■節子への挽歌2961:重くて長い喪のはじまり
節子
湯島の往復で、今日、最近出版された「ロラン・バルト」を読みました。
ロラン・バルトについては、ほとんど何も知らないのですが、
「作者の死」とか「エクリチュール」とか、どこか魅力を感ずる言葉が気になっていました。
生誕100年でもあり、まあ手頃な入門書が出たというので、読んでみました。
人柄は少しだけわかりましたが、読み終わっても、よくわかりませんでした。
ただ、共感できた言葉がありました。
ロラン・バルトが、死を受け入れられるようになったのは、最愛の母が亡くなった日からの2日間だったそうです。
ロラン・バルトは、母の死後、日記を書き続けることで、その悲しみを超えていきますが、母の死から2日目の日記には、こう書かれていました。
この時、重くて長い喪が厳粛にはじまったのである。この2日間で初めて、自分自身の死を「受け入れられる」という思いがした。
重くて長い喪が厳粛にはじまった。
この言葉が、私の心に響いたのです。
愛する人を見送った人にとって、葬儀は、バルトが書いているように、重くて長い喪の始まりです。
それは、決して終わることのない喪でもあります。
他者から見たら終わっているように見えるとしても、決して終わることはありません。
始まりはあっても、終わりのないのが、喪なのです。
なぜなら、人生をシェアした、愛する人の死は、自らの死でもあるからです。
バルトにとっては、母はまさに一緒に長年暮らしてきた、人生をシェアした人だったのでしょう。
私にとっては、節子が、そういう存在でした。
しかし、幸いなことに、喪中であろうと、人は生き続けられます。
喪中のなかにも、喜怒哀楽はある。
愛する人に出会うことさえあるかもしれません。
だからといって、喪があけるわけではありません。
ロラン・バルトは、1年後にも、こう書いています。
悲しみに生きること以外はなにものぞんでいない。
これもちょっとうなずけます。
電車の中で読んだせいか、私がこの本から学んだのは、この2つだけです。
ロラン・バルトの言語論もエクリチュール論も、相変わらず何も学べなかったのですが、まあこの2つで良しとしましょう。
ロラン・バルトは、嘘のつけないいい人なのです。
嘘をつけないから、小説も書けなかったのです。
それも実に面白い話です。
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