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2015/09/05

■オリンピック白紙撤回の夢

みんなで社会を動かす仕組みを標榜しているchange.orgから「文部科学省, 国際オリンピック委員会, 内閣総理大臣: 2020年東京オリンピックの開催返上を求めます」 に賛同をお願いしますというキャンペーンの案内が届きました。
https://www.change.org/
すぐに賛同しました。
そしてフェイスブックにシェアさせてもらいました。
そして次のような余計なことまで書いてしまいました。

大賛成です。最近、オリンピック関係者の特技になっている白紙撤回をしてほしいです。オリンピックは今や完全な商業主義になっています。私が不思議に思うのは、スポーツ選手の中からなぜボイコット運動が起きないかということです。まともなスポーツ選手なら、気づいてほしいものですが。

反論がどっと届くだろうと思っていました。
もちろんなかったわけではありません。
しかし驚くことに、私と同じように賛同してくれた人が続出し、change.org事務局から、あなたの紹介で○○さんが賛同しました、という連絡が次々に届きだしました。
いまも続いています。
改めてネット時代のすごさを実感しました。
なにしろ私の知らない人の名前が半分以上もあるのです。
ということは、私はすでに知らない人の中に大きく身をさらしているわけです。
それにしてもオリンピックを望んでいない人が私のほかにもたくさんいるのだということを知ってうれしくなりました。
オリンピックにかこつけて集まっている禿鷹のような人ばかりになったと私はかなり厭世観を強めていたからです。

もう一つ、「スポーツ選手の中からなぜボイコット運動が起きないかということです。まともなスポーツ選手なら、気づいてほしいものですが」と、いつもながらの、言わずもがなのことまで書いたのですが、これに関しても大きな批判がなかったのも驚きでした。
なかには共感してくれた人もいました。

昨今の商業主義化したオリンピックを、スポーツ選手はどう考えているのか、いつも不思議に思っています。
前にも書きましたが、会社のロゴマークを身に着けて、自らを宣伝媒体にしている人たちが私には実に惨めに見えますが、彼らはいったい自分をどう考えているのか、理解できません。
誇りなどないのでしょうか。
それに、これも前に書いて、批判されましたが、100分の1秒で測定される競技は、私には人間のものとは思えません。
完全に部品扱いです。
私には彼らは生きた人間には見えません。
アスリートのドーピングが問題になっていますが、パフォーマンスアップウェアだって同じように感じます。
「アスリート」と言われる人たちにとってのスポーツとは何なのでしょうか。

またまた問題発言シリーズになってしまいました。
今回はフェイスブックには載せないようにしましょう。
これ以上、友人を嫌いにはなりたくありませんので。

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