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2015/09/29

■節子への挽歌2946:相談してもらえる幸せ

節子
フェイスブックに、私とほぼ同世代の方からメッセージをもらいました。
私とは考え方がかなり違い、今回の安保法制論議に関しても、いろいろと厳しいコメントをくださっている方です。
しかし、単に私への反論を書くだけではなく、ご自分もしっかりと考えられている、とても誠実な方です。
考え方が違っても、誠実な議論ができる友人がいるのはとても幸せなことです。

その方は、私にはもう一つ「幸せ」があると書いてきてくださいました。

高年齢になっても多くの人々から尊重されご多忙なのは真に幸せなことですね。

たしかにそうかもしれません。
今朝は、実はもう一つ、相談のメールが届いていました。
残念ながら私の答えられる内容ではありませんでしたの、きちんとした相談者を紹介しました。
その方もたぶん、そうしたことを相談する年長者との付き合いがなかったのかもしれません。
実は、彼女は、あることで一度、湯島に相談に来たのですが、それが縁で今回も相談してきてくれたのです。
あんまり役には立てませんが、一人で考えているよりはいいでしょう。
そういう役割くらいは、私でも果たせるでしょう。
時のとんでもないトラブルに巻き込まれることもありましたが、
人の役に立つことは幸せなことですから、たしかに私は幸せなのかもしれません。

もっと気楽に周りの人たちに相談できるような生き方をすればいいのに、と思うこともあります。
しかし、まだまだ問題を抱え込んで、苦しんでいる人が多いです。
何で苦労をシェアしないのか。
節子がいなくなって、苦楽をシェアできることが、どんなに大切な事かがわかりました。
だから私もできるだけ、愚痴をこぼしながらも、誰かの相談に応じたいと思っているのです。

今朝の相談相手は、私のアドバイスを受けて、さっそく動き出すようです。
こんな感じで、自分のことがなかなかできません。
まあ、それが幸せということなのかもしれません。
節子のことを、何もしてやれないのは不幸なのですが。

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