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2016/02/01

■節子への挽歌3066:元気ではあります

節子
またしばらく挽歌が書けませんでした。
今回は、「長い風邪」のせいです。
風邪と言っても、さほどひどい状況ではなく、喉がやられ、なんとなくけだるく、夕方になると微熱が出ると言った程度なのですが、全体の身体的なバランスに違和感があって、気力が出てこないというような状況が続いていました。
一種の逃げの状況でもありました。
途中、断りにくい約束があって、湯島にも出かけましたが、その時は奇妙に元気になってしまうのです。
パソコンにも向かうのですが、メールだとかフェイスブックを見ていると、どこかやはり気が萎えてきてしまい、すぐに止めてしまうという状況で、挽歌も書けませんでした。
一番引っかかっているのは、もしかしたら、最近の政治状況や社会状況なのかもしれません。
たとえば、安倍政権への支持率の高さがどうしても理解できないのです。
こんな人たちと同じ時代を生きているのかと思うと、それだけで気が萎えてきてしまうのです。
いささか過剰反応だとは思うのですが、正直、元気は出てこないのです。
軽いメンタルダウンかもしれません。
困ったものです。

昨日から一応、生活は正常化できる状況にあるのですが、そしてそのつもりでいるのですが、どうも抜けられないのです。
パソコンに向かっても、何かをやろうという気が起きない。
7日に開催するサロンの案内も書けないでいます。
案内を出さなければ誰も来ないのはわかっていますが、それもまたいいかというような気にすらなってしまっています。
ブログは書きたいテーマが少なくないのですが、これも書く気が出てきません。

今朝は在宅ですので、朝からもう10回近くパソコンに向かうのですが、どうも頭が動かない。
かなり重症かもしれません。
何かが鬱積しているのかもしれません。
困ったものです。

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