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2015年10月

2015/10/31

■節子への挽歌2981:冬を感じるような寒さ

節子
今日は冬のような寒い1日でした。
畑に行かないといけないのですが、寒くて行くのをやめてしまいました。
ここしばらくまた行っていないので、花も野菜も元気をなくしているでしょう。
いささか心配ですが、さぼってしまいました。

庭のランタナがとても元気ですが、なぜか今年は赤い花ばかりになってしまいました。
それも今まで見たことのないような赤さです。
ランタナは、気分によって色が変わりますが、なんで今年はこんなに赤いのでしょうか。
困ったものです。
地植えのランタナはそろそろ越冬の支度をしてやらなければいけません。

畑に通った分、庭の草木の手入れがおろそかになっています。
節子がいたころ植えたサクランボが枯れてしまいました。
秋のバラも、今年はあまり咲いてくれません。
花木と付き合うのは結構大変です。
節子と違って、私はやはり不得手です。
明日は、少し頑張って手入れをしようと思います。

明日から11月。
夜、寒くて時々目が覚めるようになりました。
寒い冬はさびしいです。

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■疑念4:TPPへの危惧-もう一つの戦争

安保法制を整備し、日米軍事同盟を強化しないと他者からの攻撃を受ける恐れが高まっていると考えている必要が私のまわりにも少なくありません。
その場合、「他者」はかなり具体的な「他国」のイメージがあるようです。
一方、そうしたことが、たとえばイスラム過激派の攻撃を誘発するという意見も少なくありません。
アフガニスタンや中東で活動している人たちはそう感じているようです。
軍事的・暴力的攻撃に関しても、このように正反対の意見があります。
「戦争」が新しい局面に変質(対立構造が国家間から組織間に変質)してきていることも考慮に入れながら、総合的に考えなければいけません。

しかし、私たちの生活が攻撃されているという意味では、まったく違う局面での「もう一つの戦争」が進んでいるように思います。
私にはその問題の方が、もっと大きな「私たちの生活の安全保障問題」ではないかと思うのです。
それは、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)問題です。
昨年亡くなられた宇沢弘文さんは、TPPは万物を私有化し利潤追求の対象にしようとする市場原理主義の現れであり、各国がその固有の歴史の中で構築してきた社会的共通資本を破壊すると言っていました。
宇沢さんがいう、「社会的共通資本」とは、人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的制度のことです。
たとえば、日本の国民皆保険制度と組み合わさった医療制度や自然と調和した農業の営み、里山などの自然環境です。
あるいは、経世済民のための商慣行や無尽講のような相互扶助の経済の仕組みも、そこに含めてもいいかもしれません。
それらは「誰かのもの」というよりも、「みんなのもの」と言っていいでしょう。

最近の新自由主義的経済は、すべてのものの市場化(金銭化)を目指して「暴走」しています。
そうした「汎市場化」の動きに違和感を持ったことが、27年前に私が会社を辞めた理由の一つです。
少なくともそれには加担したくなかったからです。
当時は、環境や福祉の分野がこれからの成長産業だなどと言われていた時代です。
そうしたことへの異論は、当時私も話をしたり書いたりしていましたが、流れは加速されるだけでした。
最近も、その種のことを話させてもらうこともありますが、相手にはまったくと言っていいほど、その意味が伝わらなくなってきています。
フロンティアが不可欠な資本は、あらゆるものを「市場化」し、あらゆるものが金銭利益追求の対象になってきていますが、人間さえもがいまやその「部品」あるいは「商品」へと化しているのかもしれません。

TPPの報道では、関税が話題にされますが、関税はその「氷山の一角」でしかありません。
世界が単一の市場になってしまえば、地域固有の文化である「社会的共通資本」は失われていくでしょう。
それは、とりもなおさず、私たちの生活が壊れていくということです。

TPPを主導しているのは、いまやアメリカを掌中にするほど巨大化してきた資本だろうと思います。
その資本が目指すのは、徹底した自由化と市場競争化を目指した、新しいルールです。
しかも、そのルールを運営する主体は、悪評のISD条項に示されているように、国家というよりも、投資家です。
国家主権から投資家主権への変化だという人さえいますが、私もそう思います。

そのTPPに日本は参加しました。
郵政民営化の悪夢が、また繰り返されることになりかねません。
問題は「経済」ではなく「文化」です。
「金融ビッグバン」が、日本の社会をどう劣化させたかを思い出すと恐ろしくなります。
つまり、日本はいま、資本による侵略を受けているとも言えるでしょう。
私には、「もう一つの戦争」のように思えてなりません。
軍事力のやりとりで見える戦争だけではないのです。
そして、その「戦争」では、ほぼ「敗戦」は見えてきました。
70年前のように、大本営発表にだまされているような気がしてなりません。

近隣諸国との関係や平和のための「安保法制」に目を奪われているうちに、日本はすっかり「他者」に侵略されてしまうかもしれません。
いやもうかなりの部分が、壊されてしまったような気もします。

「無意識のアメリカヘの自発的従属」という、「戦後レジーム」の完成が、「戦後レジームからの脱却」を掲げている安倍政権によって成し遂げられようとしているのは、実に皮肉な話です。

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2015/10/30

■節子への挽歌2980:人生の疲れ

節子
新潟の金田さんが湯島に来ました。
湯島のサロンの話から、節子の話が出てきました。
金田さんもこの1年、いろいろあったようで、「悪いことはなんでこんなに重なるのだろう」と先日電話で話していましたが、本当にそうです。
そこで、最近の私の体験から、ちょっと意識が変わると、それが「良いこと」の重なりに転化するかもしれないと話しました。
確信は持てませんが、自己予言の成就などということもありますので、もしかしたらそうなるかもしれません。

金田さんとは長い付き合いです。
後でお互いに知り合うのですが、共通の友人知人も少なくありませんでした。
しかし、そういう共通の友人知人もだいぶ少なくなりました。
さびしいと言えばさびしいですが、まあ人生とはそういうものですから、さびしがることもありません。

金田さんと話していて、私も昔のことをいろいろと思いだしました。
私が25年間過ごした「会社時代」は、日本の経済がとても元気に前に進んでいた時代です。
働くのがとても楽しく、かなり自由に働けた時代です。
会社を辞めてからも、この湯島にもいろんな人が来ました。
いまでは考えられないことです。
いまも活躍している人たちは少なくありませんが、もう鬼籍に入った人も少なくありません。

節子が病気になってから、私の生活は一度、終わりました。
世間づきあいもほぼ止めました。
そこで縁が切れた人もいます。
その時に、わが家まで献花に来てくれた人たちは、むしろ生活にさえ困っているような人が多かったです。
いわゆる競争社会の「負け組」に属する人が多かったかもしれません。
そして、「社会の負け組」は、実は「人生の勝ち組」なのだとその時に気づかされました。
つまり、競争に勝っているときには、見えなかったものが見えてくる。
そこにこそ、人生の幸せや豊かさがある。
最近はそんな気がしています。
しかし、豊かな人生は、時に疲れるものです。
なにしろ、山あり谷あり、重荷ありですから。
節子がもし、病気になっていなければ、私の人生はかなり変わったものになったでしょう。

湯島で次の来客まで時間があったので、本を読んでいたら、ついつい眠ってしまいました。
やはり私もちょっと疲れています。
日々の疲れというよりも、人生の疲れかもしれません。
疲れる人生は、豊かな証拠かもしれません。

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■疑念3:理念と現実

私は、非暴力抵抗論者ではありません。
頭ではそうなりたいと思っていますが、身近な誰かが不条理な攻撃を受けたら、暴力行為に加担しないという自信はありません。
そのくせ、安保法制騒動考もそうですし、この疑念シリーズの2回目もそうですが、軍事力による防衛には否定的です。
その点について、納得できないと友人からも繰り返し、指摘されていますが、自分としても矛盾していると思うこともあります。

これに関して、今回は「理念と現実」を考えたいと思います。
それでもう少し私の考えをわかってもらえるかもしれませんので。

野崎泰伸さんの「「共倒れ」社会を超えて」(筑摩選書)という本があります。
私が自らの発想の貧しさに気づかされた本の1冊です。
野崎さんは、「生の無条件の肯定」のために、「生の条件を正当化するようなすべての思考を拒否する」と書いています。
この言葉には私はドキッとさせられました。
それはともかく、この本の中で、野崎さんはこう書いています。

倫理とは、「私たちが共に豊かに生きていくための、侵すべからざる掟」であると私は考えています。 それは、どのような状況においても守られるべき「掟」ではなく、実現不可能であったとしても、それがなければ社会が存立し得ないような戒律のようなものだと言えるでしょう。 つまり、倫理とは、ある状況下における行動規範のことではなく、それがなければ社会は人間のただの寄せ集めにすぎず、お互いが孤立した存在になってしまう、そのようなものだということです。

私が、相手を信頼して、軍事力などに依存しないことこそが、最高の抑止力だと主張しているのは、野崎さんが言う「倫理」に当たるものです。
それは、私にとっての「信条」であり、生きる指針としての理念です。
理念は、行動を支えるものですが、具体的な行動を規制するものではありません。
ましてや、自らが縛られるものでもありません。
理念と現実は、相互に支え合う関係ではあっても、相互に殺ぎ合う関係にはありません。

だから私は、状況によっては「武装」を否定はしません。
不条理な攻撃に自分の世界がさらされれば、「武器を取って戦うこと」も否定はしません。
しかし、それは決して「抑止力」にはならないだろうと思っているのです。
実際に戦争になれば、軍事力や軍事同盟は「対抗力」にはなるでしょう。
しかし、だからと言って、戦争を収束するとも言えません。
そもそも「戦争」は起こった時点で、すでに人々の暮らしは大きな損害を受けているでしょう。
戦争を喜ぶ生活者は、一人もいないはずです。

大切なのは、マートンがいう「大きな目的」なのです。
私たちが望んでいるのは、戦争がない社会ではなく、みんなが気持ちよく安心して暮らしていける社会です。
それが、私が考える「理念」です。
その理念があって初めて、自らの生き方が考えられる。
しかし、理念を絶対視するのではなく、理念を実現するために、その時々の状況の中で最善を尽くすということです。
そういう視点からの最高の抑止力は、人の心の中にあると思っています。
軍事力に依存して戦ったベトナムや中東で、何が起こったか。
南シナ海に米軍が出てきたことで、何が抑止され、何が誘発されているのか。
よく考えてみる必要があります。

しかし、実際に他者から攻められたらどうするのか。
その時は、私は老躯にムチ打ってでも、戦いに馳せ参じます。
時すでに遅いのではないかと言われるかもしれませんが、それは仕方がありません。
ここで大切なのは、何を守るのかです。
私が守りたいのは、みんなが気持ちよく安心して暮らしていける社会です。
相手が攻めてくるかもしれないので、軍事力で相手を威嚇するということであれば、それはすでに「みんなが気持ちよく安心して暮らしていける社会」ではありません。
軍事力に守られた安心は、本当に安心なのでしょうか。

結局、みんなが気持ちよく安心して暮らしていける社会を目指すために戦うのではないかと言われるかもしれません。
しかし、言葉の遊びと言われそうですが、「目指すため」と「守るため」とは全く違います。
私が戦うのは、「守るため」だけです。
それも、自らを守るために戦うのではありません。
理念を守るために戦うのです。

こう書いてきながら、やはり説得力が弱く、「共感できない」というコメントをまたもらいそうです。
もう少し考えなければいけません。
しかし、それにしても、多くの日本人や日本政府が、最初から「争いや戦いのない社会」などあり得ないと思っていることを、不思議に思います。
人はそもそも支え合ってきたからこそ、生物的に弱い存在なのに、生き延びてきたのではないか。
それを私は忘れたくありません。
現実から理念を考えるのではなく、理念からこそ現実を考えていきたいと思うのです。
理念に反する現実が、少しでも少なくなれば、もっとみんなが快適に暮らせるようになると思っています。
まずは、私自身の考えを変えて、理念を基軸に生きる。
私が確実にできるのは、それくらいかもしれません。

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■カフェサロン「子どもの現在と子どもたちから学ぶこと」のご案内

9月からスタートした「子どもの現在を考える」シリーズ第2回のご案内です。
第1回目では、子どもNPO白書をまとめられた日本子どもNPOセンターの立柳さんにお話ししていただきましたが、それを受けて、2回目は、子どもたち自身の問題に焦点を当てていくことにしました。
そこで、長年、子どもたちの世界に関わってきている、どんぐり倶楽部成田教室の小出陽子さんに話題提供してもらいながら、みんなで考えていければと思います。
私は先日、小出さんから、子どもたちの世界に関する衝撃的なお話をお聞きし、ぜひ多くのみなさんとも話し合いをしたくなっています。
サロンでは、小出さんがこれまでの実践の中で出会った子どもたちのことに言及しながら、次のような内容を話してもらえると思います。
・子どもたちの「言葉と現実がつながらない」「自力で考えられない」現状とその背景
・子どもたちは本来はわかろうとすること、考えようとすることを楽しむ存在であること
・学習方法を変えることで、大人と子どもの関係が変わること

子どもの抱える問題から、私たちの生き方やいまの社会のあり方の問題も見えてくるはずです。
なお、小出さんが書かれたブログ記事がありますので、よかったらお読みください。
https://www.facebook.com/yoko.y.7/posts/817174931714103

前回同様、子どもに関わられている方に限らず、ぜひさまざまな分野で活動されている人たちに参加していただきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。

●日時:2015年11月21日(土曜日)午後1時~3時
●場所:湯島コムケアセンター
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●テーマ:子どもの現在と子どもたちから学ぶこと
●話題提供者:小出陽子さん(どんぐり倶楽部成田教室主宰)
●参加費:500円
●申込先:comcare@nifty.com

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2015/10/29

■我孫子市に「サダコ鶴」がやってきます

2015年12月6日に我孫子市に「サダコ鶴」がやってきます。
みなさん、「サダコ鶴」をご存知でしょうか。

佐々木禎子(さだこ)さんは、2歳のときに広島で原爆に被爆しました。
その後元気に成長しましたが、9年後に発病、8か月の闘病生活の後、昭和30年10月25日に亡くなりました。
広島平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルとなった少女です。
禎子さんは、病床においても生きる希望を1枚1枚の折り鶴に願いを託し、精魂込めて折り続けていたそうです。
貞子さんが実際に折った折り鶴(「サダコ鶴」)が、いま、NPO法人SADAKO LEGACY(貞子さんのお兄さんとその息子さんが中心になって立ち上げました)によって、平和の祈りを込めて、世界中に飛び出しています。
そして、今年の12月6日に、私が住んでいる我孫子にもやってきます。

SADAKO LEGACYの中心のおひとり、佐々木祐滋さん(貞子さんの甥)はシンガーソングライターです。
祐滋さんが作曲した、禎子さんの思いを綴った楽曲「INORI」は、2010年のNHK紅白対抗歌合戦で歌手のクミコさんによって歌われたのでご存知の方も少なくないでしょう。

https://www.youtube.com/watch?v=aNTmENrpRRg

12月6日のサダコ鶴贈与式には、祐滋さん親子も我孫子に来てくださるとお聞きして、市民とのコラボコンサートができないかと考えました。
祐滋さんに相談したら、快諾してくれました。
そこで、私の好きな、自発的な実行委員会を呼びかけました。
すべてゼロからのスタートでしたが、我孫子で音楽活動をしているA-Linkの宮内さんががんばってくれて、形が見えてきました。
時間がないので、心配でしたが、子どもたちから高齢者まで幅広い人たちのコンサートが実現できそうです。
我孫子界隈にお住まいの方で、スタッフワークなどで汗をかいてもいいという方がいたら、ご連絡ください。

12月6日は、ぜひ我孫子のけやきプラザにお越しください。
詳しい案内はまたご案内させてもらいます。
ボランティアスタッフも募集しています。


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■節子への挽歌2979:貧しいながら平和な日常

節子
娘たちとお寿司を食べました。
といっても、一皿90円の回転寿司です。

今日は、ちょっとした用件で、近くに住んでいる次女の家に、長女と一緒に行きました。
お昼時になったので、みんなで食事に行こうということになりました。
すぐ近くに、一皿90円の回転寿司があるのですが、そこにしてしまいました。
安い回転寿司は、あまり食べないほうがいいよと言われているのですが、統計的には平均月収にも達していないわが家としては、まあ分相応に安い回転寿司ということになったのです。
友人に知られると叱られそうですので、ここにも書かないほうがいいのですが、書き出してしまったので仕方がありません。

回転寿司に行く前に、その途中にある、これまた安価な「カスミ」というスーパーに寄りました。
その2階に、新しい100円ショップが開店したのだそうです。
そこに親子3人で出かけました。
100円ショップといいても、驚くほどたくさんの商品があるので驚きます。
私も来年の手帳を100円で買いました。

それからついでだからとスーパーカスミの店内で、娘たちはそれぞれ買い物をしました。
今日はなんと、全品1割引きの日なのです。
仕方がないので私も付き合いましたが、途中で、近くの奥さんに出会いました。
先日、たくさんの柿をおすそ分けしてもらったので、そのお礼を言いながら、4人で少し会話が弾みました。
柿は柔らかいのがいいか、硬いのがいいかというのが論点でした。
カスミでは、私自身は買うものはなかったのですが、暇だったのでいろんな商品を見て回りました。
なにしろ娘たちの買い物時間は長いのです。

それからやっと一皿90円の回転寿司に行きました。
だいぶ寄り道が長くて、お腹が減っていたので、私としてはめずらしく、一挙にいくつかを注文して食べてしまいました。
回転寿司と言いながらも、注文するのも奇妙な話です。

娘が子どもの頃、節子と3人でお寿司屋さんのカウンターで食べた時の話をしてくれました。
私は一緒ではなかったそうです。
子どもでカウンター?という気もしますが、柏のデパートの中にあった家族向けのお寿司屋さんだったようです。
小学生だった次女は、カウンターで食べるのはとても高いのだという「知識」があったようで、緊張して、節子に何でも食べたいものをと言われても、卵焼きしか言えなかったそうです。
卵焼きは安いと知っていたのです。
当時、わが家には自動車もなく、お小遣いも世間相場よりもかなり低かったようで、娘たちはわが家はとても貧乏だと思っていたようです。
まあ間違ってはいないのですが、節子も私もお金に無頓着だったためにお小遣が少なかったのと、私がエコロジストだったのでマイカーがなかっただけの話なのですが。

いまでは笑い話ですが、なんで節子は子どもをカウンター席に座らせたのでしょうか。
普通ならそんなことはしないでしょう。
節子なら、まあ不思議はないのですが。
ちなみに、私は節子をきちんとしたお寿司屋さんのカウンターでご馳走した記憶はありません。

一皿90円の回転寿司でしたが、久しぶりに娘たちとゆっくりと話しました。
銀座久兵衛のお寿司もいいですが、一皿90円の回転寿司もいいものです。
今日は、ともかく平安な1日でした。
ちょっと心を揺さぶられそうな電話が2件ほどありましたが。

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■節子への挽歌2978:世界は自分の考え方で実体化してくる「幻想」

節子
最近またいろんなことを並行的に取り組みだしてしまい、少し混乱しだしています。
その上、やりたいことがどんどん出てきてしまうのです。
何かをやりだすとそこから先にいろいろなやりたいことが見えてきてしまいます。
私の思考形式や行動形式は収斂型ではなく、拡散型なのです。
見えてしまうとついつい一歩を踏み出してしまう。
そのため、身のまわりがどうしてもおろそかになります。
最近は私の机は書類や書籍の山で、かき分けないとキーボードが出てこないほどです。

しかし、ささやかに関わらせてもらっていることに関して、ちょっとうれしいニュースが最近は届くようになってきました。
不思議なもので、悪いニュースは続きますが、良いニュースも続くもののようです。
もっとも、「良い」か「悪い」かは、一概には決められません。
私の価値観というか、判断基準は、往々にして世間とは逆のことがありますので、なんともいえませんが、私としては、ちょっと元気がもらえることが増えてきました。
友人知人が元気になると、私も元気になれます。
人はみんなつながっているからです。

しかし、冷静に考えれば、急に良いことが増えてきたわけではないでしょう。
要は、私自身が前に向きだしたから、同じものも「良い」ニュースとして感じられるのかもしれません。
世界は、まさに自分の考え方で実体化してくる「幻想」なのかもしれません。
そんなわけで、私の気のせいかもしれませんが、いろいろとまわりが前に向いて動き出しました。
いまはあまりに暇なために忙しいのですが(なかなか理解してもらえない表現ですが)、なにか心を燃やせるものに出会えるかもしれません。
しばらくはこのまま、流れに任せて、私も前に進んでみようと思い出しています。
きっと何かに出会えるでしょうから。

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■疑念2:和を尊ぶ国民性はどこに行ったのか

中野剛志さんの「TPP黒い条約」(集英社新書)のはじめに、こんな文章があります。

日本人は、元来、和を尊ぶ国民性をもっていた。それが明治になって、他人を自己の敵とみなすかのような西洋の対人関係や、正邪・善悪・権利義務をはっきりさせようとする西洋の制度がもち込まれた。そして、日本の文化や日本人の国民性を省みない、性急かつ無批判な近代化が進められたのである。これこそが、日本および日本人の混乱の原因である。

これがもし本当であるとすれば、私はちょっとうれしくなります。
人間とはそもそも「和を尊ぶ」本性を持っていると思っているからです。
ただ、そういう本性は、実際にはなかなか現実化しません。
石器時代はともかく、最近の文明化された社会は生きづらいからです。
ですから、日本人は元来、和を尊ぶ国民性をもっていたなどと言われるとうれしくなるのです。
しかし、「和を尊ぶ国民性」は、いまはどこに行ってしまったのか。

一昨日(2015年10月27日)の朝日新聞天声人語に、こんな言葉が紹介されていました。

「わたしたちは、みんなおたがい助け合いたいと望んでいます。……わたしたちは、他人の不幸によってではなく、他人の幸福によって、生きたいのです。」

これは、チャプリンの映画「独裁者」に出てくる、有名な結びの演説です。
互いに助け合って生きれば、飢餓など起きないと、インドの経済学者アマルティア・センは言いました。
人類学者サーリンズは、石器時代には「富を持つことは負担だった」と書いています。
富を持つことに価値を持ち出して、文明を生み出して以来、人は「和」を忘れがちです。

争いを前提に政治を行うのではなく、和を基本に政治を行うことはできないのか。
私が、安保法制騒動考で書いた時の基本にある考えは、そういうことです。
しかし、日本政府はもとより、最近の日本人は、「和」からは発想しないのかもしれません。
そうだとすれば、私にはとても残念なことです。

「和」の対極にある一つの考えは、「分断」です。
辺野古基地周辺の住民たちにお金をばらまいたのは、明らかに住民分断策です。
「和」とは、真逆の政治の象徴です。
政治だけではなく、最近の経済の方向も、「和」ではなく「分断」を目指しているように思えてなりません。
マスコミさえもが、「分断指向」を持っているようにも思えます。
この指向は、海外にも向かうでしょう。

「和」には「小さな和」もあれば「大きな和」もある。
「小さな和」は、時に「大きな和」への障害になります。
特に、内を向いた「和」は、対外的には攻撃的になることも少なくありません。
戦争が起きると、必ずと言っていいほど、内部的には「和」が出現します。
そうならないためには、「和」は開かれていなければ、いけません。
「和」は、そのまま、平和につながるわけではないのです。

安保法制騒動考の第1回目で書いた「目的の転移」を指摘した、R.K.マートンは「予言の自己成就」とか「予測の自己実現」ということも指摘しています。
「他国から攻められるかもしれないと軍事力を強化したら、それを他国が脅威に感じ、攻撃をしかけてきた」というのが、「予測の自己実現」です。
日本の戦国時代には、こうして多くの戦乱が生まれました。
たしかに、現在の世界情勢は、すきを見せたら攻められるかもしれないという思考の呪縛から多くの人は抜け出せていないことでしょう。
「内向的な小さな和」を守るために、攻められることを前提にして、結果的に「和」を否定している。
私にはそんな気がしてなりません。
今回の安保法制騒動で、自民党な一糸乱れないほどの「和」を示しました。
しかし、それはたぶん私たちが大事にしてきた「和」ではないでしょう。
「和」が尊ばれるのは、異論を認識しあうことがあればこそですから。
すでに、「戦時体制」に向けて、異論を許容しない状況が生まれているとしたら、恐ろしいことです。

「開かれた大きな和」の理念を目指して、新しい国家のあり方を模索するべき時期に来ているように思います。
「開かれた大きな和」。
日本の古代の呼び方の「大和」には、そうした「開かれた大きな和」の理念があったと思いたいです。
そうした「開かれた大きな和」の理念から生まれる、平和とは何のか。
そこに国家政府による軍事力は入る余地がないように思っています。

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2015/10/28

■ちょっとハードなカフェサロン「NPO活動と市民性」のご案内

10月の「ちょっとハードなカフェサロン」は、「NPO活動と市民性」をテーマに、このテーマについて、ずっと問題提起してきている田中弥生さんに問題提起していただこうと思います。
田中さんは、7年前に書いた「NPO新時代」という著書の中で、「NPOは市民性創造という役割を通して日本の市民社会再編に貢献するという、大きな可能性を秘めています」と書いています。
私も共感しますが、しかし、最近のNPOには、むしろ市民性や社会性に関する意識が希薄なのではないかと思うことも少なくありません。

また、田中さんは、経営学で評価の高い、ドラッカーの愛弟子でもあります。
そして、ドラッカーの思想の根底に、ナチスドイツでの体験があることから、最近はナチスドイツの歴史にも関心を広げ、たとえば、ナチスが国民に支えられてきた面があることに関しても情報発信しています。
ナチスドイツでも、「管理されたボランティア活動」は重視されていました。
ここでも、市民性や社会性が大きなテーマだろうと思います。

市民性とは何か、最近のNPO活動やボランティア活動はどういう問題と可能性を持っているのか。
そんな話ができないかと思っています。
NPO関係者に限らず、さまざまな立場の人のご参加をお待ちしています。

○日時:2015年11月29日(日曜日)午後1時~3時(予定)
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「NPO活動と市民性」
○問題提起者:田中弥生さん(日本NPO学会会長)
○スタイル:田中さんのお話の後、みんなで話し合う。
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

なお、田中さんの著作のうち、今回のテーマに関連している者を2冊紹介させてもらいます。
「市民社会政策論」(明石書店 2011年)
http://homepage2.nifty.com/CWS/books.htm#111113
「ドラッカー2002年の日本人への「預言」」(集英社 2012年)
http://homepage2.nifty.com/CWS/books.htm#121216


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2015/10/27

■節子への挽歌2977:人生いろいろ

節子
何やらすごい風です。
今日は在宅のつもりでした。
ゆっくりするはずだったのですが、やはりそうもいきませんでした。
まあ人生はいろいろあります。
いや、私の人生のことではありません。
まわりの人たちにも、いろいろあるという意味です。

昨日、久しぶりに丸の内を歩きました。
昔は、私もビジネスマンとして、よく歩いた街です。
しかし、当時とは建物自体が大きく変わっていて、雰囲気は一変しています。
昨日は、ある会社での集まりに出かけたのですが、いつものようにカジュアルな服装で出てきてしまいました。
昔は、私もそれなりに丸の内のビル街の雰囲気に合っていたと思いますが、少なくとも昨日は場違いな感じだったことでしょう。
受付に向かう時に、それに気づきました。
まわりのビジネスマンとは雰囲気が全く違うのです。
受付も最近は厳重で、2つの受付を通らなければいけません。
入り口にいた守衛の方に、最近は大変ですね、などと余計なことを話しかけてしまいました。
場馴れしていない人の典型的な行動かもしれません。
話しかけられた守衛さんが一瞬困ったような顔をしたので、さらに余計な言葉を話してしまいました。
困ったものです。

ビジネスの世界から大きく離脱してからもうかなりたちます。
丸の内を歩いている人たちも、どことなく、いまの私が住んでいる世界とは違うような気がします。
歩く速ささえ違うのです。
まさに、私は大きく、その世界からは脱落してしまっているようです。

今日は、そうした世界とはむしろ対極にある世界と触れ合っていました。
月末を乗り切るために奔走している人、これからの生活のめどが見えてこない人、降ってわいたような問題を誰に相談していいかわからない人、みんな昨日丸の内で見た人たちとは違う世界に生きている人たちです。

いずれの世界の人たちが、幸せなのでしょうか。
それはわかりません。
もしかしたら、それぞれに幸せなのかもしれませんし、それぞれに不幸せなのかもしれません。
私自身がそうですから。

夜、気になっていた人に電話しました。
元気そうだったので安心しました。

うっかりして、明日の準備をするのを忘れていたことにいま気づきました。
これからやるのもつらいので、中途半端な準備は止めて、明日は謝ることにしましょう。
人生はいろいろありますから、きっと許してくれるでしょう。

今日もとても疲れました。
充実感は全くないのですが。

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■疑念1:お金で統治する政府への納税嫌悪感

安保法制騒動に関して考えたことを10回にわたって書いてきましたが
しばらくその延長上に、現在の政府や経済界に関して、感じている疑念を何回か書いていこうと思います。
私の基本認識は、すでに「政府による戦争は始まっている」ということです。
それに関しては、このシリーズの最後に書ければと思います。

まずは昨日知った「衝撃的な事実」です。
今朝の朝日新聞から要旨を引用します。

安倍政権は26日、辺野古周辺の3地区の代表者を首相官邸に招き、今年度中に振興費を直接支出することを伝えた。辺野古への米軍基地移設計画に反対する沖縄県と名護市の頭越しに地元と直接交渉し、移設に向けた「同意」を浮き立たせる狙いがある。

辺野古周辺の3地区とは、自治体ではなく、住民自治会のような集落のようです。
その代表の区長も、法に基づいて選ばれたわけではなく、例えば私が地元の自治会の会長をやった時のように、自治会役員による持ち回りや推挙などで決められたのではないかと思います。
つまり、国が地方自治体を通さず、地元と直接交渉して公金を支出するということです。
その公金の一部は、言うまでもなく、私の税金です。

新聞記事の中で、成蹊大法科大学院の武田教授は、「お手盛りで額を決めて交付するのであれば、補助金等適正化法の趣旨に反する疑いがある。また、自治体ではない各集落が国からの交付金を適正に管理、使用できるのかも疑問だ」と言っています。
名護市の稲嶺市長は、「地方自治への介入だ」と批判しているそうです。

私にはこれは、政府によるお金を使った、あからさまな買収行為だと思います。
福島原発事故の補償のときの、石原環境相(当時)の「金目(かねめ)でしょ」発言を思い出しますが、安倍政府の最大の「武器」は「お金」なのだと思えて仕方がありません。
理念や共感、納得ではなく、お金で解決するスタイルです。
お金で解決しようとするのは、自らの正義を確信できないからでしょうか。
しかし、お金で解決するという発想は、問題を悪化させることになるのではないかと心配です。

政府がいやしければ、国民もいやしくなります。
今回、首相官邸に呼ばれた地元の3区長は期待をにじませたそうです。
仲井前知事のことも思い出します。
3人の個人的な批判をするつもりはまったくありません。
たぶんそうならざるを得ない状況に置かれているのでしょう。
お金の前にかしずく人、かしずかざるを得ない人はどんどん増えているのでしょうか。
格差社会化の、大きな問題がそこにあるように思います。
本来は反対になる契機であるはずですが。

金銭の前に心揺さぶられるのは、区長だけではありません。
たぶん地区住民のなかにも、そうした意識が生まれているのでしょう。
テレビで、地区住民が話していた中には、こうしたことを深く嘆いている人もいましたが、ある人は、基地で迷惑を受けるのは地元住民なのだから、名護市ではなく地区住民が交付金をもらうのは当然だと話していました。
沖縄にも、こういう発想が生まれてきているのかと、とても哀しい気になりました。
住んでいる地域は、確かに住民たちのものかもしれません。
しかし、住民たちだけのものではありません。

そもそも土地を、個人の私的所有権の対象としたローマ法の発想に間違いがあるように私は思います。
都市化されたローマと違い、自然の中で生きていたゲルマンの世界で生まれた法理は、土地は所有ではなく、総有とされたと、私は大学で学びました。
私がいまもって強く記憶していることの一つです。
私有地であっても、土地は個人の勝手には処分できないということです。
たしかに、基地ができて一番被害を受けるのは地元の人たちです。
だからと言って、お金と引き換えに、住民たちだけで土地の処分を勝手に決めていいのかどうか。
そこにどんな施設を作ってもいいのかどうか。

これは原発立地にも言えることです。
すべての地域が、もし基地や原発を引き受けなければ、基地も原発もできません。
原発の廃棄物の最終処理場がいまだにできないことが、それを物語っています。

もっと堂々と国民と議論し合う政府になってほしいと思います。
議論では説得できないからと言って、金銭や利権で買収するような政府にはなってほしくありません。
しかも、辺野古の環境監視4委員、業者側から寄付・報酬などという動きさえあるのです。
学者や有識者もまた、お金で心揺るがせられているのでしょうか。
お金で統治する政府への納税意欲は低下します。
買収行為に荷担することになるわけですから。

政府による戦争での殺人が罪にならないように、政府による買収もまた、罪にはならないのでしょうか。
政府の犯罪を訴えても、強行行為の中止を訴えても、同じ政府によって否定されたり無視されたりしてしまう。
3地区が首相官邸に呼ばれた昨日、翁長知事による辺野古承認の取り消しに関して、国交相が効力停止を決めたという報道がありました。
工事を継続したい防衛相の意向を受けて、同じ政府閣僚の石井国交相は、不服審査の裁決もせずに、防衛省が工事継続できるようにしたわけです。
現在の政府の統治機能とは、いったいなんなのか。
不気味さを強く感じます。

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2015/10/26

■節子への挽歌2976:節子への電話

節子
いまでもまだ、節子に電話がかかってくることがあります。
セールスの関係が多いのですが、今日は資産活用のお誘いでした。
資産活用や先物取引、株式投資などは、普通は私あてにかかってきます。
私は、そういうのに結構乗せられるタイプなのですが、いまは幸いなことに「資産が皆無」なので大丈夫です。

いまかかってきた電話は、なぜか節子をご指名でした。
節子さんはいますか、と訊かれました。
男性でしたが、なれなれしそうな電話でした。
もしかしたら、節子の友人かもしれません。
それで話を聞くことにしました。
今ちょっといないのですが、と答えると、いつごろ帰りますかと訊かれました。
しばらくは帰らないと思いますと答え、それでどういうご用件でしょうかと、また質問しました。
そうしたら、株式投資のいい話があるのですが、というのです。
残念、やはりセールスか、とちょっとがっかりしました。
それで、女房は全く関心がないと思いますよ、と答えました。
そうしたら、相手はいろいろと話し出したのです。
めんどうになったので、女房には株式投資をするのは無理だと思いますので、切らせてもらいますと言って、電話を切りました。
相手はまだ話し続けていましたが、切ってしまいました。
娘に話したら、またきっとかかってくるよ、きちんと事実を伝えれば、かかってこないのに、と言われました。
しかし、私としては、嘘を言ったつもりはないのです。

さてこういう時にはどうすべきでしょうか。
後で伝えておきますと言って、用件を聞くのもいいかもしれません。
これも嘘にはならないでしょう。
まあ伝えるのはかなり先にはなりますが。

それにしても在宅していると、この種の電話が本当に多いのに驚きます。
固定電話は、もうやめたい気分になるほどです。
電話セールスを禁止してもらえないものでしょうか。

ちなみに節子宛てのDMもまだ来ます。
世の中には無駄な活動をしている人たちが多いようです。

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■節子への挽歌2975:空の向こうに何があるか

節子
見事な秋晴れです。
青い空に吸い込まれたくなる気分です。
青空の向こうには、何があるのか、むかしはよく考えました。
節子もよく知っているように、私は、青空がとても好きなのです。

エジプトの空の青さは、実に印象的でした。
ピラミッドもルクソール神殿も、圧倒的でしたが、空の青さほどではありませんでした。
あの青さは実に感動的でした。

日本での青空の圧巻は、節子と一緒に行った千畳敷カールで見た空でした。
節子の病状が回復していた時に、出かけました。
あの時の空の青さは、実に深く、心に残っています。
あの日の節子はとても元気でした。
ですから、もう大丈夫だと確信したのです。
あの時に、空に吸い込まれていれば、どんなによかったでしょうか。
千畳敷カールへの旅行で記憶に残っているのは、空の青さだけです。

節子は紅葉が好きでした。
あの日も、きっと紅葉も美しかったのでしょう。
しかし私は、紅葉よりも、空の青さが好きです。
空が好きなのは、子どものころからでした。

空の向こうに何があるか。
カール・ブッセは、「幸い」が住んでいると言います。
最近あまり聞くことがないのですが、私が子どもの頃はよく耳にした詩です。

山のあなたの空遠く
「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。
ああ、われひとととめゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。

節子も、そこに住んでいるでしょうか。
そうであれば、心がやすまります。

私は、そこに「虚空蔵」も感じます。
あらゆる知の宝庫です。
空海は、そことつながっていたという話を聞いたことがありますが、あらゆる知が集まれば、きっと「幸せ」が生まれるのでしょう。
中途半端な知が、いまの私を悩ませます。
空を見ていると、やはり自分が融けていきそうな気がします。
学生のころ書いた詩を思い出します。

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2015/10/25

■節子への挽歌2974:ミニコンサートの企画

節子
今年の12月、我孫子で平和をテーマにしたミニコンサートを開催することになりました。
ある偶然のつながりの中から、動き出したプロジェクトです。
最初のきっかけは、広島平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルとなった少女(佐々木貞子さん)のメッセージを世界に広げたいという活動をしている佐々木祐滋さんとの出会いです。
祐滋さんは貞子さんの甥にあたります。
彼が我孫子で開催される、ある公式行事に参加するというので、その終了後に、市民とのコラボコンサートが開けないかと思ったのです。
賛成してくれる人たちと進めてきましたが、ようやく形が見えてきました。
今日はその実行委員会でした。

実は最初は、節子が参加していた女声合唱団「道」に歌ってもらえたらと思っていました。
そこでそのメンバーに声をかけたのですが、その方が公式行事の企画メンバーであったこともあり、どうも難しそうなので、諦めました。
節子がいたら、実現したかもしれません。
それに音楽関係は、私のフィールドではないので、その分野で活動している宮内さんに一任しました。
宮内さんは、節子の献花台で、「献歌」してくれたこともあります。
そういえば、宮内さんと企画内容を話し合ったのも、わが家の節子の献花台の前でした。
節子は聞いていたかもしれません。

今年の我孫子の合唱祭は11月だそうです。
節子がいなくなってから、合唱祭には一度も参加していません。
我孫子のいろんな活動にも足が遠のいています。
このコンサートを契機に、また少し地元の活動を始めようと考えています。

節子がいないのがとても残念です。

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■カフェサロン「子どもの現在を考える」シリーズ第1回の報告

昨日、湯島で、「子どもの現在を考える」シリーズ第1回のカフェサロンを開催しました。
日本子どもNPOセンターの専務理事の立柳さんに、先月発表した「子どもNPO白書2015」の取りまとめで考えたことなどを話してもらい、参加者で話し合いました。
立柳さんと一緒に白書をまとめた上野さんや編集者の杉山さんも参加してくれ、総勢15人の参加者がありました。
実に多彩な立場の方が参加してくれました。
なかには山梨から参加してくださった方もいます。
「子どもNPO白書2015」については、別途簡単な紹介をしておきましたので、ご関心があればお読みください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/books.htm#150913

立柳さんは、この白書をまとめて感じたいくつかの気づきを話してくださいました。
ひとつは、子どもを取り巻くさまざまな問題に個別に取り組んでいる人は多いですが、子どもの世界全体を観ている人が意外に少ないということです。
全体像が、なかなか見えてこない。
これは、福祉や環境問題全体についても言えることだろうと思います。
社会はさまざまな問題が絡み合って成り立っていますから、高齢者介護、情報社会化、まちづくりなどの問題との繋がりの中で見えてくる「子どもの問題」もあるでしょうし、逆に「子どもの現在」から、そうした問題の新しい側面が見えてくるかもしれません。
たまたま、前日に高齢者分野で施設展開している人が相談に来ましたが、「子どもの問題」にも視野を広げて考えると新しい解決策が見えてくるかもしれないと話したところでした。
社会の問題は、さまざまな問題のつながりや関係性の中で考えていくことが効果的です。
そのためには、その分野の実践者だけではなく、さまざまな立場の人が触れ合う場がもっと増えていってほしいと思います。

「子ども」は社会のさまざまな問題が凝縮されている存在かもしれません。
子どものかかえる問題からは、社会の実相が見えるような気がします。
そもそも「子どもNPO」ってなんだという話も出ました。
そこにはさまざまなテーマや課題が含まれていて、一括できないのではないかということかもしれません。
しかし、だからこそ、「子どもNPO」という捉え方に、私は意味を感じます。
縦割り社会で個別問題解決志向の強いいまの社会であればこそ、あらゆる問題につながっている
「子ども」の切り口から、社会を考えていくことが大切だと思います。
それに、立柳さんがお話してくれたように、「未来を託せるのは子ども」なのです。
子育てを終わった世代の人たちは、その思いから参加してくださったのだろうと思います。
子どもの視点に立って、未来を見ていくことは大切な事だろうと思います。

学童保育にも実際に関わっている上野さんは、子どもの遊びが大人によって「ルール化」されていることを紹介してくれました。
子供を大人がつくった「枠」にはめ込もうという「管理思想」が強まっているわけです。
子どものためという思いが子どもを抑圧しているという話もありました。
ここでも、「子どもNPO」の本質が問われています。
もしかしたら、福祉の本質にかかわることかもしれません。
NPOに関わっていると、いったい誰のための活動なのかと思わされることも少なくありません。
ちなみに、立柳さんたちは、「子育て」ではなく「子育ち」という視点で、子どもたちの主体性や尊厳をとても尊重した活動をずっとされています。

最近の子どもたちは、大人たちが決めたルールと自分たち(あるいは自分)のルールの「ダブルスタンダード」で生きているという話もありました。
いまや子どもも、「素直に」生きていけない、実に窮屈ですみにくい時代なのかもしれません。
子どもたちが、自分の主体性や自分の考えを育てるのではなく、それが摘み取られていく状況に、置かれているとしたら、未来はどうなっていくのでしょうか。
この問題は、「子どもNPO」の大きな課題だろうと思います。

ところで、蛇足ですが、「漢字テストのふしぎ」というビデオがあります。
19分で長いですが、よかったらぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=FvdIbH0qtu4

子どもNPOは、資金的にも難しいという話もありました。
「子どもの貧困」と「子どもNPO」の財政的困難さは、実はつながっているのかもしれません。
しかし、だからこそ、そこに新しい社会のあり方の芽があるかもしれないと私は思っているのですが(つまりマネタリーエコノミーから抜け出す契機がある)、話がややこしくなるので、今回は発言を差し控えました。

ほかにもさまざまな論点が出されましたが、私自身、たくさんの気づきをもらいました。
土曜日の研修会には行政の人は参加してくれないという「嘆きの発言」もありましたが(まったく同感です)、行政の人や学校関係者にも、ぜひ参加してほしいサロンでした。

出版元のエイデル研究所の杉山さんが10冊持ってきてくださった白書は参加者のみなさんによって完売しました。
それだけでもうれしいことです。
この記事を読んだ方も、よかったらぜひ読んでみてください。
内容のとても濃い本です。

次回は、視点を変えて、学習塾などを通して、子どもたちに長年個人として関わっている、小出陽子さんに話題提供していただきます。
11月21日(土曜日)の午後を予定しています。
ぜひご参加ください。
驚かされる話がたくさん聞けるはずです。
20151024


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■安保法制騒動を考える番外編:読者とのやり取り

安保法制騒動考10回が終わったので、フェイスブックで紹介しました。
お人知の方から、とても長いコメントをもらいました。
前にも紹介したことがありますが、私の意見には納得していない方のおひとりです。
とても誠実な方です。

それで、その方のご意見と私の回答を、長いですが、ここにも再掲させてもらいます。
安保法制騒動考の補足にもなると思いますので。

〔読者からのコメント〕
やはりご説にはいささか違和感を覚えてしまいます。世界には軍備(抑止力)を持たない国はごく少数存在しますが(対立や脅威、力のないミニ国家、彼保護国、駐留軍が代替〜一時の日本とドイツ、など)、実際は集団安保体制や大国の庇護下に入っており、無手勝流の国は存在しないのではないでしょうか。日本国憲法第9条を参照したドミニカが該当すると言われますが、強力な警察が事実上その機能を果たしているに過ぎないようです。中南米諸国等は、クーデターなど対内誘発力の悲惨な体験を経て軍を解体した例もありますが、国内が内乱で滅裂となり、なかには再軍備せざるを得なかった国(モルディブ、ハイチ、セイシェル等)もあるとのことです。これらのケースではいわば民度や文化の問題も絡んでいると考えられますが。
今回法案への賛成の根拠は、私の場合、国際情勢の変化だけを見据えたためでもなく、また残念な表現である力への媚びや弱いものいじめ根性由来のものでも全くありません。人類が遠い将来ついに覚醒するのか否か知る由もありませんが、それまでの間は現実に蓋をしたまま理想論に耽ることはできないとの認識からです。残念ながら誠実や正義が通用しない政府が現存します。確かに中国が日本を直接的に侵略する事態は考えにくいことですが(本当は臆病で保身本能が強いことは、あの万里の長城から知れます)、他面、民族の宿痾と言える強烈なメンツ、中華思想、領土的野心、強欲などに由来し、かつ一党独裁政権保持のために、核心的利益と内外に嘯いてしまった事案とりわけ尖閣問題が衝突事態を惹起する危険性は相当程度大きいと言わなければなりません。今盛んに貶日行為に狂奔中ですが、その目的は衝突時に国際世論が少しでも味方になってくれるための伏線である可能性を否定できるでしょうか?さらに、賛成側のなかには大戦時のソ連の卑劣な侵略と暴虐を想起した向きもあったと思います。逆に反対側には、ブッシュやチエイニーが動いたイラク侵略のような資本と政治の癒着などを想起した向きも多かったでしょう。ともかく、現在もし地球上の警察機能を曲がりなりにも果たす国(アメリカ)が存在しなかったなら世界はどういうことになるか、想像しただけでも恐ろしいとは思われませんか?この地上で間断なく随所で行われてきたのは、支配者同士、市民同士の相互愛による平和だったでしょうか?
問題は、軍を保持し同盟を強化することの必要悪を明確に認識し、コントロールすべき国民の自覚だと思います。この点、大戦時において国民自身はどうだったかを含む総括を今からでも敢行すべきです。朝日のように手のひらを返したような自虐に走って余計な反発を招く愚行や、周辺国にプロパガンダの口実を与えるようなやり方の閣僚の靖国参拝はもううんざりです。安倍首相ももっともっと誠意を尽くしてわかりやすく国民を説得し、またもっと愚直に手続きを踏むべきでしたね。

〔私の回答〕
コメント、ありがとうございました。
たしかに、世界には軍備を持たない国はほとんどないかもしれません。
しかし、だからこそ、私は日本はそうあるべきだと思っています。
つまり、新しいあり方を提示するための70年間を体験し、いまこそ米軍の庇護からも脱し、「世界一無防備な国」になる道を選べないかと思うわけです。
念のために言えば、それは同時に、「世界の多くの国に役立つ国」でなければいけません。
それこそが、抑止力だと、私は思います。
そして、日本はいま、世界において唯一その可能性を持ち始めた国だと思っています。
歴史を反転させることができるかもしれません。
可能性があるのであれば、挑戦すべきだというのが私の考えです。
その結果、いささか時期尚早で失敗するかもしれません。
明治維新の草莽の志士のように、滅ぶことがあるかもしれません。
しかし、そうなろうとも、それを志向する価値があるというのが、私の思いです。
もちろん滅ぶことは避けねばなりませんが、これは生き方の「理念」の問題です。

たしかに、私も、人類が「覚醒するのか否か知る由」もないのですが、少なくとも覚醒するために自らを一歩進めていくということを大切にしたいと考えています。
「誠実や正義が通用しない政府が現存」することが、もし「残念」な事であるならば、少なくとも私の住んでいる国にはそうなってほしくないのです。
「尖閣問題が衝突事態を惹起する危険性は相当程度大きい」と思いますが、実際にそれを引き起こすのは、別の次元の話だと思います。これまでの戦争の発端は、むしろ軍事力の優劣比較からの論理的帰結からではないと思います。

「現在もし地球上の警察機能を曲がりなりにも果たす国(アメリカ)が存在しなかったなら世界はどういうことになるか、想像しただけでも恐ろしい」とは、思いません。
確かに秩序は乱れるでしょうし、私たち日本人はその秩序の利益を得ているでしょう。
しかし、その反面、中南米諸国やヴェトナムやアフガンはどうだったでしょうか。
秩序がゆるみだすことから、新しい時代は始まります。
明治維新もアラブの春も、そうでした。
秩序は、ある人には平和でも、ある人には戦争状態をもたらしています。
私自身は、誰かの犠牲の上に立った「世界秩序」の恩恵は受けたくありません。
これに関しては、かなり冗長ですが、前に「オメラスとヘイルシャムの話」を書きました。
よほど時間があれば、お読みください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/heilsham.htm

私も、「この地上で間断なく随所で行われてきたのは、支配者同士、市民同士の相互愛による平和」ではなかったと思います。
その4で書いたように、「平和」ではなく「勝者」にとって都合のいい「秩序」だったと思います。

「軍を保持し同盟を強化することの必要悪を明確に認識し、コントロールすべき国民の自覚」という意見は、否定はしませんが、国民が果たしてきちんとコントロールできるのかという疑問が残ります。
シヴィリアンコントロールさえ軽視され、ましてや違憲とされても、そんなことは無視していいという田母神さんのような高官に統治されているのが実態です。
そんな国家には、軍隊は任せられません。
まさに、「大戦時において国民自身はどうだったか」を思い出したいです。
とりわけ沖縄の歴史を私たちはしっかりと学びたいと思います。
今回の辺野古問題は、何も関わっていないことを示唆しているように、私は思います。

蛇足ですが、もし私が生活している社会が、他国や自国政府から耐えられないほどの攻撃を受けたら、いまの私は、ガンジーのような非暴力主義をとる自信はありません。
自分の理念には反しますが、たぶん武器をとって戦うだろうと思います。
草の根的に生まれてくるゲリラの戦いには、とても共感するところがあります。
その時には、老いも若きも、すべて戦いに立ち上がり、本当の意味での国民皆兵制が自発すると思っています。
国家による徴兵制ではなく、皆兵制であれば、いまの私は受け入れられます。
自らが戦うつもりもない人の閲兵式など見たくありません。

なお、「靖国参拝」については、書き出すときりがないのでやめますが、中国や韓国から批判されるからどうこうするという問題ではなく、それ自体の中に大きな問題が含まれていると思います。

なかなか共感は得られないでしょうね。
さらに違いが出てきたかもしれません。
しかし、コメントにはいつも感謝しています。
今度、おいしいコーヒーが手に入ったらぜひゆっくりとお話ししたいです。
ありがとうございました。

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2015/10/24

■節子への挽歌2973:人はやはり素晴らしい

新しい出会いのことを書きましたが、最近、無性に本を読みたくなっているのも、そのせいかもしれないと気づきました。
本もまた、世界を広げてくれることは間違いありません。
読書の面白さは、新しい世界との出会いですが、同時に感動的な人に出会うことも少なくありません。

いまは机の上に、読もうと思っている本が20冊近く積まれています。
1冊の本を読むと、そこからまた数冊の本を読みたくなることも少なくありません。
そうやって机の上には書籍の山ができていくわけですが、これも不思議ながら、ある時、読書気分がパタッととまるのです。
そして積んだ書籍の山はなくなります。
読まずに書棚に戻る本も少なくありません。
そのため、私の書棚には読んだことのない書籍がかなりあります。
最近は、ほとんど書籍は買わずに、図書館から借りるようにしています。
自分の書籍だと、またあとで読もうということになりかねませんが、図書館から借りるとそうもいかないので、必ず読むようにしています。
ですから図書館から本を借りる時には、いささかの緊張感が必要です。

書籍で出会った人から、自らの生き方を問い質させられることも少なくありません。
水俣の緒方さんの「チッソは私だった」は衝撃的で、読んだ直後はすぐにも会いに行きたい気分でしたが、行くだけの勇気が出ませんでした。
渡辺清さんの「砕かれた神」は、ただただ驚きました。
今朝、時評編で書いた矢部喜好さんの生きざまは、長いこと、私の頭から離れませんでした。
みんな私にはあこがれる生き方ですが、なかなか自分がそうなれるわけではありません。
しかし、そういう人がいたことを知っているだけでも元気は出ます。

そういう人に出会うのは、もちろん書籍のなかだけではありません。
今日、湯島で子どもをテーマにした集まりをやっていました。
15人も参加してくれましたが、一人、遠くの山梨からわざわざ出てきてくれた人がいます。
その人の生き方は、それはそれは普通ではできない生き方です。
精神に障害を持つ人たちの施設で働きていたのですが、そこに入所していた兄弟を、引き取って、自分の家で生活支援をしているのです。
引き取った理由に感動しました。
湯島には、時々そういう人が来ますが、そういう人に会うと、自分の生き方の中途半端さに、恥ずかしくなることもあります。

書籍の話を書こうと思っていたのですが、結局は人の話になってしまいました。
世界は、人が創りだしているのですから、当然と言えば当然ですが。

昨日は、新しい出会いが元気をくれると書きましたが、
すごい人に会うと、頭を打ち砕かれるような気になることもあります。
今日は、書きだした時に思っていたのとは全く違うことを書いてしまいました。
やはり今日の細田さんの話があまりに衝撃的でした。
細田さんというのは、山梨から来た人です。
実にすごい。
一度ゆっくりお話をお聞きしたくなりました。

今日、サロンが終わってから頭がくらくらするのは、彼女の話を聞いたせいかもしれません。
他者の人生に、自らの人生をかけていく。
以前に書いた、大西さんもそうですが、人はやはり素晴らしい存在です。
人を嫌いになる必要はないのです。

支離滅裂な内容ですみません。

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■安保法制騒動を考える10:個人としてどうするか

このシリーズも、今回が最後です。
最後に、ではそうした状況の中で、個人としてはどうしたらいいかについて、書いておこうと思います。

その前に、これからどう展開するかを少し考えておきたいと思います。
自民党の憲法改正案には、現憲法にはない「緊急事態条項」(第9章)が新設されており、「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同左効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」ことになっています。
2年前に、このブログで、「自民党憲法改正草案による亡国への道」という10回シリーズを書いたことがあります。
http://homepage2.nifty.com/CWS/kenpo13.htm
その時は見過ごしていたのですが、この条項の意味が最近やっと理解できました。
これは、まさに戦争行為を可能にする条項なのです。
つまりは立憲主義を外すための条項です。
ワイマール憲法にあった「大統領緊急命令条項」を思い出します。
ドイツは、この憲法条項により、悪夢への道に進みだしたのです。
私が大学時代に憲法を学んだ小林直樹さんは、「日本国憲法が軍国主義を廃した平和憲法であるため、緊急権規定をあえておかなかった」と解釈しているそうです。
すっかり忘れていました。
憲法に緊急権を明記することは「憲法の自殺」であるという意見もあるそうですが、私はそういうことにさえ気づいていませんでした。
今回、気づいたことの一つです。

話がそれてしまいましたが、憲法改正の場合、9条からではなく、この緊急事態条項を潜り込ませることが考えられます。
この条項は、それこそ最近の「緊迫した国際情勢」という言葉とセットになれば、多くの人には違和感はもたれにくいでしょう。
しかし、この条項の恐ろしさを、できるだけ多くに人に知っておいてほしいと思います。

さて、個人としてどうするか、ですが、ある人のことを紹介させてもらいます。
その人は、福島県会津の人矢部喜好さん(1884~1921)です。
矢部さんは、プロテスタントの信徒でした。
日露戦争が始まったころ、彼は、売国奴、非国民と罵声をあびせられるなかで、仲間たちと戦争反対運動に取り組んでいました。
20歳の時に、補充兵として入隊の命を受けました。
その時の彼の行動を、阿部知二さんの「良心的兵役拒否の思想」(岩波新書 1969年出版)から引用させてもらいます。

その前夜ひとりで連隊長に面会をもとめ、自分は国民としては徴兵を忌避するものでないが、神のしもべとして敵兵を殺すことができないのであるから、軍紀のためならば、この場で死をたまわりたい、と申し出た。その結果、裁判所におくられ公判に付されて、軽禁錮2か月と判決を受けて入獄した。出獄後、連隊区司令部から呼びだしを受け、彼はもとより、家族も教団の仲間も、死刑‐銃殺をはっきりと覚悟したのであった。 しかし司令部では、敵と戦うことは主義として相容れぬとして、傷病兵を看護するのはすすんでなすべきことではないかと説かれ、ついに看護卒補充として入隊して講和にいたるまでの日を送った。

著者の阿部さんは、「日本の軍部が、この早い時期において「良心的兵役拒否」の問題を、このように典型的な形で代替業務を与えることによって処理したことは、おどろくべきである」と書いています。

長くなってしまいましたが、最後に私が何をやるかです。
簡単に言えば、矢部さんのようでありたいと思います。
残念ながら、私は徴兵されないでしょうから、その機会はないでしょう。
しかし、自らの生き方において、矢部さんを見習おうと思います。

同時に、日常的には、2つのことに取り組むことにしました。
一つは、いまもやっている湯島でのサロンをさらに広げることです。
湯島のサロンの意味は、以前、シリーズで少し書きましたが、途中で終わっているので、また近いうちに書くつもりです。
湯島のサロン活動は、私の平和活動でもあるからです。
そのサロンのメニューに、近現代史の勉強会を加えようと思います。
できるだけ多くの人、とりわけ若い人たちに、歴史を知ってほしいと思います。
先日ある人から聞いたのですが、中学校で話す機会があったので、原爆が落とされた国は世界でどのくらいあるかと質問したそうです。
三択で、「1か国」「50か国」「100か国」。
一番多かったのは「50か国」だったそうです。
これは私たち大人の責任です。
また、民主主義をきちんと考える会もスタートさせます。

もう一つ個人的にやろうと決めたことがあります。
非武装抵抗や良心的兵役拒否などの書籍を読み直すことです。
この種の本は、日本でも1960年代から70年代にかけてたくさん出版されました。
私もかなり読んで刺激を受けましたが、その後なぜかその種の本は少なくなり、私も忘れていました。
わが家の書庫にも、何冊かあるはずです。
引っ張り出して読み直す予定です。

実はこのシリーズでは、徴兵制とかデモのこと、あるいは戦争に行かない権利など、いろいろ書くつもりでしたが、書けませんでした。
いつかシリーズ2を書ければと思っています。

長い文章を読んでくださって、ありがとうございました。
反論異論大歓迎です。
機会があれば湯島にも来てください。

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2015/10/23

■節子への挽歌2972:新しい出会いがくれる元気

節子
節子もよく知っているように、私は人と会うのが大好きです。
人と話していると元気になります。
しかし、最近は人と会うのが嫌になることがあります。
とても矛盾しているのですが、そうした正反対のふたつの感情が同時にあることも少なくありません。
会うのはうれしいけれど、会いたくない気分もある、ということです。

その理由は、人に会うと、いろんなことを背負いかねないからです。
私は、人と会うということは、何かをシェアすることだと考えています。
ですから、人に会う時は、相手から頼まれようと頼まれまいと、この人に自分はどう役立てるのか、を考えます。
前にも、ある人から、佐藤さんは人に会う時に何を考えていますか、と訊かれて、即座にこの言葉が出てきました。
我ながら、その時は驚いたのですが、その習性は身についています。
理屈ではなく、心身がそう反応するのです。

以前は、それが、つまり人に役立てることがうれしかったのです。
問題を背負い込むことも楽しかったのです。
それを、消化できていたからです。
消化できない問題は、節子にもシェアしてもらいました。

しかし、最近は、問題を背負い込みすぎて、疲れだしています。
それに、問題を理解しても、できないことが増えてきました。
消化能力が大幅に低下しているのといざとなったらシェアしてくれる節子がいないからです。
ですから人と会うのが、以前と違って、少し気が重くなりだしているのです。
「知ったものの責任」を果たせないことは、自らをさいなむことになりかねません。

にもかかわらず、人と会うのが好きです。
特に好きなのは、新しい人との出会いです。
間違いなく世界が広がるからです。
最近は昔ほど、新しい出会いはありません。
それでも先週は5人の新しい出会いがありました。
今週は2人ほどです。
そのおひとりと今日、会います。
さてどんな世界を分けてくれるのでしょうか。

今朝、ふと気づいたのですが、
私がいまもなお、それなりに元気で生きていられるのは、
こうした「新しい出会い」のおかげかもしれません。
世界が広がらなくなると、私はたぶん生きていけないタイプです。
最近元気が出ないのは、「新しい出会い」が少ないからかもしれません。
すべてが節子のせいではないのです。

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■安保法制騒動を考える9:決定手続きの正当性

今回の安保法制騒動で、私が一番問題だと思ったのは、進め方です。
たとえば、参議院特別委員会での強行採決の様子は、テレビでライブに見ていましたが、驚くべきものでした。
ニュースで断片的に見た人たちは、野党の暴挙と思った人もいるでしょうが、あれは明らかに与党の暴挙です。
その上、議事録までも改ざんし、手続きの正当性を取り繕おうとしていますが、前日の公聴会の報告もなく、慣習になっている最後の質疑もなく、採決時には野党の委員も立ったままの状態でした。

10個の法案を一挙に審議するということも、手続き的に暴挙としか言えません。
しかもそれらは性質の異なるものも含まれています。
これに関しては、「その2」で書きました。

正しい手続きとは何でしょうか。
ここでもマートンの目的の転移が重要です。
正しいかどうかは、かたちでは決まりません。
その目的によって判断しなければいけません。
たとえ100時間「審議」しても、きちんとした審議でなければ、意味がありません。
公聴会を何回開こうが、聴く耳を持っていなければ「公聴会」とは言えません。
国会での審議も、公聴会も、アリバイ工作劇ではないかと思えてなりません。
野党からの質問に誠実にこたえ、一緒になって、より合意できるものにしていく姿勢がなければ、いくら時間をかけても審議とは言えません。
公聴会も、ただ体裁づくりであれば、横浜の地方公聴会で水上弁護士が冒頭釘を刺したように、「公聴会が単なるセレモニーで茶番であるならば、私はあえて申し上げるべき意見を持ち合わせておりません」ということになるでしょう。

手続きの正当性は、目的にかなっているかどうかで決まるはずです。
いや、そうでなければいけません。
茶番劇にしか見えないのは、手続きの目的が、政府見解を正当化するというところに置かれていたからです。
たとえばこうです。
衆議院憲法審査会において、与党推薦者も含めて3人の憲法学者が、安保法案を「憲法違反」だと明言すると、「違憲でないと言う著名な憲法学者もたくさんいる」と言い、確認してたくさんいないことがわかると、「憲法の番人は最高裁判所であって憲法学者ではない」と言い、それを受けて、元最高裁判事たちが違憲と言ったら、彼らは現役ではないという。
まさに茶番劇としか言えない手続きなのです。
重視されているのは、「手続きの正当性」ではなく、「正当化するための手続き」なのです。
国民が賛成しないのは、法案の主旨がきちんと理解されていないからだという姿勢も、ここから出てきています。
そもそも政府には、「話し合おうという姿勢」がないのです。
これは辺野古基地問題でも明確に出ています。

つまり、現政府はもはや「独裁政権」になっているというしかありません。
もはや「民主主義」は消えてしまったというべきでしょう。
ですから、連日の各地でのデモに対して、耳を貸そうなどとしないのは当然なのです。
立憲主義も民主主義も、失われているのです。
そうした実態を、私たちはしっかりと認識しなければいけなのではないかと思います。

これから何が始まるのか。
80年前の日本とドイツの歴史を学ばなければいけません。

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2015/10/22

■節子への挽歌2971:みかんが生りました

節子
畑の花畑から、百日草の種をとってきました。
長いこと花を咲かせてくれました。
綺麗ですねと褒められたことさえあります。
手入れ不足で、あんまりきれいではなかったのですが。
百日草は強い花で、そのおかげで、野草はあまり生えなくなりました。
篠笹さえもあまり出てきません。
来年もチューリップと百日草を中心にしようと思います。
コスモスも蒔くつもりだったのですが、なかなかそこまで行けずに、今年は花壇がつくれませんでした。

季節の関係で、そろそろ野草もあまり成長しなくなりました。
何とか今年は、野草をかなりおさえることができ、畑も少し広がりました。
いまは大根や小松菜が育ってきています。
収穫に至るかどうかはまだわかりませんが、今日は少しつまんできました。
ネギは、土をかけるのをさぼっているので、長く伸びてくれませんが、ちゃんと収穫できています。
レタスを蒔くのを忘れていましたが、これは庭のベランダに蒔くことにしました。

そろそろ寒くなってきたので、冬を越す準備をしなければいけません。
自然と付き合っていると、こういう感じで、季節を感じられるのでしょう。

畑のミニトマトは、まったく実をつけないのですが、元気なので抜く気にならずに、そのままにしています。
今日、そこに大きなカマキリを見つけました。
カマキリは卵から生まれますが、一挙に生まれだします。
一度、その現場を観ましたが、それはそれは楽しい風景です。
小さなカマキリが、まさに「クモの子」のように、わーっと広がっていくのです。
しかし、成虫になるのはそう多くはないのでしょう。
その後は、時々しか会いませんので。
今日、会ったカマキリはたぶんまもなく産卵して、そのまま死んでいきます。
雰囲気的には、その場所として、トマトの木を選んだようなので、注意しないといけません。
今度言った時に、もし産卵していたら、別のところに移しておかないといけません。

畑の奥に、みかんとゆずの樹があります。
みかんの樹は節子と一緒に取手の花屋さんで買ってきたものです。
なぜあんな遠くの花屋さんに行ったのか、いまは記憶がないですが、みかんの木が目的ではなく、ついでに買ってきたものです。
あのころは、よく節子と一緒に花を買いに行きました。
なにしろ節子は、花が好きで、いつも付き合わされていたのです。
このみかんは、種類がそうなのかもしれませんが、なかなか大きくならないのですが、10個近くに実をつけていました。
残念ながら酸っぱくて食べにくいのですが、熟してきたら節子に供えさせてもらいましょう。
節子がいる時には、花をつけてはくれませんでしたが。

畑作業もちょっと肌寒くなってきました。
しかし、畑作業をしていると、少し気分がやすまります。
相変わらず、いろいろと気の沈むことが多いのです。

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■安保法制騒動を考える8:違憲立法の意味

安保法制騒動の論点のひとつは立憲主義の是非でした。
立憲主義がないがしろにされてきているのは、この騒動に始まったことではありません。
政治学者の中野晃一さんは、「右傾化する日本政治」(岩波新書)の中でこう書いています。

長らく9条に照準を合わせた改憲論は、近年では西洋近代の立憲主義そのものに対する攻撃と化しつつある。

立憲主義を否定すれば、改憲など不要です。
改憲できないなら、無視すればいいというわけです。
今回の安保法制騒動は、そのことをだれの目にもわかるようにしてくれました。
その気になれば、ですが。
そうした大きな流れを踏まえて、今回の騒動を考えていくと、見えてくることも違ってきます。

戦後レジームからの脱却こそが、安倍首相のビジョンです。
そして多くの国民もまた、それを支持しています。
いまもってなお、40%を超える国民が、憲法をないがしろにする政権を支持しているというのですから、驚くしかありません。
前にも引用した木村さんが言っているように、「憲法を燃やすことは、国家を燃やすこと」なのです。
安倍政権の「日本を取り戻そう」の主語に関しては、以前も書きましたが、安倍首相の発言の意図は、日本の人民の手に取り戻すのとは逆の方向です。
そこが言語の恐ろしいところです。
「戦後レジームからの脱却」とは何なのか、もし誠実な人生を送りたいのであれば、きちんと考えなければいけません。

しかし、日本の国民は、「臣民」であることを願っているのかもしれません。
政治の動向よりも、経済のことが好きのようで、相変わらず「経済成長」とか「雇用」とかに関心を向けています。
以前、「雇用」よりも「仕事」が大事だとこのブログで書いたら、厳しいお叱りをいろいろといただきました。
雇用と仕事の区別さえ、つかなくなっているとしたら、もはや何をかいわんやです。
日本人は臣民としての生き方に隷従したいのだろうと、400年前に「自発的隷従論」を書いたエティエンヌ・ド・ラ・ボエシには見えるでしょう。

武田文彦さん(究極的民主主義研究所所長)は、憲法違反罪は厳罰に処すべきだと言っています。
取り締まる人の手加減で、逮捕されたり逮捕されなかったりする法律違反に比べれば、憲法に違反することは大ごとだと思いますが、田母神さんのように、憲法違反してもいいのだと公言する防衛関係の公務員(当時)さえいるのです。
しかも彼は、少なからずの人たち(若者も多いようです)からの共感さえ受け、政治活動を行っています。
戦後、戦犯と言われた人たちが、政治家になり官僚になったこともある国ですから、仕方ないのかもしれませんが、いかにも情けないことです。

違憲立法された法律に従うことも「法治主義」というのでしょうか。
たぶん「法律」の意味が大きく変質しているのです。
いまの日本は、司法権のみならず、立法権もまた行政権に取り込まれ、三権分立ではなく、統治権優先の全体主義国家になりつつあるような気がします。

今回の安保法制騒動は、それがいよいよ表だっte動きだした事件のように思います。
「憲法を燃やした」ツケは、たぶん大きいでしょう。
しかし、まだ諦めることはありません。
沖縄の県民のように、諦めずに、隷従することなく、できることをやっていくことが大切でしょう。
翁長知事をはじめとした、沖縄の人たちに、元気をもらっています。

安保法制騒動と沖縄基地問題は、コインの裏表です。

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2015/10/21

■節子への挽歌2970:残るものと消えるもの

節子
湯島のオフィスの前のビルが解体工事に入りました。
6階から見ると、その様子がよく見えます。
9.11ではツインタワーが一挙に崩れ去りましたが、解体工事はそんなに早くは進みません。
壊すのと壊れるのとは、明らかに違うのです。
ちなみに、ここに新しいビルができてしまうと、たぶん今のビルはもう思い出せなくなるでしょう。
いつも通っている道沿いの建物が壊されてさら地になってしまって少し経過すると、もうそこにどんな建物が建っていたか思いだせないことがあります。

人生は一挙に壊れることがあります。
じわじわと壊れていくこともある。
どちらがいいかは微妙ですが、伴侶がいる場合は、じわじわでもいいですが、独り身の場合は、「一挙」のほうがいいでしょう。
時間があったので、ぼんやりと解体作業を見ていて、そんなことも考えました。

若い僧籍を持つ友人がやってきました。
お寺や僧侶の役割の大きさについて、お墓や宗教について、少し話し合いました。
建物と違って、生命はそう簡単には消えていかない者だろうと思います。

その後、大学時代の友人が2人やってきました。
一人は節子も知っている人です。
私は大学時代の友人たちのなかでは、かなり脱落している存在ですので、仕事の関係の付き合いは皆無ですが、私も発起人の一人だった古代ギリシアの会を、その2人に引き継いでもらったので、その最近の報告に来てくれたのです。
20周年の記録をつくったと言って持ってきてくれました。
その会を一緒に立ち上げたおひとりの金田さんは、いまは新潟です。
金田さんもその会からは退きましたが、会はメンバーが入れ替わりながら続いているのです。
創設メンバーのおひとりの吉田さんは、いまも時々参加しているそうです。
20周年の集まりの記念写真も見せてもらいました。
懐かしい人もいます。
建物と違い、組織はメンバーを代えて残っていくようです。

この古代ギリシアの会、パウサニアス・ジャパンというのですが、この会の設立に私が関わることになったのは、節子の思い付きが関係しています。
節子とギリシアに行った時に、ミニオン岬に桜を植えたらどうだろうと節子が言いだしたのです。
帰国がギリシア大使館に手紙も書いたのです。
残念ながら取り上げてはもらえませんでしたが、その話を私が友人の守永さんに話したら、守永さんが吉田さんと金田さんに引き合わせたのです。
そして一緒に古代ギリシアの会を設立することになり、発起人会を湯島で開催したのです。
そんなことで、最初は節子も時々参加していました。
ところが、その数年後、節子とツアーでイランに行った時に、メンバーに守永さんの秘書をやっていた小林さんがいたのです。
それでちょっと話が盛り上がりました。
何やら因縁めいた話ですが、守永さんも小林さんも、もういません。
おそらくそのことを知っている人はもういないでしょう。
しかし、組織は残っていく。

残るものと消えるもの。
今日は、そんなことをいろいろと考えさせられました。

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■安保法制騒動を考える7:安全の抑止力

今回は「抑止力」について考えてみます。
私は、軍事力(攻撃力)の増強は攻撃の「抑止力」になるのではなく、むしろ「誘発力」になると考えていますが、この考えはなかなか共感を得られずにいます。
ここで「誘発力」とは、他国からの攻撃を誘発するという意味もありますが、自らが他者(他国に限りません)を攻撃してしまうという意味での「誘発力」も含意しています。
名刀を持つと、ついつい使いたくなるということです。
戦争の構造が、対他国だけではなく、対自国民、あるいは国家を超えた人民にも広がっていることを考えれば(実際には昔からそうなのですが)、自らの攻撃を誘発するという意味がわかってもらえると思います。
さらにいえば、構造的暴力という「見えない戦争」にも、これは大きな効力を持つはずです。
戦争というものの形が大きく変わってきているという状況の中で、考えてもらえるとうれしいです。

安保法制に賛成の方の論拠の一つが、国際情勢の変化です。
具体的に言えば、中国や北朝鮮の脅威に対して、日米同盟を強化し、いつでも立ち向かえるようにしておかなければいけないと不安感があるのでしょう。
攻めて来られないように、自国の軍事力を増強したい、防衛だけではなく場合によっては先制攻撃できるような「軍事力」を持ちたい、アメリカ軍隊との関係を強化し、その助け(虎の威)を借りたい、ということでしょうか。
なにしろ、日本が攻められていなくても、世界中どこであろうと、戦争が起こっているところには出かけていけるのが、集団的自衛権の含意するところです。
直接的には他国を守ることを目的とした権利ではないのです。
現在の政府は、そのあたりをあいまいにしながら、「日本の自衛」につながると説明していますが、要はどこの戦争にも参加できるということです。

国際情勢の変化でよく言われるのが、中国や北朝鮮、あるいは韓国です。
例えば、中国の軍事力増強は驚くほどです。
南シナ海での行動も、たしかに目に余ります。
しかし、それを防止するのは軍事力ではないでしょう。
それに、中国や北朝鮮が、日本を侵略しに来ると、本当に思っている人がいるのでしょうか。
国際情勢、とりわけ日本周辺がきな臭いと思わせることで、利益を得ている人たちがいるはずです。
そうした「脅し」に乗せられてはいないでしょうか。
いささか極端ですが、北朝鮮の拉致問題が解決したら困る人もいるかもしれません。
私は、安倍政権もそう考え、総行動しているだろうと思います。
話がそれてしまいました。

しかし、そもそも軍事力はほんとうに戦争の抑止力になるのでしょうか。
いや、これまでの歴史で、抑止力になったことはあるのでしょうか。
私には、そこが大きな疑問です。
力が相手の攻撃を抑止するなどと思うのは、暴力や権力に媚びて生きているからではないでしょうか。
人は、自分の生き方や考えで、物事を決めていくものです。
軍事による抑止力論は、弱い者いじめをして生きている人たちの考えではないかと、私には思えてなりません。
だいたい権力者や支配者は、弱いものの犠牲の重ねてきた人が多いでしょうから、きっとそう思うのです。
私のように、貧しく生きていると、周りの人を信じなければ生きていけません。
普通の人たちは、寄り添って、支え合って、信頼し合って生きなければ、生きてはいけないのです。

1980年代には、核兵器による抑止論に対して、オスグッドの段階的軍縮論がありました。
つまり、不信による安全保障から信頼による安全保障へと、大きな歴史はその方向で動いてきたはずです。
机上論では軍事力増強や軍事同盟は、戦争や攻撃の抑止効果を持つのかもしれませんが、歴史はそうはなっていないのではないか。
私にはそう思えます。

相手に対して攻撃する意図がないことを示すために、人類は、握手やお辞儀という方法を発明してきました。
その人類の長年の知恵を大事にしたいと思います。

中途半端な説明になったので、納得してもらえなかったかもしれませんが、国家による軍事力増強や国家間の軍事同盟は、決して安全にはつながりません。
アメリカでの銃器発砲事故の多さを思い出していただきたいと思います。
私の信頼する友人でさえ、私のこの意見には賛成してもらえないのが不思議です。

もし攻撃されたらどうするのか。
それは攻撃されるような存在だったことを悔やむしかありません。
そうならないように、生き方は誠実でなければいけないと思っています。
国家のあり方も、同じではないかというのが、私の考えです。
リアリティがないと、よく言われますが。

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2015/10/20

■節子への挽歌2969:「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」

節子
数十年交流のなかった知人の訃報が耳に入ってきました。
最近は、こういうことも決して少なくありません。
そんな時、ふと、あの人はどうしているかなと考えてしまうことがあります。
不思議なもので、そういう時に思いつく人が毎回違うのです。

今日、頭に浮かんだのは、私よりも少しだけ若い2人の人です。
ひとりは、睡眠時間は3時間程度で、新しいビジネスに取り組んでいた人です。
とても義理堅く、しかも精神性の豊かな人です。
湯島にも時々来ていましたが、そういえば、最近、連絡がありません。
福岡と東京を往復していたはずですが、気になりだすとどうしようもありません。
メールを送ってみましたが、返信はありません。

もうひとりは、節子も知っている人です。
なぜか節子が病気になって以来、パタッと連絡が途絶えてしまいました。
気になって彼のホームページを開いてみましたが、やはりまだ更新されていません。
私よりも若いので、まだたぶんビジネスの世界にいるはずですが。

そんなことを考えているうちに、人はこうやって、現世から少しずつ彼岸へと進んでいくのだろうと気づきました。
連絡のなくなった人を、詮索するのはやめたほうがいいような気がしてきました。
冷たいようですが、訃報は後になって知るほうがいい。
それもなんとなく耳に入ってくるほうがいいです。
悲しさに襲われないですむからです。

同時に、私自身もそうやって消えていく方がいいような気がしてきました。
社会とかかわりすぎていると、自然と現世から彼岸へと移ることが難しくなりかねません。
現世で忘れられ、訃報が届くころには、あれ、まだ佐藤さんは生きていたのか、と思われるのがいい。
そんな思いが強まってきました。

佐藤さんのように、生涯現役が私の目標ですと、ある人から言われたことがあります。
私自身には、生涯現役などという意識はなかったので、少し驚いたのですが、生涯現役ってどういうことでしょうか。

ダグラス・マッカーサーは、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と言いました。
その意味がようやくわかりだしました。

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■安保法制騒動を考える6:自衛の主語

今日は「自衛」について考えてみます。
パリ不戦条約でも各国の自衛権は放棄されませんでした。
国家単位での武力行使一般を違法とした上で、侵略国への対応に関しては、世界全体で行おうというのが集団安全保障という構想でした。
国家による暴力の管理という「近代国家」構想を、そのまま世界に拡大しようとしたわけです。
しかし、状況はまだ熟してはおらず、集団安全保障を担保する仕組みは実現しませんでした。
ですから自衛権は国家の権利として残ったわけです。

ここで問題は、自衛権によって衛(まも)られるものは何か、ということです。
国家や国民だろうと思うでしょうが、その両者は同じものではありません。
国家が国民にひどいことをする場合もありますし、国民が国家を転覆させることもあるからです。
これに関しては、これまでも何回か書いてきました。
国家(ステート)と国民(ネーション)は違うものです。
だからこそ国民国家(ネーション・ステート)という言葉もあるわけです。
両者を別のものだとすれば、そのいずれが「自衛」の主語になるかを考えると、これも悩ましい問題です。
私は、「国家の自衛権」とか「自衛戦争」という言葉は、もはや存在しない概念だと思っています。
国家というリヴァイアサンが自衛権などもってしまえば、国民はたちうちできなくなるはずです。

しかし、そもそも国家という制度(仕組み)が、「自衛」するとはどういうことでしょうか。
このシリーズの「その4:平和と秩序」で引用させてもらいましたが、木村草太さんが言うように、「国家を作る理由は、全ての人が人間らしく安心かつ幸せに暮らせるよう、しっかりした秩序を作るためである」とすれば、国家の目的は、「国民が人間らしく安心かつ幸せに暮らせること」です。
つまり、国家はそのための「手段」なのです。
まさにマートンの言う「目的の転移」に注意しなければいけません。

国家は法的な擬制はともかく、基本的人権のようなものを持つ存在ではありませんし、何よりも国家という行為の主体がいるわけではありません。
ですから、国家が持つ権利もまた、人間が持っている権利とは全く違ったものです。
つまり、国家は所詮は、制度(システム)でしかないのです。
国家が、自らの存在を自衛するという意味は、実際には、国家を統治している現在の政府の体制を維持するということであり、そこでは、国民は国家という制度に従属する要素としてしか位置づけられません。
そもそも「制度」には自衛権などあるはずもありません。
それこそ、それはSFの世界の話です。

国家の自衛権が何を意味するか。
それは、北朝鮮をイメージすれば、すぐわかることです。
あるいは、国家のためという口実で、多くの人が死んでいった太平洋戦争を思い出してもいいでしょう。
国民は、国家の自衛活動では、決して守られることはありません。
国家の自衛権がなんとなく国民の自衛につながるのは、戦争の構造を見誤っているからです。
「だれがだれに対して何を自衛しているのか」を見据えなければいけません。
国家のためと言って、国民が殺されるようなことがあれば、それはそもそも国家という制度の大きな目的に反します。

社会的共有資本の問題に取り組んだ宇沢弘文さんは、政府は統治機構としての国家ではなく、市民の基本的権利の充足を確認する役割をはたすものだと言っています。
その意味をしっかりと受け止めたいと思います。
コラテラル・ダメッジなど、決して許されることではありません。

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2015/10/19

■安保法制騒動を考える5:戦争の構造

「平和」と同じく、「戦争」も捉え方の難しい言葉です。

20世紀初頭までは、戦争は、宣戦布告によって始まり講和によって終結する、国家間での政治手段であって、国家の権利の一つとされていました。
しかし、第一次世界大戦後、パリ不戦条約によって、国際紛争を解決する手段としての戦争は放棄されました。
ただ、条約加盟国の自衛権は否定されまませんでした。
つまり大きな流れとしては、戦争は国際的に放棄されたのであって、日本だけの特異現象ではありません。
その認識がほとんど議論にならないのが不思議です。
しかし、不戦条約違反に対する制裁は制度化されず、再び世界大戦が起こったわけです。

戦争のかたちもまた、大きく変質してきました。
国家による戦争も、総力戦と言われるように、戦争の当事者が国民全員へと広がりました。
それはある意味で、国民国家であれば、当然の帰結でもあります。
さらに、国家間ではなく、戦争の当事者が国家を超えた集団(たとえばアルカイダやIS)へと広がりました。
9.11事件によって、「テロとの戦争」が、戦争の前面に出てきてしまったのです。
戦争さえをも秩序化しようとしていた主権国家構想の崩壊が始まったわけです。
戦争の構図は、「国家対国家」ではなく「国家対反国家」へと変質しつつあります。
こうした動きを見ていくと、戦争の本質が見えてくるように思います。
つまり戦争とは国家権力のヘゲモニー争いのように見えて、実は、国家を含む体制(システム)そのものと、その構成要素である人民との対立構図になってきているのではないかということです。
そこにあるのは、制度と人間の対立構造です。
こういう言い方をすると、最近のSF映画の構図を思い出しますが、まさにその構図が現実化していると言えるでしょう。
そう考えれば、各国が競って軍事力を増強している先にあるのは、むしろ自国の国民への「支配力の強化」なのではないかと私には思えます。

戦争の構造を、国家間の横の関係からシステム(そこには当然部品化された人間も取り込まれています)と個々の暮らしを持つ人間との関係に置き換えると、まったく違った風景が見えだします。
前に、このブログでも「メアリー・カルドーの提言」を書いたことがありますが、戦争の先にあるのは「人道」や「人権」なのです。

軍隊が殺傷した人間は、他国人よりも自国人のほうが多いという統計を何かで読んだことがあります。
軍隊というシステムが見ているのは、仮想敵国だけではありません。
戦争概念が広がった現在、国内の秩序をかく乱する存在は、軍隊の敵になっていくことは言うまでもありません。
敵は本能寺なのかもしれないのです。

「戦争法案」と決めつける前に、戦争の構造、あるいは「危険にさらされるもの」をきちんと確認する必要があるのではないかと思います。
戦争法案と言っている人の「戦争」は、誰が攻め誰が攻められるのか。
それも軍事力で。
現実問題としては、私にはまったく考えられません。
この70年は、そういう存在にならないように努力してきた70年だったと思うからです。

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■節子への挽歌2968:些少な不安が山のように溜まっているようです

節子
気持ちのいい秋晴れです。
もしかしたら今頃は、世間との付き合いをやめて、湯河原で2人で過ごしていたのではないかという思いがちょっと心に浮かびます。
こんな日は、箱根の恩賜公園でおにぎりでも食べていれば、彼岸にまけないほどの平安を味わえたかもしれません。
それももう果たせぬ夢になってしまいました。

この数日、何か不思議なほどの「不安感」に襲われています。
まだ払拭はされていませんが、口に出せるほどには落ち着きました。
ひどい時には、その不安感を口にするだけの勇気さえ出てこないのです。
友人たちと入間市を散策したり、自宅で地元の集まりのための打ち合わせをしたりして、この週末は過ごしましたが、人と一緒の時には忘れていますが、そんな時にも、突然、「不安感」が首をもたげることがあります。
意識的には消せるのですが、身体は嘘をつけません。
無理に押さえようとしていたせいか、昨夜は胃が痛みだし、後頭部にも違和感が出てしまいました。
一晩寝てだいぶ良くなりましたが、そういうのは気にすると気になってしまいます。
こういう時には、畑に行って、土に癒してもらうのがいいでしょう。

子どもの頃は、不安はすべて親に言うだけで解決できると思っていました。
実際には親に言ったことは1回しかありませんが、いまから考えると瑣末な不安感でした。
しかし、何かあれば引き受けてくれる(と思える)存在が身近にいるのは、それだけで救いになります。
不安は、吐き出すことだけで、かなり解決されるのです。
しかし、これといった大きな理由からの不安感でない、いろんなことの積み重ねからの不安は、吐き出しようもありません。
そういうものは、たぶん日常的に吐き出す仕組みが必要なのでしょう。
溜め込んでいると、自分の中で悪性の不安に育っていくのかもしれません。
夫婦のたわいもない日常の会話が、そうならないようにきっと働いていたのです。
そうした会話がなくなってから9年。
いろんなことが溜まっているようです。
こんなにいい天気なのに、奇妙な不安感から抜け出せないのは、不思議です。

実は、その「不安」のせいで、最近また、ミスが増えています。
他者に迷惑をかけることはまだないのですが、私自身には結構「迷惑」がかかるミスなのです。
それでまた、不安感が増してくるのかもしれません。
そういう時には、実に瑣末なことが大きく感じられるのです。

一昨日、入間を一緒に歩いた人が、最近湯島のサロンが多いことに、佐藤さんの怒りを感ずると言われました。
その人が言ったのは、「時代に対する怒り」という意味だと思いますが、「怒り」は「自分への不安」と言ってもいいのかもしれません。
外部から見ても、最近の私はいささかおかしいのかもしれません。
しっかりしなければいけません。

午前中は、結局、畑に行けませんでした。
最近は、自宅に居てもネットや電話を通して、世間がどんどん入ってきます。
午後は、すべてを切って、畑に行きましょう。

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2015/10/18

■安保法制騒動を考える4:平和と秩序

少し間があいてしまいましたが、今回は安保法制の意味を考えてみたいと思います。
というのも、「安保法制」を「戦争法案」と位置づけている人たちもいるからです。
同じ法制を、平和のためと思う人もいれば、戦争のためと思う人もいる。
なぜそんなことが起こるのでしょうか。
そもそも「平和」とはなんなのでしょうか。

「パックス・ロマーナ」という言葉が象徴しているように、「平和(ピース)」にはもともと「支配による平和(パックス)」という意味が含まれています。
パックス・ロマーナは、「ローマによる平和」と訳されますが、むしろ「ローマによる秩序」と言った方が実態に合うように思います。

考え方の違う人たちが、それぞれ勝手に生きていこうとするとぶつかり合うことも多いでしょう。
喧嘩や犯罪が起こるかもしれません。
自然の猛威や外部からの攻撃に対しても、ばらばらでは対処できないかもしれません。
そういうことが起きないようにするためには、だれかが権力を持って、社会の秩序を維持していくことが効果的です。
さらには、困っている人を助けるための活動やみんなにとって有益な活動をしていくという富の再配分も、権力による秩序維持につながるでしょう。
そうしたことができれば、みんなの安全も高まるはずです。
これはある意味での「平和」と言えるでしょう。

しかし、そこからはまた、権力者による圧政という危険性も生まれます。
秩序が厳しすぎて、自由が抑圧されることもあるでしょう。
殺し合いや犯罪は少なくなっても、支配服従の関係は広がり、ガルトゥングのいう「構造的暴力」が生まれるかもしれません。
社会全体のために犠牲になる、いわゆる「コラテラル・ダメッジ」の問題もあります。

しかし、権力機構の崩壊が何を生み出すかは、フセインなき後のイラクを考えれば、明らかです。
秩序を維持する権力の存在は、現実問題としては、必要悪かもしれません。
そして、そのひとつのあり方が、国家と言っていいでしょう。
最近、報道ステーションでコメンテーターを務めている憲法学者の木村草太さんも、「国家を作る理由は、全ての人が人間らしく安心かつ幸せに暮らせるよう、しっかりした秩序を作るためである」と著書「集団的自衛権はなぜ違憲なのか」に書いています。
しかし、秩序をつくることと個人の平安とは必ずしも一致しないところが悩ましいところです。

安保法制の賛成者も反対者も、戦争を回避しようと考えているはずですから、それを「戦争法案」と呼ぶのは適切ではありません。
しかし、その法制がどの視点から発想されているかと言えば、明らかに国家の秩序維持(支配)の視点です。
「安全保障」の主語は国家秩序の安全なのです。
ですから、私たち一人ひとりの平安な生活のためではなく、どういう秩序を私たちが選ぶのかが、安保法制の問題なのです。
その視点に立てば、「平和のための戦争」と言われることがあるように、「平和」は「戦争」の一形態とさえ言えるでしょう。

わかりきったことをくどくどと述べましたが、この辺りをしっかりと整理しておかないと問題が見えてこないように思います。

明日は「戦争」について整理してみます。

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■節子への挽歌2967:フロミスタからの便り

節子
サンチァゴ巡礼路を歩いている鈴木さんから第2報が届きました。
スペインに入ってすでに半月経過し、手紙を書いた10月8日には、フロミスタの聖マルティン教会を通り過ぎたそうです。
ネットで調べてみたら、いかにも古風な教会です。
鈴木さんは、こういう建物や遺跡を毎日堪能しているのでしょうか。
絵葉書の写真は、どれもこれも魅力的です。
しかしハガキにはこう書かれています。

歩く、食べる、寝る…という単調な日々の繰り返しなのに、 どうしてこうも時間の過ぎ去るのが早いのでしょうか?

あらゆる煩わしさから解放されて、歩くのを楽しんでいることが伝わってきます。
巡礼路沿いの教会や遺跡などは、もはや日常の風景になっているのでしょう。

鈴木さんが歩き出してから、もう2か月近くになっています。
電子機器は持参しませんでしたから、連絡はハガキだけです。
たしかに、メールで写真などが送られて来たら、ちょっと興ざめです。
絵葉書であればこそ、鈴木さんの息づかいも感じられます。

予定では、大西洋岸にまでは行かない計画でしたが、どうも大西洋岸まで行くことにしたようです。
あと、残り500キロだそうです。
なんとまあ幸せな時間を過ごしていることでしょうか。

人の生き方はさまざまです。
友人に恵まれたおかげで、私もいろんな生き方に触れさせてもらえます。
うれしいことですが、節子とシェアできないのが、ちょっと残念です。

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■建築散歩ツアー入間編の報告

昨日の建築散歩ツアー入間編には6人が参加、若林さんの案内で入間市を1日歩きました。
午前中はジョンソンタウン。戦後、米軍の軍人家族のための住宅ゾーンで、当時はまさにアメリカン・ライフスタイルが展開されていたところです。
一時はスラム化していたのを、地主の磯野商会が買い戻し、整備してきたそうです。
現在は120戸以上の平屋が緑に囲まれて、「古き良き時代のアメリカの街並み」を残しています。
一画にはカフェやレストラン、雑貨店やダンス教室などのゾーンもあり、若者たちのちょっとしたデートスポットにもなっているようです。
そのひとつのお店で、みんなで食事をしました。
内部は、スケルトンを活かしながら、それぞれの店主が内装を工夫しているようです。
敷地内の道路も含めて、地主の磯野商会が管理しているそうで、タウン全体が一つの雰囲気を醸し出していました。
磯野商会の地域への思いの深さに感心しました。
最初、ここに来た時にすぐ思い出したのが昔の代官山ですが、いまのような代官山にはなってほしくないと思います。

つづいて、旧石川組製糸西洋館。
これは大正時代につくられた洋風建造物で、年に数回の公開日だったため、なかも堪能させてもらいました。
石川製糸は昭和の初めに解散していますが、創業者の石川幾太郎は敬虔なクリスチャンで、その経営の理念は「愛」だったようで、いまでも石川製糸の「女工哀史」ならぬ「女工愛史」が語り伝えられているそうです。
こういう会社が日本にはあったことを、いまの大企業の経営者に知ってほしいです。

石川製糸が残した一つに豊岡教会があります。
16号沿いにある、W.M.ヴォ―リズ設計の少し目立つ教会です。
石川製糸で働いていた女工さんたちも礼拝を薦められていたそうです。

そこからは地元在住の建築家の岡野さんに案内をお願いし、
黒須地区の文化遺産的なものをいくつか案内してもらいました。
一つだけ紹介すれば、細芳織物工場で、住宅街の中に、鋸屋根がつながった工場で、いまもなお昔ながらの織機で織物をつくっています。
40年ぶりとは言いませんが、久しぶりにこうした織機が動いている現場を見せてもらいました。
社長自らも動き回るほどの忙しさでしたが、細芳さん自身、鋸屋根の工場も含めて、文化遺産としての動態保存に取り組まれていることがよくわかります。
ほかにも、「道徳銀行」とも呼ばれた無尽から始まった黒須銀行の建物(洋風土蔵造り)など、いろいろ見せてもらいました。

この地域の人たちが、どれだけ地域社会を大事にしていたか、を感じました。
そしていまもなお、その文化が受け継がれているのでしょう。
地域をゆたかにしていくのは、やはりその地域の人たちの、地域文化への思い入れなのだと改めて感じました。
しかし、そうした文化は、いま、経済主義の中で消えつつあるように思います。

歩き始めたころは小雨だったのですが、午後は雨も上がり、晴れ間も見えてきました。
5時間ほどの街歩きで、参加したみなさんと普段とはちょっと違った状況で話をするのも、こうしたツアーの魅力の一つなのだと感じました。
歩いてきた後、いただいた資料などを読み直していると、また行きたくなってしまいます。
これも街歩きのポイントだなと思いました。
若林さんが1回のみならず、何回も同じところを歩いていることの意味がわかりました。
若林さんが、回る先を選んでくださったのですが、振り返ってみると、そこから若林さんのメッセージが伝わってきます。

建物散歩は、単なる名所まわりではありませんでした。
自らの生き方や活動を問い直す刺激をいくつかもらいました。

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2015/10/17

■節子への挽歌2966:節子と歩いていると退屈はしませんでした

節子
今日は久しぶりに西武線に乗り、昔住んでいた保谷を通りました。
その先の入間市で建物散歩ツアーを企画したのです。
その道の名人の若林さんに頼んで、入間市を歩きました。
友人たちも5人、参加してくれました。

入間と言えば、まだ保谷に住んでいた時に、基地に花見に来たことがあります。
しかし、その時のイメージは全くなく、駅のまわりは高層のマンション群に囲まれていました。
しかし、街のなかには懐かしさを覚える建物が散在していました。

よく歩きました。
節子がいたら一緒に来たでしょう。
節子は街歩きが好きでした。
面白そうなお店があるとすぐに入り込み、きれいな庭があると声をかける。
節子と歩いていると、退屈はしませんでした。
そんなことを思い出しながら、今日はみんなで歩いてきました。

久しぶりに長く歩いたので、足が痛くなりました。
いい汗もかきました。
いろんな問題から1日解放されていたせいか、とても気持ちの良い1日でした。
こんな1日は、本当に久しぶりです。
友人たちに感謝しなければいけません。

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2015/10/16

■節子への挽歌2965:さて明日は何を着ていこうか

節子
急に寒くなってしまいました。
相変わらず気温の変化は目まぐるしいです。
季節の変わり目には、どうも着るものがなくなってしまいます。
というよりも、何を着ればいいかわからなくなる。
身の回りのことをすべて節子に任せていたことで、私の生活力は極めて乏しいようです。
困ったものです。

夕方、娘に頼んで近くのイトーヨーカ堂に買い物に行きましたが、どうもぴったりするのがありません。
明日は出かけるのですが、いまあるものを組み合わせて着ていくことにしました。
しかし、着るものを選ぶのは、実に面倒です。
おしゃれを楽しむというタイプでは全くありませんので。

実は食事もそうです。
いまは基本的に娘が用意してくれますが、食文化を楽しむというのも不得手です。
娘はせっかく時間をかけて作っても10分で食べ終わるのでは張り合いがないと言います。

政治哲学者ハンナ・アーレントは、生命維持のための労働 laborと新たな価値を創りだす仕事 workとを区別しました。
そういう区分で言えば、私は労働をできるだけ極小化したいという性癖があります。
そして、その時間を節子がかなりカバーしてくれていたのです。

そういう生き方への批判も節子から受けていました。
たとえば、もっとゆっくり食事をしたらという指摘です。
食卓で団欒していてもやりたいことがあると、もう上に行っていいかなと仕事場に行くこともよくありましたが、節子はそれをあまり喜んではいませんでした。
それでも節子は、私のそうした生き方を支えてくれていました。
だから私は、思う存分、わがままにやりたいことに専念できたのです。
節子や家族には、いつかきっと返せるだろうから、とも思っていました。

節子がいなくなってから、どれだけ節子の世話になっていたかを思い知らされました。
しかし、わかったからと言って、すぐに生活は変わるものではありません。
そのしわ寄せは娘たちに行ったのでしょう。
悪いことをしました。
家族とはいえ、妻と娘はちがう存在ですから。

節子がいなくなってから、少しずつ私も生活力を身につけてきました。
まあ今では一人でも大丈夫でしょう。
それでもいつも季節の変わり目は、何を着たらいいのか、困ります。
さて、明日は何を着ていったらいいでしょうか。
急に寒くなって、困ったものです。

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2015/10/15

■節子への挽歌2964:知ったものの責任

節子
ずっと読もうと思って読まずにいた『すぐそばにある「貧困」』を読みました。
若い友人の大西連さんが書いた本です。
彼には3か月ほど前に、湯島のサロンに来てもらって、ホームレス問題を話してもらったことがあります。
とてもいい話でした。

大西さんと出会ったのは、自殺のない社会づくりネットワークの活動で、でした。
3回目の公開フォーラムの時に手伝ってもらい、彼にある役割をお願いしました。
彼が誰の紹介で湯島にやってきたのか全く思い出せません。
まだ20代も半ばの、どこかに不思議なものを感じさせる好青年でした。
いまは、法人自立生活サポートセンター・もやいの理事長です。
その大西さんが書いたのが、この本です。
ひと月ほど前に出版されましたが、読みたい本が山積みだったこともあって、まだ読んでいませんでした。

今日、思いついて読みだしました。
しかし、まえがきを読んだだけで、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。
読み終えて涙が出ました。
大西さんの活動は、実に感動的です。
ここまでやれる人は、そうはいない。
私など足元にも及びません。
若さの素晴らしさにも感動しました。

大西さんは、先日のサロンに来てくれた時に私にこう言いました。
「いろんなことをやっている佐藤さんって何なのか、よくわからない」と。
たしかにそうでしょう。
私自身、なぜこんな生き方をしているのかわからなくなることがある。
しかし、この本を読んで、大西さんがやっているのと私がやっているのは、活動の次元はともかく、思いはほぼ一緒なのだと思いました。
大西さんと同じく、知ってしまった以上、もう抜けられないのです。
私の場合は、彼ほど深く知ることを避けていますが、それでも見えてきてしまう。
そこで、ついつい深入りしてしまうわけです。

それにしても、大西さんの活動はいさぎよく、誠実です。
本書には、その大西さんの生き方が、生々しく表現されています。
こうやって若者はどんどん育っていくのでしょう。

夕方、京都で認知症予防の活動をしている80代の高林さんからメールが来ました。
ちょっと難題が持ち上がり、会うことにしたのですが、彼女の日程が超過密なのです。
高林さんのメールの最後にこう書いてありました。

月に22日の出張が体力的に限度一杯で、老化を実感しています。

月に22回とは、老体でなくても限度を超えているでしょう。
高林さんもまた、知ってしまったからには抜けられなくなった一人です。

20代の若者と80代の高齢者。
その2人に比べれば、私はかなり誠実さに欠けていますし、怠惰です。
だからいろんな問題に関わってしまう。
しかし、人にはそれぞれ違った役割がある。
まあ大西さんや高林さんのようにはできませんが、私もまあ、それなりに知ってしまった責任を果たすようにしていきたいと思っています。

それにしても、若い大西さんからたくさんのことを学ばせてもらいました。
この本は、みんなに薦めようと思います。
よかったらお読みください。
ポプラ社から出版されています。

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2015/10/14

■節子への挽歌2963:久しぶり?の失策

節子
またやってしまいました。
11時近くに携帯電話が鳴りました。
運よく手元に携帯電話がありました。
電話は認知症予防活動に取り組んでいる加藤さんからでした。
「今日は10時半からのお約束でしたよね・・・」
しまった、またやったかと思いました。
まったく失念していたのです。
昨日から予定表を見るのさえ嫌になっていたからです。
加藤さんたちは、いま既に湯島の部屋の前で20分以上待っていたようです。
さてさてどうするか。
もう1時間ほど待ってもらえますかと確認したら、仕方なく了解してくれました。
慌てて支度をして湯島に向かいましたが、まあ久しぶりの失策です。

こうしたこともあろうかと、実は湯島のカギはあるところに預けてあります。
そのおかげで、部屋の中には入ってもらえます。
今回も、そのおかげで、部屋の中で待ってもらえました。
まあ、こういうことが、1~2年に1回くらいはあるのです。
だから本当は鍵などかけたくはないのです。
しかし、肝心の家主がいないところで待つのも、あまり落ち着いたものではないでしょう。
テレビでもあればいいのですが、何もない部屋ですので。
わざわざ遠くから来てくださったのに、悪いことをしてしまいました。
それでも着いた後、2時間ほど話し、なんとか肝心の目的は達せられたかと思います。

今回のテーマは「認知症予防」です。
まさに私自身が、その対象者になっていることを痛感させられました。

その後、地元で用事がありました。
時間を遅らせてもらっていたのです。
とんぼ返りで戻りました。
今日はゆっくりと用事を済ます予定の日でしたが、
とんでもなく疲れる日になってしまいました。
さらに帰宅したら、もう一つ難問が届いていました。
さんざんの日でした。
娘にそうボヤいたら、さんざんだったのは相手の人たちでしょうと言われました。
たしかにそうでした。
すみません。

昨日、4時間半も、「シャーロック」を観てしまった報いでしょうか。
今日は、シーズン1を観なおすつもりでしたが、その気が失せました。

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2015/10/13

■節子への挽歌2962:ヴィタ・ノーヴァ

この連休は3日ともゆっくりできなかったので、今日は自宅で休んでいました。
最近どうも疲れやすいのです。
食事をするだけでも疲れてしまいますし、お風呂に行くのも面倒だし、ましてや湯島に行くのも面倒なのです。
しかし、なぜか湯島にはいかないわけにはいきません。
誰かの相談や呼び出しがあれば、できるだけ湯島には行くようにしています。
湯島にいる時には、何とか元気は維持できますが、帰宅すると急に疲れがどっと出てきてしまうのです。

それで、何をやったかというと、イギリスのテレビドラマ「シャーロック」を見直したのです。
何回観ても面白い。
この歳になると、内容をすぐに忘れてしまいますので、いつも新鮮に観ることができるのです。
物忘れの効用です。
しかし、この番組は、仮にストーリーを覚えていても、何回観ても面白いのですが。
今日はシーズン3の3本を通してみました。
実に面白いです。

このシリーズの第1回目で、シャーロックの相棒のワトソンが結婚します。
もちろん相手はメアリーです。
ただし、原作よりもずっと魅力的な女性になっています。
私の好みの女性はめったにテレビには登場しませんが、このメアリーは魅力的です。
まあそれはともかく結婚することになったワトソンに、家主のハドソンさんが「人生は変わる」というのです。
友だちとの関係も変わっていく、と。

この場面を観るたびに、私はいつも共感します。
実に不思議なのですが、なぜか変わってしまう。
私の場合はそうでした。
もちろん変わらない友情もある。
でもどこかで世界が変わるのです。

そしてまた、伴侶との死別は、また世界を変えていきます。
というわけで、私は2回の生活世界の変化を体験しています。

昨日、読んだ「ロラン・バルト」で頭に残っている言葉があります。
「ヴィタ・ノーヴァ」。
「新たな生」です。
バルトは、新しい生に向かいだしたところで、自動車事故で急死しました。
それはともかく、生は死から生まれるのです。
結婚とは「人生を新たにすること」なのです。
つまり、与えられた受動的な自分の人生を、自分で「新たにすること」こと、なのです。
そして、それは同時に、伴侶との別れは、その人生を終えることです。
言い換えれば、再びの「新たな生」、ヴィタ・ノーヴァに挑むことなのかもしれません。
その気力と生命力があればの話ですが。

バルトは、最後の頃の講演で、ブルーストについて言及しています。
ブルーストは母が亡くなったあと、自分と違う「私」を生み出し、あの有名な『失われた時を求めて』を書くことができたというのです。
バルトがもし、事故で死ななければ、彼はどんな「私」を生み出したでしょうか。

ちなみに、ワトソンはどう変わっていくのか。
「シャーロック」のシーズン4が来年からまた撮影を開始するそうです。
実に楽しみです。

しかし、このドラマは、節子は好きにはならないでしょう。
それだけは、はっきりしています。

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2015/10/12

■節子への挽歌2961:重くて長い喪のはじまり

節子
湯島の往復で、今日、最近出版された「ロラン・バルト」を読みました。
ロラン・バルトについては、ほとんど何も知らないのですが、
「作者の死」とか「エクリチュール」とか、どこか魅力を感ずる言葉が気になっていました。
生誕100年でもあり、まあ手頃な入門書が出たというので、読んでみました。
人柄は少しだけわかりましたが、読み終わっても、よくわかりませんでした。
ただ、共感できた言葉がありました。

ロラン・バルトが、死を受け入れられるようになったのは、最愛の母が亡くなった日からの2日間だったそうです。
ロラン・バルトは、母の死後、日記を書き続けることで、その悲しみを超えていきますが、母の死から2日目の日記には、こう書かれていました。

この時、重くて長い喪が厳粛にはじまったのである。この2日間で初めて、自分自身の死を「受け入れられる」という思いがした。

重くて長い喪が厳粛にはじまった。
この言葉が、私の心に響いたのです。

愛する人を見送った人にとって、葬儀は、バルトが書いているように、重くて長い喪の始まりです。
それは、決して終わることのない喪でもあります。
他者から見たら終わっているように見えるとしても、決して終わることはありません。
始まりはあっても、終わりのないのが、喪なのです。
なぜなら、人生をシェアした、愛する人の死は、自らの死でもあるからです。
バルトにとっては、母はまさに一緒に長年暮らしてきた、人生をシェアした人だったのでしょう。
私にとっては、節子が、そういう存在でした。

しかし、幸いなことに、喪中であろうと、人は生き続けられます。
喪中のなかにも、喜怒哀楽はある。
愛する人に出会うことさえあるかもしれません。
だからといって、喪があけるわけではありません。
ロラン・バルトは、1年後にも、こう書いています。

悲しみに生きること以外はなにものぞんでいない。

これもちょっとうなずけます。
電車の中で読んだせいか、私がこの本から学んだのは、この2つだけです。
ロラン・バルトの言語論もエクリチュール論も、相変わらず何も学べなかったのですが、まあこの2つで良しとしましょう。
ロラン・バルトは、嘘のつけないいい人なのです。
嘘をつけないから、小説も書けなかったのです。
それも実に面白い話です。

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2015/10/11

■カフェサロン「韓国での兵役体験を聴く」の報告

今日のカフェサロン「韓国での兵役体験を聴く」は、会場があふれるのではないかと危惧していたのですが、三連休のど真ん中のせいか、残念ながら10人の参加にとどまりました。

韓国での徴兵制度のもとで、2年間の兵役を体験してきた、留学生の林(リム)さんのお話は、とても興味深いものがありました。
韓国では徴兵制度があるとは知っていましたが、その内容に関して、具体的にお話を聞くのは初めてのことでした。
私には知らないことばかりでした。
それに、リムさんは、自らの主観的評価も含めて、ありのままに語ってくれましたので、考えさせられることがたくさんありました。

リムさんは、兵役体験はよかったと総括しています。
2年間の兵役義務期間に、2等兵から上等兵を経て、兵長までを体験するのだそうですが、それは短期間に組織での働き方や生き方を学ぶことでもあります。
ある意味で、人生のシミュレーションと言ってもいいのかもしれません。
リムさんに限らず、2年間の義務兵役体験で、社会人としての適応能力と「考え方」がきっちりと植え付けられるようです。
リムさんは、この2年間で、「ほう・れん・そう」(報告・連絡・相談)の大切さがわかり、それが身についたことだけでもよかったと言っています。
軍隊の持つ、対外的な攻撃抑止力(戦争対策)以外の効用を強く感じました。
もしかしたら、韓国の経済成長を支えてきたのは、徴兵制度を通した「人づくり」ではなかったのかとさえ感じました。
ちなみに、今回のリムさんの体験談からは、韓国の軍隊には人間的で柔軟な要素があるようにさえ感じました。

日本との関係もいろいろと話してくれました。
日本政府に対する不信感はあるものの、それはそのまま、日本人への不信感にはつながっていないということも話してくれました。
この辺りは、微妙なところなので、中途半端な報告はやめます。

今回は、日韓関係に深い関心をお持ちの方も参加していましたが、さまざまな質問に対して、リムさんがすべて答えていたのに、私はとても感心しました。
果たして今の日本の若者たちに、こうした会話ができるでしょうか。
最近では、日本がアメリカと戦争したことさえ知らない若者が増えているとも聞いています。
しかし、韓国は学校で近現代史をしっかりと学ぶそうです。
日本とは大違いです。
国会デモに参加している若者たちは、どれだけ日本の近現代史を学んでいるのか。
そこに、私は、最近の動きの危うさを感じています。

参加者からの指摘やお話も、とても触発されるものがありました。
それも含めて、もっと多くの人たちに聴いてほしかったと、思いました。
あまり人数が増えて公開型になると、リムさんも話しにくいかもしれませんが、安保法制に賛成であろうと反対であろうと、韓国の徴兵制の話から学ぶことはたくさんあります。
もし関心を持ってくださる人がいたら、ぜひリムさんを講師に呼んで話を聞いて下さい。
そして韓国の若者たちとぜひ触れ合ってほしいと思います。

201510112


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■節子への挽歌2960:メランコリックな雨の朝

節子
今日は雨です。
午後は湯島でカフェサロンなので、午前中に畑に行こうと思ったのに、行けなくなりました。
最近、雨の日はどうも心が沈みます。
これはいつ頃からでしょうか。
以前は、そんなことはなかったような気がします。
むしろ、雨が好きだった時もあります。
しかし、最近はどうも雨は苦手です。
しかも、時に、ですが、沈むだけではなく、悲しさにおおわれます。
これは以前には全くなかったことです。

気が弱くなっていると、ちょっとしたことに心が反応してしまいます。
感受性が高まっているとも言えますが、生命力が弱まっているともいえます。
最近、自分がそういう状況になっていることに気づくことがあります。
これは歳のせいなのか、節子のせいなのか、生活のあり方のせいなのか、よくわかりません。
それらは、みんなつながっているのかもしれません。

自分では気づきませんが、ふだんは、目いっぱい、虚勢を張って生きているのかもしれません。
雨の日は、雨の中に融け込んでいきたくなるような、さびしさと悲しさを感ずることもあります。
今日は、なぜか気分がとてもメランコリックです。
湯島のカフェサロンで、元気が出るでしょうか。
いささか心配ではあります。

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■安保法制騒動を考える3:目的の確認

この問題を考える場合、出発点は「目的の確認」になるでしょう。
それが共有できていなければ、議論はかみ合いません。
目的は、人によってさまざまかもしれませんので、私の目的を最初に明確にしておきたいと思います。
このシリーズの第1回目で書きましたが、私が考える大きな目的は、「誰もが安心して気持ちよく暮らせる社会を目指す」ということです。
世界の平和を守るとか、日本という国家の発展を望むとか、そういうことではないのです。
その前提で考えていますので、そこに異論がある人は、この後の私の考えを読んでもほとんど意味がないかもしれません。
私が前提としている目的の設定に異論のある方は、そのことに関して異論を唱えてくださることは歓迎ですが、そこから展開される具体的な意見については、考えが異なるのは仕方がないことであり、たぶん議論はかみ合わないと思います。
国家の視点での見方・考え方と人間(国民ではありません)の視点での見方・考え方は、当然に違ってくるからです。
だからと言って、議論が無駄だというわけではありません。
それぞれの視点からの考え方をぶつけ合うことによって、気づくことは少なくありません。
ただし、前提となる視点が違うということは、常に意識しておく必要があります。
さらに、究極的には、その視点、言い換えれば「目的」もまた、問い質すという姿勢がなければ、議論は前に進まないでしょう。

議論をするということは、相手を打ち負かすことなどではなく、異論との話し合いの中から、新しいことに気づくということだろうと、私は思っています。

先日このブログにも載せた、フェイスブックへの投稿記事の中に書いたことも再掲します。

私が物事を考える場合、あるいは行動する場合、重視していることが3つあります.
「ビジョン(どういう状況を目指して考えるかの方向性)」
「ファクト(現在の状況をどう認識するか)」
「ミッション(自分が行う言動の役割)」
の3つです。
この3つの要素に関して、私の考えはおおむね次の通りです。
ビジョン:誰もが安心して気持ちよく暮らせる社会を目指す。
ファクト:多くの人がそう念じているが、いまの世界はそれと反対の方向を向いている。
ミッション:ビジョンとファクトの違いを可視化するために自分でできることに努める。

前置き的なことが3回も続いてしまいましたが、明日から、具体的な問題についての私見と今回の気づきを書こうと思います。

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2015/10/10

■節子への挽歌2959:お元気ですか、一度会いたいですね。

節子
今日もまた、最近まったく連絡のなかった友人からメールが届きました。
1行だけのメールでした。

お元気ですか、一度会いたいですね。

高校時代の同級生ですが、もう10年ほど会っていないかもしれません。
節子が亡くなってからは、会っていないかもしれません。
私の場合は、生活のほぼすべてを公開するように努めていますが、むしろ私の友人たちは、生活ぶりが見えなくなってくることが多いのです。

今日も、友人と一緒に食事をしていて、ある人の名前が話題に出ました。
そういえば、あの人はいまどうしているだろうか、という話になったのです。
一時は、いろいろと話題になった、活躍していた人ですが、最近、あまり名前を聞きません。
社会的に活躍していたのに、ある時から、見えなくなっていく人もいます。
生き方を変えたのかもしれませんが、そんな人のことが、ふと気になることもあります。

今日、連絡をもらった人は、細菌学者でした。
以前一緒に、病原菌の目から企業経営を考える研究会のようなものを、一緒にやっていたことがあります。
彼が言うには、経営学の本を、病原菌の世界に置き換えて読むと、結構当てはまることが多いのだというのが、その会の出発点でした。
何回かやりましたが、なぜか成果を出す前に、終わってしまいました。
いまから考えると残念でしたが、メンバーがともかく個性的すぎて、たぶんパンクしたのです。

最後に彼が湯島に来た時は、ちょっと調子を崩していたようでした。
私もあまり元気がなかった時かもしれません。
その後も誘ったことがありますが、なぜか来なくなりました。
その彼から、「一度会いたいですね」というメール。
会わなければいけません。
こう書いているからには、彼は元気なのでしょう。

私も、旧友に会っておこうかという歳に、なってきました。
こうした、「お元気ですか、一度会いたいですね」という連絡は、最近増えているのです。
しかし、私の場合、まあ彼岸で会えるから、現世で会っておくこともないかという思いが強いのですが。

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■安保法制騒動を考える2:問題の混在

今回の「騒動」においては、さまざまな問題が混在し、それらが整理されなかったために、まさに「騒動」としか言えないような状況になったように思います。
少し整理してみましょう。
大きな問題は2つあります。
「安保法制の内容」と「その審議採決の進め方」です。
安全保障の問題と国会議論の正当性の問題は、まったく次元の違う話です。
しかし、それが混同して、「騒動化」したのです。
世論調査にも、それが明確に表れていましたが、最後まで、マスコミも国会も整理しませんでした。
そこには、それぞれの立場からの、問題の本質を見えなくするための思惑が働いていたように思います。
マスコミも、そこに登場する「有識者」も、本気で問題の所在の整理する気配はありませんでした。
そうした動きは、「意図的なもの」だったかもしれません。

「安保法制」として、10の法案が一括処理されたということも、まさに「問題の混在」を意味します。
つまり、従来の法律を改正した10の法律と一つの新法が、一括審議されたということです。
しかも、内容的に見れば、「存立危機事態対応」、「重要影響事態対応」、「国際平和支援」という、性質が異なる3つの安全保障領域が混在していると言われています
正確さを欠く言い方になりますが、なんとなく「戦争法案」と「平和法案」が混在しているような気もします。
私には、複雑すぎて一括審議ができるのだろうかと不審に思います。
いや、そもそも「問題」が成立していないのです。
民主党は代案を出さないと非難されていますが、個別には一部、代案を出しています。
しかし一括法案に代案を出すことなど、できようはずがありません。
そうしたことも曖昧なままに語られがちです。
ここにも、「問題の混在」が見られますが、そのことがあまりに軽く受け止められたと思います。
つまりここでも、問題を見えなくするという意図が働いていたのではないかと疑いたくなります。

問題の意図的な混在は、今回の騒動の特徴だと思います。
多様な問題が混在すれば、議論は拡散し、反対意見もまとまりにくくなるからです。
世論調査の結果も、それぞれが都合よく「活用」できます。
混乱は「支配」のための常とう手段の一つですが、反対者にとっても、有効な常とう手段なのです。

問題の混雑は、国会デモの現場でも体験できました。
いろんなビラが配られていましたが、なかには、なんでこんなビラがあるのかというようなものも何枚かありました。
政府の横暴さに抗議するということで正当化されるのでしょうが、私にはなじめないような個別問題の主張もありました。
さまざまな立場の人が集まるというのはとても意義のあるものですが、さまざまな目的が集まることには、少し違和感を持ちました。

ほかにもいろいろとあるでしょうが、ともかく「問題」が整理されずに、議論がかみ合わずに、みんなが言いっぱなしの話し合いに終始したような感じがあります。
国会での審議を聴いていても、ほとんどが「議論」になっていなかったように思います。

もしかしたら、これこそが、現在の日本の社会の本質かもしれません。
みんな、自分の小さな世界で語っているために、思考が進まなくなっている。
自らを相対化できないのは、マートンの言う「目的の転移」と関係しているのだろうと思います。
問題を共有することで、議論は成り立ちますが、それぞれが自分の「問題」だけで語り、相手の「問題」を理解しようとしない。
そのために、「騒動」にしかならなかったような気がしてなりません。

騒動の後に残るのは、虚しさだけです。

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2015/10/09

■安保法制騒動を考える1:目的の転移

アメリカの社会学者ロバート.K.マートンは、官僚制の機能障害(逆機能)を批判していますが、そのひとつとして、「目的の転移」現象を指摘しています。
一言で言えば、規則遵守をしているうちに、それを絶対視するようになり、本来は「手段」にすぎない規則や手続きが「目的」に転じてしまうということです。
そうなるのは、全体が見えなくなって視野が狭くなるとともに、現状の構造を固定化したものだと考えてしまうからだと言われています。

こうしたことは、官僚に限らず、誰にでも起こりうることです。
もしかしたら、今やこうした状況が、社会を覆いだしているようにさえ思われます。
最近の日本の大企業などは、まさにその典型と言ってもいいかもしれません。
将来を展望しなければいけない政治家さえ、いまや目的の転移のなかで、自らの使命を失っているような気がしてなりません。
今回の、安保法制騒動で、そのことを痛感させられました。

いうまでもなく、目的‐手段は階層的なものです。
であればこそ、私たちは、常に、手段の先になる当面の目的を超えた、さらに上位にある目的を考えていかなければいけません。
目先の目的からは有効だと思われる手段が、その上位の目的から捉え直すと、無効どころか、有害であることさえあるからです。
何か行動を起こす時には、緊急避難的に、決断を急がなければいけない時はともかく、時間的に余裕があるのであれば、できるだけ上位にある目的をしっかりと認識しなければいけません。
改めてそのことを考えさせられました。

これから、何回かにわたって、安保法制騒動で感じたことを書いていくつもりですが、まず思い出したのが、「マートンの目的の転移」論でした。
時代が大きな岐路にある現在、こうした大きな目的はとても大切です。
平和とか戦争とか、安全保障とか、そんな言葉で語ることの無意味さは、今回の安保法制騒動での国会のやり取りでみんなわかったのではないかと思います。
大切なのは、何を目指し、何を生み出したいかです。

私にとっての生きる目的は、「みんなが安心して快適に過ごせる社会の実現」です。
そこに少しでも役立ちたいと思っていますし、それが結局は、私自身が安心して快適に過ごせる社会を目指すことだろうと思っています。
私の言動は、ほぼすべて、この目的に立脚して行われています。
時に、これとは正反対の言動をすることがあるかもしれませんが、たとえ現実はそうでも、この70年近く、理念はぶれたことはありません。
その視点を基軸にしながら、明日から少し書いてみようと思っています。
私の意見は、少なくとも2人の友人からは受け入れてもらえていませんが(2人への回答は一昨日このブログにもアップしました)、どこにその原因があるのかを、私も理解したいと思っているからです。
その2人への回答になればいいのですが。

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■節子への挽歌2958:自分の老いの自覚

節子
今日はちょっと用事があって、市役所に行ってきました。
用事が終わって帰ろうとしたら、見覚えのある人に出会いました。
とっさには名前を思い出せなかったのですが、関谷さんでした。
関谷さんもすぐに私の名前が出てこなかったようで、まあお互い、そんな歳になったわけです。
関谷さんは、我孫子の市民活動の第一世代です。
パソコン教室などで、市民活動を支援していましたし、一時はご自分でニュースレターも発行していました。

節子の葬儀の時、デイヘルプの森谷さんとおふたりでお通夜に来てくださったのを覚えています。
森谷さんもそうでしたが、関谷さんも、一家言持った実践する市民でした。
おふたりが、節子の葬儀に来てくれたのは、意外でした。
その森谷さんも、先日、逝ってしまいました。
森谷さんがいなくなって、関谷さんもさびしくなったでしょう。
関谷さんは盛んに、私のことを元気そうですね、と繰り返していました。
関谷さんは、少し足が悪くなっているようでした。
思うように活動ができなくなってきているのかもしれません。
それでも今日は、市民活動支援課や副市長に会いに来たようです。

自分が歳をとっていくのは、なかなか実感できません。
ただ同じ世代の友人知人に会うと、自分の老いを実感できます。
自分の意識と他者から見た感じは、まったくと言っていいほど、違うのでしょう。
自他の意識が大きく乖離しないように、注意しなければいけないと思いました。
節子という伴侶がいないいま、特に注意しないといけません。
なにしろ私の中の時計は、9年前で止まったままなのです。

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2015/10/08

■気の萎えた3週間

ほぼ3週間ほど時評編を書かずにいました。
安保法制の成立に伴う、様々なことを踏まえて、10回シリーズで書こうと思っていたのですが、書く気力が萎えてしまっていました。
自分の考えを相対化するために、ささやかな努力もしました。
昔読んだ書籍を読み直し、ドキュメンタリー番組も見直しました。
いろんな人とも話し合いました。

その間、気力がますます萎えてしまったのは、あれほどの大きな動きがあったにもかかわらず、フェイスブックでは相変わらずの日常が流れてきますし、マスコミも基本的には「終わった話」にしてしまっているからです。

そもそも参議院の特別委員会で強行採決が行われた日に、国会デモに行った帰り、霞が関を歩いていて、国会から少しだけしか離れていない霞が関では、省庁のビルから、平和そうな人たちが、何もないように話しながら出てくる姿を見た時に、言いようのない無力感に襲われたのが、気が萎えるきっかけでした。
笑顔で話している省庁のビルから出てくる男女を見ていたら、昔、映画で観た、ナチスドイツの強制収容所でガスを送る仕事をまじめにやってきた官吏が、自宅につながる階段を楽しそうにトントンとのぼっていく場面を思い出しました。
彼には、仕事が終わった後は、家族との楽しい晩餐が待っているのです。
ちなみに、この場面は、鮮明に残っているのですが、どの映画だったか思い出せないのです。
どなたかご存じだったら教えてください。

当日の国会周辺のシュプレヒコールに、なんとなく嫌な雰囲気を感じたことも、影響したかもしれません。
そこには、なにかルサンチマンの影を感じました。
どこか、なにかが、私が思っている世界とは違うのです。
私が、たぶん世界から外れてしまっているのです。

法案採決後も、政権支持率は大きくは変わらなかった。
世間的に影響を与えられる立場にある人たちも、新たな行動を起こさなかった。
ということは、私がやはり間違っているのかもしれません。
何が間違えているのか、自らを問い質しても、どうも間違いが見つかりません。
もしかしたら、間違いは、私自身が「行動を起こさないこと」かもしれません。
しかし、行動を起こす気にどうしてもなりません。
デモさえ、あまり行きたくなくなりました。
友人たちは、訴訟を起こしたり、さらなるデモを行ったりしています。
そうした動きにも、どうも参加できません。
自分ができることは何かと考えて、話し合いの場を呼びかけても、なかなか思うように人は集まらない。
それでも、私ができることと言えば、話し合いをする場をつくることくらいです。
そうした、「変わらない自分」にも、少し疑問が生まれてきている。

どれが因で、どれが果かさえ、わかりません。
ともかく、気の萎えた3週間を過ごしていたわけです。
でも萎えているだけでは、ますます萎える一方でしょう。
ともかくまた時評編を書こうと思います。

この3日間、わが家の農園に行って、土いじりをしていました。
そのおかげで、少しだけ、元気が出てきた気もします。
明日から時評編を再開します。

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■節子への挽歌2957:自然の中にいると哲学者になる

節子
たまっていた宿題をほぼ完了しました。
思っていたほど、大変ではなかったということです。
最近は、社会にあまり役立っていないことがよくわかります。

午後は、畑に行ってきました。
今日はいつもよりだいぶ頑張りました。
小松菜とほうれん草も蒔いてきました。
畝づくりが大変でしたが、新しいところを開墾して、畝をつくったのです。
時期的にちょっと遅れてしまったかもしれません。
それでも、この3日間で、畑らしい部分がかなり広がりました。

昨日と違い、今日は赤トンボがすごかったです。
昨日も、こんなに飛んでいたのかもしれません。
畑の赤トンボはとてものどかでいいです。
休んでいると、時に、私の頭にもとまるのです。
のどかさを感じます。

土を耕していると、いろんなことに気づきます。
自らの身体機能の衰えもよくわかります。
自らの性格や行動のくせも、よくわかります。
植物にも感情や意思があることもわかります。
それ以上に、畑にいると自らの役割というか、「仕事」がいくらでもあるのです。
仕事があるということは、自分の居場所を実感できるということです。
自然の中では、すべての生命の居場所がある。
そしてみんな役立っている。
そんなことも考えさせられます。

私の好きな「小さな村の物語 イタリア」に登場してくる人たちは、何らかの形で自然に関わっている人が多いです。
だから、みんな豊かで幸せなのでしょう。
自分の居場所を実感しているのです。
だからこそ、その言葉には含蓄がある。
哲学者は、たぶん自然の中から生まれてくるのだろうと思います。

畑はいいです。
ただわが家の農園は、きちんとした畑ではなく、住宅に挟まれた空き地なので、仲間がいないのです。
だから、想像力を高めなければ、実のところ、農業者気分は高まらないのです。
そのためか、中途半端な哲学者で留まっています。
それでも、時にそんな気分になれるのは、土と草と虫のおかげです。

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2015/10/07

■節子への挽歌2956:クロアゲハが庭に来ました

節子
昨日から畑作業を再開しました。
今日は、刈り取った野草の大きな袋が5つもできました。
刈り取るのはいいのですが、畝をつくって種を蒔いたり、花壇の整備をしたりするのは、やはり苦手です。
土に埋めれば肥料になるような草ではないので、ごみとして出さなければいけません。
燃やすのが一番いいのですが、たき火は禁止されています。
畑仕事も大変なのです。

畑には赤トンボがだいぶいました。
自宅ではあまり見ませんが、畑には飛んでいました。
秋の畑は、どこかさびしさがあります。

それよりも、今日、庭にクロアゲハが来ていました。
いろんなアゲハチョウがやってきますが、クロアゲハはめずらしい気がします。
ちなみに、カラスアゲハはよくきます。
それほど知っているわけではないので、間違っているかもしれませんが、今日やってきたアゲハは、黒一色。
それも見事な、深い黒でした。
クロアゲハだったと思います。
私の目の前で、琉球朝顔の大輪の蜜を、それみよがしに吸っていました。
ふと、節子ではないかと思いました。
庭の花に水をやっていた時なのですが、しばらく水やりをやめて、その優雅な動きに見入っていました。

小学校の頃、夏休みは毎日のように、昆虫採集に出かけていました。
その頃の記憶が少しだけ残っています。
当時の私の宝は昆虫図鑑でした。
いまもどこかに残っているはずです。
収集した蝶の標本は、手入れ不足で、節子に見せようと思ったら、跡形もなくなっていました。

子どもの頃、カラスアゲハとオニヤンマに出会うととてもうれしいものでした。
その頃のことを、今日は少し思い出しました。
そして、なぜかとても幸せな気分になりました。
たった一匹のクロアゲハが、こんなにもうれしい気持ちを引き起こしてくれるのは驚きです。

畑にはバッタもかなりいます。
最近のバッタは、気のせいか、弱々しいです。
キリギリスなどは、わが家の近辺からは、もう絶滅してしまっています。
殿様バッタも、見かけなくなりました。
植生も、生態も、変わってきているのです。
それがとてもさびしいです。

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■FBの書き込みにコメントしてくださった方へのとりあえずの回答

9月23日に、緊急カフェサロン「安保法制成立をどう考えるか」の報告をFBに書き込みました。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10200872542851736&set=a.1319286038109.34919.1709527228&type=3&theater
安保法案審議やその進め方に関しては、その前にもいくつか私見をアップしましたが、それらも含めて、いろいろなコメントをもらいました。
特に、私の意見に納得できないお2人の方から、かなりていねいな疑問を何回か投げかけられました。
FBで議論するのは、あまり適切とは思いませんが、問われた以上、応じる責任があります。
お2人への回答も含めて、ブログできちんと書く予定ですが、やはりFBでも「とりあえずの私見」を書かせてもらうことにし、ノートにアップさせてもらいました。
長いものになりましたが、それをブログにも転載しておきます。
私のFBは、公開タイプなので、だれでも上記のアドレスからは入れるはずですが、まあそれを読んでいなくても、概ね、意味は伝わると思います。

以下、HさんとKさんのコメントへの返信です。

私が物事を考える場合、重視していることが3つあります.
「ビジョン(どういう状況を目指して考えるかの方向性)」
「ファクト(現在の状況をどう認識するか)」
「ミッション(自分が行う言動の役割)」
の3つです。

今回の安保法案の審議や採決、それに対する社会や個人の活動についても、それに関する自分の意見を表明する時には、この3つを意識しています。
これは、今回の問題に限らず、ほぼすべての私の言動に通ずるものです。
この3つの要素に関して、私の考えはおおむね次の通りです。

ビジョン:誰もが安心して気持ちよく暮らせる社会を目指す。
ファクト:多くの人がそう念じているが、いまの世界はそれと反対の方向を向いている。
ミッション:ビジョンとファクトの違いを可視化するために自分でできることに努める。

以上を踏まえて、コメントのなかの疑問やご意見に応えさせてもらいます。
まず、Hさんが整理してくださった「私見」(上記のFB記事のコメントに出ています)についての確認です。
おおむねその通りではありますが、微妙に私の認識とはずれがあります。
イタリック体は、HさんかKさんの書いた部分の引用です。

a. 武装が戦争の抑止力となるという考えであれば平和の世界は夢のまた夢、法案よりもそれが残念でなならない。殺すより殺される方が良い。
これは私の信念です。武装するところから、すでに戦争は始まっているというのが、私の認識です。

b.もし日米安保がなかったとしたらどこの国が攻めてくるというのか。

FBに書いたのは「日米安保がなければいったいどこの国が攻めてきたのか、あるいはこれからどこの国が「軍事力で」攻めてくるのかという、素朴な疑問です」ということですが、一番の疑問は、「日米安保がなければいったいどこの国が攻めてきたのか」というところです。朝鮮戦争において、アメリカが立ち向かわなかったら中国が日本にまで攻めてきたと考えているのでしょうか。日米安保がなければアメリカは朝鮮戦争には加担しなかったのでしょうか。こうしたことも含めて、もし「日米安保があればこそ不戦を維持できた」というのであれば、そこをきちんと説明したうえで、だから日米同盟が不可欠だと説明してほしいです。
また、これからどこかが攻めてくる可能性はもちろん否定はできませんが、私の将来に関する疑問は、「軍事力で」攻めてくるのか、という点です。Hさんの整理と同じように思われるかもしれませんが、まったく違うと私は認識しています。なぜならそもそも戦争の意味がこの30年でまったく変質したと思うからです。

c.安保条約のおかげで平和が続いたというのであれば、それはアメリカによる日本侵略を条約自体が防いでくれたから。
すみません。これは少し皮肉っぽく書いてしまった部分です。真意は、日本はアメリカに組み込まれてしまっての「平和」だったのではないかということを、むしろ逆説的に含意させたのです。
d.改憲や強行採決は安倍がヒットラー並みの証拠、民主主義の蹂躙(大意)。
大意はそう伝わったかもしれませんが、安倍首相をヒットラー並みとは考えていません。 両者は、比べようもないからです。 ヒットラーは、いまの歴史では最悪に描かれていますが、いまもなおドイツ人たちが評価していることの意味をきちんと受け止める必要があると思っています。 池田浩士さんが、岩波現代全書の「ヴァイマル憲法とヒトラー」の中でこう書いています。 
あの破局的な原発事故にもかかわらず、原発の再稼働を強行するというような、もしも政府が原発資本の利益よりも国民の安全と人権を尊重していれば到底できないようなことは、ヒトラーにはできませんでした。その意味では、ナチス・ドイツの国民は、日本とは比較にならないくらい、国家によって国民として保護されていたのです。

ヒトラーの間違いは、ユダヤ人やロマ民族や労働できない人は、ドイツ人ではないと考えていたことだろうと思います。
もっとも、最近の安倍首相の難民受け入れに関する発言など聞いていると、安倍首相がヒトラーを学んでいることは伝わってきますが、ヒットラー並みとは考えていません。
「民主主義の蹂躙(大意)」は、私はそう思っています。
しかし、ここでも、「民主主義」とは何かで議論はわかれます。
議会が絶対で多数決こそ民主主義と考える人にとっては、民主主義は蹂躙されていないのでしょうから。

ともかく極めてラディカルなお考えであり、今回反対側で叫び、また追従した人たちの多くは、安全保障環境の捉え方にせよ、アメリカ不信にせよここまで徹底した考えは持っていなかったと思います。

Hさんは、そうおっしゃいますが、問題の構図と言葉の意味がたぶん私と違うのです。
私は、実体で語ることを大切にしていますので、たとえば「アメリカ不信」などという考えは微塵もありません。
いや、そもそも「アメリカ」という実体が理解できないのです。
アメリカという概念は理解できますが、アメリカという実体(たとえば、アメリカ人?アメリカ政府?)はあまりに多義的で理解できないのです。
これもブログなどでは何回も書いていますが、ステートとネーションは違うと思っていますし、国民と生活者も違うと思っています。
それに、アメリカ人と言っても、どこまで入るのか、また一言で信ずるとか信じないとか言えるような単純なものなのか。
私が理解できるのは、実体が見える具体的な存在だけです。

また、世界の構造の捉え方も大切です。
私の世界理解は「人間とシステム」の構造を基軸にしています。
私が不信感を抱くとすれば、「アメリカ」ではなく「アメリカ政府」です。
同じ意味で、いまは「日本政府」にも不信感を持っていますが、私が知っている日本の人たちのほとんどには不信感を持っていません。
もちろんアメリカ人にも不信感はありません。

ラディカルとは、過激という意味でお使いだと思いますが、根底から考え直すという意味で、ラディカルというのであれば、いま求められているのは、その姿勢だと思います。
ですから、その意味で、私はラディカルであることは否定しません。
しかし、その場合は、「極めて」という形容詞は不要です。
つまり、私にとってのラディカルとは、生活のレベルから考えようということでしかありませんから。

こうやって逐語的に対応していくと、ますます泥沼に入って見えなくなりそうですね。
アプローチを変えましょう。

戦争に巻き込まれるという危惧は確かにありますが、私にとってのもっと大きな危惧は、すでに「生活の浸食」がいたるところで進んでいることです。
今回の反対運動の激しさにも、それは現れています。
デモに行く人たちが問題にしているのは、一体何なのか。
国会デモに行くと感じますが、そこに渦巻いている怨念や機会主義、憎悪の念ややり場のない怒り。時に元気ももらえますが、時に暗い気分にもなりました。
あのデモの現場には、社会の縮図さえある。
シールズの動きにも、危うさを感じます。
推進派と反対派が、私には時に相似形に見えてきます。

委員会での強行採決の時の、自民党議員の行動をきちんとご覧になったでしょうか。
一部のテレビが詳しく報道していましたが、
公聴会の報告もせず、最終質疑もさせずに、ともかく委員長に採決宣言をさせようと、委員でもない自民党議員が、一人の議員の合図で委員長を取り巻いた行為がはっきりと映像に残されています。
これが、今回の強行採決の直接的な発端でした。
そこに言わせた山本議員に、もしわずかな良識があれば、それを防げたはずです。
安倍首相や岸田さん、中谷さんに、少しでもフェアな精神があれば、あんなぶざまな光景は起こらなかったでしょう。
もはや時間の問題だったのですから。

核兵器を貯め込み、軍事費を増強させ続け、領土領海を侵犯し、国家ぐるみのサイバー攻撃やスパイ活動の手を緩めず、虚偽誇張の貶日教育やプロパガンダの執拗さ、

これらは政府がやっていることです。
その国の多くの国民は、日本で休日を楽しんでは爆買いをしている。
政府と生活者は別の存在です。
それに、もしかしたら、相手の政府も、日本を同じように見ているかもしれません。

戦争は政府間のものだと、数年前までは思われていましたが、9.11から状況は変わりました。
戦いの構図が、政府対政府ではなく、システムと人の関係になってきているように思います。
それは、すでにベトナム戦争で展開されたことです。
ベトナム戦争から学ぶことはたくさんあるはずです。

Hさんは、為政者は「殺すより殺される方が良い」というような聖人ではないと書いていますが、為政者は「殺すより殺される方が良い」というべきではありません。
しかし拉致された国民を救えないのであれば、それは「殺すより殺される方が良い」と行動しているのではありませんか。
それは、決して「聖人」だからではないはずです。

スイスの国民皆兵制は、私は共感しています。
日本がもし、9条をすてて、武装するのであれば、国民皆兵制は当然実行すべきです。
それは、自衛隊ができた時にも考えたことです。
国民は一度、行政の仕事を体験すべきだという提言を書いたこともあります。いずれにしろ、経済的徴兵や傭兵制度ではなく、国民皆兵制を前提に議論すべきです。

さらに言えば、私は兵役拒否者ですが、私の生活している社会が攻められたら戦います。
ガンジーの非暴力主義者でありたい気もしますが、私の性格としては、たぶん戦うでしょう。
矛盾していると言われるかもしれませんが、そう思います。
スペイン戦争にさえ行きたかったくらいですし、納得できる理由での民衆の蜂起には参加するでしょう。
今回、国会デモに参加した人たちは、たぶんみんなそうでしょう。

しかし、政府が起こす戦争には加担はしたくありません。
国会デモに行かなかった人や、そういう行動にシンパシーを感じない人は、経済的徴兵主義者ではないかと私は思います。
麻生さんや安倍さんが戦いの先陣に立つことはないでしょう。
彼らの家族も戦場にはいかないかもしれません。
なにしろ福島で原発事故が起きただけで、関東から、そして日本から逃避する人たちですから。
ちょっとまた書きすぎかもしれませんが、私はいまの政府の主要閣僚は信頼できずにいます。
国会審議を丁寧に見ていると、誠実さが全く感じられないからです。
昨日の朝日新聞夕刊のコラムで、池澤夏樹さんが書いていたように、参議院の自民党議員はどう考えても、誠実ではありません。

いずれにしろ、世界の情勢は大きく変わっています。
人びとの情報共有も進み、視野も大きく広がっています。
そもそも社会そのものが、「成熟社会」と言われるように変質してきています。
そうした歴史的な大きな変化を踏まえて、いまこそ「根底から」という意味で、ラディカルに未来と平和を考えるべき時期です。

一部の人たちのための「平和」のための「戦争」から、そろそろ抜け出ないといけません。
戦争は一部の人間を利するだけです。
多くの弱い人間は、そのための駒として、犠牲を強いられます。
なぜなら、システムはシステムのために存在するからです。
守るべきはシステムであって、人ではない。

Hさんは、アメリカの銃器所持制度はどうお考えですか。
そういう生活の次元から考えることが、私が考えるラディカルな、あるいは理性的な姿勢です。

安保体制によってリスクは高まりますが、聡明で理性的なコントロールのもと、より大きなリスクは防備できると考えざるを得ません、

とHさんはおっしゃいますが、これまでの歴史は常にそういう考えで、奈落へと向かってきたような気がします。
もし為政者が聖人であれば、そうはならなかったでしょうが、そもそも聖人はそんなことを考えないのではないでしょうか。

Kさんの「強行採決」に関する指摘には少し言及しましたが、それ以外に関しては私の上記の回答は不十分かと思います。すみません。
ただ、民主主義の捉え方は私とKさんとでは少し違っているかもしれません。
たとえば、Kさんはこう書いています。

少数派勢力が採決を拒み続けて多数の意見を封じることになってしまい、少数の暴力が多数の意見を封ずることになります。そのようなことは民主主義の考えとも、日本国憲法や国会法や議院規則の内容とも合致しません。

スチュアート・ミルは、民主主義とは、マイノリティのパブリシティを保証することだと言っています。
少数の暴力が多数の意見を封ずることがあってはいけませんが、いまの世論と政府の行動にこそ、その危惧を感じます。

仮に訴訟で訴えても有効となる確率100%(院内自治ということでですが)でしょう。

そうかもしれませんが、だからどうしたというのが私の考えです。
やはりおかしいものはおかしいと言わなければいけません。
勝ち負けなどは結果であって、負けるからと言って行動をやめてしまうのは避けるべきでしょう。
制度を基準にして考えるのではなく、理念を中心に考えたいと私は思います。
そうしないとアイヒマンのような、凡庸な人間になりかねないからです。

Hさんへの回答で書いたように、私の問題認識は、システムに対して、いかにして人間は主役であり続けられるかなのです。
制度やシステムは、変えられるものだと捉えています。
ですから、憲法改正ということであれば、何の異論もありません。
またきちんとした熟議や国会審議での誠実な回答があれば、多数決で決めることにも異論はないのです。

Kさんとは、基本的なところで考えを共有できるのですが、現実的な表れのところで、共有できないのが残念です。

この1週間、最近再放映されたNHKの「映像の世紀」を見直しました。
特に第二次世界大戦のところはていねいに見ました。
やはり私には、軍事力こそがすべての悪の基点のように思えてなりません。
同時に、経済格差こそが戦争の目的であり、原因であるような気がします。
貧しくても、みんなが穏やかに暮らせる社会。
その「みんな」には、中国の人たちも、ISの人たちも入っているといいなと、心から思います。

あんまり満足いただけない回答になってしまったかもしれません。
後はブログで補足していきます。たぶん、ですが。
時間ができた時に、ぜひ湯島でお話し合いができればうれしいです。
国会が、日本をよくするための話し合いの場になれば、さらにうれしいです。

Hさん、Kさん
ありがとうございました。

これを契機に、ブログで少し書きだそうと思います。

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2015/10/06

■「韓国での兵役体験」の話を聞く会を開きます

湯島では、毎月、戦争反対カフェを開催しています。
さまざまな視点から、戦争や平和の問題を、自らの生き方と重ねながら、話し合おうというものです。
10月の戦争反対カフェサロンは、韓国から日本に留学している林さんに、徴兵制度を採用している韓国での「兵役体験」の話をしていただきます。
林さんは、2年間の兵役を体験され、いまは日本の大学で学んでいます。
ご自身の体験を踏まえた、戦争と平和に関する私見もお話しいただけると思います。
また韓国における日本(人)観もお話しいただけるかもしれません。
ぜひ多くの人たちに参加していただければと思います。
戦争反対カフェと言っていますが、もちろん戦争支持者も歓迎です。
さまざまな異論に触れるのも、湯島のカフェサロンが目指していることですので。

○日時:2015年10月11日(日曜日)午後2時~4時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○問題提起者:林成勲さん(韓国からの留学生)
○スタイル:林さんの兵役体験の話の後、みんなで話し合う。
○会費:500円
○参加申込先:qzy00757@nifty.com
参加される方は事前にご連絡ください。

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■節子への挽歌2955:行楽の秋のさびしさ

節子
秋晴れの良い天気です。
最近また時評編が全く書けず(書く気が起きず)にいます。
その分、なにやら挽歌に時評編的なことが入り込んできているような気がします。
ゾーエとビオスの融合などともっともらしいことを言っていますが、現実の人間は、そんな理屈とは関係なく、一体化していますから、当然のことなのですが。

秋と言えば、行楽の秋ですが、節子がいなくなってからは、行楽から無縁の生き方になっています。
別に行楽地に行くとか行かないという話ではありません。
気持ちがそうなっているということです。

愛する人を喪った人でも、元気そうに見える人はいます。
しかし、そういう人に限って、実は元気ではないのかもしれません。
時々そんなことを考えることもあります。

しかしその一方で、愛する人を喪ったことのない人などいないだろうとも思います。
生きるということは、たぶん誰かを愛することですから、愛する人を喪うことは、限りある生命を生きる人間にとっては、不可避なことです。
もっとも、生きるということがなぜ誰かを愛することなのかと問われれば、答えに窮します。
私がただ、そう思っているだけなのかもしれません。
しかし、もしそうであれば、つまり、生きるということが誰かを愛することなのであれば、生きている私は、決して愛する人を喪っていないということにもなります。

たぶんこういうことなのではないか。
愛する人を喪うことなどないのです。
ただ会えなくなるだけの話なのです。
そこに気づくまでに、私の場合はかなりの月日が必要だったわけですが。
要するに、愛する人を喪ったからさびしいのではないのです。
会えなくなったから、一緒に行楽に行けなくなったから、さびしいのです。

そんなわけで、行楽の秋は、とりわけさびしさがつのるのです。
特に、節子は紅葉が好きでしたから、なおさらです。
高尾山に一緒に行ったときの、見事な紅葉を時々思い出します。
今日のような、気持ちのいい、秋晴れの日でした。
あの時、山頂で出会った見ず知らずの3人組の男性たちのことも、時々思い出します。
あの人たちは、いまも高尾山で鍋を食べているでしょうか。
節子にも会いたいですが、彼らにも会いたいです。
そんなことを思い出させる、秋の空です。

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2015/10/05

■節子への挽歌2954:うれしいことがあっても、それを打ち消すことが多すぎる

節子
また何かとバタバタしだしています。
暇なのかもしれません。
目前の課題に流されているだけの話かもしれません。
生きる主軸がないと、状況に振り回されてしまい、忙しくなりがちなのです。
しかし、一向に充実感がない。
気分は「暇」そのものというわけです。

まわりで、ちょっとうれしいことも起こっています。
昨日、千葉県の起業プランコンテストがありました。
私がささやかに応援している宇賀さんたちが、そこに応募し、1次、2次と勝ち抜き、昨日が最終の選考会でした。
公開の場での発表をし、参加者や専門家が投票で優勝者を決めるのです。
私は別の用事があり、応援には行けませんでしたが、最終のプレゼンテーションのミーティングを湯島で先週行ったところです。
応援に行っていた友人が、途中でちょっと難しいかもしれないとメールしてきました。
しかし、最後に逆転優勝したのです。
宇賀さんから優勝しましたと、電話がありました。
優勝するだろうとは思っていましたが、うれしいニュースでした。
これからのプロジェクト展開において、大きな力になるでしょう。

我孫子でミニコンサートをやるというプロジェクトも、具体的に動き出しました。
予算ゼロでの企画ですので、参加者がその気にならなければ進みません。
言い換えれば、完全なボランタリー活動ですから、楽しくなければ続きません。
いささか心配なこともありますが、動き出したのです。
メンバーがその気になったということです。
ある人にも応援を楽しみましたが、すぐに全面的に応援するという連絡が来ました。
実は、これはその人への約束のプロジェクトでもあるのです。
開催日は12月6日です。
テーマは「平和への祈り」。
よかったら我孫子に遊びに来てください。

もっとうれしいこともあります。
しかし、その一方で、気が萎える話もあるのです。
TPPが実現しそうなのです。
今朝のニュースで、その話を聞いて、実は完全にまた気が萎えてしまったのです。
どうしてそんな大きな事件に、一喜一憂しなければいけないのか。
その理由はさすがに書きにくいですが、いまはTPPのおかげで、気がふさいでいます。
今日から時評編を再開しようと思っていましたが、書く気が失せてしまいました。
TPPは、悪魔の囁きだろうと思っています。
しかし、悪魔は、恐ろしいほどに実に巧みです。

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2015/10/04

■節子への挽歌2953:花は咲かないこともある

節子
昨日は成田での合宿でちょっと疲れてしまい、また挽歌をさぼってしまいました。
今日は、毎月初めのオープンサロンなので湯島に来ています。
秋になったはずが、今日は真夏のような暑さです。
そのせいか、さらに疲れが出てきてしまい、湯島に出かけてくるのもやっとでした。

ところで、今年は、湯島駅からオフィスの途中に毎年咲いている琉球朝顔が全く咲かないままに、終わってしまいました。
とても残念です。
毎年、たくさんの花を咲かせ、楽しませてくれました。
実は、その朝顔を見て、わが家にも植えたのです。
わが家の朝顔も、実はそのお宅の朝顔ほど元気ではなく、何本かは枯らしてしまいました。
今年はいつもとは違うところに植えたおかげで、いまも毎朝花を咲かせています。
しかし、まだ湯島の見事な朝顔には及ばないと思っていましたが、その湯島の朝顔が今年は、私が見る限り、ひとつも花を咲かせなかったのです。
そしてついに、抜かれてしまっていました。
花は、時に、咲かないこともあるのです。

今年はトンボを見ていないと先日書きましたが、今朝、庭でトンボを見ました。
しかしなぜかあまり赤くない赤トンボでした。
トンボもまた、時に赤くなりたくないこともあるのでしょう。

サロンの始まりの時間を過ぎましたが、誰も来ません。
最近ともかくサロンが多いので、まあみんな疲れたのでしょうか。
張本人の私も、ちょっと多いんじゃないのと思っているほどですから。
サロンも、時には、花の咲かないこともあっていいでしょう。

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2015/10/02

 ■節子への挽歌2952:我孫子は農村だ

節子
成田です。
実は久しぶりに成田線で成田まできたのですが、途中、窓の外をずっと見ていました。
そして、改めて、我孫子は農村なのだと気づきました。
緑が予想以上に広がっているのです。
田んぼも予想以上にあります。しかもきちんと手入れされている。
こんなことをいうと、誤解されそうですが、これは最高の褒め言葉、あるいは喜びの言葉です。
福島原発事故の前の、飯舘村ほどではないのですが、車窓からさえも、いい風景があるのです。
なんで節子が元気だった時に、こんないい風景に気づかなかったのだろうかと思いました。
なぜ歩かなかったのか。
我孫子が、ますます好きになりました。

節子の生家のある滋賀県の高月は、いいところです。
節子には、その良さが、あまり自覚されていなかったと思いますが、そこにいるだけで癒される風景なのです。
しかし、我孫子にもその風景があるのです。
なぜ今まで、それに気づかなかったのか。
たぶん私に見ようとする気持ちがなかったのでしょう。
私たちが一緒に暮らし出した、大津の瀬田にも、そんな風景がありました。
しかし、当時はその良さに、私たちは気づいていませんでした。

節子がいなくなってから、私に見える風景は、変わりました。
しかしなぜ、車窓から見える、まったりした緑の風景が、こんなに懐かしく、平安な気持ちを与えてくれるのか。
もしかしたら、そこに節子を感ずるからかもしれません。

我孫子は、良いところです。
みなさん、引っ越して来ませんか。

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■節子への挽歌2951:強風のため寝不足です

節子
昨夜は台風の余波でのすごい風でした。
寝ていても、家全体が揺れるほどです。
真夜中の3時ころ、目が覚めました。
あまりの風のすごさに、真夜中におきだして、庭のテーブルなどを避難させに行きました。
テーブルを置いてある場所が、まさに「風の道」の線上にあるのです。
いつもは脇に避けておくのですが、昨日は全く忘れていました。
台風などへの警戒心が、かなり弱くなっています。
こういう気のゆるみが、事故につながるのでしょう。

すでに花の鉢はほぼすべて転がっていて、いくつかは割れていました。
幸いにテーブルは大丈夫でした。
それにしても強い風で、空全体がうなっているようでした。
いや、泣いているような気もしました。
自然にもきっと、「感情」があるのでしょう。
悲しい時もあるはずです。
しばらく風の中で佇んでいました。

ベッドに戻りましたが、目が冴えてしまいました。
考え事を始めると眠れなくなるので、横のテレビをつけました。
テレビをつけると、とりあえず思考をとめてもらえます。
思考をとめたければテレビを見ろ。
これは、節子がいなくなってから習得したことです。
そのおかげで、いつの間にか寝ていました。

しかし、夢の中で、いろいろと考える場面ばかりの夢をたくさん見ました。
論争や講演や仲間との討議、そんな夢をたくさん見た気がします。
目が覚めた時は、とても頭が疲れた気分でした。
寝ていた気分がしないのです。
しかも、議論した相手が、なぜか一人も思い出せません。
要するに、ある意味では「うなされるに近い」夢だったかもしれません。
こんなに頭が疲れた感じで目覚めるのは久しぶりです。

実はこの1週間ほど、あえて「思考」を止めていました。
友人たちから、いくつかの問いかけを受けていますが、それに応えるのを止めているのです。
少し間を置こうという理由からです。
それがこういう夢に現れたのかもしれません。

今日は成田で、企業の人たちとの合宿です。
思考の場が、与えられるといいのですが。

もう風はおさまり、穏やかな日になりそうです。

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2015/10/01

■コムケアサロン「子どもの現在を考える」シリーズ第1回のご案内

日本子どもNPOセンターが「子どもNPO白書2015」を発表しました。
子どもを取巻く現代の課題に対して支援、サポートするNPOの活動・実践を包括的にまとめた日本初の白書です。
現場で活動している実践者たちとそうした活動を支援している研究者たちが、「子ども最優先」という理念のもとで編集した、読み応えのある白書です。
子どもの世界からは、社会の実相がよく見えます。
ですから、これは単に子どもNPOの白書ではなく、社会を読み解くたくさんの示唆が込められています。
ぜひ多くの人に読んでいただきたいと思います。

10月のコムケアサロンは、この白書をまとめた日本子どもNPOセンター専務理事の立柳さんにお話をいただきます。
コムケアサロンは、最近子どもをテーマにしてこなかったのですが、これを皮切りに少し連続的に子どもテーマを開催する予定です。
子ども貧困や子どもの安全の問題は、社会そのものの実相を映し出しているばかりでなく、そこに社会のありようを考える大きなヒントもあるように思うからです。

子ども関連の活動をしている人に限らず、ぜひ多くの人たちに参加していただければと思います。

○日時:2015年10月24日(土曜日)午後1時半~3時半
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○問題提起者:立柳聡さん(日本子どもNPOセンター専務理事)
○スタイル:「日本子どもNPO白書」をまとめて考えたこと
○会費:500円
○参加申込先:comcare@nifty.com

なお、子どもNPO白書の簡単な紹介を次のところでさせてもらっています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/books.htm#150913

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■節子への挽歌2950:再会のためにしておくこと

節子
久しぶりに湯島で一人で過ごしています。
今日は来客もなく、ゆったりしています。
天気がよかったら、上野まで足を延ばして、東京国立博物館の聖観音に会いに行こうかと思っていたのですが、どうも午後から雨になりそうなので、早目に帰ろうかと思います。
雨が降るのであれば、ベランダの草にも水をやる必要もなく、来なくてもよかったなと気づきましたが、たまには「ひとりの湯島」もいいでしょう。

金子由香利のシャンソンのCD「ベストテン」を聴きました。
節子がいなくなってから、この曲が大好きになりました。
聴いていたのは、「再会」です。
ご存知の方も多いでしょうが、いろんな歌手が、それぞれ豊かに歌いこんでいる曲です。

はじまりはこんな感じです。

あら ボンジュール 久しぶりね その後 お変わりなくて あれからどのくらいかしら。

あなたは元気そうね
え! わたし、変わったでしょ
あれから旅をしたの
いろんな国を見てきたわ
すこし大人になったわ


つまり、別れた「恋人」に偶然出会った哀しさの歌です。
哀しさではなく、歓びというべきでしょうか。
なにしろ「再会」できたのですから。

そういえば、「シェルブールの雨傘」というミュージカルもありました。
ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの「ひまわり」という映画もありました。
いずれも節子と観に行った映画です。
お互いに、当時は別れた恋人がいて、少しだけリアリティがありました。

ちなみに、いま「再会」を聴いて、私が感ずるのは、以前の恋人に会いたいということではありません。
あまり論理的ではないのですが、節子も私も、旅をしなかったということです。
少しも「大人」にならないままに、一緒に暮らし始めてしまった。
その結果、結局、最後まで2人とも「大人」になれなかった。
だから、節子にもたくさんの苦労をさせてしまったのかもしれません。

彼岸で、節子と「再会」した時に、お互いに少し「大人」になったね、と言い合えるようにしたいと思っています。

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■節子への挽歌2949:読書の秋

節子
最近どうも本の世界にはまってしまいそうです。
現実からの逃避姿勢が強まっているのかもしれませんが、そこに広がる世界に魅了されていると言ったほうがいいかもしれません。
節子がいたころは、自宅で本を読むことはめったにありませんでした。
しかし最近は、疲れて在宅していると、ついつい本の世界にはまっているのです。
やらなければいけないことは、それなりにたくさんあるのですが、まあ気分が乗らなければできないのが私の習癖なので、どうも読書が優先されがちです。
いささかわが人生にとっては、異常かもしれません。
宿題を先延ばしにしている相手の人が、これを読むとまずいのですが。

読書と言ってもきわめてランダムです。
半分は以前読んだ本の読み直し、半分は図書館に頼んで探してもらった本です。
昨夜から読みだしたのは、熊本の宮田さんから教えてもらった「里山のガバナンス」です。
気になっていましたが、やっと手に入りました。
読み出したら、実に面白く、寝不足です。
もっと前にこうした本を読んでいたら、私の人生は大きく変わっていたでしょう。
やはり知は、世界を広げてくれます。

遅まきながら、丸山眞男や柳宗悦も読み直しています。
以前読んだ時には、あまり興味を感じませんでしたが、なぜか今は面白いです。
その体験から、ポランニーやオルテガも読み直すべく、机には積んでいます。
最近出版された本も、そうした合間に読んでいます。
友人知人が出版した本を送ってくれるからです。
そこからまた、むかしのテーマを思い出して、本を読みだすこともあります。
知の世界は、知れば知るほど、無知の世界が見えてくる、際限のない世界なのです。
一度はまってしまうと、アリ地獄のように、抜け出せない世界です。

節子がいなくなってから、止めてしまったことは多いですが、始めたこともあるわけです。
節子がいたら、こんないい季節に、本など読まずに、紅葉狩りに行こうと誘ってくれたことでしょう。
誘ってくれる人もないので、この秋は読書の秋になりそうです。

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