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2016/03/30

■節子への挽歌3131:「過去の私」や「未来の私」が声をかけてくる

節子
最近、どういうわけか、むかし書いたり話したりしたものを送ってもらう機会があります。
昨日は、20年前に雑誌「社会教育」に書いた「地域学のすすめ」を編集長の近藤さんが、私も参加しているメーリングリストで流してきてくれました。
そう言えば、近藤さんは、前にも2回ほど、メーリングリスト仲間に向けて私が書いたものを送ってくれています。
もしかしたら、私にも当時を思い出せよと言っているのかもしれません。
あの頃は、社会を向いて、いろんな活動をしていました。
まだ時代の先が見えていなかったので、ビジョンだけが輝いていたのです。

「地域学のすすめ」を読んだメーリングリストの友人が、「とても20年前の論文とは思えない内容です」と書いてきてくれました。
過分な評価ではありますが、その言葉で私も読み直してみました。
当時を思い出しました。
しかし、当時はほぼどこでも挫折の連続でした。
3年ほど続いたのは「山梨学」でしたが、残念ながら私の思う方向には向けられませんでした。
理由は、すべて私にあります。
私が、いろんなことに関わりすぎて、一点集中しなかったからです。

同じように、当時の小論をある人が読んでくれ、いま読んでも示唆に富んでいると言ってくれました。
「ビジネスの発想を変える高齢社会の捉え方」という小論で、ビジネスのシルバー化という副題をつけています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/siniaronnbunn1.htm
これは読み直してはいませんが、このときは少し頑張って、経済広報センターも巻き込んで、「シニアネットワーク」を立ち上げました。
地方に支部が生まれだしたのですが、経団連の方針が変わってしまい、打ち止めになりました。
以来、やはりどこかに依存したらダメだと思い知らされました。
以来、いつも孤軍奮闘ですが、私自身には集中力がないため、結局は、いま残っているのはコムケア活動だけです。
そしてその活動は、今や私の支えになっているような気がします。

昨日、地元で小さな集まりがありました。
それを呼びかけてくれた方は、ネットで私の書いたものや話した記録を見つけてくれて、私に声をかけてきてくださったのです。
それも改めて読み直してみました。
少しだけ昔のことを思い出しました。

過去の私が、最近、いまの私に刺激を与えてくれているような気がします。
それがとても不思議な気がします。
イギリスの詩人、T.S.エリオットは、「現在と過去はおそらくどちらも未来に存在している」と書いているそうです。
時間が一方向に規則的に流れているという捉え方は、私もしていませんが、最近少し思うのは、自分の中には、過去と現在と未来の私が住んでいるという感覚です。
多重人格という概念にも、こうした時間軸が入っているのかもしれませんが、時々、私に「過去の私」や「未来の私」が声をかけてくるのです。

幽体離脱ではありませんが、時間を超えて私は生き始めているような気さえしだしています。

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