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2016/03/31

■節子への挽歌3132:マインドワンダリング

心臓がいっときも休まないように、私たちの脳もまた休むことなく、動いているようです。
眠っている時も、脳は休むことなく、夢の世界をさまよっているらしいです。
寝ている時に、私の心がどこをさまよっているかは知る由もないのですが、起きている時にも、時々、思いもしないところをさまよっている自分の心に気づくことがあります。
そうした時のことを、「マインドワンダリング」というのだそうです。
まさに、心がさまよっているということです。

私の場合、昔からそうしたマインドワンダリングが大好きでした。
誰かと話していても、時に心がどこかに行ってしまい、困ったこともあります。
ひどい時には外部から見ると寝てしまっているように見えることもあります。
会社時代、上司と2人で話していて、そういう状況になってしまい、信頼を失ったこともあります。
退屈な会議の時には、それで救われることもないわけではありませんでしたが。

節子がいなくなってから、意識的に心をさまよわせることが多くなりましたが、無意識にさまよっていることに気づかされることも多くなりました。

「メンタルタイムトラベル」という言葉もあるそうです。
つまり、時間をさかのぼったり進めたり、時間軸を超えて、心が動いていくのです。
時間を超えてという感覚は、正確に言えば、過去や未来に行くということではありません。
過去や未来という感覚さえなくなるということです。
おそらく彼岸世界はそうなっているはずです。
トラベルしているのは、自分ではなく、むしろ時間のほうなのです。
そこでは時間が一方向に流れてはいないのです。

マインドワンダリングしている時には、心は人の心にも入っていけることもあります。
それももちろん此岸にいる人だけではありません。
彼岸にいる節子の心にも入り込めます。
マインドワンダリングの効用として、他者の気持ちになることができ、共感や社会的理解がうながされるとも言われています。
私が、これまで比較的、生きやすかったのは、マインドワンダリングしてきたおかげかもしれません。
そして、映画好きだったことから、さまよう世界が比較的広かったおかげかもしれません。

節子と付き合いだした時、節子は、そうした私の言動に戸惑いを持つとともに魅力を感じたことは間違いありません。
しかし、リアリストの節子は、私ほどマインドワンダリングはできませんでした。
そのおかげで、私は大きな逸脱もなく、なんとか生きやすい人生を続けてこられたのだと思います。

今日、入浴中に、そんなことを考えていました。
最近ようやく、一人での入浴に慣れてきました。

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