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2015/11/11

■節子への挽歌2992:パラレルワールドを生きている夢

節子
なぜか最近また真夜中に目が覚めます。
その上、夢をよく見ます。
節子は最近は出てきません。
なぜか会社に私がまだ勤めている夢を見るのです。
しかし、私が実際に体験した会社時代とは全く違う内容の夢なのです。
会社を辞めずに、私がまだ会社生活を続けているという、いわばパラレルワールドの、もう一つの世界で生きているような私なのです。
そこには、どうも節子の姿は感じません。
そこでの私は、必ずしもハッピーではありません。
とても浮いた存在であり、しかし若い人や女性からはとても助けられているような、あんまり頼りにならない存在のような気がします。
もっとも夢の内容を覚えているわけではありません。
もしかしたらこれこそが「認知症症状」なのかと思えるほど、目が覚めて1分もたたないうちの、夢の内容が思い出せなくなるのです。
ただ「気分」だけが残ります。
それで、その内容を思い出そうとしているうちに、トイレに行きたくなり、行ってしまうとさらに内容が思い出せないのが気になりだして、目が覚めてしまうのです。
しかたがないので枕元の伝記をつけて、枕元の本を読みます。
枕元には常時数冊の書籍が置かれています。

節子は、病気の時に、私が横で本を読んでいるのが好きでした。
安心して眠れるから、と言っていたのを思い出します。
私も、節子が横で寝ていると、安心して本が読めました。
あの「幸せな気分」は、もう2度と体験できません。

私は、節子の寝顔が好きでした。
告別式の夜、がらんとした斎場で、節子と2人で過ごした時の節子の寝顔も、そうしたいつもの寝顔と同じでした。
なんでその節子を火葬にしてしまったのか、残念でなりません。
もちろんその選択しかなかったのですが、とても後悔したのを思い出します。

話がそれてしまいました。
私が最近夢を見すぎるのは、隣に節子の寝顔がないからかもしれません。
目が覚めて、隣に誰もいないのは、やはりさびしいものです。
また話がずれそうなので、もう終わりにします。
今夜は、できれば節子の夢を見たいものです。
パラレルワールドを生きている夢は、もう見たくありません。

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