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2015/10/18

■建築散歩ツアー入間編の報告

昨日の建築散歩ツアー入間編には6人が参加、若林さんの案内で入間市を1日歩きました。
午前中はジョンソンタウン。戦後、米軍の軍人家族のための住宅ゾーンで、当時はまさにアメリカン・ライフスタイルが展開されていたところです。
一時はスラム化していたのを、地主の磯野商会が買い戻し、整備してきたそうです。
現在は120戸以上の平屋が緑に囲まれて、「古き良き時代のアメリカの街並み」を残しています。
一画にはカフェやレストラン、雑貨店やダンス教室などのゾーンもあり、若者たちのちょっとしたデートスポットにもなっているようです。
そのひとつのお店で、みんなで食事をしました。
内部は、スケルトンを活かしながら、それぞれの店主が内装を工夫しているようです。
敷地内の道路も含めて、地主の磯野商会が管理しているそうで、タウン全体が一つの雰囲気を醸し出していました。
磯野商会の地域への思いの深さに感心しました。
最初、ここに来た時にすぐ思い出したのが昔の代官山ですが、いまのような代官山にはなってほしくないと思います。

つづいて、旧石川組製糸西洋館。
これは大正時代につくられた洋風建造物で、年に数回の公開日だったため、なかも堪能させてもらいました。
石川製糸は昭和の初めに解散していますが、創業者の石川幾太郎は敬虔なクリスチャンで、その経営の理念は「愛」だったようで、いまでも石川製糸の「女工哀史」ならぬ「女工愛史」が語り伝えられているそうです。
こういう会社が日本にはあったことを、いまの大企業の経営者に知ってほしいです。

石川製糸が残した一つに豊岡教会があります。
16号沿いにある、W.M.ヴォ―リズ設計の少し目立つ教会です。
石川製糸で働いていた女工さんたちも礼拝を薦められていたそうです。

そこからは地元在住の建築家の岡野さんに案内をお願いし、
黒須地区の文化遺産的なものをいくつか案内してもらいました。
一つだけ紹介すれば、細芳織物工場で、住宅街の中に、鋸屋根がつながった工場で、いまもなお昔ながらの織機で織物をつくっています。
40年ぶりとは言いませんが、久しぶりにこうした織機が動いている現場を見せてもらいました。
社長自らも動き回るほどの忙しさでしたが、細芳さん自身、鋸屋根の工場も含めて、文化遺産としての動態保存に取り組まれていることがよくわかります。
ほかにも、「道徳銀行」とも呼ばれた無尽から始まった黒須銀行の建物(洋風土蔵造り)など、いろいろ見せてもらいました。

この地域の人たちが、どれだけ地域社会を大事にしていたか、を感じました。
そしていまもなお、その文化が受け継がれているのでしょう。
地域をゆたかにしていくのは、やはりその地域の人たちの、地域文化への思い入れなのだと改めて感じました。
しかし、そうした文化は、いま、経済主義の中で消えつつあるように思います。

歩き始めたころは小雨だったのですが、午後は雨も上がり、晴れ間も見えてきました。
5時間ほどの街歩きで、参加したみなさんと普段とはちょっと違った状況で話をするのも、こうしたツアーの魅力の一つなのだと感じました。
歩いてきた後、いただいた資料などを読み直していると、また行きたくなってしまいます。
これも街歩きのポイントだなと思いました。
若林さんが1回のみならず、何回も同じところを歩いていることの意味がわかりました。
若林さんが、回る先を選んでくださったのですが、振り返ってみると、そこから若林さんのメッセージが伝わってきます。

建物散歩は、単なる名所まわりではありませんでした。
自らの生き方や活動を問い直す刺激をいくつかもらいました。

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