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2016/01/06

■いま政治に求められているのは「ビジョン」ではないのか

国会中継の代表質問を見ていて、やはり今年も政治は変わりそうもないなと失望して見るのをやめてしまいました。
民主党の姿勢は全くといいほど変わっておらず、終始、批判だけに終わった感じがします。
自らのビジョンをベースにした批判でなければ、聴く人の心には響きません。

私は、政治とは社会を構成する誰もが、安心して暮らせる状況を創り出すためにあるのではないかと思っています。
そのために、いまのような大きな時代の変わり目には、ビジョンや理念、世界観を明確にすることが大切です。
なぜなら、いまの世界はまるで袋小路に入ってしまったように、誰かを蹴落とさないと前に進めずにいるからです。
そして、蹴落とされた人たちによって、ISのような世界規模のテロ活動や中国で頻発している「社会に恨みを抱いた」ための暴挙など、さまざまな事件が発生しています。
日本においてもそうした状況が強まっています。
その根底にあるのは、たぶん「見えない恐怖」「やりばのない怒り」でしょう。
人のつながりを壊すことによって、発展してきた近代は、あきらかにいま行き先を失っています。
いまこそ、私たちは社会の構造原理や私たちの価値観を基本から問い質す必要がある。

数年前に鳩山内閣が「友愛政治」「友愛社会」を掲げて政権交代を果たした時には、ようやく日本でも政治が始まるのだと期待したものです。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2009/06/post-ed4f.html
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2009/05/post-ab44.html

私が最近において唯一尊敬する政治家は鳩山由紀夫さんです。
私にも理解できるビジョンや理念があるからです。
鳩山さんが組閣した時、世界は変わりだすと思いました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2009/06/post-c417.html
しかし見事に、同じ党内の人たちによって、足元をすくわれ、内閣は瓦解しました。
ビジョンや理念のない人には、鳩山さんは「宇宙人」にしか見えないようなのです。
よってたかって、鳩山さんを「陶片追放」してしまいました。
一時は、民主主義が嫌いになりました。

反安保法制も辺野古も原発もTPPも、私は反対です。
ですから、そうしたことへの反対運動には共感します。
しかし、それをしっかりと裏付けるビジョンや理念がなければいけません。
政府の政策に反対するだけでは、政権交代は実現しません。
事実、政権支持率さえ下げられない状況です。

いま必要なのは「新しい社会のビジョン」「新しい政治の理念」です。
さまざまな「反対論」の背景には、そうした理念やビジョンがあるはずです。
野党は、そのビジョンや理念を今こそはっきりとわかりやすい言葉で語ってほしい。
どんな社会を目指すのか。
社会の基本に置くべき価値観はなんなのか。
それを国民に示し、議論を起こすべき時ではないか。
反対運動も大事ですが、いま欠けているのは、そうした反対運動を支える「大きなビジョン」「大きな理念」です。

独裁といわれるほどに強い安倍政府に立ち向かうには、反対や批判ではなく、見えない恐怖におののく国民の不安に応えられる新しいビジョン、新しい理念の提示が不可欠です。
それに気づかない野党の与党批判は、政府を応援するだけの結果しか生まないように思います。
野党連合よりも、まずは国民に呼びかけての新しいビジョンづくりに、取り組むことが、政治の流れを変える出発点ではないかと思います。
批判や反対だけでは新しい価値は生まれませんし、国民の心を捉えることもできないでしょう
そしてもちろん、新しい時代を開くことなどできようもありません。

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