« ■カフェサロン「アーユルヴェーダってなんですか」の報告 | トップページ | ■節子への挽歌3105:「忘れられないけど、忘れるんだよな」 »

2016/03/07

■節子への挽歌3104:アーユルヴェーダ

節子
一昨日は、湯島でサトヴィックの佐藤真紀子さんにお願いして、「アーユルヴェーダってなんだろう」というサロンを開催しました。
真紀子さんに会うのは10年ぶりです。
節子の胃がんが発見され、その状況を診てもらいに、インドから来日していたサダナンダ・サラディシュムク医師に脈診をしてもらった時以来です。
真紀子さんは、当時よりもずっと元気な感じを受けました。
アーユルヴェーダな生活のおかげで、ますます元気になっているのでしょう。
日本でのアーユルヴェーダ活動がインドでも認められてきているようです。

真紀子さんの説明によれば、アーユルヴェーダとは「生命を果たす/使い尽くすこと」だそうです。
与えられた生命をしっかりと活かすと言ってもいいかもしれません。
そのための、さまざまな知恵の体系がアーユルヴェーダなのです。
節子は、果たして「生命を果たす/使い尽くすこと」かどうか。
こういうことを考えることは、私にはかなりつらいことではあります。

真紀子さんの話を聞いていて、節子が脈診を受けた時のことを思い出そうとしたのですが、なかなか思い出せません。
その場所が、なんとなく現世の場ではなく、まるでインドのような、あるいは彼岸のようなイメージがなぜか浮かんでくるのです。
真紀子さんが通訳をしてくれたはずですが、その姿も思い出せません。
頭の中で、私の記憶がどうもつくりかえられてきているのかもしれません。
どこだったかも全く思い出せないのです。

最後に、真紀子さんは質問に応じて、アーユルヴェーダは「解脱を目指す」という話もしてくれました。
ここだけは私の思いとは違います。
私は解脱を望んではいないのです。
解脱してしまったら、もう節子には会えません。
もう少し輪廻転生を繰り返し、彼岸でも現世でも、また節子と会いたいと思っています。

|

« ■カフェサロン「アーユルヴェーダってなんですか」の報告 | トップページ | ■節子への挽歌3105:「忘れられないけど、忘れるんだよな」 »

妻への挽歌16」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌3104:アーユルヴェーダ:

« ■カフェサロン「アーユルヴェーダってなんですか」の報告 | トップページ | ■節子への挽歌3105:「忘れられないけど、忘れるんだよな」 »