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2016/03/02

■節子への挽歌3098:今年は河津桜が咲きました

節子
昨年は手入れ不足でほとんど花をつけなかったわが家の河津桜が、今年は復活しました。
3日前から咲きだしています。
気づいてはいたのですが、この数日、ゆっくりと声をかける間もありませんでした。
今朝、朝日に輝いている桜と少し話しました。

Sakura2016

この河津桜は、節子が元気だったころに、節子の姉夫婦と一緒に河津に行った時に、飼ってきた2本の苗木の一本です。
鉢に植えていたのですが、水やりが足りずに一本は枯れてしまい、一本も枯れそうでした。
節子が残した花木は、だいぶだめにしてしまいましたが、この桜は大きな鉢に移植し、元気を回復してくれました。

節子は、記憶力が私よりはいいですが、私にはあまりよくありません。
過ぎ去ったことはどんどん忘れてしまい、しかも、記憶が雑然としてしまうタイプです。
ですから、その時の河津の記憶もあまりないのですが、ともかくにぎわっていたことは記憶にあります。
義兄の車で行ったのですが、駐車場探しが大変だった気がします。
節子は桜が大好きだったので、満足だったでしょう。
その頃は、節子に付き合って、いろんな桜を見に行きましたが、場所と雰囲気が残っているのは、河津だけです。
しかし、河津の帰路に、どこかに寄ったはずですが、それも全く覚えていません。

いま気づいたのですが、もしかしたら、節子との記憶は、節子が持って行ってしまったのかもしれません。
もともと記憶力はよくないのですが(過去への関心が希薄なためかもしれません)、一緒の思い出をたくさん残したいと言っていた節子の意に反して、闘病中の節子との旅行の記憶は特に曖昧です。
これは、節子の思いやりかもしれません。
そう思うことにしましょう。

小さな庭なのですが、節子がたくさんの花木を植えていたため、その手入れも大変です。
最初は水やりさえも、あまりうまくできませんでした。
生き物は、たとえ花といえども、簡単ではありません。
庭の花木に水をやるたびに、節子を思い出します。
記憶に残るのは、そうした日常の風景なのかもしれません。

今日はとてもいい天気になりそうです。
富士山も、見えました。

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