■節子への挽歌2952:我孫子は農村だ
節子
成田です。
実は久しぶりに成田線で成田まできたのですが、途中、窓の外をずっと見ていました。
そして、改めて、我孫子は農村なのだと気づきました。
緑が予想以上に広がっているのです。
田んぼも予想以上にあります。しかもきちんと手入れされている。
こんなことをいうと、誤解されそうですが、これは最高の褒め言葉、あるいは喜びの言葉です。
福島原発事故の前の、飯舘村ほどではないのですが、車窓からさえも、いい風景があるのです。
なんで節子が元気だった時に、こんないい風景に気づかなかったのだろうかと思いました。
なぜ歩かなかったのか。
我孫子が、ますます好きになりました。
節子の生家のある滋賀県の高月は、いいところです。
節子には、その良さが、あまり自覚されていなかったと思いますが、そこにいるだけで癒される風景なのです。
しかし、我孫子にもその風景があるのです。
なぜ今まで、それに気づかなかったのか。
たぶん私に見ようとする気持ちがなかったのでしょう。
私たちが一緒に暮らし出した、大津の瀬田にも、そんな風景がありました。
しかし、当時はその良さに、私たちは気づいていませんでした。
節子がいなくなってから、私に見える風景は、変わりました。
しかしなぜ、車窓から見える、まったりした緑の風景が、こんなに懐かしく、平安な気持ちを与えてくれるのか。
もしかしたら、そこに節子を感ずるからかもしれません。
我孫子は、良いところです。
みなさん、引っ越して来ませんか。
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