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2016/04/04

■節子への挽歌3136:「10年後には何をしているのですか?」

節子
久しぶりに3時間の激論をしてしまい、疲れてしまいました。
テーマは、「ウォー・ゲーム」、相手は40歳の論客です。
3時間も話していると、のどの調子がおかしくなります。
それにテーマがテーマだけに、ついつい身が入ってしまいます。
相手は、その分野の専門家ですし、話は底がありません。
それに、私の視点は、学問とは全く無縁の視点なので、議論を噛み合わせるためにも大変なのです。
3時間の激論は疲れましたが、いろんな気付きをもらいました。
激論が少し始まったところで、いつものような質問をしました。
「ところで、あなたは10年後には何をしているつもりですか?」
ビジョンがなければ、議論はすべてむなしくなりますから。

人には質問しますが、もし私がそう問われたら、どう答えるでしょうか。
いまでは、それは明確です。
10年後は、彼岸を楽しんでいるでしょう。
しかし、もし節子が元気だった10年前にそう問われたら何と答えたでしょうか。
いまから思えば、私にそう質問してくれた人はいませんでした。
そのせいか、私はずっと「いま」を生き続けてきました。
10年先も、いまに続いていると思い込んでいたのです。
しかし、現実は決してそうではありません。
10年後、どうしていたいのかが明確であれば、私のようなことにはならないでしょう。
伴侶を亡くすようなことには。
その反省があればこそ、私はこれはと思う人には、質問するようにしているのです。
「10年後には何をしているのですか?」と。

節子と老後の人生設計をしようと仕事の整理を始めた時に、人生が狂ってしまいました。
気づくのが遅すぎたのです。
そして、私には老後はなくなってしまったのです。
「10年後には何をしているのですか?」と質問するたびに、私もこういう質問に答えたかったなあと、いつも思います。

10年後の自分を考えられる「幸せ」に、みんな気づいているのでしょうか。

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