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2015/09/14

■武力や武装は攻撃への抑止力か誘発力か

昨日の朝日新聞の「日曜に想う」に、論説主幹の大野博人さんが、今春、フランスで出た「悪循環」という小説の始まりの部分を紹介していました。

日々にらみ合っている日本と中国の戦闘機が、ついに南シナ海上空で不測の事態を引き起こす。 互いに近づきすぎて、一方の戦闘機が相手を撃墜。パイロットは無事に脱出したが、やられた側はすぐ報復に。相手国の艦船を攻撃して沈没させた。乗組員約20人が犠牲になる。

決して可能性のない話ではありません。
軍拡競争の必然的な結果とさえ言えるでしょう。
これまで人類はどれほどこうした愚行を繰り返してきたことでしょう。
この小説の副題は、「第3次世界大戦の発端」だそうです。
第3次世界大戦の始まりは、日本の安保法から始まったと、歴史に書かれることがないとは言えません。

日本人は相変わらず、日米同盟による軍事力増強に依存した「安全保障」の世界にいるようです。
あるいは、自らの生き方に基づいて、近隣諸国が日本を攻めてくるという考えを持っているようです。
第二次世界大戦後、占領軍に対して抱いた恐怖感は、自らが侵略地で行ったことをイメージしたのではないかと、たとえばジョン・ダワーは「敗北を抱きしめて」で書いていますが、人は自分の行動原理に従って他者の行動を予測するものです。

アメリカでは、いまも銃による殺傷事件が多発しています。
たぶんその生き方の延長に、戦争大国としてのアメリカが成り立っているのでしょう。
武力や武装は、決して平和にはつながりません。
むしろ、偶発的な事故も含めて、戦争や衝突を誘発することになるでしょう。
武力や武装、軍事同盟は、攻撃の誘発力になったとしても、長い目での抑止力にはならないでしょう。
なぜなら、そこには相手を威嚇し、抑圧する姿勢があるからです。
威嚇や抑圧は、いつか必ず反発を受けるものです。

中国や韓国や北朝鮮が日本に攻めてくると考えている人は、
たぶん、無意識にではあれ、中国や韓国や北朝鮮を侵略したいと考えているのでしょう。
私には、そうとしか思えません。
そうでなければ、相手が日本に攻めてくるなどと考えるはずがないからです。
なぜそうした考えを持つようになったのか。
私には、悲しい話です。

安保法案は国民の反対の高まりにもかかわらず、強行採決に向かっています。
その姿勢にこそ、まさに安保法案の本質を感じますし、安保法案の成立には不安を感じますが、私にとってもっと残念なのは、多くの人が、武力や武装が戦争の抑止力となるという考えを持っていることです。
そういう考えであれば、平和の世界は、夢のまた夢でしょう。
法案よりも、私には、それが残念でなりません。

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