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2016/01/26

■節子への挽歌3064:風邪の最終日

節子
風邪を5日間、ひいていました。
今日が最終日です。
最初の2日間はかなり無理をしていましが、中日以降3日間は在宅してなにもしていませんでしたが、元気を吸い取られるニュースが多く、元気が出ないままで、予定よりも1日、風邪期間を延ばしてしまいました。
節子はよく知っていますが、私の場合、一応、風邪をひくと今回は何日間を風邪菌たちに活動の場を提供しようと言うように決めて、比較的それに合わせて対応するのです。
ただ、急に風邪をひくことが多いので、最初の2~3日はだいたいそれまでの惰性で行くために、体調の限界を超えて、こじらせてしまうことも多いのです。
今回は、まあほどほどで、1日延ばしただけでした。
今日で風邪は終わるのですが、まだのどの調子がよくなくて、いささか気が重いです。
しかし、風邪くらいは自分のコントロールで治したいと思います。

小学校時代の同級生の一人が、いよいよ「終活」を始めるとメールをくれました。
すでにもう入っているようで、1週間ほど前に出した私のメールの返信です。
昨年すい臓がんで入院したと書かれていました。
彼とは年に1回ほど会うのですが、言葉が多いので、どこまでがほんとかどうかなかなかわからなかったのですが、昨年手術をしたことがメールに書かれていました。
この歳になると、まあそうしたことも次第に「日常」のなかにはいってきます。

私はこの数年、健康診断をしていません。
昨年は、あまりに不調だったので、年末に行こうと思っていましたが、診断して何かがわかったところで、どうしようもない気がして、やはりやめました。
しかし、私自身はともかく、周りの人たちへの迷惑を縮減するためには、行くべきかもしれません。
人間は、自分一人で生きてはいないので、どこまで自らの考えを貫くべきかは悩ましい問題です。

風邪の5日間最後の今日は、「思索の1日」に当てました。
思索といっても、何かを考えるのではなく、考えるでもなく考えないでもなく、心を無にするということです。
午前中は窓の外に少しだけ見える手賀沼の湖面を見ながら、ひなたぼっこをしていました。
外は寒いのでしょうが、太陽の光を受けていると汗が出てくるほどです。
しかし、「思索」も2時間もすると飽きてきてしまいます。
風邪の中、23日に開催したサロンで、「支え合いと家族」について話し合いがありましたが、その報告をフェイスブックやメーリングリストで書いたら、いろんな人がコメントしてくれました。
それをなんとなくボーっと思い出しながら、過ごしました。
こうして心身を弛緩させておくと、もしかしたら、風邪は治らないのではないかと言う気もしてきます。
事実、喉の痛さもけだるさも、考えてみるとあんまり変化していません。

私もとうとう、自分の意志で病を治すことができないほどに、生命力が虚弱化してしまったのかもしれません。
困ったものです。

いずれにしろ、明日からは活動再開です。

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