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2016/02/21

■マイナス金利とお金依存症

しばらくかかないでいたため、かなりのストレスがたまっています。
それを抜く意味でも、今回は少しうっぷん晴らしです。

今朝のテレビ「報道新2001」を見ていて、やはり私は違う世界にいるなと思わざるを得ない発言ばかりでした。
テーマは、「初のマイナス金利始動効果は?アベノミクス逆風暮らしは」です。
ゲストの稲田自民党政調会長の発言は問題外として、それなりの見識をお持ちだろうと思う人たちの発言も、どうも基本から違和感があるのです。
たとえば、進行役の須田さんは、こういうのです。
「70歳に近づくにつれて、やはりお金は大切だと思うようになった」
この人は、おそらく貧しい生き方をしているのだろうなと憐憫の情を感じましたが、こういう人に経済を語る番組の編集役をやってほしくないなと思いました。
慶應大学教授の片山善博さんは、「マイナス金利はわけがわからない」というような発言をされましたが、わけがわからないのであればコメントしてほしくないと思いました。
デフレとインフレの話も少し出ましたが、これも違和感が大きいです。

私は、お金への過剰依存から抜けるべきであり、そのためにはデフレをもっと進めるべきであり、金利はマイナスであることを原則とすべきだと思っています。
ただそれらを個別に議論すべきではなく、総合的に考える必要があります。
つまり、「経済のパラダイム」を問い質すべき時期に来ていると思うのです。
パラダイムの転回を考える時には、先入観は捨てなければいけません。
素直に考えれば、生命を持った存在でない人工物(仕組みも含めて)は、放置したら「減価」します。
その基本を知っていたら、人工物である「貨幣」は保管していたら、減価、すなわちマイナス金利は当然のことです。

シルビオ・ゲゼルが提唱するゲゼル経済学は「減価する貨幣」を基本にしていますが、金利がつく貨幣という考え方は、経済の一つの考え方でしかありません。
というか、むしろ「減価する貨幣」を基本に考えるべきであって、それを「利益を生む貨幣」にしたが故に、さまざまな問題が発生していると考えるべきでしょう。
基本は大事にしなければいけません。
もっとも、そうした本来は経済の基本に置くべき考えの一部を、手段的に「いいとこどり」をしようとしたのが、今回の黒田日銀総裁の暴挙だと思いますが、目先しか見えないお金依存症の人たちには、わけがわからないのでしょう。
もちろん黒田さんも理解はしていないでしょう。
理解していたら、もう少しまじめに考えたはずです。

デフレはどうでしょうか。
経済のパラダイム転回の視点から考えた場合、デフレとインフレはどう位置づけられるべきでしょうか。
この問題は、私自身よく理解できていませんが、デフレの究極が、すべてのものが限りなく無料になるとしたら、歓迎すべきです。
しかし、それは同時に、人工物をつくるための労働の価値(つまり働く人たちの金銭収入)を減らすことだといわれます。
しかしそれは、働く価値がお金に強くリンクされているために起こることです。
その関係を見直すのも、経済パラダイムを変えるということです。
そういう大きな視点から、経済を考え直すことが求められだしているように思います。
経済成長は、いまや人間の生活を侵食する存在になってきているからです。

せめて70歳に近づいたら、お金の限界に気づく知性がほしいです。
そういう生き方をしてほしいです。

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