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2015/12/18

■節子への挽歌3026:写真は、その当時を鮮烈に思い出させてくれます

節子
今日もまた半日は読書とテレビ三昧でした。
テレビは、もう大昔に見た「映像の世紀」の再放送の後半をまとめてみました。
ベトナム戦争の、実に生々しい映像を久しぶりに見ました。
そして、1960年代のアメリカの若者たちの姿も、久しぶりでした。
私にとっても、忘れてしまっていたことをいろいろと思い出させられました。

思い出したことがあり、その写真を探すために、未整理の写真を見つけ出しました。
節子は家族の写真はきちんと整理していましたが、私が一人で海外に出張した時の写真などは未整理のままです。
私は整理するということが不得手なため、写真は箱に無造作に入っていて、しかも混じり合っているため、わけがわかりません。
目的の写真は何とか見つけ出しましたが、未整理の写真箱には、節子の写真もたくさん入っていました。
節子と最初に奈良に行った時に、猿沢の池の階段で撮った写真が、なぜか混じっていました。
この写真のことはよく覚えています。
一昨年、娘と一緒に奈良に行った時に、ここで節子と写真を撮ったことがあると話していたほどです。

この日、私は一人で奈良に行く予定で、電車に乗りました。
そこで偶然、同じ会社の職場の節子に会ったのです。
節子は京都のおばさんのところに行く予定でした。
それで、おばさんのところはまた行けるだろうから、今日は奈良に行かないかと誘ったのです。
それが、私と節子が結婚することになる起点だったかもしれません。
その日は、暗くなるまで奈良を歩きました。
最初の出会いだったにもかかわらず、なぜか話が弾みすぎたようです。

探していた写真とは全く違うことを思い出してしまったのですが、人生には実にさまざまなことがあります。
ちなみに探していた写真のことは時評編で話題にするつもりですが、上空から撮ったベトナムの写真です。
映像の記録を見ながら、思い出したのは、枯葉作戦で国土が枯れ果てたベトナムのことだったのです。

写真を見ると昔のことが生々しく思い出されます。
節子がいなくなってから、写真は見ないようになっていますが、思い切ってこの正月休みに、写真の整理をしてみようかなどと思いだしています。
たぶん私がいなくなったら、遺された写真はすべて廃棄処分されるでしょうか。

たくさんの喜怒哀楽を、どさっと思い出してしまうかもしれません。

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