■節子への挽歌3127:最後の四半世紀に移ろうと思います
節子
節子がいなくなってからの8年半、入り込んでくるものをあまり外に出さずにため込んできたせいか、そうしたものが今年になってから少しずつ形を見せだしました。
いささか遅すぎた感がありますが、これも私の務めかなとも最近思い出してきました。
そうした活動に取り組むとしたら、もう5年ほどは社会と関わらなければいけません。
それは私にとっては、いささか悩ましい話ではありますが、私自身の事情もあって、それもまた仕方がないかという気が最近少ししてきています。
それに節子がいなくなってから、私の時間感覚もおかしくなってきていますので、「あと3年は活動しよう」と公言しているにもかかわらず、いつになってもその「3年」が「2年」になっていかないのです。
ですから「あと何年」ではなく、「何年まで」という規定をしなければいけません。
となると、80歳を終期とするのがわかりやすいです。
しかし、80歳まで生きるとは思ってもいませんでした。
さてそう決めたら、少し意識を変えなければいけません。
自分勝手な生き方や、相談を受けるばかりの受動的な生き方も、ほどほどにしないといけません。
それがうまくできるかどうか。
会社を辞める時に、「四半世紀単位」で生き方を変えようと考えていました。
最初の、ちょっと短い四半世紀は、社会に育てられてきました。
大学卒業後の、ぴったりの四半世紀は、会社人として生きてきました。
そして、3番目の四半世紀は社会人として生きようと決めて生きてきました。
その途中で、節子がいなくなるという予定外のことが起こったため、その四半世紀は、少し長めの四半世紀として今も続いているわけです。
そろそろ最後の四半世紀に入らなければいけません。
もともとは社会から抜け出て自然の中で消えていくのがイメージでしたが、その反対の四半世紀もいいかもしれません。
節子もいなくなったのですから、社会から抜けるのではなく、社会から抜けて社会に融合するというわけです。
まさに華厳の思想を思わせるような生き方で、それもまた最後の四半世紀としていいかもしれません。
自然に溶け込むのと、同じようなものかもしれませんし。
というわけで、この4月から、いよいよ私の最後の四半世紀が始まります。
とても身近四半世紀になると思いますが、一応、5年は続けたいと思っています。
節子にまた報告に行かねばいけません。
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