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2015/10/13

■節子への挽歌2962:ヴィタ・ノーヴァ

この連休は3日ともゆっくりできなかったので、今日は自宅で休んでいました。
最近どうも疲れやすいのです。
食事をするだけでも疲れてしまいますし、お風呂に行くのも面倒だし、ましてや湯島に行くのも面倒なのです。
しかし、なぜか湯島にはいかないわけにはいきません。
誰かの相談や呼び出しがあれば、できるだけ湯島には行くようにしています。
湯島にいる時には、何とか元気は維持できますが、帰宅すると急に疲れがどっと出てきてしまうのです。

それで、何をやったかというと、イギリスのテレビドラマ「シャーロック」を見直したのです。
何回観ても面白い。
この歳になると、内容をすぐに忘れてしまいますので、いつも新鮮に観ることができるのです。
物忘れの効用です。
しかし、この番組は、仮にストーリーを覚えていても、何回観ても面白いのですが。
今日はシーズン3の3本を通してみました。
実に面白いです。

このシリーズの第1回目で、シャーロックの相棒のワトソンが結婚します。
もちろん相手はメアリーです。
ただし、原作よりもずっと魅力的な女性になっています。
私の好みの女性はめったにテレビには登場しませんが、このメアリーは魅力的です。
まあそれはともかく結婚することになったワトソンに、家主のハドソンさんが「人生は変わる」というのです。
友だちとの関係も変わっていく、と。

この場面を観るたびに、私はいつも共感します。
実に不思議なのですが、なぜか変わってしまう。
私の場合はそうでした。
もちろん変わらない友情もある。
でもどこかで世界が変わるのです。

そしてまた、伴侶との死別は、また世界を変えていきます。
というわけで、私は2回の生活世界の変化を体験しています。

昨日、読んだ「ロラン・バルト」で頭に残っている言葉があります。
「ヴィタ・ノーヴァ」。
「新たな生」です。
バルトは、新しい生に向かいだしたところで、自動車事故で急死しました。
それはともかく、生は死から生まれるのです。
結婚とは「人生を新たにすること」なのです。
つまり、与えられた受動的な自分の人生を、自分で「新たにすること」こと、なのです。
そして、それは同時に、伴侶との別れは、その人生を終えることです。
言い換えれば、再びの「新たな生」、ヴィタ・ノーヴァに挑むことなのかもしれません。
その気力と生命力があればの話ですが。

バルトは、最後の頃の講演で、ブルーストについて言及しています。
ブルーストは母が亡くなったあと、自分と違う「私」を生み出し、あの有名な『失われた時を求めて』を書くことができたというのです。
バルトがもし、事故で死ななければ、彼はどんな「私」を生み出したでしょうか。

ちなみに、ワトソンはどう変わっていくのか。
「シャーロック」のシーズン4が来年からまた撮影を開始するそうです。
実に楽しみです。

しかし、このドラマは、節子は好きにはならないでしょう。
それだけは、はっきりしています。

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