« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2015年11月

2015/11/30

■節子への挽歌3011:悪いこともあれば良いこともあった1日

節子
今日も疲れる1日でした。
人と付き合うことの煩わしさを、改めて実感させられました。
不愉快なことが2つも起こってしまいました。
瑣末なことで不愉快になるとは、まだまだ私も人ができていません。
しかし、不快さを飲み込むことができるところまでにも達していないので、愚痴をこぼす存在がいないのは疲れるものです。
不思議なもので、もし節子がいたら、その不愉快な事柄も不愉快にならずにすんでいるかもしれません。

もっとも心和むこともありました。
野路さんがまたりんごを送ってくださったので、電話しました。
節子と親しかった奥さんも少しずつ記憶を取り戻され、お元気のようです。
なかなかお会いできませんが、いつかお会いできる時も来るでしょう。
長らく入院していた近くの家の旦那さんもしばらく退院できるというお話も聞きました。
お引き合わせしていた人と会えたという感謝のメールも届きました。
人を引き合わせることのむずかしさは何回も経験していますが、今回はとてもいい結果になったようです。
突然に湯島で辺野古の話をしてもらえることにもなりました。
これもとてもうれしい話です。

今日はほぼ1日、在宅でしたが、在宅していても、これだけのことがあります。
それがいい時代なのかどうかはわかりませんが、こうした時代のおかげで、私は何とか生き続けられたのかもしれません。
お天道様に感謝しなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3010:田中さんのサロン

節子
昨日は田中弥生さんのサロンを湯島でやりました。
なんと20人の参加者があり、超満員でした。
節子と一緒に、田中さんのバレエの発表会を観に行ったのを思い出します。
田中さんから招待されたのですが、あの頃の田中さんは仕事とモダンバレエを両立させていました。
私はモダンバレエに興味がなかったので、いささか退屈でしたが、まあ当時の田中さんは輝いていました。
その田中さんもいまや有名人です。
有名になると湯島には来なくなる人がほとんどですが、田中さんはいまも時々やってきます。
とてもいい仕事をしていますが、仕事の枠を超えて、横っちょに立ち寄ったりしているところも、とてもいいです。

田中さんはある意味で私の生き方に影響を与えてくれた一人です。
小生意気な小娘だった田中さんに影響を与えられたというのも気恥ずかしさがありますが、彼女が日本にコーポレートシチズンシップの考えを普及させたいと相談に来たのが、私が企業経営に再びきちんと関わることになった契機の一つでした。
それにしても、田中さんはなぜ私のところに来たのでしょうか。
いまとなっては思い出せません。

また子どもの問題に関わるようになったのも彼女のおかげです。
森下保育園に面白い人がいるからと連れて行かれ、そこであったのが、新沢さんでした。
それが契機になって保育園の世界にささやかに関わりだしたのです。
新沢さんが代表を務めていた日本子どもNPOセンターの事務局が、今では私のオフィスに置かれているのは、何かの縁があるのでしょう。

昨日のサロンはとても刺激的なサロンでした。
田中さんも、とても元気そうでした。
田中さんが昔、お父様の件で節子と話していたのをふと思い出しました。
湯島があるおかげで、いろいろな縁がきちんと続いているのがうれしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■カフェサロン「ドラッカーとナチスと市民性」

今日のカフェサロン「ドラッカーとナチスと市民性」は参加者が20人を超える状況で、しかもさまざまな立場の方、世代も20代から80代まで多彩な方々が参加してくださいました。
話題提供者は、日本NPO学会の会長でもある田中弥生さんです。
田中さん本来の専門領域の話ではなく、そこから広がってきている「三題噺」です。

田中さんはドラッカーの最後の弟子とも言われています。
非営利組織に関するドラッカーの著書も訳されていますが、ドラッカーと親しく交流されているうちに、経営学者としてのドラッカーではなく、思想家としてのドラッカーに触れたようです。
そこからナチス時代のドイツ社会に関心を持っていきます。
そのあたりは、田中さんの著書『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』(集英社)で詳しく紹介されています。
そして、ナチスファシズムを調べていくうちに、ご自分の専門領域である、ボランティア活動やNPOへの新しい問題意識を持ち出してきたのです。
そこに田中さんの思考の柔軟さと誠実さを感じます。
今日はそうしたご自身の気づきのプロセスも含めて、とても示唆に富む問題提起をしてくださいました。

田中さんの最後の問いかけは、次のようなものです。

ドラッカーの非営利組織論の「市民性創造」とは?
ナチスのNPOと、アメリカの自治(さまざまな非営利活動)と何が違うのか?
市民性を育むには何が必要なのか?

今回は、この論点の議論にまではいけませんでしたが、問題の共有化と考えるためのヒントはたくさんあったように思います。
ナチスドイツ時代といまの日本の類似点も少し話題になりました。
市民性創造はNPOだけではなく、会社だって同じではないかという議論もありました。
また「日本の国のかたち」や「統治の必要性(言葉には出ませんでしたが、統治から協治へ)」、さらにはソーシャル・キャピタル論も少し話題になりました。
面白い論点はたくさんありましたが、中途半端に書くのは難しいので、個々の内容は省略しますが、ドラッカーの思想のあまり知られていない側面、ナチスドイツはヒトラーという狂気が生み出したものではないこと(「国民」こそが主役だったこと)、NPOに参加することだけでは市民性は育まれないこと、ドイツの企業の発展にも強制労働や「ボランティア活動」が無縁ではないこと、などが、いろいろと示唆されたように思います。
一つひとつが、いまの日本社会を考える上で、とても重要な示唆を含んでいます。
書きだすときりがありませんが、そのうち、田中さんが本を書いてくれるでしょう。

私は、ドラッカーが「協同組合」ではなく、「企業」に、社会の主役を期待したことにずっと納得できず、そのためにドラッカーがどうしても好きにはなれません。
しかし、ドラッカーの「経済人の終わり」は感動しました。
若い素直な目で時代を見通すということは、こういうことなのだと教えられました。
ぜひ多くの人に読んでいただきたい本です。
それと、田中さんも紹介してくれましたが、最近出版された「ヴァイマル憲法とヒトラー」も読んでほしい本です。
http://homepage2.nifty.com/CWS/book2.htm#004

なお、今回に少しつなげるような形で、来年の2月頃に、フランクフルト学派の研究者である楠さんに、「家族」を切り口に少し違った視点からナチスドイツといまの日本との話をしてもらおうと思っています。
ますますハードなように思われるかもしれませんが、また今回のようにさまざまな人が参加してくださるとうれしいです。

Tanaka201511291


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/28

■節子への挽歌3009:半分退屈で、半分楽しい2日間

2日間の合宿を終わり、いま帰路の新幹線です。
今回は担当チームが一つなので、かなりじっくりと付き合いました。
テーマも決まりました。
面白い展開になるでしょう。

大企業の人たちは、いまの私の住んでいる世界とはかなり違います。
どちらが良い悪いの問題ではありませんが、お互いの世界がもっとつながるといいなと思います。
大企業の人たちの多くは、ダブルスタンダードで、しかもバイリンガルです。
会社人と生活者という2つの世界を生きているという意味です。
そこから抜け出るだけでも、人生も変われば、たぶん社会も変わるでしょう。
私が心がけていることはそういうことですが、これは節子と一緒に暮らしたおかげでしっかりと身についたことです。

今回の合宿のテーマとは無関係ですが、参加者の一人から「自殺者1万人を救う戦い」の映画を所望されました。
詳しくは聞きませんでしたが、何か事情があるのでしょう。
人が人として付き合う。
それだけでも社会は変わっていくでしょう。
組織の中にとどまっていたら見えてこなかったことがたくさんある。
そのことを少しでも垣間見せたいのですが、それが難しい。
だからこの活動を辞めることにしたのですが、ちょっと複雑な気分です。

もうじき上野です。
半分退屈で、半分楽しい2日間でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3008:那須高原に来ています

節子
昨日から那須高原にきています。企業の人たちとの合宿です。
この活動も今期を最後にすることにしました。
28年間,この経営道フォーラムに関わってきましたが,日本の企業は劣化こそしても道を正す方向には向かなかったような気がして、反省しています。
私の役割はもう終わったような気がします。
どうもこのやり方では歯が立ちません。
しかし、企業の劣化は間違いなく社会の劣化につながっていますので、私自身の生きにくさにもつながってきます。
困ったものです。

今日のプログラムが始まるまでの1時間部屋から那須高原の眺望をぼんやりとみて過ごしています。
12階なのでとても眺望がいいのです。
エピナール那須というホテルですが、こ地域では人気のホテルのそうで、エレベータで一緒になった人に「お客様の多いホテルですね」と話しかけたら,その人は常連客のようで,ここはいつも満員なのですよ,と教えてくれました。
子供連れも多く、昨夜はライブコンサートもやっていました。

ここまで書いて、ついうとうととしてしまっていました。
昨夜はあまり眠れなかったので、まだ眠気が抜けません。
最近はホテルの宿泊でぐっすりと眠れたことがないのです。
どうしてでしょうか。

しかし、こういう1時間を過ごしたのは、本当に久しぶりです。
とても静かで心が静まります。
遠くを見ていると時間が止まっているような感じになります。
そういえば、以前、節子との旅行でこんな時間を過ごしたことがあったような記憶があります。
風景は少し違いますが、やはり動きのない自然風景でした。
あれはイランだったでしょうか。

そろそろプログラムが始まる時間です。
午前中はずっと話し合いです。
企業のあり方を少しでも変えるような生き方をしていく人が一人でもうまれてくれるといいのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/26

■戦争と平和を考える4:戦場をどうとらえるか

「テロ」が各地で起こってきています。
そこで、今回は「戦場」に関して考えてみたいと思います。
問題をクリアにするために、いささか極端に表現します。

イラク派兵の時に「戦闘地域」かどうかが話題になりました。
「非戦闘地域」などという不思議な言葉までよく使われました。
今回の集団的自衛権議論でも、「戦闘地域」は話題になりました。

国家対国家の戦争にとって、「地域」は重要な目的要素でした。
国土の取り合いが戦争になることも少なくありませんでした。
戦いも多くの場合、問題になっている「地域」で行われるのがほとんどでした。
しかし、最近の国家総力戦となると事態は変わります。
今なお、日本の国会論戦では、戦場そのものの「戦闘地域」と、補給したり休養したりする「後方地域」の区別が論じられていますが、現代の戦争では、それらを区別することなどできません。
ましてや、テロとの戦いは、戦闘地域などという概念をも無意味なものにしています。
そして、戦争の対立構造を、システムの要素としての人間と生活者としての人間と捉えると、「国家」の領域区分は全く無意味になります。
戦いの構図を平面的に捉えているととんでもないところが突如「戦場」になることもあるのです。

もっとわかりやすくいえば、戦場は自国であることもあるということです。
そして、もし自国に基地があれば、そこがいつ「敵の基地」になるかもしれないということです。
一番恐ろしいのは、原爆効果を持つ原発です。
自分たちで原爆を開発する必要はありません。
原発に飛行機を激突させればいいだけの話です。

たとえば、ビン・ラディンの武力はアメリカが提供したものでした。
武力は国家に属しているのではありません。
武力が反転するのです。
つまり現代の戦争はクーデターや犯罪がグローバル化したというべきでしょう。
かつての、国家対国家の戦争とはまったくと言っていいほど異質なものです。
にもかかわらず、相変わらず戦争の概念で発想しているところに問題を感じます。
犯罪は、限定された「戦場」で行われるようなものではないのです。
そして、その「戦場」には多くの生活者が生活しています。
そこを攻撃することの意味を考えなければいけません。
ナビラ・レフマンさんの言葉をきちんと受け止めなければいけません。

この時代に、戦争国家であるアメリカと同盟を結ぶということは、生活者としての人間への宣戦布告にもなりかねません。
核兵器を含む軍事力の増強は、何の役にも立たないだろうと私は思います。
戦場概念がなくなった時代には、軍事力よりも警察力のほうが必要だろうと私は思います。

そう考えていくと、日本の自衛隊は、新しい軍隊の先取りだったのではないかと思えてきます。
憲法9条から生まれた、戦争をしない軍隊ですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3007:2人の異人からの電話

節子
今日も寒い1日でした。
大宰府の加野さんが甘えびを送ってきてくれました。
お電話したらお元気そうでしたが、どうも耳の具合がよくないようで、うまく話が通じません。
行き違いの多い電話をしばらくしていましたが、どうも会話が成り立っていないことに気づいて、お礼だけを繰り返しお伝えして、電話を切りました。
しばらくして加野さんから電話がかかってきました。
先ほどは携帯電話の声がよく聞こえなかったので、今度は大丈夫ですと言う電話でした。
またしばらくお話ししました。
もう何年になりますか?といつもの質問がありました。
9年目に入りましたと言うと、早いですね、と言われました。
もちろん節子のことです。

加野さんは、たぶん節子とは1回きりしか会っていません。
私とも付き合いがあったわけではありません。
私たち夫婦と加野さんの娘さんが何回か会った程度なのです。
加野さんの一人っ子のお嬢さんは、節子よりも先に逝ってしまいました。
お互いに愛する人を見送ったことから、どこか心が通じているのかもしれません。

加野さんはもう90歳を超えているはずです。
しかしとてもお元気そうです。
それは、オクトのイオン水を飲んでいるからだといつも言っています。
節子も最後は、その水を送ってもらっていました。
でも、間に合いませんでした。

そんな話をして電話を切ったら、また電話が鳴りました。
また加野さんかなと思って出たら、なんとそのオクトの田中さんでした。
一瞬加野さんがまた連絡したのかなと思ったのですが、そうではなく全くの偶然でした。
来週東京に来るので、会いに行きたいという電話でした。
加野さんも田中さんも「常人」ではありません。
加野さんは霊能者であり田中さんは天才です。
ですから普通の会話はなかなか通じません。
不思議な人たちです。

今年も大宰府に行けませんでした。
大宰府はもしかしたら、私が1300年ほど前に住んでいたところかもしれません。
最初に大宰府の観世音寺に行った時に、そう感じたのです。
2回目に行ったときは全く感じませんでしたが。
まあ、そういうことを考える私も、少し常人から外れているのかもしれません。
来年こそは大宰府に行ってみようと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/25

■映画「自殺者1万人を救う戦い」を観て語り合う会に参加しました

23日に、大阪で行われたあゆみあいネットが主催した「ドキュメンタリー映画「自殺者1万人を救う戦い」を観て語る会に参加させてもらいました。
参加者は少なかったですが、とても心に響きあう話し合いができました。
そこでもお話させてもらったのですが、少人数で、しかし本音で気楽に話し合える場がもっと増えていくといいなと思いました。

今回、みんなで観た「自殺者1万人を救う戦い」は、アイルランド人のレネ・ダイグナンさんが制作した映画です。
この春、東京の青山学院大学で上映会と話し合いの場を持ちました。
そこからまたいくつかの動きが出ていますが、
今日もそこに参加した成蹊大学の学生が、成蹊大学で上映会を開催してくれます。
そんな感じで、いまもまだじわじわと広がっています。
今回も、上映会に参加してくださったおひとりが、ぜひ自分でも上映会を開催したいと言ってくださいました。

この映画は、自殺そのものを取り上げるのではなく、
自殺者がこんなにも多い日本の社会はおかしいのではないかと、
外国人の目で、日本の社会のあり方、つまり私たちの生き方に疑問を投げかけてくれています。
さまざまな視点で、問題提起されていますので、
いろいろな受け取り方ができ、いろいろな話もできます。

制作されてから3年ほどたちますが、
事態はそう変わっているわけではありません。
この映画を観ながら、私たちの生き方を話し合う場がもっと広がっていけばと思っています。
映画はユーチューブで観られます。
https://www.youtube.com/watch?v=oo0SHLxc2d0
52分とちょっと長いですが。

もし映画上映会などやって下さる方がいたら、DVDにダビングしてお送りします。
ペイフォワード方式で、このDVDを広げてきましたが、最近少し停滞していました。

今回、あゆみあいネットのおかげで、映画を観てじっくりと話し合うことの大切さを改めて感じましたので、
また再開することにしました。
もしご希望の方がいたら、ご連絡ください。

また話し合いの会など開催する場合は、ぜひご連絡ください。

ちなみに、レネさんはいまはちょっと活動を中止しています。
また再開することができるようになったら、彼のサロンも開催する予定です。

なお、豊中市を中心にゆっくりと活動している「あゆみあいネット」も、集まりをやっています。
代表の上村さんも、このメーリングリストにメンバーですので、
お近くの方はぜひ一度、あゆみあいネットの集まりにも参加してみてください。
あゆみあいネットは、その立ち上げの時点から、ゆっくりと進むのが方針です。

いろんなところに、気楽に話し合える場が広がっていくとうれしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3006:ここか、あの世で

節子
ベン・アフレックの映画「ザ・タウン」を見てしまいました。
小説「強盗こそ、われらが宿命」を原作とした犯罪スリラー作品で、ベン・アフレックの2番目の監督作品です。
内容は全く知らなかったのですが、ベン・アフレックの監督作品という理由だけで見てしまいました。
やはりこんな感じだなと思うような感じの映画でした。

ただ一点だけ印象的だったセリフがあります。
そのセリフも、よく聞く言葉ですし、以前もベン・アフレックの映画に出ていたような気がします。
だからこそ印象に残ったのですが。
ベン・アフレック演ずる主役のタグの言葉です。

人は毎朝、目覚め、人生を変えたいと願いながら、でも変えない。

節子の闘病中、私も節子も、毎朝、こう思いながら目覚めました。
タグの言う意味とは違いますが、思いは同じです。
私たちの場合は、変えたくても変えられなかった。
変わらない人生だったのです。
病気が夢であったほしい、という思いはいつも付きまとっていたのです。
しかし、人生は続いていくものです。
変えることはできません。

映画では、主人公のタグは生き方を変えることができました。
しかし、そのための犠牲はあまりにも大きなものでした。
しかも、人生は続いていく。

人生を変える契機になったのは、「愛」でした。
人を愛することで、生き方を変えようと思う話は、映画にはよくある話です。
しかし、皮肉なことに、生き方を変えたにもかかわらず、その愛する人と別れなければならなくなった。
人生を白紙にはできないからです。
映画の最後に、タグの言葉が流れます。

(新しい人生の)道は遠い。 でもいつか会える。 ここか、あの世で。

いつか会えると思えればこそ、遠い道を歩き続けることができるのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3005:9種類の薬の副作用?

節子
いろんな症状のおかげで、9種類の薬を飲む羽目になっていますが、その成果、どうも調子が悪いです。
まず眠いのと、あんまり思考力が働かないのです。
その原因が、体調が悪いためなのか、9種類の薬のせいなのか、よくわかりませんが、一応、今朝まではほぼ正確に薬を飲んでいます。
もっともそのうちの2種類はビタミン剤、1種類は胃の薬です。
でもまあ、今朝を最後に、降圧剤以外の」薬は止めることにしました。
9種類の薬を毎食後に飲むのは、やはり異常ですし。
しかし、良い経験をしました。

昨日は、そんなわけで帰宅後、あまり何もする気がなくなり、
湯ぶねで寝てしまうほどでした。
疲れているわけでもないのですが、何やら無性に眠いのです。
そして、普段ならすっと入っていけるような本を読んでも、頭に入っていかないのです。
挽歌も書かずに寝てしまったというわけです。

今日は午前中は在宅ですが、相変わらず何もする気が起きません。
私は、する気が起きない時には、本当に何もやれないタイプです。
困ったものです。
しかも、今日は寒いうえに、太陽が全く見えない。
こういう日は、本も読めないし、何もできない。
それに胃の調子が悪いので、珈琲も飲めない。
さてさてどうしましょうか。

こういう日は、独り身であることがこたえます。
胃にやさしい珈琲を淹れてくれて、慰めてくれる人がほしいです。
それにしても寒い。

パソコンはもうやめましょう。
お昼前に出かけなければいけないのですが、それまでなにをやりましょうか。
それを考えることさえ、なにかおっくうです。
これはきっと薬の副作用ですね。
何しろ9種類も飲んでいるのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/23

■節子への挽歌3004:人は深く深くつながっている

節子
人は深く深くつながっています。
今日は改めてそれを感じました。

大阪のあゆみあいネットというグループが主催した「ドキュメンタリー映画「自殺者1万人を救う戦い」を観て語る会」に参加してきました。
このグループは、数年前から「自死について自由に語り合う、聴きあう場づくり」を行っているグループで、その発足に私もささやかな縁をもっています。
またこの映画そのものにも、ささやかな縁があるのです。
その関係で、今回は話し合いの進行役をさせてもらったのです。

参加者は少なかったのですが、その分、とても気づきの多い場になったような気がします。
参加者のみなさんも、それぞれに気づきがあったようで、うれしいコメントももらいました。
おひとりの方、Tさんが、メールを送ってくれました。

初めてなのに、旧友に再会したような錯覚を抱きました。 参加者 一人一人に懐の深い接し方をして頂き、感銘を覚えました。

その方は、私を前から知っていて下さっていました。
あゆみあいネットを立ち上げたOさんから、いろいろと聞いていて下さったのです。
会が始まる前に、私は偶然にTさんに声をかけさせてもらっていました。
初対面でしたが、なぜかどこかでお会いしたような感じがしたからです。
初対面ではありませんでしたが、あゆみあいネットのメンバーで、自死遺族の方でした。

自殺の問題に関わりだした当初、私は自死遺族の方が一番苦手でした。
私は、あまり言葉を選ばずに思ったことを素直に発してしまうタイプです。
ですから相手を知らないままに傷つけてしまったり、感情を逆なでしてしまったりすることもあります。
とりわけ自死遺族の方は繊細です。
言葉の表現と意味合いが正反対の時もあるような気もします。
正直、最初は少し腰が引けていたこともあります。
でも最近は、むしろどこかで最初から心がつながっているような気がしてきています。
話しやすくなったというと語弊がありますが、どこかでつながりを感ずる気がするのです。

以前、私たちの主催する公開フォーラムでも話したことがあるのですが、
病死も過労死も事故死も自死も、「愛する人」「大切な人」を喪うということでは、みんな同じです。
そのことに気づくと自死遺族さえもが特別のものではなくなってきます。
自死遺族の方は、往々にして自分が「特別」と思いがちですが、そこからまずは抜け出たほうがいいと思います。
そして、「愛する人」「大切な人」を喪うことが、決して特殊なことではなく、すべての人が体験することなのだと気づくと、周りの人たちがみんな友だちに見えてきます。
Tさんが、旧友に再会したような錯覚を覚えたのは、実は錯覚ではないのかもしれません。
人はみんなどこかで友だちなのです。

最近ますますすべての人は友だちだという「気分」が強まっています。
節子はいまもな、いろんなことを気づかせてくれています。
元気だったころよりもずっと節子から学ぶことは多いのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/22

■カフェサロン「子どもの現在と子どもたちから学ぶこと」

小出陽子さんのカフェサロン「子どもの現在と子どもたちから学ぶこと」はとても刺激的でした。
参加者は14人。湯島サロン初参加の人も3人いました。

まず前半は、小出さんが子どもたちと「どんぐり倶楽部」でやっている、絵を描きながら学ぶワークショップをみんなでやりました。
たとえば、小出さんが「虹色の風船を売っているお店があります」という文章を読み上げ、それをそれぞれが絵にします。その風船は外からは中が見えない箱に入っています」「しかも箱の中には風船が入っていない箱もある」「でも5つ買うと必ず2つの風船が入っている」「では風船を6つ買うには箱をいくつかあったらいいでしょう」というように順々と文章を続け、それぞれの文章で、自分の描いた絵を修正しながら、答えを見つけていくのです。
2つほど体験した後、小出さんが実際に接している子どもたちの話をしてくれました。
小出さんは、最初は英語を教えていたそうですが、英語以前に国語や算数が必要だと感じて、「どんぐり倶楽部」教室を開いたようです。

後半の小出さんのお話もとても考えさせられるものでした。
小出さんは、「学習教室や学校で、子どもたちと学習する中で、たくさんのこどもたちの「わからない」に出会っていると言います。
「赤いものってなんですか?」
「からすって虫ですか?」
100円玉を握りしめながら、「15円がないから買えない」
こうした発言に出会っているそうです。
赤色も、からすも、虫も知っているのに、それが具体的なものに結びつかないのです。
小出さんは、子どもたちの「考えられない」状態も日々目にしているそうです。
子どもたちは「わかろう」とする意欲を持っているのに、学校の先生がそれにうまく対応できないでいるのです。
そして、実際には生活経験が乏しいままたくさんの言語を押し付ける教育にさらされるうちに、次第に子どもたちから思考力が「蒸発」している。
それは果たして子どもたちだけの話なのか。
小出さんは、「大人であるわたしたちも本当にわかっているのか」と問いかけます。
私は、大企業の経営幹部や大学教授などとの付き合いもありますが、子どもたちと同じかもしれないという気がします。
もちろん私自身も、ですが。

こうした話から、コミュニケーションや学力の問題、学ぶことと問うことの関係、私たちの生き方の問題などに話は広がりました。
参加者からこんな算数の問題も出されました(表現は少し変えていますが)。
「りんご3つとみかん2つがあります。全部でいくつでしょうか?」
「一つの大福と一つの大福があります。一緒にしたらいくつでしょう?」
みなさんはどう考えるでしょうか。
サロンでは、このほかにもたくさんの意見や問題が提起されました。
子どもの問題から、私たちの生き方や社会の実相も見えてきます。

次回は1月を予定しています。
どなたか問題提起して下さる方がいたらご連絡ください。
また小出さんのお話は、サロンというよりも、もっと時間をかけたフォーラムのようなものができるといいなと思いました。
どなたか一緒に企画しませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3003:山のような薬

節子
昨日はめずらしくお医者さんに行きました。
節子もお世話になった遠藤さんです。
高血圧なので、本当は毎月行かないといけないのですが、まあ滅多にいきません。
今日は喉の調子が良くないので行きましたが、血圧も測られてしまいました。
なんと下が90いくつかで上が180以上らしいです。
ちゃんと薬を飲んでるかと訊かれたので、今日は飲みましたと答えました。
頭痛はしない?と訊かれましたが、いまはしていませんと答えました。
時々、頭痛はしますし、よく飲み忘れますが、
嘘は言わないのが私のいいところです。
結果的には、薬を変えることになりました。

ついでに、舌も見てもらいました。
その結果、なんと8種類の薬を飲むことになりました。
1種類だと飲み忘れとしても、8種類だと忘れないだろうという考えではないかと思います。
夕食後、頑張って飲みました。
そう言えば、むかし、私の父がこうやってたくさん飲んでいました。

ところで、診察もしてもらい、薬を山のようにもらったのに、会計は950円でした。
思わず、薬も含めて全部ですかと訊いてしまいました。
なにしろ、サプリメントのドリンクの1本代よりも安いのです。
ちょっと安すぎではないですか、と言いたかったのですが、待合室にはたくさん人がいたので自重しました。
なんだか納得できない気分でした。
私は、たぶん所得が少ないので、保険は1割負担なのです。
それを考えると9500円。安くはないです。
ここに何か大きな落とし穴がありそうです。

世の中には、お金がなくてお医者さんに行けない人も少なくないそうです。
やはりどこかおかしい。
薬をもらいすぎたかなと、ちょっと反省しています。
地図状舌炎などは、薬などなくても治るでしょう。
風邪もそうです。
やはりまたしばらくは遠藤さんのところにはいかないような気がします。
困ったものです。

体調はなかなかよくなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/21

■節子への挽歌3002:地図条舌

節子
昨日、歯医者さんに行ったら、普段とは違ったことを言われました。
べろを出してみてください、というのです。
いつも言われたことがないのですが、言われたとおりにべろを出したら、先生がやってきました。
そして、またべろを見ながら、最近、体調はいかがですか、と質問されました。
それで、すなおに「最悪です」と答えました。
そしたら鏡をもたされて、舌の状況を見せてもらいました。
驚いたことに、舌に斑点のような傷のようなものができているのです。
地図条舌というのだそうです。
前回は口内炎、今回は地図条舌。
困ったものです。

痛みはないですかというので、鈍感なせいか全くありません、というと、では様子を見ましょうと言われました。
私は、身体の痛みは、生きている正常な現象だと思っているので、ある閾値を超えるまでは、痛みは無視します。
そのうち、痛いのかどうかもあまり気にならなくなってきているのです。
もし痛みを感ずるようになったら、いつでも来てくださいと言われました。

地図条舌は口のなかが汚れていたり、ビタミンBが不足していたりすると起こるのだそうです。
ストレスも原因のようです。
この3つが、たぶんすべて重なっているのでしょう。
最近かなりストレスがたまっていますし、この2日間、起きている時も寝ている時も龍角散ののど飴が口の中にあります。
ビタミンBは、野菜が最近少し不足しているかなと思っています。
心身のひずみや悲鳴は、弱いところに出てくるのでしょう。
舌がそうしたものの受け皿のひとつだということを知りました。

しかし、改めて舌の様子を見ると、かなり悲惨です。
見ているうちに、だんだん痛くなってきました。
私は、視覚に大きく影響される人間なのです。
舌に惑わされて、風邪薬を飲むのを忘れてしまいました。
その成果、また風邪が悪化してきているようです。
今日は、めずらしくお医者さんに行ってから、湯島に行こうと思います。
湯島では、今日もサロンなのです。
最近、ゆっくり休める休日がありません。
どこかでまた生き方を間違っているようです。
節子がいないので、誰も軌道修正してくれません。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/20

■戦争と平和を考える3:戦いの当事者と被害者

戦いは、いつの時代も、弱い人が被害者になり、強い人が利益を享受する構図になっています。
それは、ある意味で仕方がないことですが、問題は、被害者が戦争の当事者であるとは限らないことです。
戦争の当事者は、勝った側が利益を享受し、負けた側が損失を受けるわけですが、しかし、必ずしもそうとも言えません。
例えば第二次世界大戦後の日本やドイツのように、運の悪い人が処刑されたとしても、多くの戦争を起こした人たちは、戦後の国家秩序維持のために結局は権力者として残ることが多いのです。
その典型が日本の岸信介ですが、そこまで目立たなくとも、敗戦国でさえ、官僚の多くは官僚に居座るのです。
ナチスドイツの場合も例外ではありません。
なぜそうなるかといえば、システムを維持するためです。
つまりは、システムが結局は勝つということです。
これは、黒沢明の「七人の侍」でのメッセージとは真反対です。
しかし、システムにとっての不可欠の要素である農民が残るのは、ある意味では当然なのです。
ここに、問題のなやましさを感じます。

フセインのイラクは、そうではありませんでしたから、ISのようなものが生まれてしまったわけです。
国家とは別のシステムが生まれてしまったわけですが、このグループがステートを名乗っているのは、実に象徴的です。
いずれにしろ、アルカイダやISと欧米政府は、戦争の当事者能力を持っているという点で同じ仲間です。
しかし、最近の戦争は、戦争を始める当事者ではない人々を、戦争に巻き込んでいきます。戦争の被害者は、そこに発生します。
それは、戦争の敗者ではなく、戦争の被害者としか言いようがありません。
「戦争の敗者」と「戦争の被害者」は、別なのです。
とすれば、「戦争」は、被害者の視点で捉え直していく必要があります。
そうすると、いまとはかなり違う「戦争・平和論」が構想されるような気がします。
「戦いに勝つ戦争論」ではなく、「被害者の出ない平和論」です。

こうしたことを象徴的に告発したのが、ナビラ・レフマンさんです。
パキスタン北西部に住んでいる11歳の少女です。
彼女は家族と一緒に、畑で野菜を摘んでいた時に、アメリカ軍のドローン無人機の攻撃で祖母は死亡。爆発でえぐれた地面に肉片が散ったといいます。
彼女自身も吹き飛ばされ、右腕から流血。家族8人も負傷したそうです。
ちょうど、その2週間前、同じパキスタンの少女でパキスタン・タリバーンに銃撃されたマララ・ユスフザイさんは世界の注目を浴びました。
アメリカではオバマ大統領が面会し、ノーベル賞まで受けました。
ところが、同じようにアメリカに悲劇を訴えに行ったナビラさんを、アメリカ政府はほとんど無視したのです。

私たちは、ともすれば、欧米政府とISが戦っているように思ってしまいます。
しかし、ナビラさんにとっては、欧米政府とISも同じなのです。
これをどう考えればいいのでしょうか。

戦争の被害者は当事者とは限りません。
最近の戦争においては、むしろ戦争の当事者ではない人たちが被害者になることが多い。
だとしたら、戦争の捉え方を変える必要があるのではないか。
私はそう思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3001:モーニング・ワーク

節子
この挽歌は、節子への挽歌というよりも、私自身のモーニング・ワーク(mourning work)、つまり「喪の仕事」になっていることは昨日も書きました。
節子は私が書き続けていけるように、いろんなことを残していってくれたのかもしれません。
3000回書いたところで、モーニング・ワークということを考えてみようと思います。

一般に、モーニング・ワークといえば、「故人をしのび懐かしむ行為」という意味でしょうが、そうした行為への思いは、さまざまです。
はじめは、再会を願う気持ちが強いですが、それが叶わないことを受け容れていく過程で、フロイトが言うように、「死者に対する恨みや怒り」といったネガティブな感情の反省・想起が起こることもあるといいます。
愛する人を喪ったことを受け容れるためには、そうした反対の気持ちを持つことで、心身をバランスさせるということなのでしょう。
頭ではよくわかりますが、実際にはフロイトの言うようなネガティブな気持ちは、たぶん起こらないと私は思います。

私も時々、位牌に向かって、節子に悪口を吐くことがなかったわけではありません。
なぜ先に逝ったのか、遺されたもののほうがたいへんだよ、とか、です。
しかし、そこにネガティブな気持ちなど、微塵もありません。
「死者に対する恨みや怒り」もまた、愛するものへの愛情の表現なのです。
ただ、この挽歌にも見られるように、後悔や罪悪感などが浮かんでくることはありますが、それも決してネガティブな気持ちではありません。

私にとっての、モーニング・ワークは、節子をすべてそのまま受け入れることです。
良い悪いとか好き嫌いは、そこでは全く意味をもたなくなっていきます。
すべてを受け容れていくと、いまの自らもまた受け容れられるようになります。
後悔の念もまた、「あれでよかったのだ」と思えるようになってきます。
そして、「死別」さえもが、素直に受け容れられてくるのです。
そして心が安堵する。

安堵したからと言って、悲しさや寂しさがなくなるわけではありません。
しかし、悲しさや寂しさはあり、突然に涙が出てくることさえある。
しかし、それが日常になってくるのです。
モーニング・ワークが日常になる。
喪が明けるとは、喪が日常化するということかもしれません。
そして、周りの人たちがすべていとおしく、やさしく感じられます。

愛する人の死は悲しいことです。
しかし、愛する人は、死別の哀しさだけではなく、生の意味にも気づかせてもくれます。
私にとって、モーニング・ワークこそ、節子からの最高の贈り物かもしれません。
そう思えるようになることが、モーニング・ワークの意味かもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/19

■節子への挽歌3000:3000日目

節子
この挽歌もついに3000回になりました。
つまり、節子のいない日を3000日、過ごしたということです。
よくまあ生き続けてきたものです。

作家の、秦恒平さんは、吉田兼好の「徒然草」は、愛した女性の死によって生じた悲しさを乗り越えるために書き続けた書ではないかと言っています。
兼好は、徒然なるままに書いたのではなく、書くことによって生き続けられたのだというのです。
秦さんがそう思いついたのは、兼好が残した次の歌です。

つらからば 思ひ絶えなで さをしかの えざる妻をも 強ひて恋ふらむ

「徒然草」は、「得ざる妻」への追悼から書き始められた、というのが秦さんのお考えです。
秦さんは、1984年に出版した『春は、あけぼの』の中で、こう書いています。

『徒然草』から私は、一種愛の挽歌を聴くのである。

「徒然草」も、挽歌だったのです。
兼好が出家したのも、それとつながっているのでしょうか。
徒然草は、243段から成っていますので、3000回はその10倍を超えています。
兼好は、243回で悲しさから抜け出せたのかもしれませんが、私の場合は、3000回に達してもなお、抜け出せないでいます。
まあ、兼好の場合、出家していますので、煩悩を断ち切ることができたのかもしれません。

書くことは、喪失の哀しさを埋め合わせてくれる大きな力を持っていますが、逆に悲しさを持続させる力も持っています。
悲しさを埋め合わせるのと持続させるのは、対立するわけではなく、同じものかもしれませんが、ともかく「書くこと」の意味は大きいことを、私は実感しています。

まだ書いているのか、と言われそうですが、たぶんここまで来たら、彼岸に旅立つ、その日まで書き続けるような気がします。
3000日。
いまから思えばあっという間の3000日でした。
そしてまた、あっという間に、彼岸に旅立つ日が来るのだろうなと思えるようになっています。
時間の意味が、変わってしまったのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/18

■節子への挽歌2999:「元気そうでよかった」

節子
不覚にも風邪をひいてしまいました。
これからいろいろと予定があるのですが、いささか心配です。
明日は8時間を超える長丁場のシンポジウムがありますし、週末も2つの集まりを予定しています。
今日は自宅で休んでいればよかったのですが、ついついまた人ごみに出てしまい、症状は悪化してしまいました。
困ったものです。
昨日、サロンに参加した人が15年ぶりに風邪をひいたと言っていましたが、その風邪をもらったわけではないでしょうが、最近少し疲れ気味で、免疫力は下がっているのです。

節子に供えている活花が、1週間たつのに今日もとても元気です。
毎朝、声をかけているからかもしれません。
こちらに余裕がなくなり、声をかけずにいると、活花もすぐ枯れてしまいます。
しかし、きちんと声をかけていると元気で咲き続けてくれます。

人も同じかもしれません。
声をかけてくれる人がいたら、免疫力は維持できるかもしれません。
私が最近免疫力が落ちているのは、声をかけてくれる人がいないからかもしれません。
みなさん、声をかけてくれませんか。

しかし声もかけ方があります。
先日、夕方帰宅途中に、近所にお住いのNさんに道で声をかけられました。
「佐藤さん、元気そうでよかったです」というのです。
ちょっとひっかかる言われ方です。
元気そうでよかった、ということは、元気でないと思っていた、ということです。
Nさんはとてもいい人で、会うと必ず声をかけてくれます。
私よりも一世代若いでしょうか、ともかく元気な方です。
でも、会うたびに、「元気そうでよかったです」と言われると何か悪いような気がしてきます。
今日は元気でないので、もし会ったら、実は元気ではないのです、と言えるのですが、残念ながら会えませんでした。

こんな風に考えるのは、私の性格の悪さなのでしょうか。
そう言えば、かなり前ですが、以前住んでいたところの人に、スーパーでお会いました。
やはり、「元気そうですね」と言われましたが、その方は、すぐ奥さんを連れてまたやってきました。
奥さんが盛んに、「心配していたのですが、お元気そうでよかったです」と言うのです。
おふたりともとても親切な方で、奥さんは節子と付き合いのあった方です。
そのおふたりの口調から、私がどれほど心配されていたかが伝わってきました。
まあ、私は、伴侶の後追いをするように思われても仕方がないタイプなので、みんなが心配してくれているのでしょうが、元気でよかった、と言われるのは、正直、あんまりうれしいものではありません。
でも今週は、2人の人からそう言われました。
これは、しかし節子との死別のためではないかもしれません。
もうそう言われても仕方がない歳になったのでしょう。
素直に、喜ばないといけないのかもしれません。
しかし、いまでも「元気でよかった」といわれると、ついつい節子のことを思い出すのです。
そして、心の中では、「元気なはずないでしょう」と思うのです。

性格の悪さは、なかなか直りません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■カフェサロン「TPPと共済」の報告

昨日の「TPPと共済」をテーマにしたサロンは、参加者は7人と少なかったのですが、議論は実に刺激的で、かなりの激論になる場面もありました。
というのも、「共済」に関してほとんど知らない参加者もいたおかげです。
知らないが故に気づくことの大切さを改めて実感しました。
関係者だけではなく、さまざまな人が参加する話の場は、やはり学ぶことが多いです。

問題提起者の佐々木さんの話はかなり「根本問題」に触れるもので、「成長」とは何か「生産性」とは何かということまで言及されました。
佐々木さんは、TPPによって日本の風景が変わってくるのではないかと指摘されましたが、もしかしたらすでにもう変わりつつあるのかもしれません。
しかし、変わることが悪いことなのか、という問題も出されました。
これも悩ましい問題です。

共済と保険はどこが違うのかに関しても、いろいろな視点が出されました。
共済は、金融事業か社会制度かという話もありました。
TPPも単に経済問題ではなく、ましてや関税の話ではなく、文化や生き方の話だろうと思いますが、TPPの実体がブラックボックスに入ったままに、議論が進んでいるというのが実状です。
不思議な話ですが、考えてみれば、最近はそういうことがたくさんあるように思います。
「共済」も、保険との違いさえあまり議論されないままに、保険の世界に取り込まれつつあります。

予定の時間をかなり超えましたが、次々と発言が出てきて、これはもう合宿でもしないといけないなという感じでした。
最後に、「で、どうしたらいいでしょう」ということになったのですが、残念ながら妙案は出てきません。
できるところで、各自が前に進むしかないのかもしれませんが、伊藤さんの生活クラブ共済連の取り組みなどに期待するとともに、「共済」という考えをもっと多くの人に知ってもらうことが大切ではないかと思います。
ちなみに、昨日も話題になりましたが、生活クラブには「エッコロ共済」というのがあります。
http://kanagawa.seikatsuclub.coop/care/kyosai/post_2.html
同時に、共済に取り組む人たちには、もっと「誇り」を持ってほしいと思います。

「共済の思想」は、人々の暮らしの中から生まれ育ってきたものです。
現在の日本の保険や共済は、明治期以前の無尽講や頼母子講、もやいなどとはつながっていない近代のものだと言う人もいますが、そんなことはありません。
経済はその地域の中で育っていくものですし、その主役は普通の生活者でなければいけません。
幸いに、日本では、その「共済の思想」や「仕組み」がまだ残っているように思います。
最近、「助け合い」とか「支え合い」、あるいは「共助」などということがよく言われますが、日本の歴史や文化の中にある「共済の思想」に学ぶことはたくさんあります。
それをつぶそうとしているのが、TPPかもしれません。
そもそも「自由貿易」などというのは、多様な生活文化を無視した話です。

話し合いの内容がきちんと報告できないのが、ちょっと残念ですが、湯島のサロンは、情報ではなく、ライブに話し合うことに価値を置いていますので、いつもながらの雰囲気的な報告になってしまいました。
それもかなり主観的な。

このテーマは、継続していきたいと思いました。
どなたか問題提起したいという方がいたら、大歓迎です。
ご連絡いただければ、うれしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/17

■節子への挽歌2998:歩いているとみんな良い人になる

節子
73日間にかけて、1700㎞という途方もなく長い、サンティアゴ・デ・コンポステーラを歩いてきた鈴木さんがやってきました。
帰国して10日が過ぎましたが、まだ足の痛みが抜けないそうです。
そのまま四国巡礼に出かける予定だったのですが、そのおかげで、出発を延期し、湯島にも来てくれたのです。

話すことが山のようにあるようで、4時間近く話し続けました。
まだまだ話したりない様子でしたが、次の来客がやってきたので、終わりになりました。
また続きを聞きたいと思います。
話をしてるあいだ、鈴木さんからは何かオーラのようなものを感じました。
これほど輝いている鈴木さんは久しぶりです。

話の内容はとても興味深いものばかりでした。
昨年は年間で25万人以上の人がサンチアゴを歩いたそうです。
鈴木さんが最初に歩いたのはもう10年以上前ですが、その頃とは風景もかなり変わっていたようです。
ただし、歩く人も沿道の人たちも、みんな良い人たちばかりであることは変わっていなかったようです。
歩き続けていれば、みんな良い人になり、良い人と出会い続けていると、みんな良い人になるのです。

鈴木さんが最初にサンティアゴを歩いたのは、黛かどかさんの「星の旅人」がきっかけだったそうです。
そういえば、むかし、湯島でも黛まどかさんのサロンを開催したことがあります。
黛さんが、サンティアゴの映画を制作したいと言っていたころで、その相談を受けたのがきっかけでした。
そのサロンには節子も参加し、「星の旅人」も読んでいました。
帰宅して節子の書棚を見てみたら、その本が残っていました。
節子が元気だったら、私もサンティアゴを歩けたかもしれません。
節子も、鈴木さんの話を聞いていたでしょうか。

鈴木さんは、今回の巡礼で、人生こそが巡礼だと思ったと言いました。
そう言えば、以前、私もこのブログで、そんなことを書いたような気がします。
この挽歌が、私の巡礼記録なのかもしれません。

鈴木さんが四国から戻ってきたら、また会おうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■戦争と平和を考える2:生活者の声にはとても共感できます。

今朝の朝日新聞の「声」を読んで、ちょっと寄り道をしたくなりました。
いずれも一昨日のパリでの「テロ事件」に関するものです。
書かれていることの一部を切り貼りして引用させてもらいます。


(22歳の大学生)
武力行使が世界の平和を本当にもたらすのだろうか。
武力行使以外に解決策を見いだせない世界の不条理さを感じるようになった。
憎しみの連鎖が断ち切れる日は、いつ訪れるのか。

(59歳の主婦)
人が人を信用するという人間社会の大切な根幹が、大きな打撃を受けたと感じる。
疑心暗鬼になり、移民やマイノリティーを排斥しまうとする動きにつながらなければいいが。

(62歳の会社員)
日本を含む世界の首脳はテロを批判し対策を強化するとの見解を出していますが、さらに空爆をするつもりでしょうか。
欧米諸国はまず、中東での植民地支配や、イラク戦争をはじめとする力による介入の過去を真剣に反省してほしいと思います。
そして平和的手段で問題の根本的解決を図るべきです。
そもそも、テロが非難される一方、空爆で人を殺しても非難されないのはどういう理屈でしょうか。同じ人殺しです。
今までのやり方で問題は解決しません。
テロに直面する国の国民は武力行使を優先する指導者に考え方を変えさせるか、別の考えができる指導者を選び直す必要があります。

こういう声を読むと、私の勝手な安保法制騒動考など、吹き飛んでしまいます。
生活者の声は、いつも健全で、深い英知と示唆を含んでいます。
昨夜、このシリーズの2回目を書き終わっているのですが、この3人の方々の声に比べたら、実に矮小な話なので、今日はぜひ多くのみなさんにこの声を聞いてほしくて、紹介させてもらいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/16

■節子への挽歌2997:食材の安全性

節子
佐々木さんが久しぶりに湯島に来ました。
佐々木夫妻の愛犬のミホが高齢になったため、今回は奥さんが介護役で、おひとりでの上京です。
最近の佐々木さんの仕事は、ミホの散歩と食事やおやつ作りのようです。
もしかしたら佐々木さんはご自分よりも心のこもった良いものをミホのためにつくっているのでしょう。
食材もとてもこだわっています。
そういう話をしていると、ついつい私は、愛犬のチビ太はもちろん、節子の食材もそんなに気にしていなかったなあと罪の意識が浮かんできます。
私は自分に対してはもちろんですが、そうしたものに関する感度が低いのです。
というよりも、そうしたことを気にする生き方に、どこか不公正さを感ずるのです。

放射性汚染がかなり高いと思われる、わが家の家庭農園の作物も、気にせずに食べています。
自然が与えてくれる食材は、気にせずに食べる。
それでもし身体が蝕まれるようであれば、それはその時代に生きたことの不幸なのだと思うことにしたのです。
お金がある人だけが安全な食材を食べることはフェアなのだろうかなどと余計なことも考えてしまうのです。
しかし、これは私の勝手な考え方であって、娘たちも含めて、そんなものを食べずに、安全な野菜を食べるようにと助言してくれる人は少なくありません。
見るに見かねて直接届けてくれる人もいます。
しかも、私のまわりでは、そうした安全で安心な食材を広げていこうとしている人も少なくありません。
それどころか、そういう活動を私自身応援したりしているのです。
そこが悩ましいのですが、私自身は自分だけが安全安心の食べ物を食べること自体に、どこか安堵できない気持ちがあるのです。

わが家は基本的にお米を農家から直接送ってもらっています。
たぶん市場価格の2~3倍の価格で購入しています。
わが家にお金がある時には4倍、ない時でも2倍以上です。
だからと言って有機米とかにはこだわってはいません。
その家の人が食べるものと同じでいいのです。
いまの米作り農家がいかにも経済的に引き合わないのが気になって、そういう契約をしているのです。
先日、私の手違いで、10㎏のお米にカビを発生させてしまいました。
農家の人に伝えたら、送り直すから処分するようにと言われました。
しかし、どうも捨てがたいのです。
そこでカビの少なそうなところを選んで、食べてしまいました。
娘から起こられて、さすがに食べるのは止めて、冬の時期の鳥の餌にしました。
しかし、自分が食べられないものを野鳥に食べさせるのもまた、罪の意識に襲われます。

まあこういうことをくよくよ考えるのが、まだ精神的に安定していない証拠ですが、食材への安全感覚が極めて弱いのです。
娘たちは賞味期限なるものを気にしますが、私は一切気にしません。
1年前に賞味期限を過ぎたものも、食べてみて大丈夫そうであれば食べてしまいます。
娘たちに見つかるといけないのでこっそりとですが、実際には娘たちは私の習性を知っていて、いまは諦めています。
むしろ、こういう親に育てられたのかと、恨まれている感じもしますが。
しかし、食べ物はむやみに捨てないという文化はしっかりと根付いています。

それにしても、安全性には無頓着すぎたかもしれません。
節子も、私ほどではありませんが、あまり気にしないタイプだったかもしれません。
それが胃がんの原因だとは限りませんが、もう少し注意すべきだったと、思うことがあります。
しかし、いまさら私だけが注意するのはフェアではありません。

佐々木さんと話した帰りの電車の中で、こんなことを考えていました。
つまらない話を書いてしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2996:自分を生きられる幸せ

節子
昨日は湯島で民主主義を考えるサロンでした。
日経にいた坪田さんが、久しぶりに参加しました。
20数年ぶりでしょうか。
フェイスブックで、その活躍ぶりを拝見していましたが、サロンの最初の頃に何回か来ていたはずです。
しかし、坪田さんとはどこで出会ったのか忘れていましたが、坪田さんが私との出会いのきっかけを話してくれました。
まだ私が会社時代に、取材に来てくれ、そこですっかり意気投合したようです。
意気投合したのは、取材の内容(新しい企業のあり方だったようです)ではなくて、どうもハインラインのSFの話だったようです。

当時はたくさんの取材を受けました。
会社の企業文化変革に取り組んでいたからです。
あの頃の数年は、それこそ終電に乗り遅れてタクシーで帰るような生活までしていました。
それで、会社の実体がよく見えてきてしまい、プロジェクト完了後に会社を卒業しようと思ったのです。
取材に来てくれた人たちも、最近は付き合いがなくなり、あの頃の私を知っている人もほとんどいなくなりました。

久しぶりに坪田さんは、当時と全くと言っていいほど、変わっていませんでした。
年齢や時代や立場とともに、変わっていく人もいれば、変わらない人もいます。
たぶん、自分を生きているからでしょう。
改めて自分を生きていることの幸せを感じました。
自分を生きることは、そう簡単なことではなく、みんなに支えられなければできません。
その力を与えてくれた節子には、いまも深く感謝しています。
そんなことはだれにもわかってもらえないでしょうが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/15

■戦争と平和を考える1:戦いの構図

129人もの死者を出したパリのテロ事件は衝撃的でしたが、十分に予想できた事件ではないかと思います。
そしてこれからもまだ繰り返し起こる事件でしょう。
それもパリに限った話ではありません。
日本も例外ではなくなりつつあります。
軍事力による抑止論がいかに無意味なものであるか、これでもまだわかってもらえないと思うと、いささか気が重いですが、諦めずに繰り返したいと思います。
そこでまた「安保法制騒動考パート3」を書きたくなりました。

繰り返しになりますが、戦争の概念も構図も時代によって変わってきています。
昔は「権力者」と「権力者」の戦いでした。
一騎打ちや決闘がその典型でした。
その発展形が王様同士の戦いで、駆り出されたのは王様の軍隊と傭兵です。
そして、国家と国家の戦いになり、それも国民が戦争の当事者になってきました。
いわゆる総力戦ですが、どうしてそんなバカげたことになったのか不思議です。
国民国家とか民主主義とかいう論理が効果的に使われたのでしょう。

つい最近までは、戦争と言えば、国家対国家の話でした。
その時代のなかでは、国内的な秩序維持は警察の仕事、対外的な秩序問題は軍隊の仕事という合意が出来上がっていました。
軍隊と警察は、いずれも暴力を許された組織ですが、その役割は全く違います。
しかしそうした認識は、9.11事件で敗れました。
国家が主体ではないテロ事件が、国内治安問題から「戦争」になってしまったのです。
そこで、戦争の構図は「国家(システム)」と「人間(生活)」に変質しました。
これらに関しては、安保法制騒動考のパート1とパート2で書きました。

今回のパリのテロ事件は、それを明確に示しています。
軍事力や国家間の軍事同盟は、まったくと言っていいほど、抑止力は持たないどころか、誘発力になっているのです。
具体的に言えば、日米軍事同盟が強化されていけば、ISのテロの矛先は日本にも向かうでしょう。
その時に、どんなに従来型の軍事力を持っていても、まったくと言っていいほど役にたたないでしょう。

仮想敵国などという発想は、ばかげているとしか考えられません。
肝心の敵に対して、目を背けることでしかないからです。

戦いの構図と戦い方が、変わってきていることが重要です。
原発さえもが相手の武器になるのです。
安全保障の考え方を、パラダイムシフトしなければいけません。

パリの事件は、そのことを教えてくれているように思います。
何回こうしたことを体験しなければ、私たちの考えは変わるのでしょうか。
このシリーズをまた再開することにしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■カフェサロン「民主主義ってなんだろう」の勝手な報告

カフェサロン「民主主義ってなんだろう」の参加者は5人でした。
残念ながら若い世代の参加はありませんでした。
その上、みんな一家言ある人ばかりだったので、軽い感じの雑談会にはならずに、かなり密度の濃い話し合いになってしまいました。
録音しておけばよかったです。
最初に究極的民主主義研究所の武田さんが、民主主義とはという問題提起をしてくれ、そこから参加者の「自分が考える民主主義」が語られました。
20年ぶりに湯島のサロンに参加してくれた坪田さんは、ドイツのドキュメンタリー映画「シェーナウの想い」の話から始めました。
https://www.youtube.com/watch?v=KD_2CAAA9gs
そして、民主主義の反対概念は独裁だと指摘し、循環する権力の話をしてくれました。
太田さんは、子ども時代の「民主的でない」と言われた体験を話してくれました。
そして、権力と情報について話しました。いつもながら本質的な問題的でした。
坪倉さんは、アテネの話も含めて、「個人の主体性」に言及されました。
民主主義の主体の問題です。
小林さんは、「効率」の問題にも触れながら、「話し合いの場」について話してくれました。
私は、武田さんの民主主義は決定手段ということに対して、なんで決めなくてはいけないのかと発言しました。
まあ、いろいろな議論が出ましたが、生活用語風にまとめると、こんな感じでしょうか。
「みんなが自分の意志で行動できること」
「それぞれが自分の思いを主張できること」
「おかしいことをおかしいといえ、本音で話し合える場所があること」
「それぞれの生き方を尊重すること」
表現は少し違いますが、不思議にもほぼ一致しました。
なにやらこれが民主主義の実体だとすれば、昨今の日本は民主主義からどんどん遠ざかっていることになります。

デモクラシーを民主主義と訳したおかげで、日本では混乱と理念化が進みました。
デモクラシーは制度や決定手段の問題ですが、民主主義はイズム(理念)や思想の問題です。
そこからさらに、運動としての民主主義、状況としての民主主義というものが生まれてきます。
制度、手段、理念、思想、運動、状況…、日本ではさまざまな民主主義論が展開できるわけです。
ポストデモクラシーの動きやマルチチュードの議論にも行きつくわけです。
また今回は深入りできませんでしたが、平等の問題や情報の問題もあります。
ちなみに、安倍さんの民主主義論もあるということも話題にはなりました。
民主主義の行き着くところは独裁政治だという話もありました。
書きだすときりがないですね。

最後は少し政策の話や制度の話にもなりましたが、これは次回以降のテーマになるでしょう。
小林さんが、とても面白かった、公開の場でこういう話し合いをしたいと言いました。
私もそう思いました。
参加していた人からは、大事な事がなにも報告されていないではないかと言われそうですが、気が向いたら補足してください。

しかし、「民主主義」って、実に多様な顔と力を持っていることを、改めて考えさせてもらいました。
次回からは、武田さんの「民主主義進化論」をテキストに、少し制度論的な議論をやろうかと思いますが、できればまた「民主主義ってなんだろうか」を生活用語で語る話し合いも定期的にやりたいと思います。
そういう会をやりたい人が5人集まったら、パート2を開催しますので、希望者がいたら、ご連絡ください。

Democracy


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/14

■節子への挽歌2995:元気をもらいました

節子
今日は1日、フォーラムで会場に缶詰めになっていました。
市川さんが主宰している日本経営道協会のフォーラムです。
最近、私はあまりかかわっていないのですが、活動は着実に広がってきています。
昨日は、私はパネルディスカッションの進行役だったのですが、3人の若い社会起業家と出会い、元気をもらってきました。
いずれも会社や役所を辞めて、起業した人たちです。
話していて、いささかの危うさも感じましたが、思いの純粋さには共感するところがたくさんありました。
私が会社を辞めた時に比べれば、とても純粋で、社会性も高いのがよくわかります。

それはそれとして、終了後のパーティで、久しぶりに風早さんに会いました。
節子の闘病中、ずっと祈り続けてくれていた人です。
節子が逝ってしまった後は、私のことをずっと心配されていました。

パネルディスカッションも前の方で聞いていてくれていましたが、元気そうでうれしい、と言ってくれました。
そして、「奥さんが亡くなった後の佐藤さんはとても見ていられなかった」と付け加えました。
そうだったのかもしれません。
自分では、公開の場では元気を装っていたつもりですが、隠せるはずもない。
でもみなさんは、それを承知で、見守ってくれていたのでしょう。

昨日、フォーラムの往復の電車で、秦恒平さんの「死なれて・死なせて」を読みました。
挽歌2988で書きましたが、朝日新聞のコラム「折々のことば」で、その本の存在を知ったので、さっそく取り寄せて読んだのです。
読むタイミングが悪かったなと思いましたが、実は昨日のフォーラムの前、いささか落ち込んでもいたのです。
そこには、衝撃的な物語がたくさんつづられていました。
ですから、昨日もまた、元気を装っていたのかもしれません。
話していても、どうも心が弾まない、そんな気分だったのです。
風早さんの言葉は、改めて私の心身に突き刺さったのです。
でもまあ、私の人生が戻りつつあるのは間違いありません。
昨日の3人の若者からも、元気をもらえましたし。
しかし、戻った人生の残りはそう長くはないかもしれません。

昨日のフォーラムの基調講演は、カレーハウスCoCo壱番屋の創業者の宗次徳治さんでした。
これもまた、心身に突き刺さるお話でした。
経営の話など全くしないように見えて、経営の真髄を話してくれたような気がします。
CoCo壱番でカレーを食べたことがないのですが、宗次さんのファンになりました。
最近聞いた話の中で、私には一番示唆に富むお話でした。
彼の紹介文にこう書いてありました。
「経営を引退するまで友人を一人も作らず、仕事に専念した」
尊敬できる人は、世の中にはまだまだたくさんいるのでしょう。
元気を出さなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/13

■節子への挽歌2994:「ジハーディ・ジョン」の死

アメリカ政府は、「ジハーディ・ジョン」と呼ばれる過激派組織「イスラム国」(IS)の戦闘員を空爆し、ジョンは死亡したと思われると発表しました。
以前、ビン・ラディンが殺害された時のことを思い出しました。
この報道を娘と一緒に見ていて、人の死を喜ぶという心境が理解できないとふと声に出したのですが、娘から、もしお父さんが人質になっていて、生命の危険にさらされていた時に、その犯人が警察によって射殺されたら、お父さんは喜ぶでしょうと指摘されました。
安心はするが喜ばないと思うと答えましたが、少し考えてから、もしそうなったらたぶん私も喜ぶだろうと言い直しました。
人の死を喜ぶということは理解できませんが、実際にはそうなるのかもしれません。
しかし、人の死を悲しまずに喜ぶことさえあると思うと、なにかとても寂しい気がします。
生とは、いったいなんのか。

人が、自らの生を守るためには、他者の死が必要になることがあります。
人に限定しなければ、生は他者の死によって支えられている。
私たちは、動植物の生命を食べることによってしか、生きられないからです。
考えてみれば、生きるということは殺生と重なっています。

その点、植物は違います。
他者を犠牲にすることなく、周辺の生命に恩恵を施しながら生きています。
なんと幸せなことか。
しかし人間は、植物のような生を生きることはできません。
であればこそ、自らが決められることにおいては、他者に恩恵を施すことに心がけたいものです。
これが、私の生きる上での信条の一つです。
他者に恩恵を施すというと誤解されそうですが、それは、いわゆる「恩送り」の意味です。
他者の生に支えられて生きているのであれば、私もまた他者の生を支える存在であることを願いたいということです。

しかし、この信条は実行するのがなかなか難しいのです。
仮にしたとしても、時に「恩着せ」意識が残っています。
「恩着せ」するくらいなら「恩送り」などしなければいいのですが、まだまだ時に虚しくなることがある。
相手を信頼していればこそ、それが否定されると無性に悲しくさびしくなる。
「恩送り」も、そう簡単なことではないのです。

「ジハーディ・ジョン」の死は、ISの仲間からは悲しまれたことでしょう。
彼の行為は、たしかに残虐で許しがたいものですが、そうせざるを得なかった事情もあるのでしょう。
「ジハーディ・ジョン」の魂に平安が訪れるように、祈りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/12

■節子への挽歌2993:訃報はなぜ2度とどくのか

節子
また訃報が届く季節になりました。
年末に訃報を出状するという文化は、どうもなじめません。
とりわけ年賀状を出すのをやめてからは、なおさらです。
付き合いのある人は、なんとなくどこかから訃報は届きます。
もう一度、訃報をもらうのは、あまり気分のいいものではありません。
あまり付き合いのない人に関しては、訃報が届かなければ、最近連絡がないが元気にしているだろうなと思っていられます。
あえて訃報をもらわないほうが、私の場合はうれしいです。
元気でいるだろうなと思っていられるからです。
それにいずれの場合も、はがきで届く訃報に、どうも違和感があるのです。
それも、多くの場合、会ったことのない人からです。

これは私だけのことかもしれませんが、
この歳になると、親しい友人でもそうしばしば会うわけでもありません。
そうなると、その人が現世にいようと彼岸にいようと、そう違いはないのです。
もう20年ほど前に私よりもずっと早く旅立ってしまった若い友人がいます。
彼は、私の世界の中では、まだ生きていて、ただなかなか会えないだけのような気もしています。
毎年、年始に1度だけ、メールか年賀状を送ってくれる若い友人が何人かいます。
今年こそ合いに行きますと言いながら、この数年、普段は全く音信はありません。
それと、彼岸に旅立った友人と、どこが違うのか。
まあこの歳になると、あんまり違う気もしないのです。
毎日会っていた節子の場合は違いますが、滅多に会うこともない友人の場合は、訃報の通知が届かなければ、心を乱すこともありません。

しかし、これは、受け手側の気持ちであって、出す方の気持ちではないでしょう。
節子が旅立った年の年末、私は節子と連名で、年賀欠礼のはがきを出しました。
出さずにはいられなかった。
訃報は、友人知人に、悲しさを知ってもらうためのものなのかもしれません。
そう思えば、訃報のはがきは大事に受け止めなければいけません。
訃報が2度とどくのは、それなりの意味があるのでしょう。

今年から、訃報の通知は、仏壇に供えることにしました。
悲しさを、分かち合えるかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/11

■なぜ国会が召集されないのか

昨日と今日、在宅時間だけですが、国会の審議を見ていました。
一番がっかりしたのは、「高木問題」などに報道の多くの時間を割いていたころです。
そんな問題など、私にはほとんど興味はありません。
たった2日間なのですから、問題を拡散せずに、野党は単に一点だけを追求してほしかったです。
その1点とは、「憲法無視」を明らかにするということです。

憲法違反という視点で問題を設定しても、さまざまな論点が見えてきます。
安保法制の参議院の特別委員会での採決も、今日、福島さんが追及していたように、私には明らかな憲法違反と思えます。
ほかにもいろいろとあるでしょう。
そして、極めつけは、憲法53条違反です。
それらを効果的に組み合わせて、野党が連携して、問題提起すれば、安倍内閣の本質はかなり露呈できたはずです。

憲法53条には、こう書かれています。

内閣は、国会の臨時会の招集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

野党5党は、すでに10月21日に召集要求書を出しています。
しかし、内閣は首相の外遊を理由に、すでに3週間も経過しているのに、国会の召集をしていないのです。
これは私には明らかな憲法違反と思えるのですが、なぜもっと野党は抗議しないのでしょうか。その一点だけに焦点を合わせて、安倍政権は憲法を無視して暴走していることを、はっきりと示していくことこそが、この2日間でやってほしかったことです。
そうすれば、高木問題もたっぷりと議論する時間が生まれるでしょう。

与党が与党なら、野党も野党だなと、思わざるを得ない2日間でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2992:パラレルワールドを生きている夢

節子
なぜか最近また真夜中に目が覚めます。
その上、夢をよく見ます。
節子は最近は出てきません。
なぜか会社に私がまだ勤めている夢を見るのです。
しかし、私が実際に体験した会社時代とは全く違う内容の夢なのです。
会社を辞めずに、私がまだ会社生活を続けているという、いわばパラレルワールドの、もう一つの世界で生きているような私なのです。
そこには、どうも節子の姿は感じません。
そこでの私は、必ずしもハッピーではありません。
とても浮いた存在であり、しかし若い人や女性からはとても助けられているような、あんまり頼りにならない存在のような気がします。
もっとも夢の内容を覚えているわけではありません。
もしかしたらこれこそが「認知症症状」なのかと思えるほど、目が覚めて1分もたたないうちの、夢の内容が思い出せなくなるのです。
ただ「気分」だけが残ります。
それで、その内容を思い出そうとしているうちに、トイレに行きたくなり、行ってしまうとさらに内容が思い出せないのが気になりだして、目が覚めてしまうのです。
しかたがないので枕元の伝記をつけて、枕元の本を読みます。
枕元には常時数冊の書籍が置かれています。

節子は、病気の時に、私が横で本を読んでいるのが好きでした。
安心して眠れるから、と言っていたのを思い出します。
私も、節子が横で寝ていると、安心して本が読めました。
あの「幸せな気分」は、もう2度と体験できません。

私は、節子の寝顔が好きでした。
告別式の夜、がらんとした斎場で、節子と2人で過ごした時の節子の寝顔も、そうしたいつもの寝顔と同じでした。
なんでその節子を火葬にしてしまったのか、残念でなりません。
もちろんその選択しかなかったのですが、とても後悔したのを思い出します。

話がそれてしまいました。
私が最近夢を見すぎるのは、隣に節子の寝顔がないからかもしれません。
目が覚めて、隣に誰もいないのは、やはりさびしいものです。
また話がずれそうなので、もう終わりにします。
今夜は、できれば節子の夢を見たいものです。
パラレルワールドを生きている夢は、もう見たくありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/10

■節子への挽歌2991:「魂は向こうに置いてきた」

節子
鈴木さんがサンティアゴ巡礼から戻ってきました。
73日間で1700㎞。サンティアゴからさらに歩いて大西洋も見てきたそうです。
最後のハガキはマドリードからでした。

今日、帰国後の最初のハガキが届きました。
2日半、疲れて引きこもっていたようです。
それにしても、1700㎞とは想像もつきません。
出かけた時とどう変わっているのか、とても興味があります。
会うのが楽しみです。

帰国後のハガキには、こんなことが書かれていました。

かつてワールドカップのメンバーからもれたとき、三浦カズが「魂は向こうに置いてきた」といって帰国しました。
わたしの魂の一部も、まだフランスとスペインを歩き続けているような気がします。
魂は、身体ほどに論理的な動きはしないのでしょう。
節子が旅立った時の魂が、いまもわが家のあたりにいるのかもしれません。
人生は、サンティアゴ・デ・コンポステーラよりも、ずっと長い巡礼路ですから。

もうひとつ、おもしろいことが書かれていました。

大西洋を見たときのほうが「ここまで来たか!」という気持ちが強くしました。
つまり、サンティアゴに着いた時よりも、感激したということでしょうか。
いまサンティアゴのカテドラルは修復中で、ブルーシートに半分は覆われていたそうです。
そのせいかもしれないと鈴木さんはにおわせていますが、私にはもし修復してなくても、そうだったろうという気がします。
自然は魂と、深くつながっているからです。

鈴木さんは、つづけて四国巡礼に出かけるそうです。

Santiago


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■疑念10:なぜ人は戦場に行くのか

疑念シリーズも最後になりました。
最後は、なぜ人は戦争に行くのだろうか、ということを考えてみたいと思います。
戦争を起こすのは、権力者かもしれませんが、戦争を実際に遂行するのは、私たち人間だからです。
最近の原発再稼働の報道で、機会にスイッチを入れる作業員を見ていて、この人がいなければ原発は再稼働しないのにな、といつも思うのです。
その作業員の人を非難しているのではありません。
その作業員の方だけではなく、たくさんの「人間」が実際に再稼働作業に取り組んでいるからこそ、原発は再稼働しているわけです。
政府の決定だけで、原発が動き出すわけではありません。
同じように、戦争も宣戦布告しただけでは始まりません。
誰かが戦場に行って、「殺し合い」を始めなければ実際の戦争は始まりません。

と、思いたいのですが、実際には「政府の決定」だけで物事が動くことが少なくない。
どうしてでしょうか。
戦争が始まると、なぜ、生命の危険を恐れながらも、人を殺しに戦場に行くのでしょうか。
「国を守るため」なのでしょうか。
「赤紙」(召集令状)1枚で、なぜ人は戦場に行ったのか。

最近、「安倍「壊憲」を撃つ」(新書 2015)という本を読んでいたら、憲法学者の小林節さんがこんな発言をしいていました。 

フランスやアメリカの場合は、国家で一番偉いのは個々の国民だという思想が徴底している。だから、中央政府というのは雇われマダムだという意識が強い。日本は一番上に天子様がいたから上が偉い。どうしても上に向かってお辞儀してしまう。もうこれは民族性なんです。
私もこの意見に魅力を感じますが、「民族性」と言ってしまうと思考停止になってしまいます。 それに江戸時代に日本列島に住んでいた「民族」は、どうもそうではなかったのではないかと思えてならないのです。

400年近く前に、10代のラ・ポエシはこう書いています(「自発的隷従論」)。

あなたがたが、自分を殺す者の共犯者とならなければ、自分自身を裏切る者とならなければ、敵はいったいなにができるというのか。
そして、彼はこう呼びかけます。
もう隷従はしないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ。
戦争の根源は、もしかしたら自らのうちにあるのではないか。
ユネスコ憲章の宣言は次の言葉から始まります。
戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
つまり、人の心の中には「戦争の芽」があると言っているのです。
ラ・ポエシはまたこうも書いています。
みずからの自立を守るために戦う自由な軍とその自立を妨げようとする軍と、どちらが勝利を収めると推測できるだろうか。
答は明白のような気がします。
つまり、戦争の勝敗は、実は決まっているのです。

ただし、それは意思を持つ人間の場合です。
人が自らの意思をもたなくなってしまった時代の戦争は、どうなるのでしょうか。
そして、もしかしたらいま、日本はそういう状況になってきているのではないか。

私がいま最も危惧する戦争は、思考する意志を持ちつづける生き方を妨げるものとの戦いです。
戦場は、海外やどこか遠くにあるわけではありません。
私たちの生活の日常の中に、実はすでに「戦争」は芽吹いている。
「赤紙」で動くような生き方からは抜け出なければいけない。
毎日そう思いながら生きていますが、それはそう簡単なことではありません

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/09

■疑念9:国家と自治体の関係

国内の「構造的暴力」という「対立」は、中央政府と地方政府との関係にも見られます。
これは、「国家観」にもつながる重要な問題です。
「国家」あるいは「政府」の目的、あるいは存在意義は何なのかということです。
安保法制騒動考の第1回で書きましたが、目的が違う仕組みを「同じ言葉」で語るのは極めて危険です。
たとえば、「国家を守る」ということが意味するものが、まったく正反対になることもあるからです。

最近目に余るのは、政府による地方自治の軽視です。
私は、江戸時代の日本は、地方自治の集積によって日本全体が構成されていたと考えています。
ベクトルが反転したのは明治維新後の近代国家体制になってからです。
近代国家の枠組みに絡めとられることに関しては、当時の生活者たちはかなり抗った形跡があります。
生活者の汗と知恵と蓄積してきた「生活のための資金」も、近代的な銀行制度によって、政府に吸い上げられ、日露戦争や国家政府の基盤づくりに投入されました。
日本が近代国家としての基盤を確立できたのも、国家単位の対外戦争に取り組めたのは、そうした資金と国民意識を持つようになった生活者がいればこそ、でした。
それは当然のことで、価値を生み出すのは、生活者たちなのですから。

これも昨日紹介した古市さんの本に紹介されていた話ですが、2005年実施の世界価値観調査によると、「もし戦争が起こったら、国のために戦うか」という設問に「はい」と答える日本人の割合は15.1%。調査対象国24か国中、最低の数値だったそうです。
ちなみにスウェーデンは80.1%、中国は75.5%、アメリカは63.2%。
これでは法律をつくっても、戦争はできません。
それで安倍政権は、教育基本法を変えたわけです。

話がずれてしまいましたが、国家は人々の生活とは程遠いところにあります。
しかし、国家を支えているのは、いつの時代も生活者たちなのです。
生活に近いのは地域社会です。
「もし自分が住んでいる地域社会に誰かが攻め込んで来たら、自分の生活を守るために戦うか」という設問であれば、回答状況は変わるのではないかと私は思います。
ちなみに私は。この質問であれば、躊躇なく「戦う」と答えます。
みなさんはいかがでしょうか。

沖縄の基地問題を考えてみましょう。
沖縄の人たちは、すでに「基地」によって、生活を侵略されています。
それに対して、みんな立ち上がって、辺野古反対、普天間反対を叫んでいます。
しかし、そんな声など全く無視して、憲法に違反してまで、国家政府は暴力的な行為を重ねています。
つまり、自分が住んでいる地域社会に攻め込んできているのは、他国ではなく、自国の中央政府なのです。
これをどう考えるのか。
悩ましい問題です。

自分の生活圏である地域社会を守ることと国家政府の安全保障政策は、対立することがあるのです。
対立した時に、どちらに主軸を置くか。
もし日本が憲法に謳っているように、国民に主権があるのであれば、いうまでもなく生活圏を重視して、考えるべきです。
国を守るのは手段であって目的ではないからです。
憲法学者の小林節さんは、「アメリカ独立戦争からいけば、国民が幸福に暮らすために国があって、その国を運営するための権力機関を国民がつくり、国民の幸福を増進する。すなわち、国が国民に自由と豊かさと平和を与え続けるならいいけれども、それを奪ったら、政府も組織も取り替えていいんですよ」と佐高信さんとの対談で語っています(「安倍「壊憲」を撃つ」平凡社新書)。

中央政府のために、生活者の、そしてその生活圏である地域社会の「自由と豊かさ」が脅かされていて、それを法的に訴えても、政府は聞く耳を持とうとはしない。
そんな政府の語る「安全保障」とか「平和」というのは、一体だれのためにあるのか。
いまの政府が、国民が幸福に暮らすためにあるとは、私にはどうしても思えないのです。
会社を倒産させないために、社員を解雇するのも本末転倒だと思いますが、国家の安全のために、一地方を犠牲にする国家は、どう考えても、おかしいでしょう。
沖縄で起こっているような問題が、自らが住んでいる地域に起こったら、と思うと、改めて国家の、あるいは政府の恐ろしさを感じます。
沖縄の基地問題は、決して他人事ではありません。
地域社会で生活している人たちの声を聞かない政府は、小林さんが言うように、取り替えなければいけないのです。
それができないとしても、そうした政府が考える「安全保障」は、少なくとも「生活者の安全」とはほど遠いものであることを認識しなければいけないと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2990:カツサンド

節子
最近また昼食を食べ損なうことが時々あります。
先日は1時からの約束だと思っていたのに、直前になって12時半に来客が湯島に来るというメールが届いていたことを知りました。
慌ててその前の約束の時間を変えたのですが、その余波で昼食を食べる時間がなくなってしまいました。
それを見越してか、そのミーティングに事務局として同席した竹之内さんがおにぎりを持ってきてくれました。
竹之内さんが言うには、お酒を飲まなくても空腹を続けると脂肪肝というのにかかる恐れがあるのだそうです。
脂肪肝というものも知りませんし、まあ「だからどうした」という気もしましたが、先日、もっと自分の健康に気を使うと決めたので、素直にミーティングしながら、おにぎりを食べました。
そういえば、節子も昼食を抜いてはだめだと言って、お弁当をつくってくれていました。
節子がいなくなってからしばらく娘がお弁当をつくってくれましたが、あまりにも私の生活が不定期なので、やめることにしました。
以来、時々、昼食を食べ損なうわけです。

今日も急に午前中の用事が入ったので、もしかしたら昼食を食べ損なうなと娘に行ったら、冷蔵庫に残っていたとんかつでカツサンドをつくってくれました。
それで、ちょっと遅くなったのですが、湯島でコーヒーとカツサンドを食べました。
これからは、できるだけ昼食を抜かないようにしようと思います。
よくわからないのですが、脂肪肝とかいうのになるとたぶんみんなに迷惑をかけることになるのでしょう。
まあ普段から迷惑をかけているので、避けられるものは避けないといけません。
心配してくれる人がいるということは、すでに迷惑をかけているということなのですが。

ところで、人の健康は、生活によって変わってくるものでしょうか。
病気になるのは、自己責任なのか。
節子が発病して以来、これは私にとってかなり残酷な疑問でした。
もしそうなら、節子が胃がんになったのは節子の生活の不注意ということになります。
節子を見送ってしばらくは、健康に注意していつまでも元気に、などというテレビのコマーシャルの言葉を聞くだけでも、何か私や節子が責められているような気にさえなったものです。
そんなこともあって、私は意図的に健康に気をつけると生き方に背を向けたくなっていました。
しかし、そんなひがんだ考え方は捨てることにして、少しは健康に留意した生き方に変えていこうと思います。

死ぬことがどれほど周りの人たちに迷惑なことなのか、最近少しわかってきました。
なによりも、節子は私に山のような迷惑を残していったわけですから。
ちょっと気づくのが遅かったですが、まあ常識に欠けている私のことなので、仕方がありません。

さてそろそろ次の来客が来る時間です。
コーヒーでも淹れておきましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/08

■節子への挽歌2989:不幸な最後?

節子
良いこともあれば悪いこともあった1日でした。
しかし、最後がいささか不快なメールだったので、今日は腹立たしいまま眠ることになりそうです。
大切なのは、やはり「最後」ですね。
昼間の良かったことも、すべて吹っ飛んでしまいました。

人生も、そうなのでしょう。
節子は、最後は家族みんなに見守られながら、息を引き取りました。
良い人生だったと言ってもいい。
私もそうありたいと思いますが、なかなかそうはいかないでしょう。

いろんなアンケート調査によれば、最近の若者は「幸せ」だと思っている人が多いそうです。
社会学者の大澤真幸さんは、「今は不幸だけど、将来はより幸せになれるだろう」と考えることができる時に、人は「今は不幸だ」と答えることができるといいます。
逆に言えば、人はもはや将来に希望を描けない時に「今は幸せだ」「今の生活が満足だ」と回答するというのです。
古市憲寿の「絶望の国の幸福な若者たち」という本で読んだことです。

もしこれが本当ならば、私は「今は幸せだ」「今の生活が満足だ」と回答することになります。
でも、そう答える気にはなれません。
ということは、私にはまだ「今は不幸だけど、将来はより幸せになれるだろう」という思いがどこかにあるということでしょうか。
たぶんそうではないでしょう。

若者と私の違いは、いまが「最後」かどうかなのです。
若者には将来がある。しかし、私には「将来」はない。
だから「今は不幸だ」などと言えるわけです。
どうも私の人生は、最後はあんまりよくないようです。
不幸なまま最後を迎える。
「終わり悪ければすべて悪し」の人生だったとは、いささか憂鬱です。
そうならないように、何か最後に「幸せなこと」を探さないといけません。
どこかに落ちていないでしょうか。

でもまあ、今日はとても不愉快なので眠ることにしましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■疑念8:「国家」と「生活者」の「戦争」

安全保障の「安全」は、誰にとっての「安全」なのか。
私の最大の関心はそこにあります。
その点が、世間の常識と違うために、私の議論はなかなか伝わらないのだろうと思っていますが、そのことをどう書けばいいか、自分でもわかりません。
何回も書こうとしながら、うまく書けません。

今朝のNHKテレビの「こころの時代」は、ルポライターの鎌田慧の「ぼくが世の中に学んだこと」でした。
その最後に出てくる、青森県の大間原発建設の用地買収に最後まで応じなかった熊谷あさ子さんの話が出てきます。
その土地は、原発からわずか200メートルしか離れていないところですが、あさ子さんが最後まで土地を売らなかったために、原発は炉心の位置をずらして建設されました。
あさ子さんが、土地を売らなかったのはなぜか。
娘の厚子さんが語ってくれています。
「海、あるべ、この土地あるべ。ぜにっこなくても、一生生きていける。1億円もらっても結局は1銭もなくなるぞ。この土地は絶対手放してはいけない」
厚子さんは、その母の言葉を守って、いまも土地を手放してはいないのです。
そこに、風力発電と太陽光発電で、ログハウスをつくっています。
鎌田さんは、あさ子さんは運動家ではないただのおばさんで、これこそ「生活者の考え」だと話していました。
「国民」ではなく、「生活者」です。
もちろん「消費者」などでもありません。

それを見ていて、まさにそこに「国家」と「生活者」の「戦争」を感じました。
「国民」「消費者」などという言葉の意味を、私たちはきちんと考えなければいけません。
その思考レベルから抜け出さないと、社会の底で行われている「戦争」は見えてこないでしょう。
戦争は、他国との関係ではなく、自国内部の関係に基本があると私は考えています。
自国内部の権力構造を強化するために、対外的な戦争は行われるにすぎないのです。
要するに、「敵は本能寺!」なのです。

「国民」という概念は、明治維新後につくられた概念であり、「消費者」という概念は資本主義経済とともにつくられた概念だろうと思います。
この2つの概念は、私には「戦争」と切り離せないような気がします。
近代国家は、政府に従順な国民を必要とします。
資本主義の成長には、労働力以上に「消費者」が必要です。
「国民」と「消費者」をどうやってつくっていくか。
その効果的な手段が、「戦争」という手段ではないかと思います。
「戦争」を主導する人たちは、決してみずからは戦場には行きません。
これが、現代の「戦争」の実体ではないかと、私は思っています。

いささか舌足らずの、粗雑で過激な内容になってしまいました。
しかし、どうしてみんな「戦争の構図」が見えてこないのだろうかと不思議でならないのです。
私だけが、考え違いしているのでしょうか。

最近、報徳会や無尽講のことを書いた「相互扶助の経済」という本を読みました。
明治時代に、報徳活動による生活者に軸足を置いた経済や国家づくりと政府に軸足を置いた経済や国家づくりの抗争が見えてきます。
地域の生活者たちの汗と知恵は、中央政府に吸い取られ、日露戦争に使われました。
それを拒否して頑張った経済人もいましたが、結局は次第にそうした活動は消えていってしまいました。
生活者の生活を支えていた、海と土地は消えていってしまったのです。

南相馬市で会った、漁師の方が、この海と山があれば豊かな暮らしができていたはずなのに、お金に負けてしまっていた、と嘆いていたのを思い出します。

外国との「熱い戦争」はありませんが、国内での「冷たい戦争」は、広がっています。
国家政府の安全が、私たち生活者の安全を守ってくるとは限りません。
政府の安全と生活者の安全は、まったくと言っていいほど、別のものです。
政府の安全のために、国民が被害を受けることこそに、私は不安を感じています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/07

■疑念7:「戦時体制」を体験したことはないのですが

今日はちょっと寄り道です。

以前も書いたことがありますが、NHK「クローズアップ現代」や報道ステーションでのコメンテーターの発言に対して、安倍政権が圧力をかけたということが何回か起こっています。
そうしたことに関して、今朝の新聞では、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が「政府が個別番組の内容に介入することは許されない」などと厳しく批判したという報道がありました。
政権が報道に圧力をかけるというのは、異常なことですが、日本では「話題」にはなっても、「政治問題化」していくことにはなりにくいのが現実です。
肝心の報道陣が、見事なまでに「自主規制」してしまうからです。

これもひとつの例ですが、最近、日本が、窮屈な戦時体制のようになってきている気配を感ずることがあります。
私は実際には「戦時体制」を体験したことはありませんが、たぶんこんな雰囲気から始まったのだろうなと思います。

公民館などで憲法問題や平和の問題に関する集まりをやりにくくなっているというような話も不気味です。
しかも、その主役が公務員だと聞けば、まさにこの国にはもはや憲法はないのかと思わざるを得ません。
憲法99条には、「公務員はこの憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と明記されていますが、憲法をきちんと読んでいない公務員は少なくないでしょう。

しかし、公務員だけではありません。
たとえば、一昨日の朝日新聞にはこんな記事が載っていました。

東京・渋谷の「MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店」が、「自由と民主主義」をテーマに開催していたブックフェアを、ネット上の「偏っている」といった批判を受けて一時中止した波紋が広がっている。

もちろんこれは、政府が圧力をかけたわけではありません。
「偏っている」といった批判がネットで出回っただけのことでしょうが、それを受けて、大書店がブックフェアをやめてしまうなどということが起こるのは、これも「異常」としか言えません。
私には、社会は病んできているとしか思えません。
どう病んでいるかと言えば、成員が主体性を失い、権力に迎合して、小さな保身思考に呪縛されているということです。
主体性を失った成員から成る社会は、誰かの旗振りひとつで、いずれにも動き出します。
社会は死につつあると言いたい気分です。

これまで書いてきたことの構図で言えば、「制度」と「人間」の「戦争」はすでに勝敗が決まりつつあるのかもしれません。
生活者は「消費者」となり、「生産者」は「労働力」となり、社会から生きた人間がどんどん消えてしまっています。
ガルトゥングのいう「構造的暴力」のもとでの、非平和状況が生まれてきていると言ってもいいでしょうか。

こうしたなかで、安保法制が次々とつくられていくと思うと、恐ろしさを感じます。
自民党も民主党も、結局は現在の安保法制に賛成していると思いますので、政治の世界においては、よほどのことがない限り、もはや後戻りはしないでしょう。
だとしたら、どうするか。
やはり、危機感を持った人が、それぞれの生き方を変えることしかないのかもしれません。

最近、テレビのニュースや政治関連番組を見る気がしなくなってきています。
しかし、こうしたことがまさに戦争へと向かうことに荷担するのでしょう。
ニーメラーのメッセージをもう一度かみしめなければいけません。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/02/post_1.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2988:死の経験の原型は大切な他者を失うこと

節子
今朝の朝日新聞のコラム「折々のことば」で、鷲田清一さんが、秦恒平の「死なれて・死なせて」の本から、次の文章を紹介しています。

「死んだ」者よりは「死なれた」者の方が、やはり、叶(かな)わないのである。つらいのである。

そして、鷲田さんはこう解説しています。

英語の自動詞に受動態はないが、日本語には、「死ぬ」という自動詞にも「死なれる」という受動態がある。死ぬ人でなく、死なれる人に思いを重ねるのだ。人は自らの死を恐れるが、その死は想像するだけで体験はついにできない。そのとき自分も消失しているのだから。死の経験の原型はだから、大切な他者を失うというところにある。

私も、節子との別れを通じて、「死」とは自分のことではなく他者のことなのだと実感しました。
死は、自らにはないのです。
だとしたら、たぶん「自死」という概念はあり得ないのですが、これに関しては、いささか微妙な問題があって、当事者の気持ちを見だしかねないので、これ以上書くのは止めます。
この数年、自殺がない社会を目指す活動にささやかに取り組んできていますが、こういう考えにたどり着くと、なかなか活動にも迷いが出てきてしまうのです。
運動は「思い」がないと続けられませんが、「思い」があると運動ができなくなることもあるのです。
それはそれとして、秦恒平の言葉は、改めて心に刺さります。

秦恒平の、その本は知らなかったのですが、さっそく、注文しました。
本の紹介にこう書いてありました。

私たちは一生のうちに、かけがえのない人に何度も「死なれ」、愛する人を何人も「死なせ」てしまう。死の意味の重さは、死なれて生き残った者にこそ過酷に迫る。生きて克服するしかない死別の悲哀を、自らの人生に重ねて真率に語る。

23年前に出版された本でした。
いつの時代にも、人は死別によって、人生を変えていくのでしょう。
「生きて克服するしかない死別の悲哀」
まさに、死は生きるということと重なっているのです。
死者は、死について悲しむこともないでしょう。

今日は秋を感ずる、穏やかな日になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/06

■節子への挽歌2987:第4期への迷い

節子
今日はめずらしく企業関係の人たちとの2つのミーティングがありました。
私が会社から離脱して、社会に融合しようとして、生き方を変えてからもう27年近くが経ちます。
節子は反対するかもしれないと思って、会社を辞めようと思うと話したのに、節子はいとも簡単に、賛成してくれました。
私の記憶では、一度たりとも反対をしませんでした。
いささか拍子抜けしたほどでしたが、その結果、私の生き方も節子の生き方も大きく変わりました。
それが良かったことかどうかはわかりません。

企業の経営幹部のみなさんと話していて、時々、私もこういう世界に生きていたのだなと感慨深くなることがあります。
同時に、私ももう少し頑張って経営者になっていたら、少しは違う経営文化に挑戦できていたかもしれないと思うこともあります。
しかし、たぶん私の性格や能力では、経営者にはなれなかったでしょう。
節子は、それを知っていたのかもしれません。

湯島には企業関係者もよく来た時期があります。
その後、成功し、財界で活躍した人もいますが、あの頃はまだ企業の人たちともコミュニケーションが成り立っていたのかもしれません。
しかし、最近はどうもコミュニケーションが成り立っているかさえ危ういものを感じます。
それは、実のところ、NPO関係の人と話していても、感ずることです。
社会に融合するどころか、社会からも離脱しつつあるのかもしれません。

企業関係の活動からは、そろそろ離れようと思い出している一方で、最近の企業の状況を垣間見る機会があると、いまだからこそ企業にかかわるべきではないかという気持ちも起こってきます。
これもおそらう節子がいなくなったからでしょう。

私は四半世紀単位に生きようと思っていましたが、どうもその第4期は、自分の意思ではなく、社会から弾き飛ばされながらしがみついていくという、おかしな生き方になるかもしれません。
いささかこれは潔くないので、迷うところではあるのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/05

■節子への挽歌2986:勤勉な1日

節子
昨日のことを反省して、今日は目いっぱい、仕事をしました。
たまっていた課題はかなり処理しました。
途中で読みとどこおっていた2冊の本も完読しました。
1冊はポイントをのt-しながら読破しました。
最近は、図書館から借りた本は3日以内で読了するようにしていますが、購入した本はなかなか完読しなくなってしまっています。
それ以外の時間は、パソコンに向かっていたので、目がしょぼしょぼです。

お昼過ぎに、久しぶりにお墓にお見舞いに行ってきました。
1か月ぶりかもしれません。
最近は、どうもサボってしまいます。
困ったものです。
最近、朝の般若心経もサボっているためか、お墓の前であげだしたら、途中でつかえてしまいました。
一度つかえてしまうともうわからなくなります
幸いに近くには、大きなカラスしかいませんでしたが、カラスにはバカにされた感じでした。
そういえば、お墓でカラスはあまり見かけませんが、あれは節子だったのでしょうか。
花や鳥になって、戻ってくるよと、生前言っていたのを思い出します。
なんでよりによって、鳥なのか。
せめて花か蝶にしてほしかったです。

お墓に行った以外は、読書とパソコンでした。
そのため、目がしょぼしょぼなので、今日はパソコンはこれで切り上げて、夜は……何をしましょうか。
話し相手もいないので、選択肢は読書かテレビしかないですね。
しかし、いずれも目をつかわないといけません。
音楽も、最近の私の生活は消えてしまいましたし、目を使わないですむことはなんでしょうか。
これと言った趣味もないし、どうも最近の私の暮らしは、貧しくなる一方です。
ゆっくりと談笑する時間や夫婦げんかする時間がないのが、とても寂しいです。
親子の喧嘩と夫婦の喧嘩は全く違います。

目いっぱい仕事日だったので、食後は部屋の書類の片づけでもしましょう。
なにしろ山のような状況ですから。
音楽も少し解禁しましょうか。

今日は勤勉な1日だったので、明日はきっといいことがあるでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■カフェサロン「民主主義ってなんだろうか?」のお誘い

湯島では、時々、「民主主義ってなんだろうか」という話になります。
そこで、一度、原点に返って、「民主主義」をテーマにした、ちょっと研究会的なサロンを始めることにしました。
第1回目は、とりあえず間口を広げて、「民主主義ってなんだろう」を話し合おうと思います。
何やら「青臭い議論」ですが、一度やってみたかったのです。
とりわけ、「権利」の視点から考えるのか、「責任」の視点で考えるかに、私の関心はあります。

たぶん参加者の数だけの「民主主義」の捉え方が出されると思いますが、それを踏まえて、2回目からは、究極的民主主義研究所所長の武田文彦さんの著書「民主主義進化論」をテキストにした読書会を数回行う予定です。
第1回目のカフェサロンの参加者には、「民主主義進化論」上下2巻セットを、武田さんのご好意で、贈呈させてもらいます。

いまさら民主主義?という方もいるでしょうが、いまだからこそ民主主義なのだと考えています。
多くのみなさんの参加をお待ちしています。
もしまわりに関心を持ってくれそうな人がいたら、ぜひお誘いください。
よろしくお願いいたします。

○日時:2015年11月15日(日曜日)午後1時~3時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「民主主義ってなんだろう」
○ゲスト:武田文彦さん(究極的民主主義研究所所長)
○スタイル:武田さんの短いお話の後、みんなで話し合う。
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/04

■節子への挽歌2985:98円の砂糖を買ってきましたが

節子
近くのマツモトキヨシ薬局が、新装開店しました。
チラシを見たら、なんと白砂糖が98円でした。
私の中にいる、節子が、これは買いに行かなくては、と動き出しました。
しかし、一人で特売の砂糖を買いに行くのはいささか抵抗があるので、娘を誘いました。
娘が言うには、特売品を買うには並ばなければいけないので、お父さんには買えないよ、というのです。
私は並ぶのが好きではないのをよく知っているのです。
まあどんなに安くても、どんなに欲しいものでも、並んでまで買うのは私の文化ではありません。
でも、最近は私の半分は節子になっているせいか、並ぶのも面白いかもしれないと思い、行くことにしました。
そこで娘に懇願して、一緒に行ってもらうことにしました。

ところが、平日の朝だったせいか、誰も並んでいないのです。
もしかしたら、もう売り切れたのかもしれません。
そう思って店内に入ったら、白砂糖は山積みになっていました。
もちろん98円です。
ご存じない方もいるでしょうが、普段は200円近くする商品です。
ひとり2袋までだったので、2袋をかごに入れました。
しかし、これだけだとちょっと悪いかなという気になり、
他にも何かあるかもしれないと店内をもう一度まわることにしました。
その気になるといろいろとあります。
気がついたら、買い物かごがいっぱいになっていました。
98円の買い物が、3000円の買い物になってしまいました。
もっとも、会計は娘がやってくれたのでただでした。
私はいつも財布は持っていないのです。
帰宅して、買ってきたお菓子を食べ、コーラを飲みました。

そこでまた気づいたのです。
たしかに白砂糖は安かったのですが、不要のものを買ってしまったので、節約にはならなかったのではないか。
こうやって、節子はきっと無駄遣いをしてきたのでしょう。
実に困ったものです。
節子がいまなお健在であれば、私はそれに気づかなかったかもしれません。

しかし、節子ならばコーラや駄菓子は買ってこなかったかもしれない。
節子はいずれも嫌いでしたから。
としたら、いったい無駄をしているのは誰でしょうか。
もしかしたら、私と節子の組み合わせが無駄の原因かもしれません。
私たちは、あんまりいい組み合わせではなかったのかもしれません。
いまの私は、2人の悪いところの組み合わせになっているかもしれませんね。
だとしたら実に困ったものです。
娘たちが嘆くのも仕方ありません。

明日は、勤勉に生きようと思います。
安いからと言って、並んでまで買おうなどと思ってはいけません。
節子にも、困ったものです。
はい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■「TPPと共済」を気楽に話し合うサロンのお誘い

TPPへの参加が決定されました。
マスコミでは、もっぱら「関税問題」や「農業問題」として話題になっていますが、TPPは単なる経済問題ではなく、文化の問題でもあります。
医療や福祉への影響も少なくありません。
日本に長らくあった農民や庶民の支え合い(共済)文化にも影響があるでしょう。
しかし逆に言えば、これを契機に改めて、日本の庶民が培ってきた「相互扶助経済」を思い起こすことができれば、新しい動きにつなげられるかもしれません。
来年から、改めてそうした課題に取り組んでいこうと思っていますが、そのいわばプロローグとして、「TPPと共済」を気楽に話し合うカフェサロンを開催します。
話題提供は、長年この問題に取り組まれている、SPM研究所の佐々木憲文さんにお願いしました。
最初に少しだけ話題提供と佐々木さんの危機感を話してもらい、後はみんなで話し合うスタイルです。
テーマが難しそうですが、誰でも話し合いに参加できる「プロローグ」編ですので、気楽にご参加ください。
「共済」ってなんですか?という人も歓迎します。
「共済」は、これからの経済のキーワードだと私は思っていますので。

●日時:2015年11月17日(火曜日)午後7時~9時
●場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●テーマ:TPPと共済をテーマにした気楽な話し合い
●話題提供者:佐々木憲文さん(SPM研究所所長)
●参加費:500円
●申込先:qzy00757@nifty.com

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/03

■疑念6:戦争の始まりの非論理性

戦争の始まりは、ほとんどの場合、論理的には説明できないように思います。
第一次世界大戦は、サラエボで発生したオーストリア=ハンガリー帝国の王位継承者夫妻の暗殺事件で始まったと言われます。
武力による威嚇活動をしていると、意図せざる偶発事件が起きて、それが戦争に向かってしまうおそれがあります。
南シナ海で、アメリカと中国がまったく意図せざる偶発事故を起こし、それに日本が巻き込まれる危険戦略がゼロだとは言えません。
武力を伴う衝突は、偶発から暴走へと進まないとも言えません。
軍事力を持つということはそういうことでしょう。

意図的に始められる戦争もあります。
ベトナム戦争の本格化は、トンキン湾事件ですが、これはペンタゴン白書であばかれたように、武力を持っていた米軍による意図的な偽装活動からです。
これは、軍事力が勝っていたほうが働きかけた事例です。
こうした事例は少なくありません。
軍事力は抑止効果よりも誘発効果が大きいと私が思う理由の一つです。

イラク戦争は、イラクに大量破壊兵器があるということで始まりました。
相手を恐れさせる軍事力が戦争を誘発させた事例です。
イラクの軍事力が抑止力を持つほど大きくなかったから戦争が起きたのでしょうか。

では世界最大の軍事力をもつアメリカは誰からも攻撃されないでしょうか。
9.11は、そんな幻想を破りました。
9.11は戦争ではないというかもしれませんが、当時のブッシュ大統領は「戦争」だと言い、アフガニスタンとイラクとの戦争が始まり、6000人を超えるアメリカ軍の若者が殺されました。
殺したのは誰でしょうか。

戦争は国家間で行われるとは限らなくなりました。
その意味でも、国家単位の軍事力比較は、あまり意味をもたなくなったはずです。
それに、原発装置のように、軍事力の支配権が変わってしまうことさえあります。
そのことも十分考えておかねばいけません。
大切なのは、「戦いの構造の変化」をしっかりと認識することだろうと思います。

軍事力が抑止力になるためには、合理的な判断が双方で行われる必要があります。
しかし、そもそも戦争は「非合理」なものです。
ほとんどの人は、戦争をしたいとは思っていないでしょう。
戦争をしたいと思っている人がいるとすれば、論理的に考えていない人や特殊な状況にある人と考えるべきでしょう。
そういう人は、論理的に思考しませんから、抑止理論は成り立たないはずです。

戦争が発生するのは、偶発するか、あるいは軍事力の暴発かしかないように思います。

それでも皆さんは、軍事力が抑止力を持つとお思いでしょうか。
私にはまったく理解できないことなのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2984:お金をもっと稼いでおけばよかった

節子
一昨日から読みだした「相互扶助の経済」ですが、なかなか進みません。
3日目ですが、まだ読了できずにいます。
しかし、毎日、いろいろと刺激を受けています。

今日は、二宮尊徳の「四大門人」の一人と言われる岡田良一郎のことを知りました。
それを読んでいて、急に「お金をもっと稼いでおけばよかった」と思いました。
娘に話したら、なにをいまさらと一笑に付されましたが、ちょっと後悔しました。
なぜそう思ったかというと、岡田良一郎さんは資産家で、それを活用して、報徳活動に取り組んでいたのです。
私が感心したのは、柳田国男との論争で、岡田さんは信念を曲げることなく、報徳経済を主張し、実行しているのです。
それを読んで、お金を貯めていたら、私もお金で困っている人を助けられるのに、と思ったのです。
説明が不十分なので、お金をばらまくのかと思われそうですが、そうではなく、お金に依存しないで、自分らしい生活をつくりだす応援ができるという意味です。
これまで実は似たようなことをして、見事に何回か失敗しています。
節子が知ったらさぞかし嘆くことでしょう。
しかし、3回も体験すると、私でもそれなりに学べました。
いまならお金を上手く活用することができるでしょう。

私がいま、一番やりたいのは、老後を不安に思っている人たちのための講の仕組みを作りたいのです。
いまならうまく設計できそうなのですが、創業基金を呼びかける自信がありません。
万一失敗したら、迷惑をかける結果になるからです。
それに、これに関しても、一度、途中で頓挫してしまったこともあります。
同じ繰り返しはできません。
念のために言えば、この「講」は、お金だけの仕組みではありません。
人のつながりを基本とした「講」なのです。
ですから本来はお金など不要なのですが、具体的に考えていくと起業資金があればなどと思ってしまうわけです。
こう考えることじたい、すでに失敗に向かっているのかもしれません。
でも、今日は岡田さんの活動ぶりを読んで、急にお金が欲しくなったのです。
いつもながら、あんまり論理的ではありませんが。

とまあ、そんなわけで、お金を稼いでおけばよかったなどと、節子が聞いたら嘆くだろうようなことを考えてしまったのです。
それにしても、むかしの資産家は、お金の使い方も知っていたようです。
私はまだ使い方が学べていないのでしょう。
知っていたら、お金が回ってくるはずです。

報徳経済のことを、もっと早く知っていたら、私の生き方は変わっていたかもしれません。
いまほど、欲深い生き方にはならなかったかもしれません。
節子がいなくなってから、私はかなり欲深くなっているかもしれません。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/02

■疑念5:さらにもう一つの戦争としての原発

TPPを「もう一つの戦争」の象徴と書きましたが、さらに「もう一つの戦争」にも言及したいと思います。
それは「原発」です。
原発を起点として見えてくるのは、システムと人間の戦いではなく、個々の人間が自らのうちに内在させている、「2つの生」の戦いかもしれません。

生のエネルギーは、「差異」から発生すると私は考えています。
これは、実に悩ましい問題です。
すべてが平安で、満ち足りていれば、それは「生きていない」ことと同じかもしれません。
生きているとは、変化することであり、その意味では「平安」ではないことかもしれません。
「差異」があれば、「秩序」を維持するために何かが必要です。
そう考えると、「戦争」と「平和」を同じコインの裏表とも思えてくるのです。
これは大きなテーマなので、今回はこれ以上書くのは止めましょう。

問題は、私たちのうちにある「2つの生」です。
原発を欲する生と原発を否定する生です。
おそらくほとんどの人の思いの中に、意識はせずとも、この2つの思いはあるでしょう。
そのため、福島の原発事故で、あれほどの生々しい体験をしたにもかかわらず、私たちは原発を捨てきれていないのです。

私は、原発は人類に埋め込まれた「自死装置」だと思っています。
先日、NHKの番組「新・映像の世紀」第1集を観て、改めてそう思いました。
もしまだ観ていない方がいたら、ぜひ見てください。
http://www.nhk.or.jp/special/eizo/

そして、私たち日本人は、その原発のとりこになってしまいました。
すでに日本列島の各地に原発ができています。
視点をかえれば、これは巨大な自爆装置を日本列島に埋め込んでしまったということです。
ここに、意図的な攻撃か、あるいは事故による航空機の激突か、さらには自然災害の直撃か、理由はともかく、破壊的な力が働いたらどうなるのでしょうか。

これは、「戦争」ではないかもしれません。
しかし、万一そんなことにでもなれば、私たちの「安全保障」は守られようもありません。
原発が原爆化するだけが問題ではありません。
原発の稼働によって発生する放射性廃棄物は、いまの展望では、じわじわと私たち人間の生命をむしばんでいくでしょう。
私たちは、そうした極めて「危険な状態」の中で、「他国からの攻撃」を心配している。
私には、それが滑稽にさえ思えます。

なぜそんな危険な装置を維持しているのか。
それは、一度獲得した物質的な利便性や経済的な成長への思いを捨てられないからでしょう。
原発は生命になじまないものと考えている私も、だからといって、原発依存社会から抜け出すわけにはいきません。
悩ましいのは、原発が引き起こしている「戦争」の敵は、実は私たち一人ひとりの心の中にいることです。
敵は「原子力ムラ」の人たちではないのです。

もし本気で、人間の安全保障を考えるのであれば、原発は一刻も早く廃炉していくべきです。
海外に原発輸出するのも止めるべきでしょう。
世界的な脱原発運動を起こさなければいけません。
福島で起こった原発事故さえもきちんと原因究明せず、うやむやの中で原発再稼働に動き出しているなかで考える安全保障とはいったい何なのか。
原発と安保法制は、深くつながっていることを認識しなければいけないと思っています。

この戦争を避けるには、私たちが自らの生き方を変えることしかないように思います。
まずは一人からでも、変えなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2983:「我を愛せよ、我を敬せよ」

節子
今日も寒いです。
急に寒くなったせいか、体調があまりよくありません。
私自身は、健康に気をつかうとか、自らを守ろうとか、そういう気持ちがあまりありません。
外から見たら、自らを愛していないと見えるかもしれません。
友人には、よくメールでも、「ご自愛ください」と書いているくせに、自分にはそういう思いが皆無です。
まあ、私にとっての「生きる意味」であった、節子がいなくなった今、生きるということにはほとんど執着はありません。
今すぐというのは、ちょっと困るかもしれませんが、さほど慌てることもないでしょう。
寒い日々を過ごすのも、結構つらいものなのです。

昨日、読んだ本のなかに、二宮尊徳の報徳運動のことが書かれていました。
その中に出てきた言葉が、「我を愛せよ、我を敬せよ」です。
尊徳の思想の中心にあった理念のようです。
以前、何かで読んだ記憶がありますが、私の心にはまったくと言っていいほど、引っかからなかった言葉です。
昨日読んだ本には、この言葉の説明に、「ここでいう我とは、明らかに自己に内在する天のことである」と書かれていました。
その言葉の意味への理解が少し深まりました。
尊徳は、仏教に否定的だったというイメージがありましたが、私の間違いだったようです。

人はつねに「自然のなかで、自然とともに」行動し努力し悟るものだとも、尊徳は考えていたそうです。
言葉になった「知識」や権威が語る「知識」には、むしろ尊徳は否定的だったようです。
私が、尊徳を好きになったのは、それを知ってからです。
真の知は自然とのかかわりの中で、生まれてくる。
そして、それは自らの中にこそある。
だから、「我を愛せよ、我を敬せよ」というわけです。
まさに、華厳経のインドラの網です。
我は我であって、我でない。
我でなくて、我である、というわけです。

もっと自らを愛し敬わなければいけません。
投げやりな生き方は、そろそろ卒業しなければいけません。
頭ではわかっているのですが、なかなかそうならないのです。

今年の冬は、もう少し自分を大切にしようと思います。
高血圧のための降圧剤もきちんと飲み、健康にも気をつけましょう。
また玄米食も復活させ、食事もきちんととるようにしましょう。
できれば健康診断にも行こうかと思います。
頭痛が少しひどくなり、胃腸は騒がしいほど音をだし、喉は相変わらずすっきりしないのが治れば、元気も出てくるかもしれません。
どこか無意識のうちに、死への誘惑があり、自らの体調がおかしくなることを肯定的に受け止める自分がいたのです。
考え直さねばいけません。
さもなくば、お天道様に顔向けができなくなる。

尊徳に出会えた本は「相互扶助の経済」です。
時評編で少しまた紹介しようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/01

■節子への挽歌2982:もう今年も2か月しかない!

節子
11月になってしまいました。
今年もあと2か月ですが、年初考えていたことのほとんどが実現できていません。
今年の私の活動量は、自分でも驚くほど少ないです。
その結果、積み残したことが山のようにあります。
残りの2か月でこなすのはいささか無理があるでしょう。
面倒なこと、気の重いこと、一人ではできないこと、などはみんな先送りしてきた結果です。

迷惑をかけることになる人もいますし、私の生活基盤が少し揺るいでしまうこともあります。
でもまあ、先延ばししてきてしまった。
その理由は、心の弱さです。
自分がこれほど優柔不断だったとは驚きです。
節子と結婚して以来、一人で何かを行うことをしなくなってしまっていたため、決断もできなければ、実行しようという気が起きないのです。
いまここで、私が「余命宣告」を受けたら、身の回りの整理にパニックになるでしょう。
真剣に考えなければいけません。

節子は、後事をすべて私に託して逝きました。
何の不安もなかったでしょう。
その節子から託されたことも、まだできていないことが多いのです。

身の回りの整理というのは、そう簡単にできることではないのです。
それにしても、やらなければいけないことが山積みです。
さてさてどうしたものか。

今日も日曜なのに、忙しい1日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »