めての人にはそう感ずるのかもしれません。

このブログの読者に向けて呼びかけたこともあります。
まだ会ったことのない人たちと出会う場にしたいと思ったのですが、毎回不発でした。
会ったこともないと、やはり敷居は高いのでしょうか。

それで、またともかく気楽に珈琲を飲みながら、茶飲み話をするサロンを始めることにしました。
私は基本的に「聴き役」ですが、相談にも少しは応じられるかもしれません。
なにしろ70年以上も生きていますので。
参加申し込みなど一切不要です。
出入りも自由なので、気が向いた時間にお立ち寄りください。

○日時:2015年9月6日(日曜日)午後1時~4時(出入り自由)
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○ルール:お互いに気持ちのいい時間を過ごすように心がけること
○会費:500円(部屋にある箱に入れてください)
○今回の珈琲:モカ(私が淹れます)

今月は日曜日開催ですが、しばらくは試行的に日程を変えていきます。案内は私のホームページのお知らせとフェイスブックに書く予定です。

まだお会いしたことのない方にもぜひお会いしたいです。
近くに湯島天神もあります。
どうぞ気楽に遊びに来てください。
そしてみんなで、「みんなのホッとする場」に育てていければと思っています。

では6日に、お会いできますように。

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2015/09/01

■オープンサロンを再開します

最近、湯島に来てくださる人たちから、「こういう場がもっとあると言い」といわれることが増えてきました。

先日、10年ほど引きこもっていて、人へ信頼感を失っていた若者が来てくれました。
初対面でしたが、1時間くらいして、自らのことを話しだしてくれました。
私にとっては、感動的な瞬間でした。
初対面で、しかも湯島に来たのも初めての人です。
話し終わった後、自分でもどうしてこんなに話してしまったのだろうと不思議がっていました。

湯島のコンセプトワークショップは、実はそういう場所に育てたかったのです。
部屋の外のドアの表札には、こう書かれています。

Pax intrantibus  Salus exeuntibus

ご存知の方も多いと思いますが、ドイツにあるローテンブルグの古城に書かれた銘文で、「来る者に安らぎを 去りゆく者に幸せを」という意味だそうです。
時に失敗しますが、私はこの精神を大切にしてきました。
ただし、相手が肩書きや権威や権力を盾にしたり、私に合わせようとしているのがわかった途端に、その精神は反転して、その人を追い出したくなります。
そのため、不快な感じを受けて、二度と来なくなった人もいます。

へこんでしまった時、無性に誰かに話したくなった時、あるいは静かに過ごしたくなった時、気楽に立ち寄れて、そこに行くと安心できる場所が生活の身近にあると、人は強くなれます。
湯島をそんな場所にしたいと思いますが、もしそうであれば、テーマ別のサロンだけではだめでしょう。
先日来た若者は、目的もテーマもなく、ただ信頼する友人から、佐藤さんに会いに行こうと言われたので、来ることができたと言ってくれました。
目的やテーマを、重く感ずる人もいます。
そうであれば、最初の頃のように、テーマも案内もなく、ただ決まった日に、そこに行くとホッとする気分になれる、そういう「オープンサロン」が大切です。
ちなみに、以前のオープンサロンは、毎月最後の金曜日の夕方と決まっていて、案内は一切していませんでした。
不定期開店ではなく、そこに行くと必ず居場所が得られる「みんなの空間」。
街のスナックやカフェがそういう役割を果たしているのでしょうが、湯島もそんな場所にできればと思っています。

そこで、改めて、そういう、テーマも目的もない、まったく無駄なカフェサロンを再開することにしました。
日程は平日の夜か休日か迷うのですが、日曜から試行的にスタートしようと思います。
覚えやすいように、毎月(1月を除く)、最初の日曜日の午後です。
誰でも歓迎です。
詳しくはまた具体的な案内を書きますが、その第1回目は9月6日の午後1~4時を考えています。
もちろん出入り自由で、私は必ずいます。
珈琲も絶やさないようにします。
まあ数日後のことなので、最初はだれも来ないかもしれません。
でも一人だとさびしいので、気が向いたらお立ち寄りください。
案内は明日、また書き込みます。

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■コモンズ空間としてのカフェサロン

私は、東京の湯島に小さなオフィスを持っています。
そこで27年間、中断した時期はありますが、カフェサロンを開催してきました。
そのオフィスを開いたのは、1989年(平成元年)の8月ですが、その時、1週間にわたって、オープンサロンと称して、友人知人に可能な時間に立ち寄ってくださいと連絡しました。
25年間、会社に勤務していましたが、そこを辞めた挨拶も込めての案内でした。
その案内に応じて、のべ100人を超す人たちが来てくれました。
なかには毎日のように顔を出してくれていた人もいました。
その体験が、その後の私の生き方に大きな影響を与えました。
そして、オープンサロンは「事務所開き」という意味ではなく、「誰にも開かれた」という意味のサロンとして、一時中断もありましたが、今日まで続いてきているのです。

私のテーマは「コモンズの回復」です。
オープンサロンは、それともつながっていき、いまではさまざまなテーマやスタイルのカフェサロンとして広がっています。
そして、誰かが何かを情報発信したい時には、その仕組みを活かしてもらうようにもなっています。

一時期、オープンサロンには20人を超える人たちが集まっていました。
テレビ取材を受けたこともありますが、目的もなく、ただただなんとなく人が集まる場に育っていっていました。
しかし、一緒にやっていた妻が病気になり、サロンは中断されました。
そして、妻は8年前に亡くなりました。
もうサロンはやるまいと思っていたのですが、友人たちからサロン再開の要請があり、2~3年ほどして再開しました。
しかし、やはり妻がいる時のようにはいかず、サロン開催を言っていた人たちも結局あまり来ませんでした。
言葉を真に受けてはいけないことを知りました。

その後、湯島に新たに来る人たちと話しているうちに、テーマを持った集まりを望んでいる人が多いことを知りました。
そして、テーマを持った話し合いのカフェサロンが広がりました。
最近は、シリーズ型のカフェサロンも数本あり、毎週のように湯島はサロンでにぎわっています。
またサロンによく参加する人たちのメーリングリストもできました。
ゆるやかなオープンプラットフォームネットワークに育っていけばいいなと思っています。
もしそういうものが育ってくれば、この湯島のオフィスもみんなに開放された、あるいはみんなでシェアするコモンズ空間になっていくかもしれません。
実は、それは27年前に私がコンセプトワークショップという会社を創設した時のビジョンの一つでもあるのです。
「コモンズの共創」です。

湯島のさまざまなカフェサロンで、世代を超えて、立場を超えて、いろんな人たちが、対等な立場で話し合う場を重ねていると、市民社会を生み出した公共的空間を体験している気がしてきます。
さまざまなテーマのすべてに私は同席していますので、私の世界はかなり広がりました。
そして、すべてのテーマはつながっていて、それを鳥瞰すると未来が見えてくるような気もしてきています。

長々と書いてしまいましたが、そんなわけで、このカフェサロンをもう一歩前に進めようという気になってきました。
そのためには、最初の原点に戻って、テーマのないオープンサロンをやはり基軸におこうと思い出しました。
長くなったので、明日また、この続きを書きます。

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■節子への挽歌2923:節子への供養の言葉

節子
今日はまた、節子を褒めてくれた人の話です。
まあ8回忌の供養の大盤振る舞いで、書いておきましょう。

転職先を探していたSさんから、勤め先が決まったというメールが来ました。
そこに、8年前の話が書かれていました。
Sさんに無断での引用です。

以前、私が、仕事を実質的に失い、呆然とした状態で突然、佐藤家にお邪魔した日のこと、よく覚えています。 その日、奥様は病気が深刻なものであることをお知りになり、ご自身もさぞかしご心痛な時期に突然の訪問者である私にとてもおもいやりのある言葉をかけていただきました。 自分自身の状況ばかり心が行き、他者様への配慮が欠けていた私は、そのことと自分自身の至らなさに身を縮める思いと奥様と佐藤さんのお気遣いに触れ本当に有難く存じました。 その日、その時のことをよく思い出しながらも、今日まで、その時の佐藤家の本当に大切な時間に突然乱入し且つ自分の苦境のみを夢中で訴えていた自分が恥ずかしく言葉にできませんでした。 ただ、今、就職が決まりました機会に言葉にさせていただきます。 思えば、この日が佐藤さんとのお付き合いを再開させていただいた最初の日であり、同時に佐藤節子様との一期一会の出会いの日でした。

節子の胃がんが再発し、症状がかなり悪化してから、見舞いではなく、わが家に来た人はSさんだけではありません。
最後の2か月ほどは、私にも全く余裕がなくなっていましたから、対応はできませんでしたが、それまでは突然近くに来たのでと言って、立ち寄ってくださる人もいました。
その人は、まさかそれほど妻の症状が悪いとは知らないでしょうから、むしろ善意で立ち寄ってくれたはずです。
夫婦で立ち寄った方がいますが、さすがにその時には、節子は対応できず、私だけで対応しました。
気もそぞろだったと思いますが、おふたりはどう感じたでしょうか。

たぶんSさんも、途中でなにか雰囲気を感じたのでしょう。
Sさんのこのメールを見て、私の未熟さを痛感しました。
私は、どうしても思いが表情に出るタイプなのです。
Sさんにもきっと違和感を持たせてしまったのだろうなと、反省しました。

しかし、それはそれとして、Sさんから改めてこう言われると、なにやらとても褒められたような気がします。
私が、でなく、節子がです。

Sさんは、その後も、献花に来てくださいました。
節子だけでなく、私がへこんでしまっている時には、元気づけをしに来てくれました。
私は何のお役にも立てませんでしたが。

そのSさんの就職が決まりました。
命日を前にして、何かとてもうれしいです。
私がどんなに節子を褒めても、節子は喜ばないでしょう。
しかし、Sさんからのこうした言葉は、節子への最大の供養です。
節子にも、さっそく報告しておきました。

自分が精神的に弱っている時には、他の人のことがとてもよく見えるものです。
そして世界も、よく見えてきます。
だからこそ、Sさんのような言葉のうれしさは、大きいのです。
言葉だけではないからです。
そういう体験をしてしまうと、言葉だけの慰めや言葉だけのお褒めの言葉を見分けられるようになります。
その分、生きづらくもなりますが、生きやすくもなるのです。

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