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2016年3月

2016/03/31

■『「意地悪」化する日本』のお薦め

岩波書店から出版された、内田樹さんと福島みずほさんの対談集『「意地悪」化する日本』は、日本の現状をとても素直に示唆していて、おもしろいです。
特に第5章の「それでも希望はある」は面白いです。
現実の政治状況もよくわかります。
私がなるほどと思った、いくつかを紹介します。

「地方で育つと、新自由主義者にはならないんですよ」
福島さんの発言です。とても納得しました。前に書いた、歩いていると善い人になるというのとつながっています。

「国家が理想とする家族像が子どもに植えつけられようとしているわけです。そうなると、子どもに家族や周囲の人たちを批判的に見る視点が育ちません。強い者に従う子どもを作っちゃいますよ」
これも福島さんの発言ですが、最近の保育園騒動にもどこかつながっている気がします。
つまり、子どもたちを育てるという視点ではなく、子どもたちを預けて働きたいという視点からの議論が主軸になっている恐ろしさです。安倍さんに限らず、親の方もそうなってきているように思いますが、私には本末転倒に思えてなりません。

「平和で豊かな社会であれば、他人を蹴落として自己利益を増大させる個体のほうが、弱い人たちを支援するために身銭を切る個体よりも権力や財貨も手に入るチャンスが多い。でも、最近の日本のように、十分に平和でもないし、豊かでもない社会においては、他の個体と競争して、パンを奪い取るような利己的なふるまいをするよりも、パンを分かち合うことで集団として生き延びてゆく方途を探るほうが、自己保存上でも適切になった」
ちょっと省略していますが、内田さんの発言です。これを受けて、福島さんは「今は、力を合わせないとやってゆけない時代」と言っています。こういう大きな時代認識がとても大切です。政府も国民も、どこかで発想を変えていかないと、ますます社会は劣化していくのではないかと不安です。

ちなみに、私は、誰かに会った時に、まずは「この人のために私には何ができるだろうか」と考えます。
それが、私にとって一番、いい結果につながっていくからという利己的な発想からです。
そしてたくさんの人から支えられて、まあそれなりに豊かに生きています。
ありがたいことです。

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■節子への挽歌3132:マインドワンダリング

心臓がいっときも休まないように、私たちの脳もまた休むことなく、動いているようです。
眠っている時も、脳は休むことなく、夢の世界をさまよっているらしいです。
寝ている時に、私の心がどこをさまよっているかは知る由もないのですが、起きている時にも、時々、思いもしないところをさまよっている自分の心に気づくことがあります。
そうした時のことを、「マインドワンダリング」というのだそうです。
まさに、心がさまよっているということです。

私の場合、昔からそうしたマインドワンダリングが大好きでした。
誰かと話していても、時に心がどこかに行ってしまい、困ったこともあります。
ひどい時には外部から見ると寝てしまっているように見えることもあります。
会社時代、上司と2人で話していて、そういう状況になってしまい、信頼を失ったこともあります。
退屈な会議の時には、それで救われることもないわけではありませんでしたが。

節子がいなくなってから、意識的に心をさまよわせることが多くなりましたが、無意識にさまよっていることに気づかされることも多くなりました。

「メンタルタイムトラベル」という言葉もあるそうです。
つまり、時間をさかのぼったり進めたり、時間軸を超えて、心が動いていくのです。
時間を超えてという感覚は、正確に言えば、過去や未来に行くということではありません。
過去や未来という感覚さえなくなるということです。
おそらく彼岸世界はそうなっているはずです。
トラベルしているのは、自分ではなく、むしろ時間のほうなのです。
そこでは時間が一方向に流れてはいないのです。

マインドワンダリングしている時には、心は人の心にも入っていけることもあります。
それももちろん此岸にいる人だけではありません。
彼岸にいる節子の心にも入り込めます。
マインドワンダリングの効用として、他者の気持ちになることができ、共感や社会的理解がうながされるとも言われています。
私が、これまで比較的、生きやすかったのは、マインドワンダリングしてきたおかげかもしれません。
そして、映画好きだったことから、さまよう世界が比較的広かったおかげかもしれません。

節子と付き合いだした時、節子は、そうした私の言動に戸惑いを持つとともに魅力を感じたことは間違いありません。
しかし、リアリストの節子は、私ほどマインドワンダリングはできませんでした。
そのおかげで、私は大きな逸脱もなく、なんとか生きやすい人生を続けてこられたのだと思います。

今日、入浴中に、そんなことを考えていました。
最近ようやく、一人での入浴に慣れてきました。

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2016/03/30

■節子への挽歌3131:「過去の私」や「未来の私」が声をかけてくる

節子
最近、どういうわけか、むかし書いたり話したりしたものを送ってもらう機会があります。
昨日は、20年前に雑誌「社会教育」に書いた「地域学のすすめ」を編集長の近藤さんが、私も参加しているメーリングリストで流してきてくれました。
そう言えば、近藤さんは、前にも2回ほど、メーリングリスト仲間に向けて私が書いたものを送ってくれています。
もしかしたら、私にも当時を思い出せよと言っているのかもしれません。
あの頃は、社会を向いて、いろんな活動をしていました。
まだ時代の先が見えていなかったので、ビジョンだけが輝いていたのです。

「地域学のすすめ」を読んだメーリングリストの友人が、「とても20年前の論文とは思えない内容です」と書いてきてくれました。
過分な評価ではありますが、その言葉で私も読み直してみました。
当時を思い出しました。
しかし、当時はほぼどこでも挫折の連続でした。
3年ほど続いたのは「山梨学」でしたが、残念ながら私の思う方向には向けられませんでした。
理由は、すべて私にあります。
私が、いろんなことに関わりすぎて、一点集中しなかったからです。

同じように、当時の小論をある人が読んでくれ、いま読んでも示唆に富んでいると言ってくれました。
「ビジネスの発想を変える高齢社会の捉え方」という小論で、ビジネスのシルバー化という副題をつけています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/siniaronnbunn1.htm
これは読み直してはいませんが、このときは少し頑張って、経済広報センターも巻き込んで、「シニアネットワーク」を立ち上げました。
地方に支部が生まれだしたのですが、経団連の方針が変わってしまい、打ち止めになりました。
以来、やはりどこかに依存したらダメだと思い知らされました。
以来、いつも孤軍奮闘ですが、私自身には集中力がないため、結局は、いま残っているのはコムケア活動だけです。
そしてその活動は、今や私の支えになっているような気がします。

昨日、地元で小さな集まりがありました。
それを呼びかけてくれた方は、ネットで私の書いたものや話した記録を見つけてくれて、私に声をかけてきてくださったのです。
それも改めて読み直してみました。
少しだけ昔のことを思い出しました。

過去の私が、最近、いまの私に刺激を与えてくれているような気がします。
それがとても不思議な気がします。
イギリスの詩人、T.S.エリオットは、「現在と過去はおそらくどちらも未来に存在している」と書いているそうです。
時間が一方向に規則的に流れているという捉え方は、私もしていませんが、最近少し思うのは、自分の中には、過去と現在と未来の私が住んでいるという感覚です。
多重人格という概念にも、こうした時間軸が入っているのかもしれませんが、時々、私に「過去の私」や「未来の私」が声をかけてくるのです。

幽体離脱ではありませんが、時間を超えて私は生き始めているような気さえしだしています。

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2016/03/29

■3130:今年初めての「ホーホケキョ」

節子
今日、今年初めての鶯の「ホーホケキョ」の声を聴きました。
残念ながら、耳の右で聴いてしまいました。
まあ最近の私にはふさわしいのですが、ちょっと残念です。

自宅でもよく鶯の声を聴きますが、今年はまだです。
節子がいなくなって数年は、自宅で毎朝、鶯の「ホーホケキョ」がうるさいほどでした。
節子は、鳥になって戻ってくると言っていましたので、あれは節子だったのかもしれません。
そう言う思いがあったので、「ホーホケキョ」が特に気になったのかもしれません。
しかし、最近はあまり気にならなくなっていました。
外の世界は、自らの意識によって大きく変わってくるものです。
とりわけ音はそうかもしれません。

今朝、聴いたのは、自宅ではなく、駅に向かう道の途中です。
近くにいたお年寄りが、あれ、鶯だと声に出していました。
その方も、今年初めてだったのかもしれません。
そして、「ホーホケキョ」は、ただの一回だけでした。
もしかしたら、あれは、私へのエールだったのかもしれません。
例年になく、ちょっと早いですし。

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■節子への挽歌3129:節子はいつもうれしい思いをしてくれていたはずです

節子
今日もまた湯島に来ています。
いまお客さまがお帰りになり、次の来客まで少し時間ができました。
今日は「認知症」と「企業経営」の相談です。
夜は地元での集まりもあります。
以前ほどではありませんが、私の活動も少しずつ戻ってきています。

いま考えると、私はいささか忙しすぎたのかもしれません。
今朝の朝ドラ「あさが来た」を見ていて、ふとそんなことを思いました。
節子との時間があったようでなかったのかもしれません。
その生き方から抜けるために、休業宣言をした直後に、節子の病気が発見されるというのも、いかにも皮肉な話です。

節子の闘病中も、節子のベッドの隣で、本を読んでいたのも、いまから思えば痛恨事です。
本を読むのではなく、節子と語らうべきでした。
もっとも節子は自分の寝ている隣で、私が本を読んでいるのが好きだと言ってくれました。
その言葉に甘えすぎていたような気もします。

まあ、そんなことをいろいろ考えながら、いま、生活スタイルを少し変え始めようと思いだしています。
節子からは、遅すぎね、と言われそうですが。

いま相談に来ていた3人の方のうち、2人は初めての方です。
楽しい時間を過ごせたと言ってくれました。
誰かが幸せな時間を持つことに役立てることは、うれしいことです。
私は、節子が隣にいるだけで、いつも幸せでした。
だとしたら、節子はいつもうれしい思いをしてくれていたはずです。

こうして思い出は、いつも自らを正当化して、安堵して終わります。
さて次の来客は、楽しい時間を過ごしてくれるでしょうか。
珈琲豆を挽いて、お湯を沸かして、待つことにしましょう。

ものがなしい春を、楽しい春にしていかねばいけません。
昨夜は深夜に目が覚めて、眠れない夜を過ごしました。
隣に節子がいなくなってから、熟睡した夜は一度もありません。

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2016/03/27

■節子への挽歌3128:春はどこかものがなしい

節子
春が本格的に始まりだした感じです。
最近はほぼ毎日、湯島に来ていますが、日に日に春を感じます。
今年もミニシクラメンが咲いています。
まったくと言っていいほど手入れはしていないのですが、昨年から咲き出すようになりました。

テーブルの上の水槽のメダカはまた絶滅してしまいました。
とても不思議なのですが、これまでもなぜかわが家の水槽のメダカとほぼ同じ時期に絶滅するのです。
共通点は水草と同棲している芝エビです。
いずれも芝エビはいたって元気です。
もしかしたら水草のせいかもしれません。
水草が多くなるとメダカが死んでしまうのです。
芝エビだけにするか、メダカをもう一度飼うか迷うところです。

ベランダに出しておいたランタナは冬を越しました。
たぶん枝を切るほうがいいのでしょうが、まだ花は咲こうとはしていません。
しかしこの調子だと今年も咲いてくれるでしょう。

節子がいなくなってからは、玄関の花は造花になりましたので、オフィスの生き物はわずかな草花と観葉植物と水槽の生き物だけです。
以前は、ゴキブリやベランダに来るハトがいましたが、なぜか最近はゴキブリも出会ったことがありません。
一人でいると、湯島のオフィスは本当に静かです。
そして、わずかな生き物と一緒に、ぼんやりと空を見ているだけでも、心和みます。

しかし、このオフィスにはこれまで本当にさまざまな人たちが来てくれました。
そうした思い出がずっしりと詰まっていますから、ここで一人でぼんやりしていても、いろんな思い出が去来します。
もう彼岸に旅立った人も少なくありません。
節子はそちらで会っているのでしょうか。

湯島のオフィスを開いてから、実にいろんなことがありました。
それも節子のおかげだと言っていいでしょう。

そろそろ来客がありそうです。
感傷から抜け出さなければいけません。
春は、どこか物悲しいところがあります。
そう思うのは、私だけでしょうか。

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■緊急カフェサロン「責任者はだれなのか?」の報告

広島の中3生徒の自殺という痛ましい事件を題材に、社会のあり方や私たちの生き方を問い直す緊急カフェサロン「責任者はだれなのか? -子どもたちの育ちの場を事例にして」は、14人の参加で、4時間の過去最長のサロンになりました。
20代から70代、男女比もほぼ半分という、にぎやかな構成でした。

最初に、問題提起者の吉田裕美子さん(NPO法人教育のためのTOC日本支部理事)から、ご自身が体験した、学級崩壊のクラスを生徒たちが中心になって解決した話があり、つづいて、広島の事件がなぜ起こってしまったかについて、「先生」「生徒」「親」という3つのアクターごとに参加者が問題点を出し合いながら話すというスタイルで話し合いが行われました。
いろいろな意見が出てきて、話が途切れず、気がついたら4時間の長いサロンになりました。
吉田さんの予定では、それに続き、他にも責任者はいるのではないか、そしてこうした事件の背景にある私たちの生き方や社会のあり方はどうなのか、という展開になるようでしたが、話し合いが盛り上がりすぎて、そこまで行けませんでした。

しかし、その途中で、「責任」とは何かが問題になりました。
「責任」という言葉をどう捉えるかということ自身が、もしかしたら、今回のテーマの答えなのかもしれないと思いました。
責任という言葉に代わる言葉を見つけるべきではないか、あるいは「責任」という言葉の意味転回をする必要があるのではないかという話にまでなりました。
言葉は、本質につながっています。

吉田さんは、後半の話し合いのポイントを話しながらまとめてくださいました。
これに関しては、もしご関心がある人がいたら、ご連絡ください。
吉田さんの了解を得られれば、提供させてもらいます。

話し合いの内容は、まとめようもないので諦めますが、吉田さんからのメッセージの一つは、「話し合いが不足している社会」のなかで、どうしたらもっとみんな話し合いができるだろうかということだろうと思います。
前半の学級崩壊を立ち直らせた事例で、吉田さんは子どもたちから得た気づきを話してくれました。

子どもたちは話を聞いてほしいと思っている。
子どもたち同志も、もっと話したいと思っている。
でも校内では、なぜか素直に話し合えない。

そして、子どもたちが話し合いをした結果、子どもたちは次の気づきを得たようです。

みんなで話し合えば大丈夫だ。
親切とは仲良くすること(話し合えることと言ってもいいと私は思いました)。

実に示唆に富んでいます。
私たち大人も、もっと子どもたちから学ばないといけません。
先生たちにも、教えるということは学ぶことだと気づいてほしいと思いました。

4時間のサロンでしたが、これを踏まえて、4番目のアクターである「自分自身」に焦点を置いてのパート2を開催したい気分です。
もし3人以上の賛成者がいたら、企画したいと思います。

広島の事件に関して言えば、先生も親も、おそらく人生を大きく変えてしまうことになったでしょう。
しかし、私自身もいつそうしたことの当事者になるかもしれません。
いやすでにもう「当事者」になっているかもしれません。
私には、改めて自らの生き方を問い質すサロンになりました。

20160326


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2016/03/25

■自爆(自死)までして伝えていることに私たちは耳を傾けているだろうか

またベルギーでISによる連続テロが発生しました。
ISによるテロは沈静するどころか、ますます広がっているようにも感じます。
テロをなくすのは難しいと言う人もいます。
果たしてそうでしょうか。
私たちは対応を間違っているだけなのではないでしょうか。

いまから30年近く前の1989年、ある雑誌に「対話の時代」と題する連載を書いたことがあります。
http://homepage2.nifty.com/CWS/taiwa.htm
1989年は、いまから考えると時代の大きな変わり目の年だったと思いますが、その頃、私がイメージしていた21世紀は、「真心の時代」「対話の時代」「生活の時代」でした。
25年間、勤めさせてもらった会社を辞めて、私も生き方を変えました。
しかし、残念ながら私の予想は全く外れてしまい、時代は逆の方向に進んでいるような気がします。
そして、言葉だけは盛んに耳にするようになりました。
真心、対話、生活…。
しかし、言葉が語られれば語られるほど、そうしたものは消えていっているように思います。

ISのテロの報道を見ながらいつも思うのは、自爆までして伝えていることに私たちは耳を傾けているだろうか、ということです。
ISの暴力性や非人間性を示唆する映像や報道記事は多いですが、戦争とはもともと非人間的な暴力行為です。
ISが、際立っているわけではないでしょう。
私たちは、攻撃される側としてISを見ていますから、そう感じますが、IS側からは世界はどう見えるのでしょうか。
自らを犠牲にしてまで訴えているメッセージに、私たちはもう少し耳を傾けてもいいような気がします。
そういう報道は、今やほとんどありません。
対話していないのは、IS側ではなくて、私たちではないかと言う気もしてしまいます。
もし対話できるのであれば、自爆せずに対話してくるのではないか。
対話の拒否が、自爆テロに追いやっているのではないか。
せめて、ISを否定するのではなく、彼らに耳を傾け、現実を共有していかなければ、それこそテロはなくならないでしょう。
しかし、逆に、真心を込めた対話で、お互いの生活を理解しあえれば、テロはなくなっていくのではないか、と思います。

なぜ「対話」がめざされないのか。
もし、対話が成り立つと困る人がいるとしたら、どうでしょうか。
そこから考えていくと、現在の世界の構造が見えてくるような気がします。

ちなみに、これはISのテロに限った話ではありません。
身近な話で言えば、最近よく報道されている「子どもの自殺」の問題もそうです。
私たちは、子どもたちの切実な訴えに耳を傾けているのか。
両親から虐待を受けて保護を求めていた男子中学生が、相談者にも聞いてもらえず自殺したという報道が、現代社会の実相を象徴しているような気がします。
彼らは、保育園をつくれと国会デモも起こせません。
保育者の言葉に耳を傾ける以上に、子どもたちに耳を傾けることが、大切だと思いますが、現在はそれが逆転しています。

自らの生命を投げ出してまで、社会に訴えたい人のメッセージ、私たちはしっかりと受け止めたいと思います。
彼らは言葉でのメッセージさえ、できないのですから。
他人事ではなく、私自身として、それをどう考えるかが大切です。
明日は、そんなテーマで緊急カフェサロンを湯島で開催します。
1時半からです。

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■節子への挽歌3127:最後の四半世紀に移ろうと思います

節子
節子がいなくなってからの8年半、入り込んでくるものをあまり外に出さずにため込んできたせいか、そうしたものが今年になってから少しずつ形を見せだしました。
いささか遅すぎた感がありますが、これも私の務めかなとも最近思い出してきました。
そうした活動に取り組むとしたら、もう5年ほどは社会と関わらなければいけません。
それは私にとっては、いささか悩ましい話ではありますが、私自身の事情もあって、それもまた仕方がないかという気が最近少ししてきています。
それに節子がいなくなってから、私の時間感覚もおかしくなってきていますので、「あと3年は活動しよう」と公言しているにもかかわらず、いつになってもその「3年」が「2年」になっていかないのです。
ですから「あと何年」ではなく、「何年まで」という規定をしなければいけません。
となると、80歳を終期とするのがわかりやすいです。
しかし、80歳まで生きるとは思ってもいませんでした。

さてそう決めたら、少し意識を変えなければいけません。
自分勝手な生き方や、相談を受けるばかりの受動的な生き方も、ほどほどにしないといけません。
それがうまくできるかどうか。

会社を辞める時に、「四半世紀単位」で生き方を変えようと考えていました。
最初の、ちょっと短い四半世紀は、社会に育てられてきました。
大学卒業後の、ぴったりの四半世紀は、会社人として生きてきました。
そして、3番目の四半世紀は社会人として生きようと決めて生きてきました。
その途中で、節子がいなくなるという予定外のことが起こったため、その四半世紀は、少し長めの四半世紀として今も続いているわけです。
そろそろ最後の四半世紀に入らなければいけません。
もともとは社会から抜け出て自然の中で消えていくのがイメージでしたが、その反対の四半世紀もいいかもしれません。
節子もいなくなったのですから、社会から抜けるのではなく、社会から抜けて社会に融合するというわけです。
まさに華厳の思想を思わせるような生き方で、それもまた最後の四半世紀としていいかもしれません。
自然に溶け込むのと、同じようなものかもしれませんし。

というわけで、この4月から、いよいよ私の最後の四半世紀が始まります。
とても身近四半世紀になると思いますが、一応、5年は続けたいと思っています。
節子にまた報告に行かねばいけません。

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2016/03/24

■節子への挽歌3126:遺跡に立つとざわめきが聞こえるという話

節子
ワンダーアートプロダクションの高橋雅子さんが湯島に来ました。
すぐ近くに転居してきているのです。
久しぶりにゆっくりと話しました。
なにしろ高橋さんは、3.11の後、東北の被災地での無謀な活動で、過労死するのではないかと思えるほどの活動ぶりなのです。
しかしとてもお元気そうでした。

ワンダーアートプロダクションは、高橋さんの個人オフィスです。
そのホームページをご覧いただけると、その活動がよくわかります。
http://wonderartproduction.com/
プロジェクトのひとつに、3.11以後に始めた、ARTS for HOPEがあります。
これも素晴らしい活動ですので、ぜひサイトをご覧ください。
http://artsforhope.info/
もしこうした活動を支援したいという方がいたら、ぜひご連絡ください。

高橋さんと最初に出会ったのは、もう15年ほど前です。
高橋さんが独立した直後でした。
高橋さんは、新たにホスピタル・アートのプロジェクトを起こそうとして、私のところに相談に来たのです。
私は高橋さんから「ホスピタル・アート」のことを教えてもらったのですが、その時の高橋さんの情熱的な話に強い印象を受けました。
高橋さんは、病院をもっと楽しい豊かな場所にしたいと考えていたのです。
まだ節子のがんが発見されていなかったころで、私が、病院に関心を持ち出した契機の一つでした。

ワンダーアートプロダクションは、未だ法人化はされていません。
高橋さんの個人オフィスです。
なぜ法人化していないかと言えば、私も今日、知ったのですが、私が高橋さんに、「法人化にこだわることなく、高橋さんの一番動きやすい形にするのがいい」というようなことを言ったのだそうです。
法人化しておくと、助成金や補助金や寄付を受けやすくなるので、たぶん、高橋さんは迷っていたのでしょう。
しかし、「法人」嫌いな私は、当時も今も、できれば「法人」形態はとらないほうがいいと思っています。
高橋さんは、個人オフィスでやってきてよかったと言ってくれました。

しかし、プロジェクトがここまで大きくなってくると、そろそろ法人化も必要かもしれません。
まあそんなこともあって相談に来たのですが、久しぶりだったので、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
本題以外の余計な話が多すぎたのかもしれません。

しかし、そのおかげで、私と高橋さんの共通点が見つかりました。
それは、遺跡に立つと人々のざわめきが感じられるということです。
高橋さんが、ペルーのマチュピチュに行った話から、そういう話になりました。
私はマチュピチュには行ったことはないのですが、パチャカマには行ったことがあります。
ほぼ完全な廃墟ですが、砂の中からざわめきが聞こえたのです。
そもそもペルーのリマに真夜中に着いたのですが、その時も街中からインディオの鳴き声が聞こえ、ホテルでは寝付けませんでした。
まあそんな話で少し盛り上がりました。
それにしても遺跡に立つと古代人の声が聞こえる話を共有できたのは初めてです。

古代遺跡に立っても、ただの泥の塊でしかないと最初は言っていた節子とは大違いです。
節子に聞かせてやりたい話し合いでした。
いや、節子は聞いていたかもしれません。
なにしろ節子は私よりも一足先に、彼岸に転居しているからです。

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2016/03/23

■節子への挽歌3125:ワールドラフターデー

節子
ラフターヨガの活動をしている3人の女性たちがやってきました。
私は、いまの社会をダメにした責任はかなりの部分、女性にあると思っていますので、女性たちのグループは苦手です。
子供も男たちも、しつけてきているのは女性たちだと思っているからです。

私自身、節子の影響を大きく受けています。
たぶん外目から見たら、私が節子に影響を与えているように見えるでしょう。
しかし事実はそうではないのです。
もちろん形の上では、節子は私の影響を大きく受けています。
まああんまりしっかり考えていた人でもないですし、私を信頼していましたから、私の判断には時に異論があっても従っていたと思います。
にもかかわらず、なぜ私が節子にしつけられてきたと思っているかと言えば、なんとか節子を喜ばせたいという思いで私は生きていたからです。
実際には、節子が喜ばないことの方が多かったのですが、しかし、それも含めて、私の生きる指針のひとつが節子の気持ちだったのです。
それに、一緒に暮らしていると、生活の端々での小さな行動はいつの間にか節子に似てきているのです。
もちろん悪い習慣も、です。
困ったものですが。

話がずれてしまいましたが、ラフターヨガとは、ともかく笑うことで個人も世界も幸せにしようという活動なのです。
節子が闘病時代にこの活動を知っていたらよかったのですが、残念ながら私が知ったのは、節子がいなくなってからです。
いろんなラフターヨガクラブの人と知り合ったのですが、私自身はまあそれほど幸せになりたいとも思っていないので、会には参加していません。
しかし、ひょんなことで、ある相談を受けてしまったのです。
そんな関係で、今日はラフターヨガの人たちが3人そろってやってきたわけです。

みんなとても気持ちの良い人たちです。
確かにこういう人たちが増えれば、世界は幸せになるでしょう。
ラフターヨガのみなさんならテロさえ鎮めることができるかもしれません。
そう思うのですが、自分の問題になると悩ましいのです。
いまの私には、笑うことが逆に悲しみを呼んでしまうこともあるからです。
この気持ちは、ラフターヨガのみなさんにはわかってもらえないかもしれません。

5月1日はワールドラフターデーだそうです。
世界中のラフターヨガクラブの人たちが、いっせいに笑うのだそうです。
東京では、代々木公園で、11時からみんなで笑うそうです。
参加しようかどうか迷いましたが、たぶん私には居場所がないほど、幸せな明るい集まりでしょう。
たまには笑うのもいいかもしれませんが、いまのところ参加する勇気は出てきません。
困ったものです。

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2016/03/22

■なぜクロネコヤマトの配達員は善い人ばかりなのか

私がお会いしたヤマトの宅急便を届けてくれる人はみんな善い人です。
わが家にはヤマト便はよく届くほうで、私も結構対応させてもらうのですが、みんなとても気持ちのいい人です。
なぜヤマトの宅急便を届けてくれる人はみんな善い人なのか。

友人の鈴木さんが昨年、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を2か月半かけて歩いてきました。
帰国後、会うたびに、そこで出会った人たちはみんな善い人ばかりだったと繰り返すのです。
なぜだろうかと考えた結果、私たちの結論は「歩くから」でした。
人は歩いているうちに、邪念が消えて、人本来の善い性質が素直に出てくるのだということです。
さらに、巡礼では、いろんな人にも会います。
いずれも短い出会いであり、利害が絡むわけではありません。
それもまた、人の善い性質を高めるのではないかと思います。

歩く生活、言い換えれば身体を動かす生活。
さまざまな人との小さな出会いや会話。
この2つは、まさにクロネコヤマトの配達員の毎日ではないか。
だから、クロネコヤマトの配達員はみんな善い人ばかりなのです。

この数か月、わが家の近くの大きな家が解体され、そこに5軒の建売住宅が建つそうです。
その土地の整備にきていた人たちは、これまたみんな善い人ばかりでした。
なかには日本語があまりうまくない外国の人もいましたが、彼らも身体を動かす仕事です。

そこで私の得た結論は、身体を使った仕事をしながら、いろんな人とささやかに会話していると人は善い人になるということです。
その一方で、会社でデスクワークばかりしていると性格が悪くなるのではないかという懸念も強まっています。
ネットの普及も、それに関係しているでしょう。
政治家が悪くなったのも、いわゆるどぶ板政治、身体を使って人に会うことが少なってきたからではないか、と思うのです。

めちゃくちゃな論理ですが、こう考えると納得できることがたくさんあるのです。
人はやはり、よく歩き、身体を動かし、人に会わなくてはいけません。
パソコンばかりしていたら、性格はどんどん悪くなりかねません。

さて問題は、私のことです。
最近私の性格が悪くなってきたのは、もしかしたら歩きが足りないのかもしれません。
一時に比べると歩くようになったとはいえ、まだ歩き足りません。
なにしろサンティアゴ巡礼に行った鈴木さんは、毎日20km以上歩いていたのです。
私はその1/10くらいですので、鈴木さんのように善い人にはなれません。
困ったものです。

鈴木さんは、明日、今度は四国にお遍路に出かけます。
さらに善い人になって帰ってくるでしょう。

子どもたちにもっと歩く機会が増えると、日本は豊かになるかもしれません。

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■節子への挽歌3124:学びの時

節子
この3月に定年退社する原さんが湯島に立ち寄ってくれました。
いろいろとお世話になった人です。
大阪から東京に出てきたご多用の合間をぬって、会いに来てくれたのです。
それだけで感謝しなければいけません。

会社を辞めて何をされるかお訊きしました。
大学に通う計画があるようです。
テーマは、なんとイスラムの歴史を学びたいのだそうです。
スペインのアルハンブラ宮殿に魅せられたのが契機のようです。
思ってもいなかった話です。
若いころは就職を前提に、大学では経済を学んだそうですが、今度は自分が学びたいことを学びたいというのです。
お聞きすると奥さんはすでに大学で美術を学んでいるのだそうです。
お子様がいらっしゃらないということもあって、これからは夫婦そろって大学生になるわけです。
素敵なお話です。
大阪にお住まいなのですが、いつかまた湯島でイスラムの歴史のサロンを開いてくださいとお願いしました。

手段としての学びではない学びは、人を元気にさせます。
私が最近元気なのは、もしかしたら、そのせいかもしれません。
大学には行ってはいませんが、いろんな意味で、私もいまは、「学びの時」です。
学んだからといって、何かの役に立つわけではありませんが、私の世界は間違いなく豊かになります。
思うがままに、それなりに「学び」を楽しんでいます。

節子も学びが好きな人でした。
私とは分野もスタイルも、まったく違いますが、好奇心は強かったのです。
私の話もよく聞いてくれました。
話を聞いてくれる人がいると、学び甲斐は大きくなります。
いまはせっかく学んでも、誰も私の話を聞いてくれる人はいません。
しかし、それでも学ぶことは楽しい。
なぜならば、学ぶということは、自分の知らないことの多さに気づくことだからです。
学べば学ぶほど、知らない世界が大きくなってくる、つまり「無知」に気づくのです。
ですから「学びの世界」は際限がない。
学びの時もまた、終わりがないのです。

1年後にまた、原さんにお会いするのが楽しみです。
いつか奥様にもお会いした気がします。
美術とイスラム、きっとどこかでつながるでしょう。
うらやましい話です。

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2016/03/21

■節子への挽歌3123:挽歌気分

節子
以前は、挽歌を書くときにはある種の儀式的なことがありました。
たとえば、パソコンの前に置いている節子の写真を見ながら、節子に挨拶をしてから書くというように、です。
しかし、最近は、ただ私の日記をつけるような感じになってきています。
「挽歌」と銘うっている以上、もう少し「挽歌」らしい内容にしたいと思うこともありますが、無理して挽歌らしくするのは私の挽歌ではないような気もして、いささか悩ましいです。
まあふらふらしているということです。

この挽歌を毎日読んでいて下さっている人から、メールをもらいました。

心地よい言葉ではなく、修さんもいろいろ葛藤して生きているんだ。
生きることはその葛藤というか、いろいろな思いを持ち続けること。
そのことを、感じています。
ありがたくプログを心待ちにしています。
私のふらふら状況が、読者にもちゃんと伝わっているようです。
たしかにいまの私は、まだ精神的に安定していないのでしょう。
なにしろ「支え」がないのですから。

いま鈴木大拙の「日本的霊性」をゆっくりと読み直しています。
そこに万葉集にはたくさん挽歌が出てきますが、鈴木大拙さんは、それを鋭く切り捨てます。

死者を傷む「挽歌」なるものの中には、ただ悲しいということのほかに、無常とか、「逝くものは斯の如き」とか、「水沫(みなわ)の消えて跡なき」などいう考えも詠まれているが、どうも深いものがないようだ。
何か死の神秘性、永遠の生命、生死を超越した存在、水沫ならざるもの、頼る月の如くに満ち、または欠けることのないものに対するあこがれ、行き方知らざるものを捉まんとする祈り、または努力、または悩みなどいうものが、『万葉集』中には少しも見あたらぬ。

いやはや手厳しい。
もちろんこれは、「霊性」という視点からの論です。
大拙さんは、霊性を大地につなげて考えていますので、万葉集の挽歌は、宙に浮いたものと捉えるのでしょう。
万葉人と一括りにしてほしくない気はしますが、それはともかく、自らの心情を素直に書き綴ることも、深いものがないかもしれないですが、書き手にとっては間違いなく「挽歌気分」ではあるのです。
挽歌として着飾るよりも、防人歌のように、ただただおろおろとする自分も素直にさらけ出したいと思っているので、時には意味不明や矛盾した記事もあるのです。
歌人のような表現力がないことが、時に残念ですが。

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■「保育園落ちた日本死ね」の憂鬱

最近、すごく憂鬱で、時評を書く気が出てきません。
ニュースもあまり見なくなりました。
どうしてだろうと我ながら不思議に思っていました。
今日、その理由がわかったような気がしました。

「刑事フォイル」というテレビドラマがあります。
http://www9.nhk.or.jp/kaigai/foyle/
イギリスのテレビドラマで、原題は「フォイルの戦争」です。
第二次世界大戦中のイギリスが舞台のドラマです。
最初からずっと見ていますが、いつも、もの哀しいあたたかさを感じます。
昨日の日曜日に放映されたのは「生物兵器」の後篇です。

フィールディングという老警視正が友人でもある同僚のフォイルに、この仕事をもう辞めようと思うと言う場面があります。
彼は、こう言うのです。

そこらじゅう、悪意と憎しみばかりだ。
人間性なんてあてにならない。
どこか夕陽がきれいな場所で、静かに暮らしたい。
君は闘ってくれ。
おれはもういい。
なんでもないセリフですが、なぜか涙が出ました。
そしてハッと気づきました。
「保育園落ちた日本死ね」という言葉を聞いた時の、私の思いだったと。

非難されそうですが、この言葉は私にはとても不快な言葉でした。
しかし、その悪意と憎しみに満ちた、嘔吐を感ずるほど嫌な言葉が、なぜか多くの人の共感を得て、大きな動きを起こしてきています。
私には、それがとてもやりきれないのです。
国会にデモしている女性たちの気持がわからないわけではありませんが、敬意も拍手も送る気にはなれません。
これについては、前にも一度書きましたが、わたしたちはすでにもう日本を殺しているのではないかとさえ思うのです。
悪意と憎しみからは、たぶん何も生まれないでしょう。
そしてさらに思うのは、日本はもうフォイルの時代、つまり戦争に向かっている時代になってしまったのではないかと。

できれば、私も、フォイルのように闘いつづけたいとは思っています。
しかし、誰かに期待して生きるような生き方はしたくはありませんし、だれかに「死ね」とは言いたくありません。
でもいまの日本では、「保育園落ちた日本死ね」という生き方が多くの人の支持を得る社会のようです。
「保育園」にはいろいろな言葉が当てはまります。
そう思うと、とても嫌な気分に覆われてしまいます。
そういう親に育てられた子供はどんな社会を創りだしていくのでしょうか。
とても哀しくさびしいです。

こんなことを書くと、また「今の保育行政でいいのか」とか「子育ての大変さがわからないのか」とかという、私には思ってもいない非難を浴びそうです。
これまでもいつも私の言いたいこととは違うところでコメントをもらうことが多いので、今回もそういう批判をたくさんいただくでしょう。
しかし、私が悲しいのは、保育行政とかそんなことではなくて、社会に悪意と憎しみ、怒りが充満していることなのです。
そこがわかってもらえるとうれしいです。
この文章そのものにも「悪意と憎しみ」があるではないかと言われるかもしれません。
もしそうだとしたら、私自身も「悪意と憎しみの満ちた社会」に染まっているのかもしれません。
だとしたら、フィールディング老警視正のように、夕陽のきれいな場所で静かに暮らす道を選ぶべきかもしれません。
自らを正せなくて、社会を正せるはずがないからです。

そんなわけで、この2週間、時評をあまり書けずにいました。
でもやはり、めげずに時評を書きだそうと思います。
私はフィールディングよりフォイルの生き方に共感をもつからです。
どんなに憂鬱でも、納得できる生き方を捨てたくはありません。

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2016/03/20

■節子への挽歌3122:病魔に取り巻かれながら病縁のない奇妙さ

節子
また病気の報せです。
今度は脳梗塞です。
私よりも少し若いはずの友人からの知らせです。
毎日のように悲報が続くと、どうしても滅入ってしまいます。
その人からも、「体に十分気を付けるよう改めて忠告します」と書かれていました。
私も脳梗塞は十分身近にある病気です。
忠告には従わなければいけません。
それに、こう病気の知らせが多いと、そのたびに、同じようなところに微妙な変化が起きます。
友人から肺がんの知らせを受けた時には、しばらく肺がおかしくなっていましたし、今日の中大脳動脈の閉窄発見の連絡を受けてからは、頭や頸動脈が何やら熱っぽく感じます。
まあ、この歳になれば、どこもかしこも、劣化しているでしょうから、どこがおかしくなっても不思議はありません。
それにすべてが平均的に劣化し、健全度が比例的に低下しているのは、健全な老化という私の理想の状況でもあるのです。

それにしても、病魔が私のまわりの世界を覆いだしているような気配のなかで、私自身は奇妙に病縁がありません。
いろいろと体調の不具合は生じても、それを「健全な老化」と考えていますので、もしかしたら、自分の病気に気づいていないのかもしれません。
しかし、まあいまのところ、大丈夫のようです。
節子が守ってくれているのかもしれませんが、節子が逝ってしまってから数年は別として、5年ほどたってからは、むしろ健康度が増しているような気さえするのです。
みんなには、もう2~3年で終わりたいと言っていますが、終われないかもしれません。
困ったものですが、天命には従わなければいけません。

節子がいなくなってから、現世への未練はほとんどなくなりました。
しかし、身近な人たちの病気の話は身にこたえます。
もうこれ以上、聞きたくないものです。

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■節子への挽歌3121:「みんカフェ・湯島」が始まりました

節子
昨日は湯島で、また新しい集まりが始まりました。
「みんなのゆる~いカフェサロン」、略して「みんカフェ・湯島」です。
だれでも、そこに行くと自分の居場所がみつかるような、みんなの「ゆる~いカフェ」をゆる~くつないでいく。そして、そこを拠点に「人の支え合うつながり」を育てていく。
これが、「みんカフェネットワーク構想」です。
昨日はさまざまな人が集まりました。
中学生も参加し、しっかりと話し合いに入ってくれました。

この集まりは、1年ほどかけて準備してきました。
前にこの挽歌でも書いたかもしれませんが、友人知人を自殺で亡くした人たちの集まりが発端でした。
そこから何回か、非公開で集まってきていたのですが、昨日から正式にスタートしました。
立ち上げ基金は5万円です。
あるところの講演を断るつもりだったのですが、それを引き受けると5万円もらえるので、もう1回だけ講演を引き受けて、その謝礼の5万円を基金にすることにしました。
その基金を誰かに預ければ、継続的に動き出すでしょう。
それに実際には5万円も不要かもしれません。
なぜかと言うと、湯島はいま不思議な空間になっていて、サロンを終えてみんなが帰った後、机の上に500円玉が4つ置いてありました。
習慣的に、この場所を維持するために、自発的に500円ずつ置いて行ってくれる文化が出来上がっているようです。

会費を明記しているサロンの場合でも、だいたいにおいて参加者の3分の1くらいの人は会費を忘れていくのですが、昨日は会費など一切書いていなかったのに不思議です。
ですから会費など決めなくとも、次第にみんながワンコインを残しておく文化が育ってきているのかもしれません。

会費と言っても最近は以前と違って、通帳に貯めるわけではなく、私が使い込んでしまいます。
でもまあ、時々、ホワイトボードなどを買ったりしているので、許してもらえるでしょう。
そろそろプロジェクターも買わなければいけません。
いまのプロジェクターは友人が寄付してくれたものですが、ちょっと古いタイプで時々トラブルを起こすようになってきてしまいました。
仕事をしていないので、金銭収入はほとんどないため、部屋の維持費や光熱費などにも充当されているのをみんな知ってくれているのかもしれません。
昨日の2000円は、用意していた軽食のサンドウィッチなどの費用に補填してしまいました。
今日の私の朝食は、その残っていたサンドウィッチでしたから、結局は私が使い込んだことになりますが、まあお金は天下のまわりものだから、仕方がありません。

お金が天下のまわりものであれば、場所もまた天下みんなのものでしょう。
湯島の部屋が、できるだけ多くの人たちのものになってほしいと思っています。
節子がいたら、もっと面白い展開ができたはずですが、いまもみんなに支えられて、湯島は千客万来です。
節子が残してくれたお金を私のミスで失くしてしまったために、一時はこの湯島を手放そうかと思ったのですが、何とかまだ維持できています。
みんなに感謝しなければいけません。

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2016/03/18

■節子への挽歌3120:久しぶりの墓参

節子
最近お墓に行っていなかったのですが、久しぶりに娘たちとお寺に行きました。
墓前に庭のミモザや水仙の花も、供えてきました。
昨日、湯島に来た人と般若心経の話をしたこともあって、今朝はいつもより少していねいにお経をあげましたが、墓前でも般若心経を唱えてきました。
明日からはお彼岸でお墓もにぎわいますが、今日は一組しかいませんでした。

暖かですが、今日は風が強いです。
午後から曇ってきたので、温度も下がりだしました。
この時期は温度の変化が激しいので、体調を崩しやすいです。
幸いに、3月に入ってから私の体調はよくなっています。
それも不思議なくらいいいのです。
しかし、残念ながら気分の方はあまりすっきりはしていません。
テレビのニュースはあまり見ないようにしていますが、それでも耳には入ってきます。
社会派、どう考えても少し壊れだしているような気がしてなりません。

ところで、なぜか最近連絡がない人が複数います。
もしかしたら、体調を崩しているのかもしれませんが、電話をする勇気が出てきません。
最近は、ともかく悪いニュースに覆われているため、どうも悪い方に考えがちなのです。
ですから電話する勇気が出てこなかったのです。
悪いニュースがこれ以上多くなったら、気分的に持ちこたえられそうもなあく、最近は気弱になってきてしまっています。
困ったものです。

社会の風潮も気になりますが、家族親戚、友人知人に関して気になることが多すぎます。
春になっても、心がワクワクしてこないのは、そのせいかもしれません。
みんなの問題が、少しでもいい方向に向かうことを祈っています。
そして、朗報が増えていってほしいと心から思います。

身のまわりで起こることは、結局は自らの生き方の結果なのでしょう。
自分には責任はおろか、関係さえないと思いたくることがほとんどですが、私にもできることがあったのに、それに気づかずに来てしまったと思うことも少なくありません。
そんなことを、思い知らされる毎日です。
そんなことを考えだすと、どうしてもやはりまた節子のことにつながっていきます。
般若心経をもう一度上げたい気分になることもあります。
人は本当に過ちが多い生き物です。


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2016/03/17

■節子への挽歌3119:5つの物語

節子
今日はまたいろんな人が来ました。
人に会えば、いろんな世界が広がります。

そのおひとりは、某大企業の経営幹部の方です。
いまは単身赴任で、東京でお一人住まいですが、家族は奈良で、休日は奈良に帰り、奈良を楽しんでいるようです。
もともと東京のお生まれのようですが、奈良が好きで奈良に転居したのだそうです。
それも私が大好きだった佐保路に終着点の西大寺の近くだそうで、うらやましいです。
ところで、その人は東京の単身赴任の家で、毎朝、般若心経を唱えることから1日を始めているそうです。
一人住まいの東京の家には、大日如来をお祀りしているそうです。
ご両親も健在なのだそうですが、大日如来に向かって般若心経を上げると、心が落ち着くのだそうです。
そこから話が弾んでしまいました。

その前には、外資系の会社で長年クリエイティブな仕事をしていた50歳の女性が来ました。
都心のど真ん中に住んでいて、時代の先端を生きてきているようです。
仕事も面白ければ、収入も恵まれ、毎年、3週間の連続休暇を使った海外旅行を楽しまれてきていたそうです。
物欲が強いので、この生活レベルは落とせないと言いながらも、新しい生き方を模索しているようです。
その恵まれた生活を捨てて、次の人生設計に取り組まれているのです。
だから私のとこに雑談に来たわけですが。
私とは正反対の生き方ですが、なぜかつながるところがありました。

その2人の間に、もう一人、昨年事業に失敗して自己破産してしまった人が来ました。
自己破産の処置も一段落し、もう一度、チャレンジするという相談です。
彼のことは、またいつか書ける時が来るかもしれませんが、彼の経営していた企業の倒産には私も巻き込まれてしまって、私自身甚大なダメッジを受けました。
私の人生もかなりの影響を受けたのですが、いまも付き合っています。
彼を信じたいと思うからです。
そして今でも私のところに時々来ています。
新しい事業のきっかけが見つかりそうです。

そして最後は、この1年、ある事件に巻き込まれ、起訴されそうになっていた人が、彼の友人と一緒にやってきました。
不起訴になった報告です。
彼が起訴されるはずはないと私は思っていましたが、やはりいささかの心配はありました。
私は基本的にいまの司法を信じていないからです。
でも起訴されずに、本当によかったです。
まだしかし、いろんな思いが去来しているようで、いまも夜眠れないと言います。
それもまあ、人生だからと憎まれ口をたたきながら、心からよかったと思いました。

とまあ、今日はこんな感じの1日でした。
人には、それぞれ物語があります。
他者の物語を生きることはできませんし、他者の物語と付き合うのはとても疲れます。
でも、どこかでささやかな接点ができると、私自身の物語も豊かになります。
こういう生き方をしようとは、思ってもいませんでしたが、これもまた私に与えられた生き方なのでしょう。
他者の悲しみが自らの悲しみになり、他者の喜びが自らの喜びになる。
そういう生き方をしていて、最近つくづく思うのは、人生とは喜びよりも悲しみの多いことです。
ですから、悲しみもまた喜びにしていかないと、生きるのが嫌になりかねません。
悲しみのなかにも喜びがある。
最近少しだけ、そういうことがわかってきました。

今日は5つの良い顔に出会えて、疲れましたが元気をもらいました。

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2016/03/16

■節子への挽歌3118:他事あるべからず

節子
嫌になるほど、相変わらず「不幸の知らせ」が届きます。
一体どうなっているのかと思ってしまうほど、悪い知らせが届き続けています。
まるで悪夢を見続けているような気分です。
宮沢賢治ではないですが、周りに不幸があると、自分も幸せにはなれません。
人の一生は、不幸のなかに、時にちょっとした「小さな幸せ」があることなのかもしれません。

水墨画で有名な雪舟は、禅僧でもありました。
千利休の秘伝書として伝わっている雪舟の古伝書「南方録」というのがあるそうです。
偽書とも言われているようですが、その中にこんな文章があるそうです。
茶事に関して書かれたものです。

火をおこし 湯をわかし 茶を喫するまでのこと也 他事あるべからず。
これを知ったのは、NHKの「こころの時代」ですが、それを解説していた仏教学者の竹村さんは、この「他事あるべからず」こそ、禅の本質だと言っていました。 望めるならば、私も「他事あるべからず」生き方をしたいのですが、心が振り回されてしまう「他事」があまりに多すぎます。 だからといって、それに耳をふさぐことはできません。 ですから、「他事」に関わりながら、「他事」を意識しないようになりたいものです。 自己を離れ、他己を知り、そしてそれを超えた自己になる。 竹村さんは、そんなことも言っていました。

もしかしたら、いまはそれに向けて試されている時かもしれません。
そう考えると、人生もまた、楽しくなってきます。
生きることは、そのまま、まさに禅行なのです。
最近、それが少し腑に落ちてきています。

不幸があればこそ、幸せがある。
自分のことであれば、そうも考えられるところまでにはなりました。
しかし、他者に関しては、まだまだそう思えるところまで来ていません。
不幸に襲われている友人知人が、はやく安堵できるようになりますように、と祈るしかありません。
私には祈るしかできませんので。

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■節子への挽歌3117:後光をさした太陽に出会えました

節子
昨日はいささか恥をかきました。
普段は持ち歩かないのに、めずらしくお金とかカードやお守りなどの入ったケースをズボンの浅いポケットに入れて出歩いていて、いくつかの用事を済ませ、お昼過ぎに帰宅しました。
午後は、白井市にある農カフェ「OMOしろい」で打ち合わせの予定でした。
午後2時に、「OMOしろい」の宇賀さんが迎えに来る予定になっていたのですが、待ち合わせ場所に出かけようとしたら、そのケースがポケットに入っていないことに気づきました。
どこかに忘れたか落したかのいずれかです。
お金だけなら落しても無駄にはなりませんが、ちょっとなくしたくないものが入っていました。
あわててしまい、午前中に立ち寄ったり行ったりしたところを探しに自転車で出かけました。
まずは立ち寄った畑に行って、探していたら、「佐藤さん」と声をかけられました。
宇賀さんでした。
そういえば、畑の近くで会う予定だったのです。
事情を話し、少し待ってもらうことにしました。
畑には見つからず、午前中に立ち寄った場所に行きましたが、どこにもありません。
あきらめて、せめてカード会社にだけは連絡しようかと思ったのですが、気がついたら携帯電話に留守電が入っていました。
忘れていったのを、会っていた知人が預かってくれていたのです。
安堵しました。

それでそのまま、宇賀さんの車に乗って「OMOしろい」に行きました。
宇賀さんには、いささかぶざまな私のあわてぶりを見られてしまったわけですが。
話し合いを終えて、帰ろうと思い、近くの電車の駅まで送ってもらおうと思ったのですが、たまたま我孫子の方に宇賀さんが用事があると言うので、自宅近くまで送ってもらうことにしました。
それでお店を出ようとしたのですが、せっかくなのでOMOしろいのお店(野菜なども販売しています)でおいしい野菜を購入しようかと思って、ハッと気づきました。
あわてていたので、お金を全く持ってきていなかったのです。
もしどこかの駅まで送ってもらっても、そこからの電車賃もなかったわけです。
自宅まで送ってもらえてよかったです。
それに野菜を買わないのに、宇賀さんが干し芋をお土産にくれました。
お金がなくても、人は幸せに生きられることを改めて実感しました。
しかし、あわてていたせいか、久しぶりのお店の写真を撮ってくるのを忘れてしまいました。

送ってもらっている帰路、宇賀さんが太陽がきれいだと声をあげました。
太陽の周りをま~るく虹が囲んでいるのです。
まさに後光がさしている感じです。
宇賀さんは時々見る風景だそうですが、私はこれほどはっきりと見たのは初めてです。
私のあわてぶりを、お天道様が笑っているように感じました。
昨日は朝のガマガエル騒動から始まって、いろんなことがあった1日でした。

写真はうまく撮れませんでしたが、掲載しておきます。

Photo


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2016/03/15

■節子への挽歌3116:春が来ました

節子
どうやらわが家の庭にも春が来たようです。
というのは、庭の池にまたガマガエルが戻ってきてしまったのです。
また池の金魚が食べられてしまいました。
ガマガエルが入れないように、一応、金網をかぶせていましたが、どうも隙間があったようです。
今朝、娘が見つけたのです。
娘はガマガエルアレルギー?で、そのためかいつも第一発見者です。
ガマガエルが見つかると、捕まえて近くの手賀沼に放しにいきます。
以前、この辺りは斜面林の一部だったのです。
そのためヘビも見かけます。
いつか書きましたが、1メートル近いヘビの皮が残っていたこともあります。
最近は見かけませんが、いまもどこかにいるかもしれません。

ヘビやカエルが動き出すのは、春が来た兆しです。
私は蛇年生まれですが、爬虫類と鳥類が苦手です。
ですから、あまり会いたくない相手です。
ヘビは遠くから見ているとなかなか優雅でもあります。
しかし、カエルは小さいアマガエルなどはかわいさもありますが、大きなガマガエルはどうも苦手です。
大きいのは20センチ以上もありますので、捕獲するのもそれなりに大変ではあるのです。
それに何よりも、池の金魚やエビや魚を食べるのが困りものです。
なかよく同棲してもらえるのであれば、池を開放してもいいのですが、どうもガマガエルにはその気はないようです。
それで、手賀沼に放しに行くわけです。

ガマガエルを手賀沼に放しに行った帰りに、畑に寄りました。
チューリップが芽吹いていましたが、昨秋植えたままになっていた小松菜が花を咲かせていました。
大根は土をかぶせておかなかったので、あまり生育はしていませんでしたが、2本収穫してきました。

そろそろ畑も耕しださないとまた野草に負けてしまいます。
春が来ると、やることも増えてきます。

ところで、池の金魚は1匹だけ、健在でした。
大事にしなければいけません。
しばらくは水槽で飼おうと思います。
まだガマガエルがどこかにいるかもしれませんので。

今日は春のような日和日です。
私の生活にも、春が来ればいいのですが。
もう少し時間がかかりそうです。

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■緊急カフェサロン「責任者はだれなのか?」のご案内

広島の中3生徒の自殺という痛ましい事件に関して、子どもの学習支援に関わっている吉田さんからこんなメールが届きました。

いろいろな受け取り方はあると思いますが、一体どのくらいの市民が、この事件を「自分自身が関係する事柄だ」と受け取っただろうか・・という問いが頭に浮かびました。
こういった事件が発生しないようにするためには、市民一人一人が自分事として考え、行動する世の中になること以外に、方法は無いと私は思っています。
そういえば、少し前には、認知症高齢者の踏切事故で、家族への賠償責任が問われた事件も大きな話題になりました。
「責任者はだれなのか?」

吉田さんは、NPO法人教育のためのTOC日本支部の理事として、子どもの育ちを支援する活動に取り組んでいます。
「教育のためのTOC」については、下記のサイトをお読みください。
http://tocforeducation.org/about/

今回の中3生徒の自殺報道の後、吉田さんから、「我々が直接的には知らないところで起きている子どもたちに関わる良くない出来事の「責任者」は誰なのか?という問いを投げさせていただき、それについて対話するような場」をつくれないかと連絡をいただきました。
そこで、まずは、吉田さんの実践活動のお話をお聞きしながら、「責任者はだれなのか?」という問題をみんなで話し合いたいと思います。

吉田さんからのメッセージを下記します。

対話する中で、出来事や人、感情、社会の状態の繋がりを見える化する道具として、当NPOの思考ツールを使わせていただき、なぜ、我々がこういった道具を子どもたちやその周囲の人々が共に考え学習することに繋げて行きたいと考えているのか、また、実際に私が地域の子どもたちや保護者と一緒にどのような学習を行っていたかをご紹介させて頂ければと思っています。
子どもの問題に関わっている方に限らず、さまざまな立場のみなさんのご参加をお待ちします。

○日時:2016年3月26日(土曜日)午後1時半~3時半
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「責任者はだれなのか?―子どもたちの育ちの場を事例にして」
○問題提起者:吉田裕美子さん(NPO法人教育のためのTOC日本支部理事)
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

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2016/03/14

■節子への挽歌3115:相談料は珈琲です

節子
今日もまた寒い、雨の日になりました。
昨日はサロンにつづいて、急な相談がはいりました。
ちょっとパニック気味だと言うので、何はともあれ相談に乗ることにしました。
と言っても、私の専門分野ではありませんし、もしかしたら背景に少し危い問題を感じさせる内容でした。
私の知らない人なのですが、九州の友人が、私を紹介したのだそうです。
まったく困ったものです。
こんな感じでいろんな人が湯島には来るわけです。

ともかく相談に関する分野に詳しい友人に同席してもらうことにしました。
内容は差し控えますが、とても誠実そうなおふたりがお見えになりました。
お話を聞くと、人をともかく信じてしまう人たちのようです。
それでどんどん(表現は悪いのですが)つけこまれてしまっているようです。
同席してくれた、その分野に詳しい友人が的確な、ちょっと厳しいアドバイスをしてくれました。
そのやりとりを聞いていて、私も同じような生き方をしているのかもしれないという気がしてきました。
「その筋にいた」ある友人から、佐藤さんは甘いから骨の髄まで絞りとられるぞと言われたことがあります。
そんなことはないと思いましたが、まあ、髄まで行かないにしても、かなりの被害を受けたことはあります。
特に、節子がいなくなってからは、精神的に不安定な時期もあり、いろいろとありました。
いまはようやく「相談を受ける側」に座れていますが、「相談する側」に座っていたこともあるのです。
ですから、相談する側の人の不安な気持ちや大変さを少しは理解できます。
それにだまされる人には悪い人はいないのです。

終わった後、おふたりが「相談料は?」と質問してきました。
今度珈琲をご馳走してください、と同席の専門家に相談せずに即答してしまいました。
後で考えたら、友人には悪いことをしたと思いますが、まあ友人も異論はないでしょう。
善いことしたら、いつか絶対に自分に返ってきますから。

困った人がいたら相談に乗る。
相談料という発想には、やはり私は違和感があります。
今回に限らず、同じような質問をされることはあります。
答はいつも、「珈琲でもご馳走してください」です。
実は、私が相談に乗ってもらった時も、そうでした。
最初から相談力を払うという考えが、私には皆無なのです。
もしかしたら、相手に失礼を重ねてきているのかもしれません。
しかし、困っている人がいたら、相談に乗るのは人の常でしょう。
こういう私の考え方が、やはりどこか現代に合わないのでしょう。

節子にはずっとそういう生き方に付き合ってもらいましたが、節子から異論が出たことはありません。
節子もまた、ちょっと世間の常識からずれていたのでしょうか。
おふたりが、いまの状況から早く抜け出せるのを祈っています。
落ち着いたら、おふたりとはたぶんいい友人になれるでしょう。

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■カフェサロン「スワンベーカリーの目指していること」の報告

今回は、2年ほど前に、スワンベーカリーを経営している株式会社スワンの社長になった岡村さんが話題提供をしてくださいました。
予想を超えて、17人もの参加になり、いささかあわててしまいました。
しかし、スワンベーカリーへの関心がこれほど大きいことはうれしいことです。

スワンベーカリーは、「障がいのある人もない人も、共に働き、共に生きていく社会の実現」というノーマライゼーション理念のもとに、障がい者の経済的自立支援を目的に、『クロネコヤマトの宅急便』の生みの親の小倉昌男さんが始めた、パン製造販売を行うフランチャイズチェーンです。軽食も提供する喫茶店も展開しています。

岡村さんは、ヤマト運輸で長年バリバリのビジネスマンとして働いてきました。
私が出会った当初は、まさに同社の戦略参謀スタッフでした。
それが思いもしなかったスワンの社長を引き受けることになったのです。
岡村さんは、まずその時の思いを、とても素直に話してくださいました。
それまでは他人事だったスワンの世界が、入ってみるととても生き生きした世界で、経営に関する考え方も、企業そのものの捉え方も、(たぶん自らの人生観も)変わってきたようです。
岡村さんが語るスワンのお話には、あたたかさを感じましたが、話したいことが山のようにあるようで、次から次へと話が飛び出してきました。
それだけ岡村さんは、この2年間、充実した時間を過ごしてきているのでしょう。
それだけで、私はスワンという会社の素晴らしさを感じました。

お話の内容を中途半端に紹介するのはやめますが、岡村さんが話してくれた4人のスワンの社員(岡村さんは「スワンの仲間」と表現しました)の話はとても示唆に富んでいると思いました。
障がいがあるために働く場が得にくい人たちにとって、いま何が一番大切なのかが、そこに表れていますし、障がいとは関係なく、そこにいまの時代の働き方や働く場の問題と解決のヒントが象徴されているように思いました。

話し合いではさまざまな話題がでましたが、私の勝手な感想を述べれば、やはり私たちはまだ金銭経済や工業経済の発想から抜け出せていないということです。
スワンで働くことで、授産施設などに比べると10倍ほどの給与を得ることができ、障害者手当を含めれば、経済的には生活が自立できるかもしれません。
しかし、スワンの意味はそれだけなのだろうか。
それにまだ、そうした人はとても少ないでしょう。
企業の障害者法定雇用率をもっと高めるべきではないかという話も出ました。
障がいの子どもを持つ親にとっては、自分の死後、子どもが働けなくなった後のことも心配ではないかという話が出ました。
障がいを持つ子どもの母親からも、なかなか雇用してもらえないという悩みも出ました。

もちろんいずれも大事なことです。
しかし、私には、そもそもそういう発想を問い質すべきではないかと思っています。
そういう発想が、いまの生きづらい社会をつくりだしてきたのではないか。
スワンで働いている人たちにとって、一番の喜びはなんなのか、をしっかりと考えてみたいと思います。

そして、実は「障がいをもつ人たち」の働き方を考えることは、働き方そのものを考え直すきっかけになるのではないかと思います。
障がい者雇用を進めているアイエスエフネットの社長の渡邉幸義さんは「障がい者が入社してくれたおかげで社員みんながやさしくなった」と言っています。
だとしたら、障がい者(高齢者や認知症の人も含めたいです)がいるだけで社会はやさしくなるのではないか。

ちょっとテーマは違いますが、スワンベーカリーのお店による味の違いの話も出ました。
スワンベーカリーは、いまは全国に29店舗(直営店は4つ)展開しています。
そのため、お店(地域)によって味も少し違うようで、それをそろえてほしいという声が出ました。
これもとても重要な問題だと思います。
私はスワンベーカリーにはマグドナルドのような均一の味になってほしくはありません。
と同時に、むしろ地域の人たちも一緒になって、スワンベーカリーのお店を良くしていくという関係が生まれていけばいいなと思っています。
ここにも、いまの社会のあり方や私たちの消費活動のあり方を考える重要な視点があります。

岡村さんは、本社時代に社風刷新に取り組みましたが、その時、「社風は勝手には悪くならない、(もし悪くなるとしたら)そこにいる人が悪くしている」と考えたそうです。
そして、経営には人柄が出ると言います。
とても共感できます。
「社風」を「社会」に替えても成り立つでしょう。

岡村さんはまた、障がいを持つ人の働き場づくりだけではなく、「生きにくさ」の解決にも取り組みたいと話しました。
スワンで得た気づきやノウハウが、いつか日本の会社や社会を変えていく動きにつながっていくと私は信じています。

岡村さんは、参加者のためにスワンのマドレーヌを持ってきてくれました。
お話をしてもらうのに、逆にお土産まで持ってきてもらう、これが湯島のみんなが育てるサロンの特徴の一つです。
何とか頑張って、この場をつづけていこうと改めて思いました。
岡村さん、ご多用のなか、ほんとうにありがとうございました。

私も、岡村さんと同じく、書きたいことが山のようにあって、長くなってしまいました。
すみません。


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2016/03/13

■節子への挽歌3114:蔵田さんのあさり

節子
福岡の蔵田さんから、今年もご自身で採取した椎田のあさりがどっさり届きました。
寒い中を、蔵田さん自らが潮干狩りで採取したあさりです。
このあさりは、とてもおいしいのです。
昨夜、早速にあさり料理を堪能させてもらいました。

蔵田さんにお電話しました。
蔵田さんご夫妻は、それぞれに趣味の世界を楽しまれています。
蔵田さんは川柳、奥様は陶芸です。
おふたりの豊かな生活が、電話を通して伝わってきます。
何よりも、おふたりの声の響きがとても明るいのです。
声にも、その人のすべてが出るのかもしれません。

蔵田さんは私よりも年上です。
お世話になるだけで、私は何もお返しができませんでした。
そういう先輩からの支えで、私たちは生きています。
それに気づけば、自分もまた、そういう生き方をしたくなります。
果たして私自身、それができているかどうかは確信が持てませんが、できるだけそうなるように心がけたいものです。

今日は湯島で、サロンです。
スワンベーカリーの岡村さんに話題提供してもらう予定です。
岡村さんも、スワンベーカリーの社長になって、いろんな気付きが合ったようです。
人は、世界を広げると必ず生き方が変わってくる。
新しい体験をすると生き方が変わってきます。
そうやって、みんなやさしい生き方ができるようになれば、世界は輝いてくるでしょう。
そう思いながら、ささやかなサロン活動を続けています。

今日はまた、初めての人も3人参加してくれます。
新しい出会いは、いつもワクワクします。

昨日は蔵田さんの心のこもった美味しいあさりをたくさん食べたので、今日はとても元気です。

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2016/03/12

■節子への挽歌3113:仲良し夫婦は認知症を注意しなければいけません?

節子
最近かなり記憶力や注意力が低下してきているようです。
認知症が加速しているのかもしれません。
私は、認知症予防ゲームの普及活動を、縁あって応援しているのですが、認知症予防よりも、むしろ認知症になっても安心して暮らしていける社会が理想です。
ですから、自らの認知症にはそう関心はないのですが、他者への迷惑だけはほどほどにしないといけないので、自らの状況だけ把握しておきたいと思っています。

今日、ホームページの整理をしていて、気づいたのですが、この挽歌が一つ欠番になっていました。
挽歌3101です。
前後を調べたら、3月3日です。
あの日は確か月命日だということを書いた記憶があるのですが、なぜかブログにアップされていません。
おかしいなと思って、原稿記録を探したら、やはりきちんと書いていました。
挽歌3101:「悲しみを知らない者は、生の歓びを知らない」です。
最後にたしかに「節子の102回目の月命日」と書いてありました。
なぜか書いておきながらパソコンへのアップを忘れてしまったようです。
あわてて3月3日付でアップしました。

さてこれは認知症という視点でどう評価すべきでしょうか。
書いておきながらアップしないことはいささか危ういですが、それを内容も含めてしっかりと覚えていたことは、まだ認知症の度合いが少ないと言ってもいいでしょうか。
まあしかし、こういうことがだんだんと増えていくのでしょう。
困ったものですが、それに慣れていかねばいけません。
節子がいたら、心置きなく、認知症を楽しめたのでしょうが、節子がいないいまは、そうもいきません。
妻と娘は全く違うものだということを、最近改めて痛感します。
それはそうでしょう。
私も両親と妻や娘とは、まったく違う存在でしたから。

こうも言えるかもしれません。
心許せる伴侶がいたら、認知症になりやすいかもしれません。
しかし、世話のかかる伴侶や気遣いしないといけない伴侶がいたら、認知症になりにくいかもしれません。
いささか不謹慎な推測ですが、もしかしたらとても仲の良い夫婦の場合、どちらかの方が認知症になりやすいのかもしれません。
となると、節子がいたら、もしかしたら私か節子が認知症になったかもしれません。
それもまた困ったものです。

さてさてつまらないことを書いてしまいました。
これ自体が、認知症の兆候かもしれません。
困ったものです。はい。

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■節子への挽歌3112:「佐藤修さん・節子さんご夫妻の共同作業」

節子
朝早く目覚めたので、動き出す前にもう一つ書いておこうと思います。

佐久間庸和(一条真也)さんが新著「死ぬまでにやっておきたい50のこと」を送ってきてくれました。
佐久間さんは50のことの一つに、「先に亡くなった大切な人に手紙を書く」ということをあげています。
そこでとりあげてくれているのが、この挽歌のことです。
佐久間さんはこう書きだしています。

亡き妻に3000通以上の手紙を送った方がいます。 各種のサロンを主宰するコンセプトワークショップ(CWS)代表である佐藤修さんです。

そして、この挽歌の0と3000と3001を紹介してくれたうえで、こう書いてくれました。

3000回を超えた佐藤さんの挽歌は、きっと多くの人々を救うはずです。 わたしは佐藤修さん・節子さんご夫妻の共同作業による、この前人未到の大いなる社会貢献に心からの敬意を表したいと思います。

前人未到とは、かなりの過大評価ですし、多くの人々を救うというのも、とても気恥ずかしいのですが、佐久間さんが、「佐藤修さん・節子さんご夫妻の共同作業」と書いてくれているのが、実にうれしいです。
それに、実は昨日、友人のYSさんからメールをもらったのですが、その友人もこう書いてきてくれました。

修さんのプログは、毎日みさせていただいています。 奥様との会話、やはりすばらしい。 修さんがそうしたいのでしょうから、ただそのことがいろいろな人に共感や修さんのこと、しいてはひとの生きることの大きな参考というか、糧になっていると思います。

ただただ毎日、内容のないたわごとを書いているだけなので、これまた過分な賛辞だと思いますが、でも実にうれしいです。

佐久間さんが同書でも書いていますが、誰かの記憶に残っている限り、その人は生きていると言ってもいいでしょう。
佐久間さんが、本にこの挽歌のことを書いてくれたので、節子の生はまた少し広く長くなりました。
それもまたとてもうれしい。

佐久間さんは最後にこう書いてくれています。

 本書の読者の方のなかには愛する人を亡くすというケースも出てくると思います。
 わたしは、愛する人を想って亡き方への手紙を書くということを提案します。

私も大賛成です。
書いてみればわかりますが、大きな効果があります。

そういえば、昨日、テレビで3.11の津波で夫を亡くされた方が、夫への手紙を書き続けているのが紹介されていました。
ふと何かの紙に書いたのがきっかけになったようです。
彼女も、「ずっと書き続けるつもりです」と言っていました。
書きだしたら止められなくなるのです。
そしてそれがただ3000回も続いてしまったわけです。

読んでくださっている皆さんに、深く感謝したいです。
ありがとうございます。
佐久間さんとSYさんにも。

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■節子への挽歌3111:久しぶりの早起き

節子
今朝は久しぶりには朝早く起きられました。
最近、どうも朝が起きられなくなっていました。
というよりも、4時過ぎに目が覚めてしまい、そこから眠れなくなるのです。
そこで起きてしまえばいいのですが、その気にもなれない。
そこからいろんなことを考えてしまい、眠れなくなってしまい、枕元のテレビをつけてしまうのです。
だからと言ってテレビを見るわけでもなく、ただ音が聞こえていると安心なのです。
結局いつのまにか寝てしまっているのですが、長い時には1時間以上も眠れずにいます。
そして目が覚めると、もう7時を過ぎています。
しかしそこからまた起きられずに、起きだすのが7時半を過ぎてしまうことも少なくありません。
昨日は、8時を回ってしまっていました。
にもかかわらず眠りの質が悪いせいか、どうもよく寝たという気がしないのです。
節子がいなくなってから、朝まで熟睡していた記憶がありません。
6時間以上続けて寝たことがない気がします。

早い時には深夜の2時頃目が覚めるのですが、目が覚めて枕元の時計を見て、あまりに早く目が覚めてしまって、がっかりすることもあります。
ですから夜が好きではなくなったのです。
節子がいた頃も、目が覚めることはなかったわけではありません。
しかし、その時には節子が横にいるだけで安心して、また眠りにつけました。
眠れない時には、節子を起こしたものです。
節子は、それなりに付き合ってくれました。

でも今は起きてもいつも私一人です。
暗い夜に一人で目が覚めていろいろと考えをめぐらすのは、好きにはなれません。
でも、昨夜は久しぶりによく眠れました。
今日は、いい日になるかもしれません。
しかも久しぶりの在宅の土曜日です。
さて、なにをやりましょうか。

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2016/03/11

■節子への挽歌3110:5年目の3・11

節子
今日は東日本大震災から5年目です。
時評編に書きましたが、重い1日です。
いろいろと思うことも少なくありません。

あの日、1日だけで、多くの別れが起こってしまいました。
しかも、その悲しみが複雑に絡み合っていることでしょう。
自分の悲しみであると同時に、自分たちの悲しみでもある。
そして、その一つひとつに、他者とは分かち合えない物語があると思うと、それだけで私には3.11は想像さえできなくなります。
私は、たった一人との別れで、人生を変えてしまいました。
人生を変えた人たちが生み出す社会とは何なのか。

隣に、もしかしたら自分と同じ悲しみや重荷を背負っている人がいる。
そう思うことで、自らの重荷と悲しみは変わるでしょうか。
重くなるのか軽くなるのか、それもわかりません。
悲しさを共有することは、気持ちを楽にしてくれます。
私も、悲しさを出し合う場に参加したことがありますが、そう実感しました。
しかし、それは「いっときのこと」だったような気もします。
それに、もし悲しさがまわり中にあるとしたら、どうなるのか。
不謹慎ですが、そんなことも考えてしまいます。

震災の日以来、行ったことがないところに行った人の話が、報道されていました。
その人は、なぜそこに行ったのでしょうか。
テレビの報道の対象になったからでしょうか。
テレビの取材のおかげで、再訪する勇気を得たのか、
テレビの取材のなかで、自らの悲しみを変えてしまったのか。
こんな思いで、3・11特集を見ていると、何か自分が嫌になってきます。
しかし、なぜかそんな思いが浮かんできてしまうのです。

悲しみは自分だけのものです。
だれにもわかってなどもらえないし、だれかの悲しみをわかることなどできようもない。
それにもかかわらず、多くの人は悲しみに触れたがる。
自分の悲しみをわかってもらいたくなる。

今日はとても複雑な思いで、1日を過ごしました。
テレビをつけては消し、消してはつける1日でした。
ちょっと疲れる1日でした。

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■3・11報道には大きな違和感があります

東日本大震災から、今日は5年目です。
新聞もテレビも、3・11の特集ばかりです。
被害者や遺族の物語も多いのですが、そういう番組はどうも見る気がおきません。
誠実に描かれているのでしょうが、どうしてもそこに「作為」を感ずるようになってしまっています。
死を題材にしてほしくないという気持ちが強くなってきています。

それにしても最近のマスコミ報道は「死」を取り上げすぎではないかと思います。
子どもの自殺から高齢者の孤独死、あるいは悲惨な殺人事件や事故死。
テレビドラモも、死が安直に題材にされているような気がします。
あまりに安直としか言いようがありません。
「死」を題材に取り上げなくても、生死や人間をもっと語れるのではないかと思うのですが、死の刺激が求められているのでしょうか。
しかし、一度でも身近に死を体験した人であれば、そうは安直には扱えないはずです。

先日、この5年間、東北の被災地に住む人たちへの支援活動をしている人と話しました。
5年で被災地は変わってきましたかと質問したら、遠慮しがちに「変わっていないです」とつぶやきました。
復興が進んでいないという意味です。
無駄な復興事業は盛んに報道されますが、被災者にとっての復興は進んでいないのかもしれません。
復興を印象づけるような報道も多いですが、そうした番組も見たくはありません。
報道は、それが事実であったとしても、報道の仕方では全体を見えなくしてしまいます。
特に福島に関しては、復興などできるはずもありません。
政府に本気で復興する気があれば、原発再稼働などするはずもありません。

こんな思いを持ちながら、今日は3.11のことをいろいろと思いだしています。
重くて哀しい1日です。

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2016/03/09

■節子への挽歌3109:ハッピーではない物語

節子
今日は冷たい雨の1日でした。
その雨の中を歩いていて、ふと昨日書いた挽歌の「物語はすべてハッピーエンド」という言葉が頭に浮かびました。
昨日は、自らを鼓舞する意味もあって、そう言い切ったところもあるのですが、アンハッピーな人生もあるのかもしれないと思ったのです。
冷たい雨と寒さのせいかもしれません。

そして、ある物語を思い出しました。
どう考えても「ハッピーではない物語」です。
それは、いまテレビでもドラマ化されて放映されている「わたしを離さないで」です。
カズオ イシグロの小説が原作です。
この小説に関しては、以前書きました。
またブログでも、その話も題材のひとつにした、「オメラスとヘイルシャムの話」というシリーズ記事があります。
ホームページにまとめて収録していますので、関心のある方はお読みください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/heilsham.htm

あの話は、どう考えてもハッピーとは言えません。
いま、放映中のテレビドラマは最初の3回はなんとか我慢して観ましたが、その後はとても観る気になれません。
あまりにもアンハッピーで、心が萎えるからです。
小説は、それほどではありません。
でもテレビはあまりに残酷すぎます。
未練がましく録画はしていますが、私の心身では、受け止められない恐れがあるので、観る気にはなれません。

なぜアンハッピーなのか。
雨の中を帰る途中、ずっと考えて、理由がわかりました。
そこに「いのち」がないからです。
しかし、残念ながら、その意味をうまく説明できません。
「いのち」ってなんなのか。
また一つ難問を背負い込んでしまいました。
ヘイルシャムの子どもたちは、生きてはいないのです。
だから、とても哀しい。
恐ろしいほどに哀しい。
だから読者をハッピーにしないのです。
読者をハッピーにしなければ、登場人物もまた、ハッピーではないでしょう。

アンハッピーな物語もあるようです。
しかし、アンハッピーの物語の上に、もし私が生きているとしたら、私もまたアンハッピーのはずです。
とすれば、すべての人生はアンハッピーということになりかねません。
寒さのせいで、どうも思いが暗くなってしまいます。
昨日とは、まったく違う結論になってしまいました。
困ったものです。

カミユを読み直したくなりました。

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■節子への挽歌3108:物語はハッピーエンドでなければいけない

節子
久しぶりに映画「グラディエーター」を観てしまいました。
パソコンである報告書をまとめていたのですが、疲れたので気休めにと思い、手元にあったDVDのなかから選んだのが「グラディエーター」でした。
私のDVD映画の観方は、観たいシーンを繰り返し観るという方法なのです。
もちろん初めて観る映画は最初からきちんと観ますが。

「グラディエーター」は、私の好みではないので(題材は私の好みです)、2回目なのですが、ローマ帝国の崩壊が始まったコモドゥス皇帝の時代の物語です。
史実とはかなり違いますが、同じ題材を扱った「ローマ帝国の滅亡」(こちらの方が私の好みでした)とも違い、ハッピーエンドではありません。
だから私の好みではないのです。
私は、ハッピーエンドが好きなのです。
物語は、ハッピーエンドでなければいけないと思っているからです。

ところが、今回、この映画を観て、これはハッピーエンドの物語ではないかと気づいたのです。
主人公のマクシムスもコモドゥスも、です。
そしてローマ帝国も。

映画の内容を説明していないので、観ていない人にはわからないと思いますが、映画の最後は、剣闘士になったローマ将軍マクシムスと皇帝コモドゥスが円形闘技場コロッセウムで決闘し、結果的には2人とも死んでしまいます。
にもかかわらず、なぜハッピーエンドなのか。

皇帝コモドゥスは、賢帝と言われた父親のマルクス・アウレリウスを殺害し(映画のなかの話です)、父親が帝位を譲ろうとしていたマクシムスの家族を殺害します。
マクシムスは殺害を逃れ、剣闘士としてコロッセウムに登場、ローマ市民の熱狂的な拍手喝さいのなかで英雄になっていきます。
そのため、皇帝コモドゥスはマクシムスを殺すことはできなくなります。
唯一の解決策は、マクシムスとの決闘で勝利することで、ローマ市民の拍手喝さいを自らに引き取ることだけです。
結果はマクシムスに殺され、マクシムスもその傷で死んでしまいます。
しかし、皇帝コモドゥスは栄誉ある死を実現し、おそらく最後は幸せだったでしょう。

マクシムスはどうか。
彼は帝位を望んではいませんでした。
戦いが終われば、故郷に戻り、家族と暮らしたかった。
それが彼が望んだ幸せでした。
「ローマ人の物語」を書いた塩野七生さんは、このことだけで、マクシムスは皇帝には向いていないと断定しますが、そうかもしれません。

映画「グラディエーター」のラストシーンは、冥界に向かうマクシムスを迎える妻と息子の出会うシーンです。
間違いなくマクシムスは、幸せを得たのです。
皇帝になることは、決して彼を幸せにはしないでしょう。
この映画は、ハッピーエンドの物語だったのです。

物語はすべてハッピーエンド。
人生もまた、すべてハッピーエンドなのだろうなと、思います。
問題は、その「幸せ」に気づくかどうか、です。

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2016/03/07

■アメリカの大統領予備選挙に思うこと

アメリカの大統領予備選挙で、暴言王と言われるトランプ候補が、当初の予想とは違って勝ち進んでいます。
民主党でも、社会民主主義を標榜するサンダース候補がクリントン候補を追い上げています。
アメリカに住んだことのない私には確信は持てませんが、ここにこそアメリカ社会の実相が顕在化しているのかもしれません。

そう思って、改めて日本の政治状況を見ると、もしかしたら、日本ではすでにアメリカの先をいっているのかもしれないと気がつきました。
暴言と言えば、いまの日本の安倍政権の閣僚は暴言の常習犯です。
そもそも安倍首相自身、暴言のみならず暴挙の常習犯です。
こうしたことは、海外にはどう見えているのでしょうか。

憲法を無視し、税金を自分のお金のように使い込み、平和という名目で戦争の危険を高めている。
原爆を投下され、しかも最近、福島原発事故を体験し、それがまだ実態究明さえできていないのに、原発を再稼働させ、世界に輸出しようとしている。
メキシコの国境に壁をつくると言うほどシンプルではありませんが、そう違わないのではないかという気もします。
そういう首相を多くの国民が支持しているわけですから、それは日本の社会の実相を映し出しているわけです。

トランプやサンダースを支持するアメリカ人は、ちょっとおかしいのではないかと、私などは思ってしまうのですが、私たちも海外から見たら、そう見えているのかもしれません。
最近そんな気がしてなりません。

反知性主義が世界を覆いだしました。
であればこそ、私たちは自らの地勢を高めなければいけません。
国会にデモすることも大切ですが、それだけでは十分ではないような気がします。
自分たちでできることを考えて、それぞれが動き出さないと、この世界はどうもますます壊れていきそうです。
トランプ候補の暴言には心が冷えるほどの嫌悪をおぼえますが、むしろそう思う自分をもう一度、問い質すことも必要かもしれません。
マスコミの常識に呪縛されないように、慎重に考えなければいけない。
そして、アメリカの動きを日本に重ねた時に見えてくることも少しきちんと考えようと思い出すようになっています。

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■節子への挽歌3107:巡礼者の来訪

節子
昨日、節子も知っている鈴木さんが湯島にやってきました。
昨年2か月半かかってスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラを歩いたために、足を痛め、帰国後すぐを予定していた四国巡礼に出かけられずにいたのですが、いよいよ出かけるようで、その前にということで会いに来てくれたのです。
いつものことながら、鈴木さんに2人で会うと、巡礼の話で私が口をはさむすきがないほど、鈴木さんの独演が始まるのです。
今回も2時間の独演会でした。
話している時の鈴木さんは、顔が輝いています。

鈴木さんはサンチャゴには何回も行っていますが、通しで歩いたのは昨年が初めてです。
しかも昨年はフランスから歩いたので、たくさんの経験をしてきているのです。
鈴木さんは、もともとライターです。
私が最初に鈴木さんの文章を読んだのは、たしか北東欧州の旅行記でした。
とても人間味ある文章だったのですが、その後、そうした鈴木さんらしい文章をあまり読んでいないので、ぜひサンチアゴ巡礼記は書いてほしいと言っていたのですが、ようやく書き出したそうです。
ブログに書いているそうですが、ハンドルネームなので見つけられないでしょうと、ブログアドレスは教えてくれません。
ブログを書き出したことさえ話したのは、私が3番目なのだそうです。
でもまあ、探すのはそう難しいことではないでしょう。
読むのが楽しみです。

鈴木さんは、人生そのものが巡礼だという実感を持っています。
全く同感です。
サンチャゴで出会った数名の人や宿泊所の人との、鈴木さんらしい、誠実な付き合いが広がっているようですが、鈴木さんはたくさんの人生を体験してきたのでしょう。

鈴木さんは以前、インドのアシュラムで数か月暮らしたことがあります。
私は、その出発の時に、たぶん鈴木さんはインドに定着するだろうなと思っていました。
だから4か月で帰国したのは意外でしたが、いまから考えれば、鈴木さんはインドでも日本でも、たぶんそう変わらない生き方をしているのです。
そして、アシュラムを歩いた結果、人生は巡礼だと気づいたというの、なぜまたわざわざ四国のお遍路に向かうのか。
ちょっと気になりましたが、質問は止めました。
巡礼から戻ったら、その時に尋ねようと思っています。
そして鈴木さんによる「巡礼人生カフェサロン」を開催する予定です。

帰宅後、パソコンで鈴木さんのブログを探しました。
意外と簡単に見つかりました。
鈴木さんの巡礼のコースを知っていたからです。
さて皆さんも探してみてください。
ちょっとした楽しいゲームです。
ヒントは、今年の8月にフランスのル・ピュイから出発しています。
私もほぼそれだけの情報で探し出しました。

鈴木さんのそのブログは、さすが鈴木さんというほど、おもしろく示唆に富むブログです。
写真も実にいい。
いつか鈴木さんから解禁の許可が下りたらアドレスを公開しますが、まあ謎解きを楽しむ感じで探してみてください。

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■節子への挽歌3106:自然の天気と心の天気、そして身の回りで起こること

節子
昨日、久しぶりに上野公園と不忍池を通って湯島まで歩きました。
節子がいた頃は、よく一緒に歩いたコースです。
上野公園は、すでに桜が咲きだしていて、にぎわっていました。
不忍池は、ちょっとさびしい季節ですが、それでも暖かい日だったので、これもにぎわっていました。
そこからちょっと脇道に入ると、節子が好きだった陶器屋さんがあるはずなのですが、久しく来ていなかったので見つけられませんでした。
湯島天神も通り抜けましたが、桜と梅が一緒に咲いていました。
湯島天神は、年々にぎやかになってきている気がします。
どこもかしこも、気分は春という感じでした。
残念ながら、私の気分にまでは届いてこないですが。

今日は打って変わって、また冬の気分です。
今日は在宅なのですが、朝から冷たい雨が降っています。
昨日、ほころびだした気持がまた少し冷えてしまいました。
途端に、ちょっと残念なメールも届きだしました。
うれしいメールつづきの昨日とは様変わりです。

不思議なもので、自然の天気と心の天気と、そして身の回りで起こることとは、実に深く共振しているような気がします。

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■節子への挽歌3105:「忘れられないけど、忘れるんだよな」

節子
節子は、ワンダーアート・プロダクションの高橋さんに会ったことはないと思いますが、彼女は3.11の東日本大震災が起こるやいなや、アートで被災地の子どもたちを元気づけようと、ARTS for HOPEという活動を始めました。
それ以来の高橋さんの活動ぶりには、圧倒されるものがあります。
その根底にあるものに、少し感ずるものがあって、私自身は何も応援できませんが、ひそかにエールを送っています。

そのARTS for HOPEの「今、ここで生きている」展が上野駅の中央コンコースで開催されていました。
昨日は最終日だったのですが、やっと会場に行けました。
この展示会は、高橋さんたちの活動を広く知ってもらおうと、今年の1月13日に、南相馬から始まり、各地で開催、その最終地が上野だったのです。
最終日にやっと立ち寄れました。
まず目についたのが、パネルにあった言葉です。
「忘れられないけど、忘れるんだよな」
大船渡市で開催した時に、やってきた人の言葉だそうです。
いろんな意味を含意している言葉で、ドキッとしました。

忘れられないのに忘れる。
東日本大震災について言えば、正直、これは私の現実でもあります。
たぶん被災地は、5年前とあまり変わっていないのだろうなと思いながらも、身の回りからはそういうことが見えなくなってきているために、ついつい過去の出来事と思ってしまいがちなのです。
そして、大船渡市の人も、そう思っている。
当事者も、そうなのです。
しかし、その時の「忘れる」の意味は、当事者ではない私とはたぶん全く違うでしょう。
当事者は、忘れないと生きていけないのかもしれません。
記憶を正しく残したいために、忘れるのかもしれない。

比較にはまったくならないと思いながらも、私はつい、節子のことを思い出してしまいました。
文脈は状況と全く無関係に、「忘れる」という言葉は、私の心に引っ掛かる言葉になってしまっているのです。
なぜなら、死者にとっては、忘れられたら生きていけないからです。
そんなことを思いながら展示を見ていたら、スタッフの方が近づいてきました。
「高橋さんはいますか」と訊いたら、ちょうど、不在の時間帯でした。
そうしたらその方が、「佐藤さんですか?」と逆に訊いてきたのです。
前に一度、高橋さんと一緒に会ったことがあるのだそうです。
大変失礼ながら、私は失念していました。
一度でも会ったら、できるだけ忘れないようにしようと心がけていますが、どうも最近は脳機能が落ちているようです。
彼女と別れて、歩いていたら、突然にその時のこと、つまり前に会った時のことを思い出しました。
たしか5年前に、湯島のサロンで話題提供してもらった時に、高橋さんと一緒に来てくださったのです。
一度覚えたことや体験したことは、必ずどこかに残っているようです。
ただ思い出せないだけなのです。
忘れたようで忘れていない。
そのことを忘れないようにしたいと思います。


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■節子への挽歌3104:アーユルヴェーダ

節子
一昨日は、湯島でサトヴィックの佐藤真紀子さんにお願いして、「アーユルヴェーダってなんだろう」というサロンを開催しました。
真紀子さんに会うのは10年ぶりです。
節子の胃がんが発見され、その状況を診てもらいに、インドから来日していたサダナンダ・サラディシュムク医師に脈診をしてもらった時以来です。
真紀子さんは、当時よりもずっと元気な感じを受けました。
アーユルヴェーダな生活のおかげで、ますます元気になっているのでしょう。
日本でのアーユルヴェーダ活動がインドでも認められてきているようです。

真紀子さんの説明によれば、アーユルヴェーダとは「生命を果たす/使い尽くすこと」だそうです。
与えられた生命をしっかりと活かすと言ってもいいかもしれません。
そのための、さまざまな知恵の体系がアーユルヴェーダなのです。
節子は、果たして「生命を果たす/使い尽くすこと」かどうか。
こういうことを考えることは、私にはかなりつらいことではあります。

真紀子さんの話を聞いていて、節子が脈診を受けた時のことを思い出そうとしたのですが、なかなか思い出せません。
その場所が、なんとなく現世の場ではなく、まるでインドのような、あるいは彼岸のようなイメージがなぜか浮かんでくるのです。
真紀子さんが通訳をしてくれたはずですが、その姿も思い出せません。
頭の中で、私の記憶がどうもつくりかえられてきているのかもしれません。
どこだったかも全く思い出せないのです。

最後に、真紀子さんは質問に応じて、アーユルヴェーダは「解脱を目指す」という話もしてくれました。
ここだけは私の思いとは違います。
私は解脱を望んではいないのです。
解脱してしまったら、もう節子には会えません。
もう少し輪廻転生を繰り返し、彼岸でも現世でも、また節子と会いたいと思っています。

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2016/03/06

■カフェサロン「アーユルヴェーダってなんですか」の報告

昨日のカフェサロン「アーユルヴェーダってなんですか」は13人が参加しました。
参加者の関心もいろいろでしたが、それを踏まえて、サトヴィックの佐藤真紀子さんは、ていねいにお話をしてくださいました。
なんとなく知っていたアーユルヴェーダでしたが、全体像のお話を聞いて、改めてその深い意味を感じられました。
佐藤真紀子さんは、もともとジャーナリストでしたが、ご自身の治療体験から、アーユルヴェーダの世界に入っていき、脈診を専門とする家系(このお話も興味深かったです)のサダナンダ・サラディシュムク医師に師事。
いまはインドと往復しながら、アーユルヴェーダを広げていきたいと精力的な活動をしています。
真紀子さんご自身の、子どもの頃からのぜんそくや腰痛がアーユルヴェーダのパンチャカルマ(浄化療法)で完治した体験も、実に生々しく話してくださいました。

アーユルヴェーダは「生命を果たす/使い尽くすこと」だと真紀子さんは言います。
昨日は、歴史から理念、療法、食事法から精神や鬼神の世界まで、幅広く話題になりました。
ユマニチュードやマクロビオテックの話題も出ました。
アーユルヴェーダは、「病気を治す」「より健康にする」そして「幸福にする」という3つの段階がありますが、どうもその基本は「食」にあるようです。
といっても、たぶん狭義の「食」ではなく、私が昨日感じたのは、「自然との付き合い方」のようです。
とても興味を感じたのは、調理をする時の心のあり方も影響するという話です。
「森のイスキア」の佐藤初女さんも、たしかそんな話をしていたのを思い出しました。

あまりにいろんなことを聞いたので、紹介しだすときりがないのですが、ご関心のある方は、ぜひ佐藤真紀子さんの主宰しているサトヴィックのサイトをご覧ください。
真紀子さんの体験談も含めて、アーユルヴェーダに関するたくさんの情報に触れられます。
http://satvik.jp/aboutus/

今度の5月の連休には、表参道のサトヴィックで、アーユルヴェーダ博物館を開くそうです。
また毎年行っているサダナンダ・サラディシュムク医師の来日診察会も予定されています。

報告になったでしょうか。
なお私はほぼすべてに納得しましたが、アーユルヴェーダは「解脱を目指す」という点だけは共感できませんでした。
なぜなら私は解脱よりも、永遠に輪廻を繰り返したいからです。
困ったものですが。

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2016/03/05

■節子への挽歌3103:二代目のミモザ

節子
今日はあったかくなるという予報でしたが、寒い朝です。
この時期の天候は変化が激しいので、ついていくのがつかれます。

フェイスブックのことを先日書きましたが、フェイスブックの世界に入ってしまうと、それだけで完結しそうな気がしてくるのが恐ろしいです。
投稿すると、途端に数名の方からコメントがあります。
そのコメントをつなげていくと、それだけでバーチャルなコミュニティの中にいるような気になってしまいます。
やりとりは、その気になれば無限に続いてしまい、注意しないと吸い取られそうです。
もっと外に出なければいけません。

今朝、図書館に行った帰りに、手賀沼公園を自転車で少し回ってみました。
節子とよく散歩に来たところです。
元気だったころはほとんど来ることはなかったのですが、節子の闘病期には、毎朝のように来ていました。
ですから、節子がいなくなってからは、この公園にはあまり足が向かなくなっています。
すぐ近くなのですが、そしてとてもいいところなのですが、気が向きません。

そういえば、少し遠くにある、あけぼの山公園も行かなくなりました。
桜もチューリップもとてもきれいな公園です。
最後に家族と行った時に、節子がいつもよりも桜をゆっくりと眺めていたのを思い出します。
それも公園の桜ではなく、なぜか駐車場の桜を見ていた記憶が強く残っています。
人の記憶は、時に不思議な形で残るものです。
その時、節子は何かをしみじみと語っていたような気もしますが、それが全く思い出せません。
思い出せないことを思い出すのも、不思議な話ですが。

庭のミモザがきれいです。
ミモザは節子が好きで植えたのですが、節子がいなくなってから枯れてしまいました。
そこで同じ場所に、新しいミモザを植えました。
あまり育ちがよくなかったのですが、昨年くらいから見事に咲きだしました。
今年もきれいに咲いているので、一枝を切って、節子に供えました。
新潟のチューリップもまだ何本かががんばっています。
Photo_3


Photo_4


Mimoza2


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■カフェサロン「スワンベーカリーの目指していること」のお誘い

3月から、少し企業とNPOをつなぐようなカフェサロンを不定期になりますが、開始したいと思います。
その第1回に、スワンベーカリーを経営されている株式会社スワン社長の岡村さんにお話ししていただこうと思います。

ご存知の方も多いと思いますが、スワンベーカリーは、「障がいのある人もない人も、共に働き、共に生きていく社会の実現」というノーマライゼーションの理念のもとに、障がい者の雇用と自立支援(従業員の過半数は軽度の障がいがある)を目的に、『クロネコヤマトの宅急便』の生みの親の小倉昌男さんが始めた、パン製造販売を行うフランチャイズチェーンです。軽食も提供する喫茶店も展開しています。
それまでも、社会福祉法人「太陽の家」と企業との共同事業として、障がいを持つ人の働く場づくりに取り組んでいた例はありますが、社会に日常的に開かれたスワンベーカリーの活動は、社会に大きな影響を与えたと思います。
私の周辺でも、この動きに刺激されて、障がいを持つ人の働く場を創りたいという活動に取り組みだした人も少なくありません。

岡村さんは、一昨年、スワンの社長に就任されましたが、それまではヤマト運輸グループで、戦略参謀としてバリバリのビジネスワークをされていました。
私と知り合ったのも、その頃ですが、スワンの社長になって、これまでとは違った体験を重ねるなかで、さまざまな気付きを得たようです。
そこで、岡村さんから、そうした体験や気づき、岡村さんがスワンを通してこれから取り組みたいことなどをお聞きしながら、ビジネスと福祉、さらには、私たちの生き方や働き方を考える場にできればと思っています。

企業関係者、福祉関係者をはじめ、できるだけ多様なみなさんに参加してもらえればと思っています。
参加される方は、できれば、お近くのスワンベーカリーを利用してきてもらえれば、岡村さんの話がより身近に感じられると思います。
みなさんの参加をお待ちします。

○日時:2016年3月13日(日曜日)午後1時半~3時半
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「スワンベーカリーの目指していること」
      ビジネスと福祉、そして私たちの生き方や働き方を考える
○問題提起者:岡村正さん(株式会社スワン代表取締役社長)
○会費:500円
○申込・問合せ先:qzy00757@nifty.com

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2016/03/04

■節子への挽歌3102:現世の人はみんなつながれる時代になりました

節子
この頃、お墓に行っていません。
でもまあ、毎日、自宅の位牌に挨拶しているのでいいでしょう。

フェイスブックをやっていると、いろんなことが起きます。
まさかと思うような人が知り合いだったりして、世界のつながりを感じます。
最近知り合った人の奥さんが、何とこれまた一昨年知り合った人の甥のむすめさんだったりして、一挙に親しみを高めました。

今日はまた、友人が私の友人の農場の一画を借りて家庭農園をやっているということがわかりました。
そのおかげで、この20年近く交流が途絶えていた人との交流も始まりそうです。

そんななかで、一つの実験を仕掛けてみました。
私が大学生の頃、家庭教師をしていた「松野直行」さんを探すことにしたのです。
それで、誰か知っていないかとフェイスブックに投稿しました。
何人かの人が、その投稿記事をシェアしてくれました。
南米にいる人までシェアしてくれたので、世界的に情報がまわったわけです。
しかし、1回だけの投稿では、立ち消えてしまい、効果はないかもしれませんので、時々、投稿してみようと思います。
いつかわかるかもしれません。

松野直行さんは、私が大学生の頃、中学生でしたから、私よりも5~6歳は年下です。
目が輝いている無邪気な子で、新宿の神楽坂の坂上に住んでいました。
妹さんもいました。
1年ほど家庭教師をした気がします。
家庭教師のことはあまり記憶がありませんが、妹さんも含めて3人で後楽園遊園地に遊びに行ったことがあります。
なぜかそれを思い出して、急に会いたくなったのです。
うまくいって彼に会えたら、もう一人会いたい人がいます。
その人はまだ会ったことがない人です。
私のブログを読んで、わざわざ湯島にまである資料を届けてくれた人です。
連絡先がわからずお礼ができずにいます。

インターネットのおかげで、今や地球上の人はみんなつながれるようになってきました。
そのうち、彼岸の人たちともつながれるようになるでしょうか。
まあそうなったとしてもその時は私はきっと彼岸にいるでしょうが。

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■憲法改正という言葉の詐術

安倍首相が、在任中に憲法改正したいと発言して問題になっています。
言葉にしようがしまいが、そのために安倍さんは首相になったのでしょうから、そんな発言を問題にする風潮には違和感を持ちます。
しかし、考えてみれば、そもそも「憲法改正」という言葉は、どういう意味をもっているのか、わかりにくいでしょう。
私の友人が、「赤ペンを持って憲法を読もう」という本を書いたことがあります。
彼は、憲法を繰り返し読んでいるうちに、日本語としておかしい個所をたくさん見つけたのです。
日本の統治原理がうたわれている憲法が、日本語としておかしいのは、それこそおかしいと考えた彼は、赤ペンで憲法条文をチェックしたのです。
それは同時に、憲法をもっとみんなでしっかりと読もうよというメッセージでもありました。
しかし、その本のことを、平和をテーマにしたあるメーリングリストで紹介したら、いわゆる護憲派の人たちから厳しい批判を受けました。
護憲派は、憲法原理主義者なのだと感じました。

憲法は2つの面を持っています。
精神と条文です。
私は精神において護憲派であり、条文において改憲派です。
9条の精神をより堅固なものに知るためにも、条文は替えたほうが望ましいと思います。
9条の精神に反対の人は、私とは全く逆の方向への条文変更を考えているでしょう。
つまり、「憲法改正」という言葉は、何を目指すか、言い換えれば、何を「正しい方向」にするかで、同じ言葉でありながら、その意味は正反対にもなりうるのです。
ですから、論点となるべきは、憲法改正ということではなく、憲法の理念のどこか、なのです。
でも多くの場合、私たちは「憲法改正」を論点にしがちです。
ここに大きな落とし穴、というか、詐術が入り込んできます。

これは、憲法改正に限りません。
構造改革、政治改革、維新、変革、改正…、その種の言葉にはすべて落とし穴があるのです。
そういう思いで、こうした言葉が捉えなければいけません。
言葉の魔術にだまされないようにするために、私たちは言葉ではなく、内容で考える姿勢を強めることが大切です。

ところで、「赤ペンを持って憲法を読もう」という本を著者から数冊届けてもらいました。
湯島に来た人で、ご希望の方があったら差し上げます。
関心のある人は、湯島にどうぞ。
ちなみに、3月6日の午後2~4時は、恒例(毎月最初の日曜日)のオープンカフェです。
珈琲が500円もするのが問題ですが、場所の維持のためにお金のある人からはいただいています。
明日のコーヒーは、コナ珈琲を予定しています。
よかったらお越しください。
場所は次にあります。
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf

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■「民主共和党」はどうでしょうか

民主党と維新の党が合流して、新しい党になり、新しい党名を国民にも公募するそうです。
いずれの党も、私は信頼感を持てずにいますが、もし新しい党が「民主共和党」という名前になれば、支援者になろうと思っています。
私が考える政治思想には、自由主義、民主主義、共和主義があります。
前にも書きましたが、最近、私は民主主義よりも共和主義に信頼感を持っています。
共和主義というと、なんとなく古いイメージがあり、保守右翼をイメージしてしまいますが、共という文字と和という文字の組み合わせに魅力を感じます。
しかし、これらすべての言葉は、汚されてしまっているようにも思います。
アメリカの共和党は、いまや反共和主義になり、日本の(世界的にもですが)自由主義は経済的強者の自由主義になりました。
いずれも、選ばれたエリートたちの専制主義とさえ感じます。
民主主義は、それを支える人たちの意識や生き方に大きく規定されますが、少なくとも最近の日本の人たちの意識や生き方には、私は少し不安があります。
しかし、その3つに代わる政治思想を私は思いつきません。

鳩山さんが唱えた、「友愛主義」は最高でしたが、私たち日本人は、まだそこまで達していなかったようで、世論的にはかなり嘲笑されてしまいました。
実に残念ですが、「民主友愛党」は賛成者は少ないでしょう。

それで改めて、民主共和主義の思想を再構築することができないかと思っています。
「民主共和党」。
なにやら、アメリカの二大政党の統合形のようですが、政治思想もそろそろパラダイムの見直しをするべき時期ではないかと思います。

「民主くん」の処遇が問題だ、などと話している党幹部の不真面目さに、腹が立っているので、あえてこんな記事をアップしました。
党名は、思想の表明です。
大事にしてほしいです。
「維新の党」などという危険な(まやかしの)党名(どこに向かって維新するのかが隠されています)に違和感を持たない人たちが、何を理念としているかが、見えてくるはずですから。

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2016/03/03

■二宮金次郎をご存知ですか

数年前に、埼玉県の熊谷市で活動されている埼玉福興の新井さんのところにお伺いした時、近くの民家の庭に、小さな二宮金次郎の石像があるのに気づきました。
学校でもない、普通の民家の庭先にあるのがめずらしく、つい写真を撮ってしまいました。

Photo

先ほど、テレビを見ていたら、二宮金次郎は忘れられつつあり、その像も撤去されてきているようです。
さらに歩きながら本を読むのは、歩きスマホ禁止の世相の中で好ましくないということで、椅子に座って本を読む二宮金次郎像につくりかえられたところもあるそうです。
いまこそ、二宮尊徳に学ぶことが多いと思っている私としては、とても残念です。

東日本大震災の後、南相馬を訪れた時に、仮設店舗の一画に、「報徳庵」という食堂がありました。
震災の後、小田原の報徳会のひとたちがやってきて、つくってくれたのだそうです。
いまなお報徳活動は続いていることを知りました。

昨年、「相互扶助の経済」という本を読んで、改めて二宮尊徳の経済観に教えられました。
その本を読みながら、これから必要な知恵が、尊徳の思想のなかにはたくさんあるように思いました。
いまの日本の経済政策も地方創生政策も、二宮尊徳の報徳経済から学べば、まったく違ったものになるでしょう。
アメリカ大統領選で、トランプ候補の暴言が話題になっていますが、私には最近の安倍政権の暴挙の方も気になります。

二宮金次郎というと、どうも戦前の臣民教育のイメージがあるのですが、二宮尊徳の思想や実践活動から学ぶことはたくさんあります。
ちょっとハードな本ですが、「相互扶助の経済」を多くの人に読んでほしいと思います。
次の更新時に、ホームページで紹介させてもらう予定です。
いつか報徳経済のサロンもやりたいです。
どなたか話してくださる方はいないでしょうか。

Houtokuan


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■節子への挽歌3101:「悲しみを知らない者は、生の歓びを知らない」

節子
3月になって少し流れが変わりだしたような気がします。
世界は、自らの脳の中にあると誰かが言っていたような気がしますが、まさにその通りです。
新しいプロジェクトに取り組みたくなってきています。

もっとも自分で自覚している自分と他者に見えている自分とは、かなり違うようです。
最近特にそう感じます。
私があんまり元気がなくて、活動が停滞しているなと思っているのに、佐藤さんの最近の活動は、どうしちゃったのかと思うくらい盛んですね、などと言われることもあります。
人の見え方はいろいろです。
人の思いや実体は、実はあまり表面には出ないものなのだろうと思います。
元気がないからこそ、見かけ上は頑張ってしまうこともある。
悲しいからこそ、笑ってしまうこともある。

「悲しみを知らない者は、法に遇う喜びを知らない」と、仏教思想家の金子大栄さんは言っています。
「法」とは、仏の教えの意味でしょうが、真理と言い換えてもいいでしょう。
私は、生命の、あるいは生の輝きというように受け止めています。
喜怒哀楽の核心は、涙だと思います。
喜怒哀楽のすべてにおいて、涙は出てきますから。
しかし、最も深い涙は、悲しみだろうと思うのです。
そして、その深い涙を体験すれば、生の輝き、エラン・ヴィタールを感じられるようになる。
最近、ようやくそんなことを思い至ることができるようになってきたのです。

しかし、思い至ることと実感することには、まだ距離があります。
残念ながら、私の場合は、まだ実感はできずにいます。
ですから、まだ「笑い」が戻ってこないのです。

会社を辞めて、生き方を変え、節子と2人で仕事を始めたころ、取材を受けたことがあります。
会社時代にも取材を受けた人です。
その人が本に書いた記事に、私が以前とは全く違って、「ともかくよく笑う」と書いていました。
あの記事を書いてくれたライターの工藤さんとは、つきあいがなくなっていますが、彼女がいま私を取材したら、何と書いてくれるでしょう。

法に遭う喜びを得たら、また笑いが戻ってくると思うのですが、まだ戻ってこない。
悲しみがまだ不足しているのでしょうか。
悲しみすぎたのでしょうか。
いや、信仰が不足しているかもしれません。

今日は、節子の102回目の月命日です。

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■節子への挽歌3100:湯島の場の不思議なパワー

節子
昨夜はちょっと重いテーマの話し合いを持ちました。
集まったのは4人です。
みんな思いのある、しかしちょっと社会の本流からは外れた人たちです。
いや、ちょっとではなく、かなりかもしれません。
社会に居場所を見つけられずにいる人たちの居場所を増やしたいというのが、共通した思いであり、そのために時々、ミーティングをしています。
みんな忙しく活動しているので、会うのも夜しかありません。
話しているうちに、昨夜も10時近くになってしまいました。

社会のど真ん中にいると、社会の実相は見えにくいように思います。
ど真ん中でないとしても、大きな組織にいると、見えてきません。
私は会社を辞めて、さまざまな現場に関わらせてもらううちに、社会の豊かさを知りましたが、同時に、「やりきれない現実」も知りました。
おそらく昨夜集まった人たちも、そうした「やりきれなさ」に無関心ではいられない人たちなのです。
かなり年上の私だけが、良い時代の恩恵を受けてきました。
ですからいささかの後ろめたさはありますが、そういう私にもできることはあるはずです。
そんなわけで、まあ時々、こうやって話し合いをしているのです。

3人が異口同音に行ってくれるのが、湯島のこういう場はめずらしいということです。
私は、こういう場はほかにもたくさんあり、しかももっときちんとした場があると思っていますが、そういう場をいろいろと体験しているはずの3人からそういわれると、ちょっと「そうかな」という気にもなります。
どこがどう「めずらしい」のか、なかなか言語化はできません。
でも、私自身、なんとなくわかるような気もします。
私は、本当は、もうあんまり社会に関わらずに、のんびりと無為に過ごしたいのですが、どうもこの湯島の「場」が、私を動かしているのかもしれません。
そんな気がしてきています。

昨夜の話し合いで、また新しい活動が始まりそうです。

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2016/03/02

■「社会的弱者」(と言われている人たち)が社会を育てる

私が住んでいる我孫子市では、野外放送が時々行われます。
そこで、行方のわからない高齢者(認知症と言われる人)の情報が流れることが少なくありません。
具体的な情報が流され、そういう人を見かけたら連絡してほしいという放送です。
時に行方不明の子どもの情報が流れることもあります。
大体において、数時間後、遅くも翌日には、無事見つかったという放送が流れます。

在宅時にはよく聞くことがあるのですが、この放送は、住民たちにまちで歩いている人たちへの関心を高める効果があります。
つまり、認知症の人たちが、行方不明になってくれるおかげで、まちを歩く人やまちの様子に対する住民の関心が高まるわけです。
いささか不謹慎で、身勝手な言い方になりますが、認知症の方がまちで行方不明になることが、安心安全なまちづくりにつながっているともいえるように思います。
住民たちが、まちの様子に関心を高めていったら、間違いなく、まちは安心安全で、きれいになっていくでしょう。
そう考えれば、社会的に「弱者」と言われる存在の人たちが、実は社会を育てているのです。

しかし、そう言う人たちを排除する動きも、一方では存在します。
最近の日本では、優生学的気分が不気味に広がってきているような気配も感じます。
いささか考えすぎかもしれませんが、最近の若者の顔が何かみんな似てきているような気もします。
少なくとも、話し方や身のこなし方は似てきています。

社会にとって大切なのは、しかし、そういう画一化された優等生たちではありません。
この社会で生きにくいことをはっきりと顕在化している人たちこそが、社会を豊かにしてくれます。
それを忘れたくはありません。
そういう視点で、今回の認知症の方の列車事故訴訟を考えると、たくさんのことに気づかされます。

むかし読んだ森本哲郎さんの「ゆたかさへの旅」という本の中で、森本さんは確かこう書いていました。
インドのモヘンジョダロの人たちは、街をきれいにしていく活動に取り組んで、街を汚す要素を次々となくしていった。
そして、下水道も完備した立派な都市をつくりあげた。
しかし、どうも満足できない。
もっときれいな都市にしたいという願いが強まった時に、何が都市を汚くしているかに気がついた。
そして、自分たち住民を、片づけることにした。
そのために、モヘンジョダロは、突然、人のいない都市になり、いまも残ったのである。

その本を読んだとき、私は人類の歴史の意味がわかった気がしました。
人類の未来も、ですが。

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■節子への挽歌3099:チューリップのがんばり

節子
5日ぶりに湯島に来ました。
なんと机の上のチューリップが、まだ元気に花を咲かせていました。
ところが、水を替えようと思って、花瓶を持ち上げた途端に、ぱらぱらと半分の花びらが散ってしまいました。
私が来るのを待っていてくれたような気がしました。
その健気ながんばりに、うれしくなりました。
それで、いささか寒いのですが、部屋を暖めると残りの花が散ってしまいそうなので、エアコンを入れずに、コートを着たまま、パソコンを始めました。
幸いに今日は、夕方まで来客はないのです。

一昨日、時評編に「認知症徘徊の列車事故訴訟、家族の賠償責任を否定」というのを書きました。
同じものをフェイスブックにも書きました。
いずれも反響がいろいろとありました。
それを読んでいると、現代の社会の実相が伝わってきます。
最近の人たちは、みんな誰かのせいにしたがっているのは、いささか気になりますが、でも普通の人たちは、みんなチューリップのようにがんばっているのです。
今回、被害に会った認知症の人の家族も、頑張っているのが伝わってきます。

無理やりチューリップにつなげてしまった感がありますが、ふとそう思ったのです。
でも過剰にがんばってはいけません。
過剰にがんばらせてもいけないのです。
私のためにではなく、散るときには散るのがいい。
あんまり意味のないことですが、チューリップにそう伝えました。
でも、それを聞いても、残ったチューリップは散りません。
今夜の来客のためにがんばっているのです。
私よりは、ずっと根性があります。
見習わなくてはいけません。

ところで、ブログの記事の話です。
ブログやフェイスブックでは、時にかなり激烈なお叱りを受けることもありますが、今回は大方、好意的なコメントやメールが多かったです。
しばらくぶりですと言って、北九州市の上野さんまでメールしてきてくれました。
実にうれしい話です。

みんな、がんばっている人のことはわかるのでしょう。
エールを送りたがっているのです。
にもかかわらず、社会はどんどん劣化してきているような気がします。
しかし、そうであろうとも、このチューリップのように、がんばらないと、ますます社会は劣化してしまうでしょう。
いささか疲れて、いまにも散りそうな3本のチューリップを見ていて、少し反省しました。

それにしても寒いです。
実は、時々やってしまうのですが、今日もちょっと薄着のまま出てきてしまったのです。
チューリップには悪いのですが、エアコンを入れたくなりました。
手もかじかむほど冷たいです。
しかし、彼らには極力、あったかい風が当たらないようにしようと思います。

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■節子への挽歌3098:今年は河津桜が咲きました

節子
昨年は手入れ不足でほとんど花をつけなかったわが家の河津桜が、今年は復活しました。
3日前から咲きだしています。
気づいてはいたのですが、この数日、ゆっくりと声をかける間もありませんでした。
今朝、朝日に輝いている桜と少し話しました。

Sakura2016

この河津桜は、節子が元気だったころに、節子の姉夫婦と一緒に河津に行った時に、飼ってきた2本の苗木の一本です。
鉢に植えていたのですが、水やりが足りずに一本は枯れてしまい、一本も枯れそうでした。
節子が残した花木は、だいぶだめにしてしまいましたが、この桜は大きな鉢に移植し、元気を回復してくれました。

節子は、記憶力が私よりはいいですが、私にはあまりよくありません。
過ぎ去ったことはどんどん忘れてしまい、しかも、記憶が雑然としてしまうタイプです。
ですから、その時の河津の記憶もあまりないのですが、ともかくにぎわっていたことは記憶にあります。
義兄の車で行ったのですが、駐車場探しが大変だった気がします。
節子は桜が大好きだったので、満足だったでしょう。
その頃は、節子に付き合って、いろんな桜を見に行きましたが、場所と雰囲気が残っているのは、河津だけです。
しかし、河津の帰路に、どこかに寄ったはずですが、それも全く覚えていません。

いま気づいたのですが、もしかしたら、節子との記憶は、節子が持って行ってしまったのかもしれません。
もともと記憶力はよくないのですが(過去への関心が希薄なためかもしれません)、一緒の思い出をたくさん残したいと言っていた節子の意に反して、闘病中の節子との旅行の記憶は特に曖昧です。
これは、節子の思いやりかもしれません。
そう思うことにしましょう。

小さな庭なのですが、節子がたくさんの花木を植えていたため、その手入れも大変です。
最初は水やりさえも、あまりうまくできませんでした。
生き物は、たとえ花といえども、簡単ではありません。
庭の花木に水をやるたびに、節子を思い出します。
記憶に残るのは、そうした日常の風景なのかもしれません。

今日はとてもいい天気になりそうです。
富士山も、見えました。

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2016/03/01

■認知症徘徊の列車事故訴訟、家族の賠償責任を否定

認知症で徘徊中の男性が列車にはねられ死亡した事故に関して、JR東海が遺族に損害賠償を求めた訴訟の最高裁判決が出ました。
家族への損害賠償は認められないという判決です。
まだ詳しい判決理由は報道されていませんが、素直に考えたら、当然なことだと私は思いますので、ホッとしました。
この裁判は、これからの日本を考えていく上で、とても大きな意味をもっているように思えて、ずっと気になっていましたので、今日の3時はテレビの前で過ごしました。

この裁判は、単に認知症介護の問題だけではなく、社会のあり方を考える上で、とても深い意味をもっています。
この事件を最初知った時、どこか問題の立て方がおかしいような気がしました。
遺族がJR東海に損害賠償を求めたのではないかと最初は思ったのですが、訴訟の流れは逆だったからです。
そこに大きな違和感を持ちました。
もしこれが、自動車事故であればどうだったか。
あるいは柵のない湖沼への転落事故だったらどうだったか、そう考えたのです。
しかし、裁判は、認知症家族の監督義務を問うているのです。
危険なシステムを運営管理している鉄道会社の安全対策義務が問われたのではないのです。
どこかに倒錯した発想を感じます。
いまの社会のおかしさを象徴している事例の一つではないかと思います。

この事件はまた、家族や地域社会のあり方を顕在化しています。
認知症介護に限りませんが、介護問題を家族だけに押し付ける文化は、日本においては、この百年ほどの文化ではないかと思います。
それ以前は、親族や地域社会や仲間たちが、支え合いながら解決する文化があったように思います。
そういう「人のつながり」が、社会だったのです。

高裁の判決は、伴侶に監督義務を求めていました。
義務はあるかもしれませんが、しかしだからと言って、近隣の人たちが言うように、苦労して介護していた伴侶に損害賠償を求めるというのは、人情に反するような気がします。
しかも、報道によれば、かなり誠実に対応していた家族たちです。
伴侶や親に死なれ、さらにそれを責められる家族の心情はどんなものだったでしょうか。
そこへの思いをいたさなければ、人の判断とは言えません。
司法の判断は法によらねばいけませんが、法は条文だけではないのです。

そんな複雑な思いを持っていましたので、この判決を知ってホッとしました。
今日はこれが気になって、出かけられずにいました。
今回の判決は、私にとってはそれほど大きな意味をもっていました。
やっと出かけられます。

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■節子への挽歌3097:日本人は本来みな仏教徒

節子
昨日、NHK「こころの時代」のことを書きましたが、仏教関係の番組も、最近よく見ています。
私は、仏教に関して、特別に何かを学んだことはありません。
仏像を拝むのは好きですが、お説教を聞くのも苦手です。
仏教関係の書物も時々読みますが、それはかなり小難しい本であり、いわゆる僧侶が書いた本はあまり読みません。
最近人気だという若い僧侶の書いた本を薦められて、読んだことがありますが、退屈でした。
もちろん、たとえば韓国の法頂さんの著作などは面白かったのですが、それは「お説教」などとは無縁だったからです。
その生き方に共感したのです。

ところで、日本人は本来みな仏教徒なのではないかと思います。
NHKの「こころの時代」で仏教関係の番組を見ていると、とても納得できることが多いのです。
言葉は難しいですが、私が子どもの頃の日本人の生き方が語られているだけのような気もします。
そういう生き方がいまは大きく変わってきているのでしょう。
日本人は、おかしな方向に「教化」されてしまったような気がします。
私自身も、忘れていたことに気づかされることも少なくありません。
無意識にやっていることを意識化されることもあります。
ですから、自らを問い質す意味でも、仏教関係のテーマはできるだけ見ています。

そして、思うのです。
日本人は本来みな仏教徒なのではないか、と。
私の生き方も、かなり(日本)仏教徒の生き方だなと思うのです。
少なくとも、キリスト者やムスラムではありません。
人の思想は、やはり風土に深くつながっている気がします。
これも実は、節子と結婚して、滋賀の暮らしを垣間見せてもらったおかげです。
華厳経や法華経、あるいは禅宗でも浄土宗でもいいのですが、そういうものの解説を聞いていると、まさに日本人の生き方そのもののように思えてきます。
私の生き方や思いとも重なっているのです。

誤解があるといけませんが、私が高僧のような生き方をしているという意味ではありません。

人にはみな仏性がある。
利他は利己を包み込んでいる。
個々のいのちにすべてのいのちが畳み込まれている。
信頼すれば裏切られることはない。
疑いを持てば、それが現実になる。
縁がすべてを起こし、因と果は循環している。
素直に誠実に生きることにこそ仏性。
ご先祖様に恥じない生き方。
などなど、こういったことが、素直に心に入ってくるということです。
いささか手抜きのこともあるのですが、毎朝唱える般若心経のメッセージも、あまり違和感なく心に入ってきます。

昨日、竹村さんの声を聞きたくて見た番組では、黄檗宗の「伝心法要」に出てくる「動念即乖 擬心即差」という言葉が紹介されていました。

念を動ずればすなわち乖(そむ)く
心を擬すればすなわち差(たが)う
とてもよくわかります。
たぶんこれは昔の日本人の生き方だったような気がします。
その生き方を大事にしていたはずが、私も世間の風潮に流されて、どうも念を動じ、心を擬する生き方に陥ってきているようです。
改めて、自らを問い直さなければいけません。

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