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2016/03/12

■節子への挽歌3113:仲良し夫婦は認知症を注意しなければいけません?

節子
最近かなり記憶力や注意力が低下してきているようです。
認知症が加速しているのかもしれません。
私は、認知症予防ゲームの普及活動を、縁あって応援しているのですが、認知症予防よりも、むしろ認知症になっても安心して暮らしていける社会が理想です。
ですから、自らの認知症にはそう関心はないのですが、他者への迷惑だけはほどほどにしないといけないので、自らの状況だけ把握しておきたいと思っています。

今日、ホームページの整理をしていて、気づいたのですが、この挽歌が一つ欠番になっていました。
挽歌3101です。
前後を調べたら、3月3日です。
あの日は確か月命日だということを書いた記憶があるのですが、なぜかブログにアップされていません。
おかしいなと思って、原稿記録を探したら、やはりきちんと書いていました。
挽歌3101:「悲しみを知らない者は、生の歓びを知らない」です。
最後にたしかに「節子の102回目の月命日」と書いてありました。
なぜか書いておきながらパソコンへのアップを忘れてしまったようです。
あわてて3月3日付でアップしました。

さてこれは認知症という視点でどう評価すべきでしょうか。
書いておきながらアップしないことはいささか危ういですが、それを内容も含めてしっかりと覚えていたことは、まだ認知症の度合いが少ないと言ってもいいでしょうか。
まあしかし、こういうことがだんだんと増えていくのでしょう。
困ったものですが、それに慣れていかねばいけません。
節子がいたら、心置きなく、認知症を楽しめたのでしょうが、節子がいないいまは、そうもいきません。
妻と娘は全く違うものだということを、最近改めて痛感します。
それはそうでしょう。
私も両親と妻や娘とは、まったく違う存在でしたから。

こうも言えるかもしれません。
心許せる伴侶がいたら、認知症になりやすいかもしれません。
しかし、世話のかかる伴侶や気遣いしないといけない伴侶がいたら、認知症になりにくいかもしれません。
いささか不謹慎な推測ですが、もしかしたらとても仲の良い夫婦の場合、どちらかの方が認知症になりやすいのかもしれません。
となると、節子がいたら、もしかしたら私か節子が認知症になったかもしれません。
それもまた困ったものです。

さてさてつまらないことを書いてしまいました。
これ自体が、認知症の兆候かもしれません。
困ったものです。はい。

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