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2016年1月

2016/01/27

■節子への挽歌3065:誰もが友だちという感覚

人生はうまくいきません。
1日、延ばしたにも関わらず、風邪が治った気分になりません。
生命力の衰えには立ち向かえなくなってしまったのかもしれません。
仕方がないので、今日も風邪モードで過ごしました。
にもかかわらず夕方になってまた熱が出てきました。

ついついパソコンでメールを見てしまいました。
昨日の「支え合い」サロンの報告に関するコメントが、いくつか届いていました。
その中に、懐かしい名前を見つけました。
当時、「納得して医療を選ぶ会」のメンバーだったMさんです。
体調を崩されて、いまは活動をしていないそうです。
病院を生活者の視点で問いなおそうと言う主旨で立ち上げた、「ヒポクラテスの会」に参加してくれた方です。
当時、いくつかの病院評価に取り組むNPOのプロジェクトを支援したのですが、すべてうまくいきませんでした。
それで自分も当事者になって立ち上げたのが、この「ヒポクラテスの会」なのですが、節子の関係で、ある時から私自身が「病院アレルギー」をもってしまったのです。
それで、立ち上げ途中だったのですが、活動を中断してしまいました。
いつか再開しようと思いながら、まだ再開できずにいるプロジェクトです。
もっとも状況は10年前とはかなり変わっていますので、いまさら私が出る幕でもないのですが、気になっているプロジェクトの一つです。

そのMさんが、「支え合い」に関する私見を投稿してくださったのです。
まさかいまなお、このメーリングリストを読んでいてくれたとは思ってもいませんでした。
ついついうれしくなって、他の人へのコメントも含めて、返信しました。
おかげで、さらになんだか辛くなってきました。
もうやめて、今日もまた8時に就寝することにしました。

時間は山のようにあるのに、何もする気が起きない。
それがこんなにつらいとは、思いもしませんでした。

ちなみに、Mさんの名前には覚えがあるのですが、顔は全く思い出せません。
私がとても幸せなのは、それでも私はMさんが友人のよう感じられるタイプなのです。
ちなみに、彼女は私のことを全く覚えていないかもしれませんが。

人間は自己の存在を、他者が自己の存在を認識することによってしか証明できない。 そう考えると、自己が存在しなくても、他者が自己の存在を認識することによって、人間は存在することが可能となる。

これは、神野直彦さんがある本で書いていた言葉です。
彼岸と此岸は、どうも地続きのようです。

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2016/01/26

■節子への挽歌3064:風邪の最終日

節子
風邪を5日間、ひいていました。
今日が最終日です。
最初の2日間はかなり無理をしていましが、中日以降3日間は在宅してなにもしていませんでしたが、元気を吸い取られるニュースが多く、元気が出ないままで、予定よりも1日、風邪期間を延ばしてしまいました。
節子はよく知っていますが、私の場合、一応、風邪をひくと今回は何日間を風邪菌たちに活動の場を提供しようと言うように決めて、比較的それに合わせて対応するのです。
ただ、急に風邪をひくことが多いので、最初の2~3日はだいたいそれまでの惰性で行くために、体調の限界を超えて、こじらせてしまうことも多いのです。
今回は、まあほどほどで、1日延ばしただけでした。
今日で風邪は終わるのですが、まだのどの調子がよくなくて、いささか気が重いです。
しかし、風邪くらいは自分のコントロールで治したいと思います。

小学校時代の同級生の一人が、いよいよ「終活」を始めるとメールをくれました。
すでにもう入っているようで、1週間ほど前に出した私のメールの返信です。
昨年すい臓がんで入院したと書かれていました。
彼とは年に1回ほど会うのですが、言葉が多いので、どこまでがほんとかどうかなかなかわからなかったのですが、昨年手術をしたことがメールに書かれていました。
この歳になると、まあそうしたことも次第に「日常」のなかにはいってきます。

私はこの数年、健康診断をしていません。
昨年は、あまりに不調だったので、年末に行こうと思っていましたが、診断して何かがわかったところで、どうしようもない気がして、やはりやめました。
しかし、私自身はともかく、周りの人たちへの迷惑を縮減するためには、行くべきかもしれません。
人間は、自分一人で生きてはいないので、どこまで自らの考えを貫くべきかは悩ましい問題です。

風邪の5日間最後の今日は、「思索の1日」に当てました。
思索といっても、何かを考えるのではなく、考えるでもなく考えないでもなく、心を無にするということです。
午前中は窓の外に少しだけ見える手賀沼の湖面を見ながら、ひなたぼっこをしていました。
外は寒いのでしょうが、太陽の光を受けていると汗が出てくるほどです。
しかし、「思索」も2時間もすると飽きてきてしまいます。
風邪の中、23日に開催したサロンで、「支え合いと家族」について話し合いがありましたが、その報告をフェイスブックやメーリングリストで書いたら、いろんな人がコメントしてくれました。
それをなんとなくボーっと思い出しながら、過ごしました。
こうして心身を弛緩させておくと、もしかしたら、風邪は治らないのではないかと言う気もしてきます。
事実、喉の痛さもけだるさも、考えてみるとあんまり変化していません。

私もとうとう、自分の意志で病を治すことができないほどに、生命力が虚弱化してしまったのかもしれません。
困ったものです。

いずれにしろ、明日からは活動再開です。

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2016/01/24

■カフェサロン「支え合い社会を考えるパート2」の報告

昨日のカフェサロン「支え合い社会を考えるパート2」は9人の参加でした。
予想に反して、女性は一人だけでした。
そのせいか、具体的な仕組みを話し合うつもりが、考え方や制度の方に話が行きがちでした。
具体的な仕組みを考える場合は、自分の生活を起点として、こんな仕組みや場がほしいというところから一人称で話し出さないといけないのですが、やはり時期尚早だったのかもしれません。
みんなあんまり困っていないのです。
まあそれが困ったことなのですが。

坪倉さんが自分の考えをまとめたペーパーをつくってくれたので、まずはそこから話をはじめました。
坪倉さんは、支え合いの基本単位として「家族」を核においています。
私も同じ考えですが、前回、坪倉さんがその話をしたら女性陣から厳しい批判の意見が出ました。
「家族」の意味が、男性と女性とではまったく違うのかもしれません。
これは大きなテーマですが、家族を支え合いの基本にしないとしたら、何が基本になるのかを、一度、女性に問題提起してカフェサロンしたいと思います。
問題提起してくださる女性を募集します。
しかし、やはり基本は家族でしかないのではないかと私は思います。
そうでないと未来を生み出す子どもたちの居場所がなくなるからです。

そもそも「支え合い」という言葉がこれほど話題になること自体に、社会のおかしさを感ずるのですが、そもそも「生きる」とは「支え合う」ことです。
もし「支え合い」が必要でないとしたら、その人は生きていないとしか言いようがありません。
それが私の基本的な考えで、要は、みんなもっと「生きましょう」と言うのが、パート1での私のメッセージでした。
どうもうまく伝わっていないようなので、今回また少しややこしい話をしました。

人間(西部知はすべてそうですが)は、生産しながら消費している存在です。
生きるとは、「生産」と「消費」の組み合わせですが、一人では自給できないので(必要なすべてを生産できない)、他者とのやり取りが大切になってきます。
自分が生産した余剰なものを他者に使ってもらい、他者が生産した余剰なものを使わせてもらって、生きることが成り立っています。
ここで、生産するとは必ずしも、「モノの生産」だけではありません。
その最小単位が家族であり、近隣社会であり、親族社会でした。
つまりそこでは、「支え合う」ことが生きることだったわけです。

ところが、近代になってから、生産と消費は切り離されました。
生産機能を集中させ、産業が成立しました。
人は、自らの生産機能をそこに買ってもらうことになりました。
しかし、生産したらそれを売らなければいけません。
そこで「消費者」がつくりだされました。
そして「市場」が生まれ、市場社会と言われるほどに、社会は汎市場化してしまったわけです。
そして、人は自らの消費機能を、その市場に吸い取られてきているのです。
しかも、近代の産業社会は、「生産の場」と「消費の場」が切り離されました。
ですから、生産と消費を統合していた、「家族」「近隣社会」などは不要になってしまいました。
逆に、そうしたものを壊すことで、市場は拡大し、産業は発展してきたわけです。
私がしばしば書いているように、「女性の社会進出」は「女性の市場化」でしかありません。

この調子で書きだすときりがないのですが、まあそんなことを話させてもらいました。
でもまあ、そんな私の話とはあんまり関係なく、話し合いはいろいろと広がりました。
若衆宿や頼母子講の話も出ましたし、持てる者が持てない者を助ける関係が自分の親の代にはあったという話、プ―タローでも生きる場所があったという話、農福連携の話、支え合いの前に人をつなぐ共通の話題になるものが大切だ、という指摘もありました。

就労支援活動などに取り組んでいる阿部さんが、社会的弱者とされる人たちは、誰かに役立ちたいと思っている人が多い、いう話をされました。
彼らは、不足を嘆いているのではなく、過剰を嘆いているのです。
もしかしたら、そこに「支え合い」社会を考える重要なヒントがあるかもしれません。
少なくとも私のまわりのほとんどの人は、それとは真逆な考えをしています。
誰かの世話をするのが福祉だとかケアだと思っている人が多いですが、大切なのは、誰かの世話になるということかもしれません。
つまり、「支える」ことを起点として考えるのではなく、「支えられること」を起点として考えることが大切かもしれません。
とすれば、支え合う仕組みを作る早道は、私がまず、支えられないと生きていけない存在になるのがいいかもしれません。
しかし、よく考えてみると、いま既にそうなっているような気もしますが。

昨年、スペインのサンチアゴ巡礼をしてきた鈴木さんが、支え合う場ってスピリチュアリティにつながっているようだと言って、巡礼路にある宿泊所の話をしてくれました。
ビジネスでやっているのとボランティアでやっているのとでは、雰囲気が大きく違うようです。
後者はとっても「あったかい」のだそうです。
ちなみに、実質的には料金はそう変わらないようです。

最後に、阿部さんが、湯島を活かして自分の世界に閉じこもりがちな若者たちのための話し合いの場を湯島でやろうとしていることを話してくれました。
私も参加させてもらう予定です。
そうした具体的な仕組みが少しずつ生まれてくれば、うれしいです。

とまあ、あんまり報告にならない報告ですが、「支え合い社会」に関しては、なかなか私の思いは伝わっていないので、ブログに少しシリーズで書こうと思います。
書き終わったらまたご案内します。
なお、このシリーズのサロンはつづきます。
ともかく具体的な仕組みを生み出したいものですから。

不覚にも風邪をひいてしまい、頭がボーっとしていて、いつもよりさらに冗長な報告になってしまいました。
インフルエンザはなかったので明日には回復するつもりです。

20160123


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2016/01/23

■節子への挽歌3063:不覚にも風邪のようです

節子
不覚にも風邪のようです。
昨日、少しおかしいなと思ったのですが、夕方からの相談を受けている時に、突然悪寒が襲ってきて、体が震え始めたのです。
3本目の栄養ドリンクを飲んで、何とか帰宅しましたが、相談を延期してもらえばよかったのですが、やはりそこに問題があると放ってはおけません。
これはどうも私の習性のようです。
節子がいたら、引き止めてくれるのでしょうが、いまはもう歯止めが聞きません。

帰宅して、湯ぶねで身体を15分ほどあっためて、そのまま寝てしまいましたが、2時半ごろ目が覚めてしまい、また眠れなくなりました。
まあ私もそれなりに自分の心配事もあるのです。
そのうち、昨夜相談に乗っていたことへの対応がいささか不親切な気がしてきて、改めて問題解決について考えだしたら、さらに眠れなくなりました。
熱はあるし、喉は痛いし、何か身体のバランス感覚がおかしいし、何かじっとしていられない気分にさえなってきて、辛い夜でした。

明け方にうとうとして、何とか起きられましたが、早速、昨夜の相談の処方を書き、送りました。
いまもまだなんとなくぞくぞくしますが、少し横になってから、今日も湯島に出かけないといけません。
今日は、「支え合いの仕組みを考える」と言うサロンなのです。
いまの私は、まさに支えてもらいたい状況ですが、こういう状況にあると、ますます支え合いのつながりが大切に思えます。
でも、普段は多くの人は「支え合い」にはあんまり関心は持たないのかもしれません。
今日はあまり集まりがよくありません。

支えられるためには支えなければいけません。
いまの社会は、支える余裕を失っている人が多いのかもしれません。
しかし、支えることこそが支えられることだと気づけば、世界の見方や生き方は変わってくるでしょう。
自分が弱い状況にある時こそ、支え合いを考えるのに適しているかもしれません。
今日は、そういう意味ではいい日なのですが、問題は無事湯島に行けるかどうかです。

その前にまずはもう一眠りしようと思います。
眠れるといいのですが。

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2016/01/22

■節子への挽歌3062:開かない金庫

■節子への挽歌3062:開かない金庫(2016年1月22日)
節子
いま金庫を開けようと頑張っています。
と言っても、銀行強盗に入ったわけではなく、湯島のオフィスにある金庫です。
私の金庫ではないのですが、このオフィスを提供していた人が置いて言ったのです。
中には何も入っていないはずです。
金庫をもらった時に、開ける番号を聞けばよかったのですが、聞きませんでした。
なぜなら一度、銀行に忍び込んで金庫の扉を開ける醍醐味を味わいたかったからです。
それに金庫などは、簡単に開けられると思っていました。
それはシャーロックとかその種のテレビドラマを観すぎているせいでしょう。

分かっているのは、たしか4ケタの数字を押せばいいということだけです。
まあそれもいささかあいまいです。
金庫を置いて言った人にも質問しましたが、その人も今や忘れているようです。
鍵の開かない金庫ほど邪魔のものはありませんが、時間があるときの知的ゲームとしては面白いと思ったのです。
実際にはちっとも面白くないし楽しくありません。
困ったものです。
開けたら数億円のお金や宝物が入っているというのであれば、楽しくなるかもしれませんが。

今日は赤坂でランチだったのですが、後は夕方の打ち合わせまで時間があいていました。
最近、ちょっと寝不足なのですが、湯島で本を読んでいたら寝てしまいました。起きたらすごく寒くいのです。
風邪を引いたのかもしれません。
いやはや困ったものです。
また本を読むと眠ってしまうといけないので、金庫開けに取り組みだしたのです。
まったく反応がありません。
金庫を開ける人は尊敬に値しますね。

ちなみに、この金庫はナンバー方式です。
1から10までの数字盤があり、それを4けた押すと開くのです。
どなたか開け方を教えてくれませんか。
うまく開けられたら中のものを半分差し上げます。
もちろん中には何も入っていないはずですが、もしかしたら、強盗が入って何かを入れてくれているかもしれません。
開け方を教えてくれる人はいないでしょうか。

今日は暇な1日でした。
そろそろ来客です。
いつもは早いのに今日は遅いですね。
調子が悪くなってきたので、早く帰りたいです。

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■節子への挽歌3061:楽しいランチ

節子
15年ぶりではないかと思われる人と再会しました。
実はその人にも会いたくて、あるプロジェクトに参加することにしたのです。
15年ほど前に戻ったように、いろんな話ができました。
ほかにも2人ほど、同席した人がいますが、もう一人は、お名前は知っていて著書も読んでいるのですが、いつか会えるだろうと思っていた人です。
まあ、人は、会うべき人には会えるものです。
現世でなくとも、いつかは、ですが。
もう一人は、引き合わせてくれた事務局の人です。

15年ぶりの人とは、すぐに昔のように話が弾みました。
価値観や生きるスタイルは微妙に違うはずですが、どこかで認め合えるものがあるのです。
変わっていないなと、たぶんお互いに安心したように思います。
15年ほどの間隙は、もう存在しません。

15年ぶりではない、初対面の人が合気道の話をしてくれました。
合気道は、相手の重心に入り込んで、相手の力を抜くことが大切なのだそうです。
そうすれば、自然と相手は倒れてしまう。
それを聞きながら、そうか私は倒されてしまったのだと思いました。
相手の重心に入ったのが、私か節子かは迷うところですが、力を抜かれたのはたぶん私でしょう。
もしそうなら、私のほうがたぶん重心に入られたのでしょう。
正確に言えば、私が自らの重心に節子を入れてしまった。
これこそ関係性の極意かもしれません。
もちろん節子は、そんな極意など意識していたはずもありません。
ただ単に、そうした関係性が、生まれてしまったということです。
節子もまた、会うべき人だったのかもしれません。
いずれにしろ、入れる入れられるは、瑣末な表現の違いです。

倒されたままで人は生きられません。
新しい重心形成が始まるとしたら、そこから新しい生き方が始まる。
ようやく新しい生き方が見えてきて、重心も安定してきた時に、今度は重心にいた人が出て行ってしまう。
今度は、力が抜かれるのではなく、重心が抜かれてしまった。
再び私は倒れてしまったのかもしれません。
だから今はとても生きにくい、のかもしれません。

初対面の人がメールをくれました。

わたくしも面白く、楽しい時間でした。 みなさんの思想の通底音は一緒ですねえ。
楽しいランチでした。 料理も、節子好みのフレンチで、私にもおいしかった。 節子とはこういう食事をしたことがあまりに少なかったのが悔やまれます。

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2016/01/21

■賞味期限切れ間近の食品の横流し事件に思うこと

CoCo壱番のカツ横流し事件を発端にして、他にもたくさんの廃棄食品が横流しされて、再び市場に乗ってしまっている事例が次々と報道されています。
何をいまさらと言いたい気分もありますが、不思議なのはこういう事件が起こると似たようなことが次々と記事になることです。
それはおそらく、そういう事実や状況を、業界の人たちは知っているからではないかと私には思えてなりません。
知っていてなぜ変えられないのか。
そこにこそ、問題の本質があると思うのです。
そう考えると、今回の横流し事件報道に関しても、「問題の捉え方」が違うのではないのか。
ダイコーだけを責めていいのか。
もっと奥深いものがあるのではないかと思うのです。

昨年、CoCo壱番屋の創業者の宗次徳二さんの講演をお聞きしました。
宗次さんは、道端の草を食べるほどの貧しさの中で育ったという自らの子ども時代のことを話されました。
それが実に心に響くもので、「CoCo壱番屋」に行かなければと思っていました。
食材や「食べるということ」を大切にしているお店だと思ったからです。
残念ながらまだ行っていないうちに、こんな「事件」が起きました。
そして、やはり行くのをやめることにしました。
悪いのは、CoCo壱番屋ではなくて、横流ししたダイコーではないか。
CoCo壱番屋はむしろ被害者ではないかと、多くの人は思っているのかもしれません。
私は、そうは考えていません。
CoCo壱番屋にも大きな責任がる。
それはまた次回書くとして、今回は大量の食品ロス問題について書こうと思います。
それは、私の問題でもあるからです。

私は、お金を無駄にすることには大して問題を感じませんが、食材を無駄にすることはどうしても許せません。
お金は単なる「手段的なもの」であって、日銀が印刷した無価値のものですが、食材は多くの人たちが自然の恩恵をもらいながら汗を流して創り上げてきた「価値あるもの」です。
お金を払って自分のものにしたから廃棄してもいいだろうということにはならないと思います。
ですから、賞味期限切れで食品を廃棄することを許容している、食品産業に関わる人たちが理解できないのです。
彼らは、自らが扱っている商品への愛着や誇りはないのでしょうか。
賞味期限切れ近くになると消費者は買ってくれないので廃棄するしかないのかもしれません。
しかし、そこで納得していい問題ではないでしょう。

もし私が廃棄を頼まれた産廃処理業者だとしたら、まだ食べられるたくさんの食材を前に本当に捨てられるだろうかと考えてしまいます。
何とか無駄にしない方法はないだろうか、と考えるのは、人として当然のことではないかとさえ思います。
もちろん、だからと言って、それを横流ししていいということではありません。
読み違ってはほしくありません。念のため。

日本での大量の食品ロスは問題にはなりますが、一向に解消されません。
なぜなのか。
そこにこそ議論の焦点を向けなければいけないのではないか。
大量の食品ロスを出しても、利益が上がる事業構造に問題があります。
いやむしろ大量の食品ロスを出すことによって、利益を極大化させる構造になっているのかもしれません。
そこを見直すべきではないかと思います。

食品ロスの発生は、いうまでもなく過剰生産の結果です。
機会ロスをなくすために、過剰供給しているわけでしょうが、その結果、大切な食材が廃棄させられることになる。
どこかおかしくはないでしょうか。
事業を行う企業は利益を上げるかもしれませんが、食材を廃棄してしまうことは社会にとっては明らかに損失です。
今回の事件で明らかになったのは、日本の食産業と食文化の欠陥ではないかと思います。
供給側もお粗末ならば、消費者側もお粗末です。
食品が、まさに「餌」になっているような気がします。
和食文化が世界遺産になって騒いでいる場合ではないでしょう。
和食文化の真髄を思い出したいものです。

食品ロスを減らす方法はいくらでもあります。
過剰生産を防ぐためには、たとえばトヨタによって広げられたカンバン方式、ジャストインタイムシステムが参考になります。
お客様の注文に合わせて、食材を仕入れ、過剰な食材在庫を持たない、過剰な供給はしないという発想です。
食関連でも、そうした発想で事業に取り組んでいるところはあります。
それが広がれば、膨大な量の食材や食品の廃棄処分はなくなるでしょう。
しかし、残念ながら時代はそれとは正反対の方を向いています。

そして、因果関係はわかりませんが、そうした食品ロス体質の食産業を支えているのが、利便性を追求する賞味期限意識の高い消費者です。
食べていいかどうかさえ教えてもらわないといけなくなった「消費者」たちが、食品ロスを支えているのではないかと思います。
日本人の食文化はこれでいいのか。

みのりフーズの経営者の方が、少しくらい古いものでも洗って食べた世代だと話していましたが、私はその人にとても共感しています。
私は賞味期限切れのものも、もちろん捨てずに食べています。
食材は買った以上は、きちんと食べる責任があるからです。
外食産業の経営者には、そういう責任感を持ってほしいと思います。

いずれにしろ、現在のような食品ロス状況は、変えていかなければいけません。
どうしたら変えられるか、そういう視点で、今回の事件を活かしていきたいものです。
私も、外食も含めて、食については、改めて無駄を避けるようにするつもりです。

長い割には、何か書ききれなかった気がします。
やはり記事の書き直しは、難しいです。

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■カフェサロン「人間と道具、あるいは人間とはなんだろう」のお誘い

年明けに、「箸を考え抜いたら人間とは何かという定義が出来ました」と言うメールを、国際箸学会の小宮山さんからもらいました。
これは会わなくてはいけないと思い、お話をお聞きしました。
私は、その定義には納得できませんでしたが、そこで「人間と道具」そして「遊びと働く」に関する話し合いになりました。
それに、小宮山さんとだいぶ長く話しましたが、まだその真髄が腹に落ちません。
それで、そうしたテーマでのサロンをやろうということになりました。
テーマは、「人間と道具、あるいは人間と遊び」を切り口に、「人間とは何か」を話そうということです。

人間の定義に関しては、「ホモ・ファーベル」(道具をつくる動物)や「ホモルーデンス」(遊ぶ動物)などというのもありますが、小宮山さんの定義はそれにつながりながら、微妙に違うところがあります。

1月に開催したカフェサロン「サービス文明論」でも、科学技術と人間の関係に関しての議論が出ましたが、それにもつながっています。

またまた、なんだかよくわからないサロンになりそうですが、いろんな気付きに出会うかもしれません。
みなさんの参加をお待ちします。

○日時:2016年2月21日(日曜日)午後1時~3時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「人間と道具、あるいは人間と遊び」
○問題提起者:小宮山栄さん(国際箸学会会長)
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

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■節子への挽歌3060:琵琶を聴く会をやることになりました

節子
流れを変えたくて、急に思いついて、小学校時代の友人たちに声をかけました。
そして、なぜか琵琶を聴く会を開催することになりました。
節子も知っているMさんから、昨年から琵琶を習いだしたという年賀状が来たので、一度、琵琶を聴く会をやろうかなどと半分冗談で話したら、実はもう一人、前々から琵琶をやっている人がいて、彼女がぜひやりたいということになったのです。
既に演目まで決めたというので、後に引けなくなりました。
まあ人生はこんな感じで進んでいくものです。
折角なので、暇そうな気の置けない同窓生に声をかけました。
いつもはうるさい連中ですが、断る理由がないから、ということで、みんな参加することになりました。
男性3人、女性3人、それに私です。
琵琶の弾き手は2人です。
さてさてどんなことになるのでしょうか。

どこでやろうかということになったのですが、それぞれが住んでいるところの中間点が湯島なので、いっそ、湯島でということになりました。
騒音問題はないか気になりますが、大丈夫だと言います。
もしダメなら、上野公園の野外鑑賞会にすればいいとも考えました。
演奏者の前に、空き缶をおいておけば、お金を入れてくれる人がいるかもしれません。
しかし、反面、なわばりの管理者から場所代をとられるかもしれません。
最近、私の運はあんまりよくない状況なので、後者の可能性が強いような気がします。
やはり湯島でやりましょう。

なんで琵琶を聴く会なのかと訊かれたので、まあみんなが集まれるのも最後かもしれないので、お互い、言い残したいことを琵琶に乗せて語ろうよ、とうっかり答えてしまいました。
琵琶は、どこか彼岸とのつながりをつくってくれる楽器のような気がします。
しかし、今回集まるメンバーには、言い残したいことも見つかりません。
言い残される危険があるので、それは止めて、単に琵琶を聴くだけの会にしました。

さてさてどうなるか。
再来週開催の予定です。
女性陣に会うのは、久しぶりです。
なかには30年ぶりの人もいます。いや40年ぶりでしょうか。

流れがいい方向に代わればいいのですが、ちょっとメンバーを間違えたかなと心配です。
この記事を読んでいないといいのですが。

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■CoCo壱番のカツ横流し事件に関してのお詫び

カレーチェーン「CoCo壱番屋」が廃棄を依頼した冷凍ビーフカツなどを産廃処理業者が横流ししたことが大きな問題になっています。
これに関しては1週間ほど前に、「一番悪いのはCoCo壱番屋ではないのか」というタイトルで、ブログを書きました。
そこでは、主に、「賞味期限切れ直前の食品の横流し問題」を中心にして、いまの食産業のあり方とそれを支える私たちの生き方への違和感を書きました。
読者から、「CoCo壱番は異物混入のおそれがあるので廃棄処分を依頼したのであって、賞味期限が問題ではなかったのではないか」とコメントをもらいました。
たしかに、言われてみれば、問題を整理しない粗雑な書き方でした。
最後に、「必ずしもCoCo壱番を非難しているのでもありません」と書きましたが、読者が「CoCo壱番非難」と受け止めたとしても仕方がありません。
それで、その記事を削除させてもらいました。
タイトルも含め、粗雑な記事を一時的とはいえ、公開したことを反省し、読者にはお詫びいたします。

私自身は、仮に異物混入が原因だとしても、その処分の仕方や食品への扱い方に違和感があったのですが、どうしても読者は「個別の事件の内容分析」に興味があるようです。
それ自体が、まさに現代の特質のような気もします。
連日のテレビのニュース報道を見ていて、あまりのしつこさや細部への報道に、時代を隠そうとしているのではないかとさえ思ってしまいます。
事実、そうしたバス事故や横流し事件やSMAP騒動のかげで私たちの生活に大きな影響を与えるようなことが国会ではどんどん進められています。
民主党の議員が、国会でSMAPのことまで首相に質問する有様です。
それにしても、SMAPが国民的存在だなどという風潮は、まさにローマ時代の「パンとサーカス」を思い出させられます。

話がまたそれましたが、そんなわけで、ブログの記事を削除した後、何回か書きなおしてみたのですが、どうもうまく書けません。
しかし、その後の動きを見ていて、やはり書いておこうと思います。
ダイコーやCoCo壱番の奥にあることこそが、問題なのではないかと思うからです。
そこに居るのは、私たちです。
社会を正そうと思うのであれば、まずは自分の生き方を考え直すことから始めなければいけません。
他人事に社会を観察し語る人たち(私も時にそうなっているのかもしれませんが)だけでは、社会は変わらないでしょう。

今朝の朝日新聞に、辺見庸さんのインタビューが大きく出ていました。
彼の「流砂のなかで」という、高橋哲哉さんとの対談を読んだところですが、フェイスブックにも書きましたが、おふたりの見事な主体的な生き方にはいつも多くのことを気づかされます。
価値観は人それぞれだとしても、問題だけはしっかりと見据える努力をしたいと思っています。

つづけて、2回にわたり、先の記事を書き直したものをブログに掲載させてもらう予定です。
うまく書ければいいのですが。

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2016/01/20

■節子への挽歌3059:誠実さの証

節子
今年初めて畑に行きました。
大根とネギが育っていましたので、収穫してきました。
しかし、きちんと土をかぶせていなかったので、あまり良い成長はできていませんでした。
小松菜は蒔くのが遅かったのと、間引かなかったため、いささか惨めな状況で、収穫はできませんでした。

数日前から外食レストランチェーンが起こした、食材のひどい扱いが報道されていて、それに憤りを感じているのですが、これでは私も同罪ではないかと反省しました。
しかし、寒くなると、近いとはいえ畑に行くのは億劫なります。
花がないのも、その理由の一つですが、水仙だけは咲いていました。

暖冬で、しばらく前まで元気だったランタナや琉球朝顔も、さすがに枯れてしまっています。
花がないわけではありませんが、さびしい庭になっています。
しかし、こういう時期にこそ、手入れをきちんとしなくてはいけないのです。
声もかけなければいけません。
誠実に付き合ったかどうかは、その時期になれば、はっきりと現れてきます。
それは、人の付き合いでも同じでしょう。

節子との付き合いにおいて、私は誠実だったことには自信があります。
しかし、むすめたちとの付き合いは、どうも誠実とは言えなかったかもしれません。
最近、それがよくわかります。
娘たちから教えられることが多いです。

友人たちとはどうでしょうか。
これもあまり自信はありません。
見ず知らずの人への誠実さは、少しは自信があるのですが。
どこかでやはり、生き方を間違えているのかもしれません。
自分で思っているほどには、私はどうも「誠実」ではないようです。
その「証」に出会えないのですから。

元気に前向きにと思って始まった新しい年は、なにやら元気が出ないことばかりで、なかなか動きだせません。
困ったものです。

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2016/01/19

■節子への挽歌3058:中途半端な風の人

節子
今日は地元の我孫子で活動している女性たちと話し合いをしました。
実は、地元の我孫子周辺での新しいネットワーキングをしたいと思っているのです。
節子がいたら、まったく違った方法で、我孫子の女性たちのつながりづくりを試みたと思いますが、いまはそれも難しいです。
幸いにもある方から声がかかったので、会いに行きました。

途中で、近くの、私よりも年上の女性にあいさつされました。
最初は誰だか気づかなかったのですが、以前から我孫子に住んでいて、生活レベルでの地域活動をされている方だと気づきました。
もうかなり前になりますが、市長選挙で、その方たちの仲間の応援をささやかにさせてもらった時にお会いしたのです。
私は、女性の顔がなかなか覚えられません。
男性はかなり覚えられるのですが、女性の顔はなぜかあんまり区別がつかないのです。
ですから街中であいさつされても戸惑うことも少なくありません。
困ったものです。
先日もサロンに来てくださった方の顔がすぐに思い出せませんでした。
女性の顔は「変化」するからかもしれません。

さらに歩いていくと、横に自動車が止まりました。
なんだろうと思ったら、窓が開いて、声をかけられました。
市役所の青木さんでした。
これから都心に出張だそうですが、まさか青木さんに会うとは思っていませんでした。
というのは、我孫子で新しいネットワーキングをしようと思いだした一因は、青木さんのある言葉に始まったからです。
それに関しては、今回は書くのを止めますが、どうやらまたシンクロニシティの波がやって来たようです。

お会いしたのは、それぞれ別々に活動している女性たちでした。
いずれの方も、これまでとは違った発想での活動に転じつつあるようでした。
だとしたら接点があるかもしれません。
そう思えたこともあり、いつものように、失礼な質問を重ねてしまいました。
しかし怒らずに最後まで付き合ってくれました。

話していたら、やはり共通の友人知人がいることがわかってきました。
地域で活動するということは、そういうことなのでしょう。
しかし私は、我孫子に住んではいるものの、転居してきたのが、たしか37歳でした。
ですから生活次元での共有体験を持っている人が、残念ながらいません。
「土の人」と「風の人」に分ければ、私は中途半端な「風の人」でしかありません。
幼なじみもいませんし、子ども時代を知りぬかれた先輩もいません。
女性の場合は、それでもすっと「土の人」に入り込んで行けますが、私の場合は苦手です。
節子がいたらなあと、改めて思った1日でした。

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2016/01/18

■カフェサロン「仕事における居場所感」のご案内

今回は報告会を兼ねたカフェサロンのご案内です。
昨年、慶應大学環境情報学部の氏家さんが、「仕事における居場所感」についてのアンケート調査を実施し、その研究成果をまとめました。
調査にご協力いただいた方へは、その成果の発表論文が届けられていると思いますが、改めて湯島で、氏家さんに直接ご報告いただき、参加者で話し合うサロンを開催しようと思います。
氏家さんは、これからもこのテーマでの調査研究を進めていく予定ですので、こんな視点もぜひ研究してほしいというような要望も出していただければと思います。
ご関心のある方のご参加をお待ちします。
初めての方も歓迎です。
なお、参加される方には、あらかじめ氏家さんのまとめた研究成果の要旨論文をお届けしますので、ご連絡ください。

○日時:2016年2月9日(火曜日)午後6時半~9時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「仕事における居場所感」
○問題提起者:氏家慶介(慶應大学環境情報学部学生)
〇スタイル:最初に氏家さんから調査結果の発表をしてもら、その後、自由に話し合います。
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

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■節子への挽歌3057:死者からの支え

節子
東京は雪のようですが、我孫子は残念ながら雨です。
昨年、一瞬だけわが家の庭では小雪が降りましたが、先日の雪降りの日もわが家は雨でした。
わが家は、まだあったかいものに包まれているようです。
とはいうものの寒いです。

エリアス・カネッティの「群衆と権力」を何とか読んだのですが、そこに死者の権力、あるいは死者から力をもらうという話がたくさん出てきました。
たしかに、私たちのいまの生は、先を生きていた多くの死者から支えられています。
まるで人は、未来の人のために生きているようでもあります。
そして自分もまた、その「先を生きたもの」に仲間入りしていくわけです。

そんな大きな話にしなくても、いまの私の暮らしは、節子に大きく支えられています。
日常的な、極めて小さなことで、それに気づくことは少なくありません。
私の生き方は、私一人ではなく、節子とともに育ててきたからです。
ですから、節子がいなくなっても、その生き方は変わりません。
それを変えたら、私ではなくなってしまう気がするからです。
夫婦とは、家族とは、そういうものだと私は思っていました。
しかし、どうもそれは必ずしも基本ではないのかもしれません。

長年一緒に暮らしてきたが、死後は別々に暮らしたいという「死後離婚」が増えているそうです。
具体的には、たとえば、お墓を共にしないということでしょう。
なぜ生前に離婚しないかと言えば、経済的な理由が大きいようです。
私の考えでは、なかなか理解はできません。
私は、離婚は否定はしませんが、一緒に暮らすのが嫌なら、生前、つまり現世でこそ、離婚すべきだと思うのです。
パンのための人生ではなく、バラのための人生だと私は考えているからです。
しかし、生前は我慢して一緒に暮らし、死後の彼岸では別々に暮らす。

やはりみんな死後の世界を信じているのでしょう。
死後の世界を信ずるということは、現世を諦めているということにもつながります。
しかし、死者への追悼の念を失ってしまうことは、彼岸を否定することにもなりかねません。
大きなジレンマを感じます。
なにやら末世の世になってきているような気もします。

カネッティの話に戻せば、死者からの支えこそ、改めて私たちはしっかりと認識することが大切ではないかと思います。
昨日は阪神大震災から21年目でした。
あの日から、生き方を変えた人もあれば、社会が大きく変わったこともありました。
死者の悲しみは、無駄にしないようにしなければいけません。

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2016/01/17

■自由とは責任を伴うもの

長野県軽井沢町で1月15日に起きた軽井沢町でのスキーバス転落事故は41人が死傷するという惨劇になりました。
事件を起こしたのは、深夜に首都圏を出発し、スキー場に向かう「夜発」と呼ばれるツアーのバスでした。
報道によれば、スキー人口が減るなか、顧客を増やそうと、こうした「割安プラン」を企画する旅行会社は多いそうです。
事故で亡くなられた人たちのことが大きく朝日新聞で報道されています。
「学生12人 描いた夢」と大きな見出しで前面に亡くなった12人の学生たちのそれぞれの紹介があります。
とても違和感があります。
どこかおかしいのではないか。

亡くなった12人の若者に、特に大きく同情する気にはなれません。
もっと同情したい人は、私のまわりにもたくさんいるからです。
関係者の方がいたら、申し訳ないのですが、お許しください。
もちろん個人の死への追悼の念は持っていますし、バス会社への怒りも感じます。
しかし、この事故で問われるべきは、私たちの生き方ではないかと思うのです。
12人の若者を責める気はありませんが、単に「被害者」としてしか考えない社会の風潮には違和感があります。

思い出すのはポランニーです。
ポランニーは、若いころに書いた「自由について」という論考でこう書いています。

自由であるというのは、典型的な市民のイデオロギーにおけるように義務や責任から自由だということではなく、義務と責任を担うことによって自由だということである。
それは免責の自由ではなく自己負担の自由であり、したがって、そもそも社会からの解放の形態ではなく社会的に結びついていることの基本形態であり、他者との連帯が停止する地点ではなく、社会的存在の逃れられない責任をわが身に引き受ける地点なのである。

市場社会は、個人の責任を「免責」する機能があります。
保険のような制度や株式会社という仕組みは、まさに個人の責任をシェアし、みんなを生きやすくするために生まれた知恵だと思いますが、そうした社会の中に住んでいると、そもそも責任という意識そのものが消え去りがちです。

経済人類学を提唱したポランニーは、市場経済で消費の自由を謳歌する消費者は、価格さえ支払えば入手できる財やサービスが、直接には目に見えない多数の人間の「労苦や労働の危険、病気や悲劇的事故という犠牲を払って得られる、という事実が存在しないかのような錯覚に簡単に陥る」とも書いています。
そうしたことへの気付きから、最近はフェアトレードの考えが広がっているとはいえ、私たちの多くは、まだ「安いもの」の「意味」へは極めて鈍感です。
そこにどれほどの「リスク」があるか、思いもしなくなってきています。
格安バスツアーには、当然それなりのリスクがあるわけです。

昨日、湯島で開催した「サービス文明」をテーマにしたサロンでもトンネルの天井剥落や危険な橋梁に関する話が出ました。
それらをすべて「安全」にするのは無理でしょう。
トンネルにしても橋梁にしても、そこに「リスク」があることを私たちは意識しなければいけません。
「安全」を行政や企業などの第三者にただ要請するだけではなく、安全を望むのであれば、自らもまた応分の責任を負担しなければいけません。
今回の事故は、そうしたことを考えるきっかけにしたいものです。
問われているのは、私たちの「生き方」です。
そう考えると、いまのマスコミの報道姿勢には、どうしても違和感を持ってしまうのです。

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2016/01/16

■カフェサロン「サービス文明論を語ろう」の報告

今日のカフェサロン「サービス文明論を語ろう」はまたまた超満員になってしまいました。
いつもと違って、今回は企業にお勤めの方にも少し声をかけさせていただいた結果、半数は企業の人でした。
しかし、ホームレス支援や障がいのある人の就労支援などに関わるNPOの人など、いつものように様々な人も参加してくれました。
若者の参加がなかったのが残念でした。

20160116

話題提供者は、元日経記者の坪田知己さん。
坪田さんはずっと前からメディア革命による社会や企業のあり方についての本も出されていますが、多様性を支えるサービス文明社会が到来したという「サービス文明論」も電子出版しています。
今回は、今や私たちは「機械の奴隷」になってしまったという話から始まり、つづいて、サービス文明社会の特質やそこでの生き方、働き方について、さまざまな問題提起がありました。
いろいろと突っ込みたい論点はたくさんありましたが、要はみんながもっと自分らしく生きられる社会が来そうだ、あるいはそういう社会を目指すべきだという話だったように思います。
そして、そのためのキーワードは、「個人の尊厳」と「信頼」「自律」という話でした。
あまりにも簡単なまとめですみません。

実際には、利己主義から利他主義へ、匿名社会から顕名社会へ、オープンエンドからオープンスタートへ、などといった話もありました。
「健常者」と「障がい者」の区別も解消されるのではないかという議論もありました。

アマゾンが過去の購入履歴を分析して、個人あてに推薦してくる書籍はなかなか的を得ているというような話もありました。
しかし、まさにそこにこそ、私は「管理された人間」を感じます。
自分では気づかないままに、得体のしれないものに操作され、「自分らしく生きている」ようで実は、その「自分らしさ」も「与えられた自分らしさ」になっているのではないかと思うわけです。
言い換えれば、「自律的」に生きているようで、実は「他律」されているのではないかと言う話です。
今回は、何しろ参加者も多かったので、そこまでの議論にはなりませんでしたが、いつか議論したいテーマではあります。

さらにいえば、そもそも「サービス」という言葉が問題かもしれません。
サービスの語源は「スレーブ slave」、まさに奴隷です。
私自身は、サービス社会は「奴隷社会」とほぼ同義と考えています。
坪田さんは、一方で「おもてなし」という言葉も使っていましたが、おもてなしには「尊厳」と「信頼」が含意されていますので、むしろ「おもてなし」とか「ホスピタリティ」という言葉のほうがいいような気もします。
しかし最近は、「おもてなし」も品格を失ってしまった言葉に成り果ててしまったかもしれませんが。

坪田さんは、インターネットと仏教の話にも少し言及しました。
常々、インターネットは華厳経に出てくる「インドラの網」、つまりインドラネットと同じだと思っている私にとっては、この議論もしたかったのですが、これまた始めるとさらに時間が延びるので我慢しました。
しかし、インターネットの意味は、もっとしっかりと考えるべきだろうと思います。

というわけで、1時間延長したにもかかわらず、話したりなかったことがみなさんそれぞれに多かったのではないかと思います。
そして、いかにも勝手な報告になってしまいました。

サロンは、異論反論が出るところに意味があります。
坪田さん、ありがとうございました。
坪田さんの問題提起は、さまざまな刺激を与えてくれましたので、どなたか、このパート2をやってくれませんか。


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2016/01/15

■節子への挽歌3056:人と関わるということ

節子
広島のOさんが、昨日電話してきてくれました。
この挽歌を読んでいて、私の精神があまりに上下しているのを心配してくれたのでしょう。
この挽歌は、時々読者がいることを忘れてしまうことがあります。
読者を意識すると、それなりに「見栄」も張れるのですが、忘れてしまうと支離滅裂になってしまいます。
気分のぶれは隠しようもありません。

Oさんは福祉の世界で活動されていますが、この数日、大変なご苦労をしていたようです。
福祉の世界は、本来的に「人の生き死に」に関わる世界ですから、単なる「労働」や「仕事」とは全く違うものです。
しかし、最近はそれがすべて「ビジネス」にからめとられようとしています。
それに抗うように、活動している人も決して少なくありません。
節子が闘病していた時にも、そういう人に何人かお会いしました。
そういう人に、どうやってお礼をしたらいいかわからないのですが、まあ私にできることは「恩送り」、つまり、誰かに対して、同じような対応をすることです。

福祉の世界に関わりません。
人と関わるということは、そういうことかもしれません。
だからこそ、煩わしくもあり、喜びでもある。
しかし、最近の「人との関わり方」は極めて無機的で、感情を入り込ませないようにする傾向が強まっているような気がします。
人間関係が、まるで機械における部品関係のようになってきています。
そうした社会が行く着く先は明らかです。
人のいない社会は独走し、全体主義へと向かうでしょう。

そうならないように、いろんな人が出会い、いろんな意見や生き方があることの面白さを気づきあうサロンをやっていますが、一人でやっていると頭が混乱したり、時に案内を忘れたりしてしまいます。
そのおかげで、私は実にさまざまな人との出会いに恵まれ、機械部品にならずにすんでいますが、それが幸せな生き方かどうかはわかりません。
気分が乱高下したり、時に怒りや悲しみに襲われたりする人生が幸せなのかどうか。
節子という伴侶がいたら、波乱に満ちた生活は間違いなく楽しいでしょう。
しかし、一人だと、その面白さや楽しさに気づかず、悲しさはただ悲しいだけ、怒りはただ怒りだけになっているのかもしれません。
でもまあ、湯島でのサロンに来てくれる人がいるのですから、少しは誰かの役には立っているのでしょう。
明日のサロンも、いま15人目の申込者がありました。

明日は元気をもらえるといいのですが。

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■節子への挽歌3055:笑い

怒り、涙、とくれば、その後はやはり「笑い」が来てほしいと思います。
昨日、湯島に向かう途中に、ふと、そう思いました。
思うことは実現するものです。

湯島では2人の人に会いました。
一人は今年から交流が始まった「魔法使いのカシュカシュ」さんです。
魔法使いと話していると、ついつい現実の世界から飛んでしまい、自然と笑いが出てきます。
もう一人は、生き方においてノマドな人です。
ノマドな生き方もまた、自然と笑いが呼び起こされます。
それなりに笑いのあった1日でした。
人は気分が重くても笑えるものなのです。

笑いといえば、最近、笑いヨガ(ラフターヨガ)の活動をしている人たちと付き合いが増えています。
私のまわりにもすでに10人以上のラフターヨガの実践者がいます。
いい人ばかりです。
しかしなんでわざわざ「笑い」に取り組むのでしょうか。
どこかに哀しさを感じてしまいます。
人が「笑い」に意味を感ずるときはどういう時か。
それを思ってしまうのです。

節子が病気の深刻さを知った時、数日は泣いてばかりでした。
散歩に出かけても涙が出てきます。
そして、「笑い」が免疫力を高めるからと、笑いを起こすようなテレビなどを見ることもありました。
綾小路きみまろのDVDを送ってきてくれた人もいます。
しかし、免疫力を高めるために笑うことは、いささか哀しいことではあります。
私も節子も、そうどこかで感じていたのでしょう。
大切なのは、「笑うこと」ではなく、「笑いがあふれるような生き方」でしょう。
しかし、そういう生き方は、闘病中の当事者に求めるのは、かなり酷なことでもあります。
笑うために何かをするというのは、私の性分には会いません。
節子もまた、そういう考え方の人でした。
そんなことがなくても、わが家には笑いは十分にあったはずです。
しかし、いまにして思えば、必ずしもそうではなかったのかもしれません。

節子が逝ってしまった後、私に「怒り」と「涙」があふれ出しました。
犬の散歩をしながら、どれほど涙を流したでしょうか。
空に向かってどれほど怒りをぶつけたでしょうか。
しかし、怒りは消えるものです。
そして涙さえ、意味を変えてきます。
ただ、笑いだけはたぶん永遠に戻っては来ないでしょう。
笑っていてもどこかに違和感を持ってしまうのです。

愛する人を喪うと自分の一部を失う。
失うのは、感情かもしれません。
節子がいた頃といなくなってからでは、あきらかに私の喜怒哀楽は、どこかリアリティを感じなくなってきています。
とりわけ「笑う」ことがなくなった。

会社を辞めてからの私に取材して記事にしてくれた人がいます。
その人は、私のことをこう書いてくれました。
「ともかくよく笑う」
しかし、最近は笑うことが少なくなった。
しかしこれだけはどうしようもありません。
免疫力が低下してしまっているかもしれません。
身体はともかく、精神は過剰なほどに弱くなってしまっているのかもしれません。

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2016/01/13

■節子への挽歌3054:「人は愛する何かに出会う度に、自分の一部を得る」

節子
やはり今日もどうも元気が出ません。
書こうと思っていた年賀状も1枚も書けませんでした。
まあそういうこともあるでしょう。
無理をすることもありません。

年甲斐もなく、と言われそうですが、今日は無性に泣きたい気分になりました。
そういえば最近あまり涙を流していません。
人は時に涙が必要です。
怒りよりも涙の方が健康にもいいでしょう。
そこで思いついたのが、ジョディ・フォスター主演の映画「ブレイブワン」です。
以前、時評編や挽歌編で、何回か書いたことのある映画です。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2008/12/post-0d30.html
あの映画なら、泣けるだろうと思いました。
映画のあらすじはもう頭にこびりついてはいるのですが。
映画の冒頭に出てくるのが、主人公のエリカが語る次の言葉です。
「人は愛する何かを失う度に、自分の一部を失う」

残念ながら涙は出ましたが、泣けませんでした。
泣ける映画は「永遠と一日」かもしれませんが、「ブレイブワン」を観終わったら、泣きたい気分も消えました。
不思議なことに、「怒り」の気持も消えました。
数日かかりましたが、ようやく気分が落ち着きました。
明日は湯島にも行けそうです。

エリカの言葉ですが、こうも言えます。
「人は愛する何かに出会う度に、自分の一部を得る」
人を愛すると、人は強くなる。
だから人を愛した人は、一部を失っても大丈夫なのかもしれません。
エリカがそうであったように、新しい自分が生まれるかもしれません。

いまであれば、以前書いたような挽歌とはかなり内容が変わりそうです。
私もどんどん変わっているようです。
それを、素直に受け入れなければいけません。

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■節子への挽歌3053:「思ってもいなかった人」からのメール

節子
昨年はさんざんな年だったので、今年は良い年になるだろうと思っていました。
しかし、どうも新しい年の始まりは、あまり良いものではありませんでした。
また2つ、私にとっては厳しいニュースが入ってきました。
世界がどれほど平和であろうと、身近な人たちが平和でなければ、人は心やすまることもないでしょう。
昨日はいささか滅入りすぎて、そろそろ動きだそうと思っていた気が、また消えてしまいました。
この数日の寒さは、もしかしたら、3人の人たちの心のせいかもしれません。
こうした出来事が、世界を凍らせてしまっているのではないかと思うほどでした。
昨日は湯島に行く元気もなく、また自宅で縮こまっていました。

昨夜、気を取り直して、パソコンに向かいました。
メールを開いたら、思ってもいなかった人からメールが届いていました。
「修さん、挽歌はもしかしたら、私のことでしょうか?」
それを読んでいささかまた混乱してしまいました。
まさに、そうだったからです。
「そうだとすると、ほんとにご心配かけて申し訳ありません。
私はなんとか、元気というかやっています。」

先日は衝動的に挽歌を書いてしまいましたが、やはり少し考えてから書こうと思い直しました。
それで書き出していた挽歌の記事もアップするのをやめました。
どうもまた私の思考は混乱しているような気がするからです。

そして今朝、またパソコンを開きました。
さらに「思ってもいなかった人」からの私を元気づけるメールです。
役割の立場が逆転している。
そう思いました。
もう少し考えなければいけません。

今夕からまた挽歌と時評を再開しようと思います。
今日は延ばし延ばしにしていた年賀状を書きながら、少し自らの生き方を考え直そうかと思います。
反省点がありすぎます。
自らには見えていませんが、今回はまたいろいろと気づかせてもらいましたので。

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■コムケアサロン「学童保育の子どもたち」のお誘い

子どもから社会を考えるサロンの3回目は「学童保育から見えてくる子ども世界」をテーマに、学童保育に関わっている上野陽子さんに話題提供してもらいます。
上野さんは、このシリーズを始めるきっかけになった「日本子どもNPO白書」の編集委員でもあります。

子どもの貧困が話題になりだしていますが、貧困は「経済的な面」だけではありません。
また、「子どもだけの問題」でもありません。
経済問題を超えた、社会のあり方の問題であり、私たち一人ひとりの生き方の問題です。
学校や家庭から見えているのとは違った子どもの状況が、学童保育の世界から見えてくるはずです。
そうした学童保育の場で、子どもたちと触れ合っている上野さんのお話を受けて、私たち自らの生き方を考えてみたいと思っています。

さまざまな立場のみなさんの参加をお待ちしています。

●日時:2016年2月6日(土曜日)午後1時半~3時半
●場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●テーマ:「学童保育から見えてくる子ども世界」
●話題提供者:上野陽子さん(NPO法人日本子どもNPOセンター)
●参加費:500円
●申込先:comcare@nifty.com


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2016/01/10

■節子への挽歌3052:「怒り」の独白

節子
時に、声をかけられないほど、声をかけたくなることがあります。
なんとか声をかけたい気分なのに、どう声をかけたらいいのか全く分からない。
相手は声をかけてほしくないと思っているかもしれません。
しかし、そういう時こそ、声をかけてくれるのを待っているのかもしれない。
私自身の経験においても、自分ながらに矛盾した気持ちが行き来した記憶があります。
どんな声であろうと、私の場合は遠くにしか聞こえませんでした。
しかし、時に声が近くに響いて傷ついたこともある。
節子を見送った後のことをいろいろと思い出しました。

私の友人に、とても残酷なことが起こってしまったことを知ったのは、数日前です。
それ以来、声をかけるべきか、かけないべきか、頭が整理できません。
かけてもかけなくても、後悔が残るでしょう。
かけてもかけなくとも、相手を傷つけることになる。
こんな時には、あまり考えずに、素直に思ったように行動するのがいいのですが、考えてしまうと、もう思考が空回りしだして、動けなくなってしまう。
そんな数日を過ごしています。
このブログを書くことも、なんとなく気が重くさえなっていました。
何かを書いていると、どうもそのことが頭に浮かんでくるのです。
声にならない、文字にならない、なにかが心身に渦巻いている感じです。

節子を喪った「怒り」を、私はこの挽歌でほぐしてきました。
彼は、どうやって、「怒り」をほぐしているのだろう。
25年ほど前に,彼から聞いた話が、いまでも頭から離れません。
彼がああいう話をしたのは、こういう時に声をかけてということだったのではないのかなどと、ついつい過剰な考えをしてしまう。
私なら、ほぐしの相手になれるかもしれないと思う一方で、それは私の思い上がりだという気もします。
彼は、私よりも強いから大丈夫だろうと思う半面、強そうに見える人こそ弱いのだという気もしてくる。
彼の場合は、私と違って、伴侶がいますから、怒りをシェアできているかもしれません。。
しかし、シェアできない怒りもあるかもしれない。

自分のことでもない、そうした残酷な体験の渦中にある友人のことを思うと、私にもなぜか「怒り」がわいてくる。
彼のように善く生きている人が、なぜこんな仕打ちを受けなければいけないのか。
そういえば、私だって節子だって、それなりに「善く」生きていたはずだ。
にもかかわらず、私たちも不条理な別れ方を余儀なくされたのはなぜだろう。
「怒り」をぶつける相手がいないのは、もしかしたら私なのかもしれません。

読者には何のことやらわからないと思いますが、今回は私の怒りの独白としてお許しください。
声にも文字にもならない私の思いを、少しだけほぐすことができました。
書くだけで、先方に何かが伝わることがあるかもしれません。
この挽歌に私が書くことで、彼岸にいる節子に私の思いが伝わるように。

彼の平安を、深く祈念します。
できるだけ早く、彼にところに会いに行こうと思います。

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■節子への挽歌3051:人間とはバラを楽しむもの

節子
三連休だというのに、まだ怠惰さから抜け出せずに、ダラダラしています。
ダラダラしていると、つい挽歌もさぼりたくなってしまいます。
昨日は結局書かずに終わってしまいました。
このままだと今日も書かずに終わりそうです。
困ったものです。

まあそういうダラダラしている人は私だけではなさそうです。
某社の社長のKさんから電話がありました。
今日と明日、暇なんだけど、湯島でなんかやっていないのか、という電話です。
話していると、Kさんは「人間とは何か」がわかったというのです。
要するにそれを私に話したいのかもしれません。
今日はもう出かけたくなかったので、明日、お会いすることにしました。

さて「人間とは何か」とは難しい話です。
Kさんが、パスカルも気がつかなかった定義だというので、私はパスカルにヒントを得て、「人間とはバラを楽しむもの」だと思うと、軽はずみな定義をしてしまいました。
でも定義というのは、口から出てしまうと、その気になってしまうものです。
「人間とはバラを楽しむもの」。
なかなかいい定義です。

パスカルとバラのことは、以前、この挽歌でも書いた気がします。
湯島の玄関の花は、節子が行けなくなってからは、造花にしていますが、最後に節子がセットしたバラの花のままです。
わが家の庭のバラは半分くらいなくなってしまったと思いますが、節子はバラが好きでした。結婚してから、節子は私の友人の男性から真紅のバラの花束をもらったことがあります。
それ以来、節子はバラの花が好きになったのかもしれません。
まあ、好みなどというものは、そんなものです。

念のために言えば、「人間とはバラを楽しむもの」の「バラ」に特別の意味があるわけではありません。
食べられもしないバラを楽しむのが人間だということです。
言い換えれば、パンだけでは生きていけないのが人間なのです。

しかし、問題は、最近私がどうもバラを楽しめなくなっていることです。
バラにあまり関心がなくなっているのです。
かといって、パンに関心があるわけでもありません。
生物的に生きることにも、人間的に生きることにも、さほど興味がなくなってきているというべきかもしれません。
涅槃の境地に近づいてきたと言いたいところですが、単に怠惰さの中で人間であることを忘れつつあるのかもしれません。

バラを楽しむことを、思い出さなければいけません。

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2016/01/09

■ちょっとハードなカフェサロン「フランクフルト学派と市民性」のご案内

昨年、「ドラッカーとナチスと市民性」をテーマにした「ちょっとハードなカフェサロン」を開催しましたが、そこで話題になったフランクフルト学派の近代批判をテーマに、「市民性」を考えるサロンを開催します。

フランクフルト学派とは、人間が自然や人間を支配し搾取する構造を持つ西欧近代の思想を批判し、1960年代の若者たちの運動や新しいコミュニティ論に影響を与えてきた一群の思想家です。
今回は、社会学史研究者の楠秀樹さんから、40分ほどフランクフルト学派の話をしてもらい、それをベースに、現代日本の社会のありようや課題、さらに前回田中さんが提起した「市民性」に関しての気楽な話し合いができればと思います。

こう書いてくると何やら小難しそうですが、勉強会ではなくカフェサロンですので、いつものように、気楽な話し合いにしたいと思います。
フランクフルト学派などは名前も聞いたことがないという人こそ、大歓迎です。
いまいささか袋小路に入っている感のある社会について、ちょっと違った視点で、話し合い、それぞれの気づきを得られる場になればと思います。
11月にサロンをした田中さんと16日に「サービス文明論」のサロンをする坪田さんも、議論に参加してくれる予定です。

みなさんの参加をお待ちします。

○日時:2016年2月13日(土曜日)午後3時半~6時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「フランクフルト学派と市民性」
○問題提起者:楠秀樹さん(社会学史研究者:東京理科大学講師)
○スタイル:楠さんのお話の後、田中さん、坪田さんからコメントしてもらった後、みんなで話し合いたいと思います。
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

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2016/01/08

■節子への挽歌3050:良い年を目指すか、怠惰な暮らしを目指すか

節子
湯島に来ています。
今年はまだ今日で2回目です。
この年末年始はおどろくほど怠惰に過ごしています。
前回来たのは3日でしたが、オフィス前の通りが初詣客ですごい行列でにぎやかでしたが、今日は静かです。
オフィスも来客もなく、静かです。

今日は夕方から新年会なのですが、それまで手持無沙汰です。
昨年末に掃除もしなかったことを思い出して掃除をしようかとも思ったのですが、昨日テレビで見た「掃除の仕方」を思い出しました。
それには道具が必要なのですが、その道具をまだ買っていません。
それでまあ掃除は今度にしようと、また先延ばししました。
なにしろ昨年末からの2週間で、怠惰さが身についてきています。
怠惰な生活に慣れるとなかなかそこからは抜け出られません。

そういえば洗面所のタオル類も交換していないことに気づきました。
節子がいなくなってから、そういうことが忘れがちになってしまっています。
困ったものです。
さてほかに楽な仕事はないだろうか。

年賀状も買っていないことに気づきました。
いまさらと思われるでしょうが、電子メールなどをやっていない人にはやはり返信したと思います。
郵便局が近くなので、買いに行ったら、運よく、今日までですよと言われました。
帰りに湯島天神にお詣りしていなかったことを思い出しました。
境内は結構にぎわっていました。
節子と一緒だったら飲むであろう甘酒は節約しました。
お賽銭も少し節約して100円コインにしてしまいました。
今年も神様からは応援してもらえないかもしれません。
でも神様はまだお金次第になっていないかもしれませんし、貧しい者の援けてくれるかもしれません。。
そう願いたいものです。

しかし、そんな感じで外をうろうろしていたら、すっかり身体が冷えてしまいました。
やはり甘酒を飲んでくればよかったです。

というわけで、いったい今日は湯島に何をしに来たのでしょうか。
そろそろ新年会に向かいましょう。
新年会の前に何か話し合いがあるようなことも聞いていますので。
しかし、2週間の怠惰な生活の後には、寒い中を出掛けるのも結構億劫なものです。

この調子だと、今年もあんまり良い年になりそうもありません。
良い年を目指すか、怠惰な暮らしを目指すか。
選択の難しい問題です。
ちなみに、湯島の天神様には、誰にとっても良い年でありますようにと祈ってきたのですが。

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2016/01/07

■節子への挽歌3049:一草汁

節子
今日は七草粥の日です。
娘のユカが、朝、今日は七草粥の日だと言っていました。
実は、私は、親知らず歯の抜歯のために1週間ほど入院した時に、毎日お粥を食べさせられていたため、退院後、もう金輪際お粥は食べないと断言しました。
というよりも、お粥を見るだけで食欲が失せるようになってしまったのです。
七草粥か、苦手だが仕方ないか、と少し諦めていました。
節子とは違い、娘には少しは遠慮しなければいけません。
娘と妻とでは、同じ家族でも、微妙に違うのです。

食事ができたというので降りていったら、幸いにお粥ではありませんでした。
私がお粥アレルギーだと知っていて、普通のご飯を用意してくれていました。
七草粥だとわざわざ言っていたのは、どうやら私をからかっていたようです。
困ったものです。
まあしかし、伝統を無視するわけにもいきません。
七草粥の代わりに、庭に育てているセリを少しお味噌汁に加えました。
そんなわけで、今日は一草汁でした。

私はセリが大好きなのです。
私だけがといった方がいいかもしれません。
私と一緒に暮らしている娘は、私と食生活は全く違います。
どちらかといえば、娘たちはたぶん節子に似ていて、和食より洋食系なのです。
私は、みそ汁とお漬物と美味しいごはんがあれば、もうそれで十分なのですが、節子はお漬物も味噌汁もさほど好みではありませんでした。
節子もいろいろ努力はしてくれましたが、わが家にはお漬物の文化は根づきませんでした。
娘は時々浅漬けをつくってくれますが、私はむしろ漬かり過ぎたようなものが好みです。
したがって、白菜のお漬物も賞味期限をきれてから食べだすのです。

それはともかく、お粥でなくてよかったです。
過剰なほどダラダラした7日間は、こうして終わりました。
明日から湯島に出始めます。
年賀状はまだ書けていないのが気になっていますが。

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■支え合いカフェサロン「支え合い社会を考える」パート2のお誘い

昨年末、「お金だけではない支え合い社会を考える」というテーマで、カフェサロンを開催させてもらいました。
その時は、いわば「入口編」として、周辺的な話や考え方を話させてもらいました。
そして、私の話の最後は「つづく」ということで終わらせてもらったのですが、
今年はできれば、具体的な支え合いの仕組みを考えるサロンとして継続させていければと思っています。

そこで、まずは参加者がみんなで、「こんな仕組みがあればいいな」とか「こんな場があれば安心できる」などといった、それぞれのわがままな願いや課題を出し合って、実際にお金だけでない「支え合い」って何なのだろうかを具体的にしていけないだろうかと思います。
できれば、自分の問題として話し合いができれば、と思います。
つまり、誰かのための支え合いの仕組みではなく、自分のための支え合いの仕組みがテーマです。
もちろん今すぐということではありませんが。
そして、もしそこから具体的な仕組みが見えてきたら、それを実現するにはどうしたらいいかを話し合い、次のパート3へと進めていければと思います。

相変わらずよくわからないサロンになりそうですが、もしかしたら新しい安心づくりの仕組みが見えてくるかもしれません。
前回のサロンに参加されていない方も、もちろん大歓迎です。
前回のサロンで私が話したことは、記録になっていませんが、パワーポイントがありますので、もしご希望があれば送ります。

よろしくお願いいたします。

○日時:2016年1月23日(土曜日)午後1時~3時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「こんな仕組みがあれば安心だ」
○スタイル:それぞれが自分の考えをだしあっての話し合い
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

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■「憎んではいけない。愛されない者だけが憎むのだ」

北朝鮮がまた核実験をやりました。
国際的に批判の声があがっています。
たしかに時代に流れに逆行する蛮行だと思います。
しかし、各国政府が一方的に北朝鮮政府を非難攻撃する姿勢には違和感があります。
批判する側に、果たして批判する資格があるのか、と思うのです。

同時に、北朝鮮の平壌市民の声をテレビで見ると、1930年代から40年代の日本国民も同じだったのではないかと思ってしまいます。
いや、まさに今の日本国民もそう変わらないのではないかとさえ思えます。
そうした人たちを責めたり嘲る気にはなりません。

IS関連の報道もいささかの違和感があります。
もし報道の通りの蛮行をISが繰り返しているのであれば、にもかかわらずなぜISに参加する若者が減らないのか、が理解できません。
参加せざるを得ない状況が、あるのではないかと、つい思ってしまうわけです。

北朝鮮の核実験に関連して報道される金正恩にさえ同情したくなります。
もしかしたら、目に見えない恐怖に一番おののいているのは、金正恩かもしれません。
そう思っていた時に、ある人が、チャップリンの映画「独裁者」でのスピーチを思い出させてくれました。
ユーチューブで、改めてそれを見ました。
https://www.youtube.com/watch?v=RzTmkoR6mMQ
繰り返し2回見ました。
その中の次の言葉に心が響きました。

憎んではいけない。愛されない者だけが憎むのだ。

金正恩は、愛されたことがないのではないか。
そんな気がします。
そして、その金正恩を憎む人もまた、愛されたことがないのかもしれません。

もちろんだからと言って、核実験は許されることではないでしょう。
核実験は、原発再稼働や原発輸出と同じく、許されるべきではない。
しかし、もし核実験を非難するのであれば、自らの核兵器や原発を、まずは廃絶する努力をするべきでしょう。
ましてや、膨大な核兵器を保有する国家の軍隊と同盟することで、核兵器に依存して相手を脅威にさらすような国に、果たして北朝鮮を責める資格があるのか。
私にはあるはずもないと思います。

北朝鮮の核実験を責めるのであれば、まずは自国の原発再稼働や核抑止力依存の政治を止めなければいけません。
銃で支配する者は、銃を向けられても、相手を非難などできるはずもない。
そんなことさえ気づかない人たちには、つくづく愛想が尽きてきます。

恐怖におびえている、金正恩や北朝鮮政府を、まずは安心させてやることが大切ではないのか。
同じことが、ISについても言えるのではないか。
そう思うのですが、なかなか賛成してはもらえないでしょうね。

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2016/01/06

■節子への挽歌3048:平安な暮らし

節子
いただいた年賀状を読みながら返事を書きだしました。
返事を書こうと思いながら改めて年賀状を読むといろんな思いが浮かんできます。
節子が年賀状を一人ずつていねいに書いていたのを思い出します。

テレビや新聞で時々顔を見ている友人の年賀状の欄外に、12月に2度目のがんの手術をしたと書かれていました。
手術をしたことは知っていましたが、2度目のがん手術とは思っていませんでした。
以前テレビで何回かご一緒した人ですが、その生き方と考え方にとても共感できるところがありました。
有名になってくると、ついつい会うのを遠慮してしまいます。
そうして付き合いが途絶えがちになる知人も少なくありません。
でも本当は、有名になっても友人は友人なのでしょう。
今年は会えるといいのですが。

20年ほど前に湯島に来てくださった航空会社の方が、いまも毎年年賀状をくれます。
その会社で講演させてもらった時に、社会活動について話させてもらったのですが、会社の仲間と一緒に社会活動に取り組むグループをつくったと報告に来てくれたのです。
おそらくお会いしたのは講演の時と湯島に来てくれた時だけだと思いますが、いまもまだ年賀状をくれるのです。
私はあんまり返信もしていないのですが。
いまも大学のスクーリングに出たりしていると添え書きがありました。
久しぶりに返信しようと思います。

まあそんな感じで読んでいくと思った以上に時間がかかります。
人との付き合いはもっとていねいにゆっくりしなければいけないと、節子に言われていたことを思い出します。
こうして昔のことを思い出しながら、友人一人ひとりの顔を思い出しながら、メールや手紙を書くことができるのは、幸せなことです。

節子がいたころは、なんであんなに急いで生きていたのだろうか。
そんなことを時々思いながら、今日もゆっくりと過ごしました。
食事を一緒にしている娘からは、いつももっとゆっくり食べないといけないと注意されていますが、なかなか直りません。
一度身についたスピード感は、そう簡単にはなおらないのです。

途中、近くの農産物直売所に行きました。
野菜を出している農家のみなさんがあたたかな豚汁をみんなに振る舞っていました。
私はいただきませんでしたが、来場した人たちに無料で振る舞っている農家の人たちがとても幸せそうでした。
時間がとてもゆっくりと流れているような気がしました。
平安な暮らしとは、こういうことなのでしょう。

夕方、北朝鮮が核実験をしたというニュースが流れていました。
北朝鮮の政府の人たちは、きっと幸せではないのでしょう。
何かできることがあればいいのですが、まったく思いつきません。

夕方から寒くなりました。
その上、また私にも衝撃的な電話がありました。
平安とは、いっときの幸せであって、平安な暮らしは望みうべきもないことかもしれません。。
いまの「いっとき」を大事にしなければいけません。

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■いま政治に求められているのは「ビジョン」ではないのか

国会中継の代表質問を見ていて、やはり今年も政治は変わりそうもないなと失望して見るのをやめてしまいました。
民主党の姿勢は全くといいほど変わっておらず、終始、批判だけに終わった感じがします。
自らのビジョンをベースにした批判でなければ、聴く人の心には響きません。

私は、政治とは社会を構成する誰もが、安心して暮らせる状況を創り出すためにあるのではないかと思っています。
そのために、いまのような大きな時代の変わり目には、ビジョンや理念、世界観を明確にすることが大切です。
なぜなら、いまの世界はまるで袋小路に入ってしまったように、誰かを蹴落とさないと前に進めずにいるからです。
そして、蹴落とされた人たちによって、ISのような世界規模のテロ活動や中国で頻発している「社会に恨みを抱いた」ための暴挙など、さまざまな事件が発生しています。
日本においてもそうした状況が強まっています。
その根底にあるのは、たぶん「見えない恐怖」「やりばのない怒り」でしょう。
人のつながりを壊すことによって、発展してきた近代は、あきらかにいま行き先を失っています。
いまこそ、私たちは社会の構造原理や私たちの価値観を基本から問い質す必要がある。

数年前に鳩山内閣が「友愛政治」「友愛社会」を掲げて政権交代を果たした時には、ようやく日本でも政治が始まるのだと期待したものです。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2009/06/post-ed4f.html
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2009/05/post-ab44.html

私が最近において唯一尊敬する政治家は鳩山由紀夫さんです。
私にも理解できるビジョンや理念があるからです。
鳩山さんが組閣した時、世界は変わりだすと思いました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2009/06/post-c417.html
しかし見事に、同じ党内の人たちによって、足元をすくわれ、内閣は瓦解しました。
ビジョンや理念のない人には、鳩山さんは「宇宙人」にしか見えないようなのです。
よってたかって、鳩山さんを「陶片追放」してしまいました。
一時は、民主主義が嫌いになりました。

反安保法制も辺野古も原発もTPPも、私は反対です。
ですから、そうしたことへの反対運動には共感します。
しかし、それをしっかりと裏付けるビジョンや理念がなければいけません。
政府の政策に反対するだけでは、政権交代は実現しません。
事実、政権支持率さえ下げられない状況です。

いま必要なのは「新しい社会のビジョン」「新しい政治の理念」です。
さまざまな「反対論」の背景には、そうした理念やビジョンがあるはずです。
野党は、そのビジョンや理念を今こそはっきりとわかりやすい言葉で語ってほしい。
どんな社会を目指すのか。
社会の基本に置くべき価値観はなんなのか。
それを国民に示し、議論を起こすべき時ではないか。
反対運動も大事ですが、いま欠けているのは、そうした反対運動を支える「大きなビジョン」「大きな理念」です。

独裁といわれるほどに強い安倍政府に立ち向かうには、反対や批判ではなく、見えない恐怖におののく国民の不安に応えられる新しいビジョン、新しい理念の提示が不可欠です。
それに気づかない野党の与党批判は、政府を応援するだけの結果しか生まないように思います。
野党連合よりも、まずは国民に呼びかけての新しいビジョンづくりに、取り組むことが、政治の流れを変える出発点ではないかと思います。
批判や反対だけでは新しい価値は生まれませんし、国民の心を捉えることもできないでしょう
そしてもちろん、新しい時代を開くことなどできようもありません。

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■今年最初のカフェサロン「サービス文明論を語ろう」のお誘い

今年最初のカフェサロンは、新年にふさわしく、少し壮大なテーマにしました。
資本主義に代わる、次の文明を考えようという話です。

常々、そんな問題を考えてきた坪田さんに問題提起をしてもらいます。
坪田さんからのメッセージを紹介します。

 リーマンショックで資本主義の限界が見えました。
 次の文明はどうなるのでしょう?
 私(坪田)は、「サービス文明の到来」を確信しています。
 アマゾンで電子出版している「サービス文明論」の概要をお話しし、
 皆さんのお考えを伺いたいと思います。

新年早々の開催ですが、ぜひ多くの人に坪田さんのビジョンを聞いていただき、今年の人生設計のも役立ててもらえればと思っています。

なお、坪田さんの「サービス文明の到来」(電子出版)は次のサイトに紹介があります。
http://book.symphocity.jp/ebooks/service.html

みなさんの参加をお待ちします。

○日時:2016年1月16日(土曜日)午後1時~3時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「サービス文明論」を語ろう
○問題提起者:坪田知己さん(元日本経済新聞記者、京都工芸繊維大学特任教授)
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

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2016/01/05

■節子への挽歌3047:私の両親が節子を呼んだのかもしれません

節子
私の両親に新年のあいさつに行ってきました。
といっても、いずれも節子と同じでいまは彼岸にいますので、仏壇にお線香をあげてきただけですが。

私の両親を最後まで看取ってくれたのは、節子でした。
その点では、節子には感謝しています。
苦労も多かったと思いますが、一言も苦労を言葉には出しませんでした。
私の両親からも深く信頼され感謝されていたように思います。
両親は、いささか変わり者の私よりも、節子の方に心を許していたことは間違いありません。
しかし、その分、節子は実際にはいろいろと大変だったのでしょう。
後から思えば、それを感じさせられたこともないわけではありません。

お墓にはほとんど興味がなく、むしろ自然の中での樹木葬のようなものを望んでいたと思っていた節子から、突然に、私の両親のお墓への埋葬を頼まれた時には正直驚きました。
両親の死後、お墓を管理してもらっている兄に頼んで、お墓に入れてもらいました。
私の両親はきっと喜んだことでしょう。
私は、いささか複雑な気分でした。
私もお墓ではなく、むしろ樹木葬のようなものを考えていたからです。
しかし、節子がお墓を選んだ以上、私もそのお墓に入れてもらうつもりです。

節子がなぜ、死の直前になって、考えを変えたのかはわかりません。
訊ねる余裕は、私にはありませんでした。
しかし、いまにして思えば、いささか恥ずかしいのですが、死後もまた、私と共にあることを望んだのではないかと思います。
もう少し時間があれば、いろいろと死後のことも話し合えたのですが、当時の私には、節子ほど余裕はなかったのです。
「死」など考えたくなく、その種の話には、おそらく強い拒否反応を示したのでしょう。
節子はそれが不満だったかもしれませんが、ある時からは私のことを思ってか、そういう話はしなくなりました。
そして、私はといえば、息を引き取る数時間前まで、私は節子の死を受け容れられなかったのです。
娘たちからもあきれられた程、私は我を失っていたのです。
最後の話さえしていないのです。
情ない話です。

両親の仏壇を前にして、少しだけ節子の話になりました。
今や私も兄夫婦も、いつお呼びが来てもおかしくない歳になりました。
その時が来たら、抗うことなく、素直に旅立つようにしたいと思っています。
しかし、一番年下だった節子が一番先に逝ってしまったのは、やはり悲しさが残ります。
もしかしたら、私の両親が一番お気に入りだった節子を最初に呼んだのかもしれません。
ふと、そんなことを思いました。

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2016/01/04

■広島の煙石事件の恐怖のメッセージ

私の新年は穏やかにあけました。
もっとも最近の世上の動きにはついていけずに、いささか「疎外感」を持ちながらの新年でしたが。
何事もないような平和な年賀状にも正直、いささかの違和感があるのですが、恐れや怒りを書かないではいられない人も数名いたのが、ささやかな救いにはなりました。
テレビからも、政治問題や社会問題を批判的に報道するものは見事といえるほどなくなっていますが、幸いにNHKのBSで、「映像の記録」が放映されていましたので、時々、それを見ていました。
この番組は昨年も再放映されたので観ていますが、何回観てもおぞましさが襲ってきます。

友人が、この番組に関して厳しいメールをくれました。

枢軸国側が勝っていたとしたらまるっきりかわってしまうような、連合国側にもあてはまるような批判を負けた側にだけしているだけで、心理的安定という根拠だけでいうならナショナリズムとかわらないものです。

私も同感です。
NHKは、昨年から「新・世紀の映像」を放映しだしていますが、それを見ていると、ますますそう感じます。
勝てば官軍なのですから、それは仕方がありませんが、私が不気味なのは、いまの日本の状況が、書籍などで読んだナチスドイツや軍国日本の1930年代にあまりに似ていることです。
いやすでに似ているどころか、そのものになってきているのかもしれません。
私たちの生活は、もはや取り囲まれているのかもしれません。

私たちを取り囲んでいるのは「何か」。
それは「えも知れぬ恐怖」かもしれません。
そうした「見えない恐怖」が、いまの日本を覆いだしています。
そして、その恐怖の中でみんな思考停止し、自らの小さな平和、小さな幸せ、小さな世界に閉じこもりだしています。

ほぼ1年前に、このブログで、広島の煙石事件のことを取り上げました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2014/12/post-0a5b.html
広島市の元アナウンサー煙石博さんが、銀行で客が置き忘れた現金66000円を盗んだとして、窃盗容疑で逮捕された事件です。
煙石さんは、確たる証拠もないまま、懲役1年、執行猶予3年の判決を受けているのです。
詳しくは次のサイトの記事をお読みください。
http://tocana.jp/2015/11/post_8070_entry.html

地元広島では、冤罪を疑う声が高まっているそうですが、私が住んでいる千葉県には、この事件の存在すら聞こえてきません。
現在、事件は上告中ですが、第二審の判決後、煙石さんはこう述べています。
「みなさんの支援もあり、3年間がんばってこれました。私に起こったことは他の人にも起こりうることです。こういうことは絶対にあってはならない。」

これを読んで、ナチ支持から反ナチ主義へと転じたマルティン・ニーメラー牧師の言葉を思い出しました。
これまでも何回か引用してきていますが、改めて全文を引用します。

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。
私は共産主義者でなかったからだ。
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。
私は社会民主主義者でなかったからだ。
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。
私は労働組合員でなかったからだ。
彼らがユダヤ人たちを連行したとき、私は声をあげなかった。
私はユダヤ人ではなかったからだ。
こうして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人として残っていなかった。
 
煙石さんが感じているように、煙石さんに起こったことは「他の人にも起こりうることです」。
そして、いつかそれが私たちの社会を覆いだすかもしれません。
いや、すでに広島だけではなく、他のところでも起こっているかもしれません。
ナチスドイツも、こうして社会が壊れていったのかもしれません。

政治は恐怖や恐れによって支えられている、とも言われます。
そして、現代の恐怖は、可視化された恐怖はなく、私たちが一緒になって創り上げている恐怖とも言われます。
そうした状況では、「権力」や「体制」「社会常識」に異を唱えることも勇気のいることです。
しかし、勇気をもって闘っている人にエールを送ることなら、できるでしょう。
そしてそれぞれが何ができるかを考え出せば、流れは変わるかもしれません。
ニーメラーの教訓をじっくりと噛みしめる年にしたいです。
そのためにも、多くの人にこの「煙石事件」の存在を知っていただきたいと思います。
周りの人にもこの事件のことを知らせてもらえるとうれしいです。
煙石博さんの無罪を勝ちとる会のホームページも、ぜひご覧ください。
http://enseki.noor.jp/

新年最初の記事は明るいことを書こうと思っていたのですが、どうも書けないまま4日になってしまったので、この記事を書かせてもらいました。
とても残念です。

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■節子への挽歌3046:YKさんとMHさん

節子
年賀状を読みました。
私は節子がいなくなってから、年賀状を出すのをやめました。
年賀状を読んで返信するのが習わしになりました。
今年は、しかし年賀状を読むのも返信するのも、なんとなく気が進まずにいました。

毎年、最初に届く年賀メールはジュネーブからです。
会社時代に私と一緒に仕事をしていたYKさんからです。
彼女には親父の葬儀の時に寒いなかを手伝ってもらったので、節子も記憶があるでしょう。
長いこと海外生活になっていますが、いまも毎年、年1回のメールが元旦に届くのです。
今年は、なぜか伴侶が年末に書いた友人たちへのメッセージが添付されていました。
海外からもやはりいまの状況は危惧するものかもしれません。

例年のようにのどかな年賀状がやはり多いのですが、私よりも多分年長のMHさんの文面はとても共感できました。

春風満面 萬事如意 -とあらまほし。
口を開けば、アの字の人をののしりたくなる。

ちなみに、年賀状には、日光東照宮の三猿のイラストがあり、「これとは反対の気分」と書かれていました。
MHさんとは25年以上前に、15分だけ立ち話をしただけの関係です。
ある講演会に参加したのですが、私は遅れていき、受付だった初対面のMHさんと15分ほど、会場の外で話したのが縁で、その後も交流が続いています。
いったい何を話したのでしょうか。
いまとなっては全く記憶がありません。
普通は時間に遅れていったのですから。会場にすぐに入るはずですが、不思議な話です。
しかし、人のつながりとはそんなものなのでしょう。
節子との始まりも、まあ似たようなものでしたから。

今年はどんな出会いがあるか。
そしてそこから何が始まるか。
そんなことを少し考えられるようになってきました。

今日から少しずつ年賀状や年賀メールに返信しだそうと思います。

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■節子への挽歌3045:湯島天神は年々すごいことになってきています

節子
昨日は湯島で今年最初の湯島オープンカフェでした。
突然の呼びかけにもかかわらず10人の人が来店されました。
珈琲はキリマンジャロでしたが、最近、私はモカよりもキリマンジャロが好きになってきました。

それはともかく、驚いたのは湯島に行ったら、湯島天神の行列がすごいのです。
いつもの実盛坂の急階段は歩行禁止になっているほどでした。
オフィスに前から三組坂下、そして不忍通りを地下鉄の駅の入り口まで行列が続いているのです。
おかげで新年の湯島天神詣りは諦めました。
年々参詣客は増えています。
節子とお正月に来たころには、こんなことはありませんでした。

年末年始と掃除にも来ませんでしたので、軽く掃除をし、草花に水をやりました。
みんな元気です。
メダカはまたいなくなったので、新たに2匹を連れてきました。
水草が多かったので酸素不足になったのではないかと思い、水草を処分しましたので、今度は大丈夫でしょう。

準備途中に、早速の来客がありました。
熊本の吉本さんが、魔法使いのカシュカシュさんを連れてきてくれたのです。
魔法使いに会えるとは幸運です。
湯島には、前世の友人をはじめ、いろんな人が来るので、どんな人が来てもあまり驚かないのですが、魔法使いは初めてのような気がします。
魔法使いと仲良くなれば、いつか節子と合わせてもらえるかもしれません。
吉本さんは、もう一人、併せてくれる人の話をしてくれました。
水俣の緒方正人さんです。
吉本さんがいろいろとあたったら、結局は水俣の吉本哲郎さんに頼むのがいいということになったようです。
吉本哲郎さんとも、もう10年以上お会いしていませんから、吉本さんとお会いできるのもうれしいです。

つづいて久しぶりにケーナ吹きの櫻井さん、そして林さんご夫妻がお孫さんを連れてやってきました。
お孫さんといっても15歳のしっかりした若者です。
我孫子からわざわざ原田さんも、おいしい「幸田商店」の干し芋を持ってきてくれました。
不思議な人の一人でもある大島さんは、五輪久保りんごを持ってきてくれました。
予想は2,3人だったのですが、こう続いて来店されると珈琲豆を挽くのが大変で、いささかあわてました。
うまく淹れられられなかったと少し後悔しています。
しかしそこでちょっと落ち着き、各自からお話をしていただくことにしました。
来た人が、私の珈琲を飲みながら、自らのお話をしてくれる。
これが私の理想とする喫茶店なのです。
何やら節子がいたころのサロンを思い出します。
林ご夫妻の話は、私には刺激的でした。
特に昭男さんが長く核廃絶活動に関わっていることを知りました。
どうも高木仁三郎さんと同窓生だったようです。

しばらくして、リンカーンクラブの武田さんと昨年末に初参加してくれた坂本さんがやってきました。
結局10人の来客でした。

今年もこうして湯島でのカフェサロンは始まりました。
終了後、天神様をお詣りしたかったのですが、ますます行列はすごくなっていましたので、遠くから一礼するだけで許してもらいました。

2016


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■新年臨時開店カフェには10人の方が来てくれました

昨日の新年臨時開店カフェには10人のお客様が来てくれました。
それも10代から80代までの幅広さです。
それぞれのみなさんから、ご自分のことを話してもらっているうちに3時間が経ちました。
改めてそれぞれの方のお話を聞いていると、それぞれに関わりたくなってしまう気がしてきます。
やはり人はみんなそれぞれにたくさんの物語を背負っています。
そしてそれは、いずれも実に魅力的なのです。
それを聞き合うだけで、世界は広がります。
こういうテーマのない話し合いの場の大切さを改めて感じました。
時間はあっという間に過ぎてしまいました。

湯島のサロンに参加した最年少者はこれまで高校生でしたが、今日は15歳の若者が参加してくれました。
しかも京都の大原にお住まいで、春にはオーストラリアの高校に留学するそうです。
彼は、昨年、友だちと沖縄の辺野古にも行ってきたそうです。
こういう若者が、たぶん世界を変えていくのでしょう。

もうひとり、湯島サロンには初めての人が来ました。
なんと魔法使いです。
湯島にはいろんな人が来ますが、魔法使いはたぶん初めてです。
彼女は異星の人たちとも交流しているそうですが、湯島サロンもいよいよ宇宙的になってきました。
いつか宇宙の人をゲストにしたサロンができるかもしれません。

最後の方で、いささか過激な論争になり一瞬、場の空気が冷えそうになりましたが、それも含めて、湯島のサロンらしいものになりました。

ところで、湯島天神のお詣りのついでにでも、とお誘いに書きましたが、湯島天神の参詣客は年々増えてきていて、今日もオフィスの前の道は若い人たちで長蛇の列でした。
夕方になっても行列は少なくなるどころか、ますます混んでいました。
写真はサロンの部屋から下を見下ろしたものです。
これにもいろいろと考えさせられました。
201601033

今年もまた湯島のカフェサロンをよろしくお願いいたします。
こんなことを話したいという連絡もいただいています。
今年のサロンはたぶん1月16日からスタートします。
201601032


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2016/01/02

■節子への挽歌3044:ダラダラの2日目

節子
明日、湯島でオープンカフェを開きます。
ブログとフェイスブックの案内ですので、立ち寄ってくれる人がいるかどうかわかりませんが、案内にはコーヒーは「キリマンジャロ」を用意すると書いてしまいました。
手元にあると思っていたのですが、なぜかキリマンジャロはなかったので、近くのショッピングモールの珈琲店に買いに行きました。
ついでに少しお店を回ってみました。

節子がいたころは、三が日の1日は必ず百貨店に行っていました。
特に何かを買うというわけでもなかったのですが、なんとなく華やいだ雰囲気が2人とも好きだったのです。
節子が手術してからは、それもなくなりました。
もう10年以上、三が日の百貨店には行ったことがありません。
華やかさとは縁のない生活になっています。

節子がいたころは、それでも時に何かものを買いたくなることもあったのですが、いまはほとんど物を買いたくなることがありません。
ですからショッピングモールに行く意味はないのですが、そこを歩いていると何となく時代の雰囲気が感じられるので、時々娘に付き合うのですが、お正月に来たのは本当に久しぶりでした。
いろいろとイベントをやっているのも新鮮でした。
初売りのためキリマンジャロは20%引きで買えました。

途中のお店の店頭に、ミニオンズの大きなぬいぐるみがありました。
とても気に入って、ついついほしくなったのですが、持って帰るのも恥ずかしいのでやめました。
しかし、久しぶりに「何かがほしい」と思ったことにわれながら少し驚きました。
ただし買ってしまったら、たぶん後悔したでしょう。
ミニオンズは、「怪盗グルー」の映画に出てくるキャラクターで、今やミニオンズの映画もできていますが、映画はまったく面白くないのですが、私はミニオンたちが大好きなのです。

そんなことはどうでもいいのですが、新年2日目は、ダラダラと過ごしてしまいました。
何かやるべきことがあったのではないかと、時々ふと思うのですが、しばらくはダラダラしていようと思っています。
明日のサロンが終わったら、「今年」を始めようと思います。
ただ、明日は本当に誰か来るのでしょうか。
いまのところ、行けませんという不参加の連絡は4人もありましたが、参加するという人は一人もいません。
果たして今年は良い年になるかどうか心配ですね。

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2016/01/01

■節子への挽歌3043:また新しい年が始まりました

節子
今年も穏やかな気持ちのいい年明けでした。
屋上で初日の出に祈り、ジュン夫婦とユカと4人で子の神様に初詣。
帰宅してから、ユカが昨夜頑張って作ってくれたおせち料理をみんなで楽しみました。
節子がいたころに比べれば、種類は大幅に減っていますが、合理的と言えば合理的で、無駄のない膳になってきています。
これも時代の流れなのでしょう。
そういえば、お雑煮も作り方が少し変わりました。

みんなでお墓参りにもいきました。
本堂にもお参りしましたが、むかしは大晦日にここに除夜の鐘をつきに来ていました。
そういえば、昨夜、私は除夜の鐘も聞かずに寝てしまいました。
これもたぶん中学生時代以来のことだと思います。
除夜の鐘を聞きながら就寝するのが子供のころからの私の大晦日でしたから。

子の神様からは富士山が見えるのですが、木が茂りだしてきたため、あまりよく見えなくなってしまってきました。
夕方、わが家の屋上から夕日の富士山を眺めようと思ったら、これも近くの斜面林の竹が生い茂りだして見えにくくなってしまっていました。
今年は視界が邪魔される年を予感させます。

節子がいないお正月には、どうしてもまだ慣れません。
普段はあまり気にならなくなっていますが、節子ががんばっていたお正月のような時は、やはりどうしてもさびしくなります。
それに、節子がいなくなってから、来客も減ってきました。
私が付き合いをあまり好まなくなったからでもあるのですが、どこかにちょっと影があるのです。
華やかな時がなぜか苦手なのです。
伴侶や親を亡くした家族は、そういう面があるのかもしれません。

今年は、良い年にしたいと思います。
節子も応援してくれるでしょう。

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■1月3日に湯島カフェを3時間開店します

あけましておめでとうございます。
今年も初日の出を見ることができました。
だれにとっても、昨年より良い年であるように祈願しました。

Hatsuhi20161

昨年も湯島ではさまざまなカフェサロンを開きました。
今年もまた、いろんなテーマやテーマなしの集まりをやろうと思っています。
時にテーマが重かったり、難しそうだったりすることがありますが、参加していただけるとわかりますが、いつもきわめてカジュアルで気軽なサロンです。
気楽に参加して、ホッとできる場を目指しています。普段はあまり接点のないような、いろんな立場の人が出会える場になればうれしいです。
できれば、私が行けなくとも、誰かが開いてくれるような、みんなのカフェサロンにできればと思っています。

今年から、毎月最初の日曜日の午後、テーマなしのオープンカフェを再開しようと思います。
参加の連絡も不要で、ただ気が向いたらそこに行くと、誰かがいるというサロンです。
もともと湯島のサロンは、そういうスタイルで始まったのです。
話したくなければ話さなくてもいいカフェサロンです。

というわけで、早速ですが、1月3日の日曜日、午後1時から4時までの予定で、カフェを開店しています。
近くに、湯島天神や神田明神がありますので、そこへのお詣りのついでの立ち寄りも歓迎です。
私の知らない人でも歓迎です。
コーヒーは、キリマンジャロの予定ですが、モカも用意しています。
もちろん時間内での出入りも自由です。
まだお会いしたことのない人にも、お会いできればうれしいです。
もしブログやフェイスブックをお読みくださっている方は、顔を見せてください。

○日時:2016年1月3日(日曜日)午後1時~4時 (4時閉店)
ご都合のいい時間にコーヒーを飲みに来る感じでお立ち寄りください。
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○喫茶代:500円

お会いできるのを楽しみにしています。


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