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2016年4月

2016/04/28

■節子への挽歌3160:「あなたはひとりじゃない」からこその哀しさ

節子
東北学院大学の学生たちが中心になって、東北の被災地での聞き込みをベースにした「呼び覚まされる霊性の震災学」を読みました。
その第1章は、「死者たちが通う街―タクシードライバーの幽霊現象」です。
これは当時も大きな話題になった話ですが、実際に幽霊をタクシーに乗せた運転手はたくさんいるようです。
なかには、子どももいて、実際に降りる時に手を貸した事例まで報告されています。
ほとんどが若い人で、季節外れの冬の服装だったようです。

今日、オフィスにまったく別件で、仙台から来た人がいるので、その人に話したら、何の違和感もなく、そうなんですと答えが返ってきました。
なんの不思議もなく、受け入れられていることなのでしょう。

私も何の疑いも持ちませんが、他にも不思議な話が紹介されていました。
名取市閑上の震災慰霊碑に、たくさんのチューリップの球根を植えたそうです。
ところが芽を出したのは14本。
そこでなくなった子どもたちが14人だったのです。
幽霊というといささか適切ではないと感ずる人もいるかもしれませんが、現在の人智では理解できないことはあるのです。

理解できないと言えば、愛する人を亡くした被災者の気持もまた、理解できないことの一つです。
その本にこんな紹介も出ていました。

テレビをつけても、「あなたはひとりじゃない」と呼びかける公共広告や芸能人に怒り、テレビに物を投げつける日もあった。
私は公共広告のCMが好きでしたが、東北の大地震の後、生理的に拒否感が生まれました。
いまもなお、公共広告のCMをみると、心がざわざわします。
「あなたはひとりじゃない」とか「絆」とか、一体だれが言い出したのでしょうか。
決して悪い言葉ではありません。
しかし、被災した直後の被災者に言うべき言葉ではないだろうと私は感じていました。
大切な人を失った人は、矛盾した言い方ですが、その人と一緒であるからこそ、辛いのです。
ひとりじゃないからこそつらい。

タクシーの乗った幽霊たちもまた、ひとりではないからこそ、戻ってきたのです。
私たちは、みんな一人ではないのです。
だから悲しくてつらくて、さびしいのです。

なんだかわけのわからない話になってしまいましたが、この本を読んで、3.11ではなく、9年前の9月3日を思い出してしまいました。

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2016/04/27

■節子への挽歌3159:「感情が渦巻いている」状況のなかにいます

節子
熊本での地震を知ってか知らずか、四国遍路を巡礼中の鈴木さんは、最後の香川に入ったようです。
毎日30キロほど歩いているようですが、サンチアゴ巡礼と違い、日本の場合は納経の時間がけっこうかかるようです。
今回は、廻向文の書かれた30番善泉寺のはがきでした。

Img176

連休明けには戻ってくるでしょうが、熊本の地震騒ぎのことも含めて、たくさんの気づき話をまた聞かせてもらえるでしょう。
毎日30キロも歩いていると、平常心が高まるでしょう。

それに比べ、私は相変わらず「感情に響く事」ばかりです。
今日は朝から電話やメールがたくさんありました。
親しい友人から、いま私が関わっているプロジェクトに関して、手厳しいコメントの手書きをもらったり、新潟での新しい試みの相談があったり、私の身の回りは、相変わらず「感情が渦巻いている」状況です。
私自身の気が弱くなっているせいかちょっとした言葉や表現に、過剰にめげてしまいそうです。
もう少し、物の言いようがあるだろうと思うのですが、相手には悪意はないとしても、時にグサッと来るのです。
もしかしたら、私も同じようなことをやっているはずですから、注意しないといけません。

今日は、昨年、自己破産した人が来ました。
彼と会うだけでも、平常心がゆるぐような関係だったこともあり、この人のことはこれまでブログにもホームページにもほとんど書いてはいないのですが、ふたたび事業に挑戦するという報告に来てくれました。
彼にとっては、熊本地震よりも自らの人生の激震を受けて、この数年、大変だったと思いますが(私も大変でした)、ようやく先が少し見えてきたようです。

熊本の被災者は大変でしょう。
しかし、何も大変なのは大震災の被災者だけではありません。
みんなそれぞれに大変なのです。
熊本の被災者の報道を見ていると、不謹慎ですが、私の周辺にはもっと大変な人が少なくないと思ったりします。
テレビで見る被災者は、みんな幸せそうにさえ見えることもあるのです。
こんなことを書くと非難されそうですが。

今日は、実にいろんなことがありました。
しかし、昨日の畑仕事のおかげで、平常心を貫けました。
鈴木さんの功徳が、少しは私にも及んでいるのかもしれません。

しかしちょっと疲れがまた出てきてしまい、友人の展示会に行くつもりでしたが、電車に乗った途端に気分が変わってしまい、そのまま自宅に帰ってきてしまいました。
昨日の作業疲れが出てきてしまったのかもしれません。
平常心を保てても、平常体は保てない。
困ったものです。


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2016/04/26

■節子への挽歌3158:雑念から解放された3時間

節子
いろいろとあって気分がどうもすっきりしないので、今日は3時間近く畑作業に取り組みました。
まあ取り組んでいる時はいいのですが、帰宅した途端に倒れそうです。
しかしがんばったおかげで、畑の面積がかなり増えました。
改めてまた、きゅうりと茄子と白菜とキャベツとレタスとピーマンを植えました。
風の強いところなので、また強風にやられることも考えて、少し余分目に植えたのです。
さらに今日はねぎを2畝つくりました。
今回はきちんと野菜用の肥料も蒔き、支えもつくりました。
たったこれだけのことなのでが、かなりの労力なのです。
なにしろちゃんとした畑ではなく、宅地の空き地ですから。
篠笹の根っこがともかく張り巡らされているのです。

道沿いの花壇にも、マリーゴールドを買ってきて植えました。
チューリップは終わったので、いまは花目が少なくさびしかったからです。
そう言えば、昨年の百日草の種をとっておいたので、そろそろ蒔き時かもしれません。
だいぶ慣れてきました。

畑作業をやっていると、矛盾した言い方ですが、無心に何かを思いつきます。
たとえば、今日は自分のやっていることは、自然界からすれば、ISと同じではないかなどという思いが、ふと浮かんできました。
そもそもここは農地ではないので、まずある面積の四方に棒を立てて、その一画の野草をともかくすべて破壊するのですから、そう思ってもおかしくないでしょう。
畑を覆っている野草を無残にも根っこから刈り取ったり、鍬を入れてもしかしたらミミズを切断したりしているわけです。
畑作業とイスラム過激派とは、普通はあんまり結びつきませんが、そんなことを突然考えたりしているわけです。
そんなことを思っていると、ISの暴挙も理解できる気もするのです。
自然と付き合っていると、人は自分の考えを相対化できるようになります。
自然の前には、人知など、いかにも小さいからです。

ところで、野菜にしろ花にしろ、私はあんまり植えるのに慣れていないので、時に失敗してしまうこともあります。
今日はうっかりして、マリーゴールドの花を折ってしまいました。
そんな時には、自然と「ごめんごめん」と声が出てきます。
おそらく花はそれを聞いているでしょう。
きちんと謝っておかないと枯れてしまうのです。
まあそんな感じで、畑にいるとさまざまな生命と交流できるわけです。
風と話せることもあります。

雑念から解放された3時間でした。
しかし、帰宅してパソコンを開くと、あっという間に、雑念の世界の住人です。
最近少し疲れ気味なので、雑念に勝てません。
困ったものです。

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2016/04/25

■カフェサロン「今、子どもたちが危ない!」の報告

昨日の「今、子どもたちが危ない!」をテーマにしたサロンは、14人の参加で、熱い議論が交わされました。
問題提起してくれたのは、児童虐待防止全国ネットワークオレンジリボンの久米さん。
女川で活動している宮崎さん(学校と地域の融合教育研究会)も「伝えたいことがある」と言って参加してくれました。
いつものように、実に多彩なメンバーです。

久米さんはまずご自身が関わっているオレンジリボン運動(http://www.orangeribbon.jp/)の話を紹介してくれたうえで、参加者に問いかけるスタイルで話を進めてくれました。
前回の吉田さんの時もそうでしたが、なかなか先に進めないほど、発言が多いのです。
みんな「思い」が山のようにあるようです。

最初の問いかけは、次の3つが「育児」か「しつけ」か、というものでした。
①「怒って子どもを叩いてしまう」
②「遊ぶ時間がないほど毎日習い事に通わせる」
③「毎食コンビニお弁当」
議論百出で、①だけでも2時間がたちそうでしたが、大きくは、「暴力的行為は絶対にダメ」派と「状況による」派と別れましたが、後者が多かったように思います。
私は「叩く」ということが即虐待というようなマニュアル的な発想や問題提起のあり方に、むしろ問題の本質を感じています。
「ハグ」も「叩く」も、人間の表現形式の一つではないかと思うからです。
問題は「叩き方」であり、大切なのは、相手に対する姿勢、さらには日常的な人と人との関係のありようではないかと思うからです。
その意味では、私は②と③こそが「虐待」ではないかと思っていましたが(一時的な行為ではなく日常的な状態ですから)、話し合っているうちに、それもまた「短絡的」だという気がしてきました。

「身体的な虐待」や「暴力の行使」は「犯罪」ですから、その取締りをきちんとすればいいだけの話です。
むしろ問題にすべきことは、そうした犯罪や暴力ではなく、目には見えにくい「精神的虐待」や「構造的虐待」であり、さらには「虐待をしてしまう状況に追い込まれている人が増えている」という社会のあり方だろうと思います。
「子どもの虐待」という「事実」の奥にある「虐待を生み出す社会」に焦点を当てていくことが必要です。
そうした社会つくり出しているのは、私たち一人ひとりですから、それを変えていくのもまた私たち一人ひとりであるはずです。
このステップの最後に、久米さんは、「高層住宅の上層階で済むことはどうだろうか」という問題を付け加えましたが、これもとても示唆に富む問いかけだと思いました。

こうした議論を踏まえて、「児童虐待のない社会」にするには、という議論に移りました。
「子どもの立場に立って考えること」の大切さが指摘されましたが、そもそも「子どもの立場に立つ」とはどういうことかの議論になりました。
結局は、大人が考える「子どもの立場」は、大人の立場かもしれません。
親から虐待を受けている子どもも、ほんとは親がとても好きなのだと、実際に活動に取り組んでいる日高さんから指摘がありました。
それに、子どものほうこそ、親の立場を考えて嘘をつくことさえあるという指摘もありました。
私もそういう体験をしたことがあります。
母娘の関係は、実に不思議です。
単なる共依存の理論で理解してはいけない深さを持っているように思います。

とまあ、こんな感じで話し合いはつづいたのですが、最後の方では、虐待をしたくて虐待している人はほとんどいないのではないかという話題になりました。
つまり、みずからもまた、社会から広い意味での虐待を受けて、生きづらくなり、その結果、弱い立場の子どもへの虐待が生じているとしたら、まずは親を虐待から解放しなければいけません。
虐待されている子ども不幸ですが、虐待している親もまた、被害者だという気がしてなりません。
私が、児童虐待の報道に触れて、いつもまず思うのは、子どもと同時に、親への憐憫の情、あるいは親子の関係の哀しさです。
親に関する報道姿勢はいつも厳しいですが、親の状況をもっとしっかりとみていかないと、児童虐待はなくならないように思います。

しかし、そう考えると問題は解決しません。
虐待している親の現実は止めなければいけませんし、具体的な虐待から子どもたちを守らなければいけません。
たぶん、こうした大きく異なった問題が混在しているために、事態はなかなか変わっていかないような気がしますが、それはともかく現実の問題への取り組みも大切です。
児童虐待防止活動に取り組んでいた高月さんからは、参加者一人ひとりができることを考えてほしいという発言がありました。
私に何ができるか。
企業の経営管理者のみなさんに、自分たちが働いている世界の外部では、実は子どもたちはこんな世界に生きているのだということをもっと知ってもらうことが大切だという話も出ました。
私もできることは、そうしたことへの働きかけかもしれません。

いつもながら、伝えたいことのほんの一部しか伝えられずにすみません。
参加者の方、フォローしてもらえるとうれしいです。

次回は、子どもたちや親たちへのあたたかい眼差しで、長年実践活動をされている日高さんに、さらに一歩突っ込んだ現場からの報告をしてもらう予定です。


Kume20160424


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2016/04/24

■節子への挽歌3157:シャクヤクの花が咲いたのですが

節子
シャクヤクの花が9年ぶりに咲きました。
節子が再発する前に、家族みんなでひたちなかに出かけた帰りに、美野里町の花木センターで購入してきたシャクヤクです。
見事な花に、節子が気にいって買ったのですが、節子がいなくなってから、なぜか花が咲かなくなってしまいました。
そのシャクヤクが、今年は花を咲かせたのです。

植木鉢を庭においていたのですが、先日の強風にももちこたえました。
ところが、今朝、起きてみると、そのシャクヤクが花の重みに耐えかねて、折れていました。
昨日は風もなく、大丈夫だと思っていたのですが。
それで花の部分を切り取って、節子の仏前に供えました。
その時、ふと思いました。
もしかしたら、節子が供えてほしかったので、花を折ったのではないかと。
あるいは、シャクヤクが節子に見てほしくて、折れたのかもしれません。

いずれにしろ、そのおかげで、9年ぶりに咲いたシャクヤクは、いま、節子の位牌の前に供えられています。
きっと来年も咲いてくれるでしょう。

201604


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2016/04/23

■「見える困窮と見えない困窮」にいただいたご意見

昨日の「見える困窮と見えない困窮」をフェイスブックでも紹介したところ、いろんな意見をもらいました。
その一部を今日は紹介させてもらいます。

〔広島在住の方〕
私が大学生の頃、ちょうどUSA for AFRICAが流行ったりして、ちょっとしたチャリティブームでした。しかしながら、募金に参加する気になれなかったのは、ちょうど同じ時期、困窮きわまった私の実家では、米が買えないので「もやし」を分け合って食べていたからだと思います。助けてくれるのであれば、まず私の実家を助けて欲しかった。もちろん、日本に住んでいるだけで、多くのアフリカの子どもたちよりは恵まれているのはわかっています。しかし、気持ちはそのような絶対的な比較だけで決まるものではありません。チャリティは、色々な意味での余裕がある人々に任せておけばいい、そう感じてしまうのです。
ですので、「自分も現地支援したい気持ちでいっぱい。いてもたってもいられない心境。」
になどなったことがないので、自分は良くない人間なのだと思います。ただ、私は私以外の人生を生きることができない、という意味で、この気持ちを一生抱えていくしかないのでしょう。

〔60代の東京在住の方〕
佐藤さんのお気持ちは今週の一連の記事を読ませていただいて心に沁みます。
しかし、一方で、天の邪鬼の小生は、熊本地震への芸能人・タレントの寄付に対して、容赦なく浴びせられる“偽善”“売名行為”などの“ヘイトコメント”を想像してしまいました。
趣旨が違うけど、熊本地震に支援されている方々を非難してはいないにもかかわらず、仄かにそれに近い印象を受けてしまうのです❗人間としての大きさが違うのか、、、よく分かりませんが、素直な気持ちです❗
“困窮”の原因がハッキリしているからか、同じ日本人だからか、心が広くないからか、自分が困窮しているからか、、、??理由は定かではありませんが、熊本にも支援していない自分が情けなくなりそうな名文でした❗(。>д<)

〔東京在住の建築家の方〕
佐藤さんの言われることはもっともだと思います。多分思っていても言わないだけで、そう思っている方は多いとおもいます。テレビからの報道しかみられないのでホントのことはどこまでわれわれが知っているのかわかりませんね。自衛隊2500人が土砂から亡くなった方を探す報道が毎日のように流れていますが、ホントはなくなった方より、生きていいる人の救助をしたほうがずーといいのにといつもテレビをみながらおもっています。でも、政治家や有名人がそんな発言をすると非難ごうごうなんでしょうね。そんな、日本は不思議な国だと思います。日本ではホントのことは公共的な場では言ってはいけないという社会性があるのでしょうね。そんな国なのにグローバル化に向かおうとするのが無理があるのだと思います。
〔この方への私の返信〕
「日本ではホントのことは公共的な場では言ってはいけないという社会性」。「言ってはいけない」という思い込みが「常識」になっていますね。私は思ったことをいつも言うもので、時々、物議をかもし、嫌われています。でも言いたいことを言うことで、自分の人生を生きられています。にもかかわらず、時に発言を躊躇する自分に気づいて自己嫌悪することもあります。まことに悩ましいです。
私は、「公共」という言葉が悪いように思います。「公」と「共」は、対立関係にあるように思うからです。あえて言えば、「公が共を抑える枠組み」が「公共」のような気がします。「公共発想の呪縛」からいかに自由になるかが、私の関心事の一つです。
〔私への再返信〕
共をほおっていくとろくでもない方向に進むかもしないので公が必要ですが、社会が成熟するに従い公が力を持ちすぎて、公と共の対立が始まるのでしょうね。・・・・話が長くなりそうなので、機会がありましたらまた、佐藤さんとお話が出来るときを楽しみにしています。
〔それへの私の再返信〕
いつでも歓迎です。「公」と「共」を考えるサロンをやってくれませんか。ちなみに、いささかややこしいですが、「官による公」と「共から生まれる公」とがあると私は思っているのですが、いずれにしろある種の緊張関係と支え合いの構造が必要だろうと思います。湯島のサロンは「共」の場ですが、100年後にはそこから生まれる「公」をイメージしています。

〔福島で働いている行政の方〕
ご意見につきまして、強く共感をいたします。申し上げたいことが多すぎるので、後日、お会いさせていただいた時に、たくさんお話をさせていただきたいと思います。
原発事故の被災地にて、行政の人間として働いております。

〔北九州の行政の方からの個別コメントの紹介〕
この記事に「発言」を引用させてもらった、行政職員の友人からメッセージをもらいました。その方が読んだらどう思うか、否定的に受け取られないか、気になっていましたが、真意を受け止めてもらえました。その上、現地でやってくることへの気づきまで得たと書いてきてくれました。ホッとしました。その方が何を得てくるか、とても楽しみです。その一方で、すでにそうした体験をした方がたくさんいるわけで、そうした情報は、私が知らないままに、行政の内部では集積されているのだろうなと気づきました。いずれにしろ、被災地での困窮に触れることで、日常時の地元の困窮への感度が高まることは間違いないでしょう。やはり、現場こそ最高の学び場ですから。

〔私からのこの記事へのコメントの紹介〕
この記事に関して、こんなメールをもらいました。
こんな意見もあることを、行政のみなさんにはぜひ知ってほしくて、紹介させてもらいます。
ほかにもいろいろと意見をもらいました。
以下、友人からのメールそのままです。

災害ボランティアに各県・市や日赤などから職員が派遣されますが、現地でも中間管理職的な位置づけとなり底辺で住民のためにと動くボランティアとは一線を画しているのが現実です。
一般の人が現地にボランティアで出かけるとボランティア受付で特技・職種などで振り分けられるものの泥や汚れと闘う底辺仕事ばかりとなりますが、公務員などの派遣職員は別格の扱いとなり現地でもあまり不自由さを感じないのではないかと、いつも不思議でなりません!せっかくの現場を体験するチャンスなのですが・・・・。(-_-;)
震災が全国で続いているのにもかかわらず、熊本での救援ボランティアセンターの立ち上がりは遅く、現場での混乱は理解できるものの、日頃訓練しているわりにはいざという時に役立たない社協というおかしな団体の構造の問題にも気づかされました。佐藤さんの発言は大いに支持します。

ほかにもあるのですが、多くのみなさんに読んでほしいものを選びました。
なお、いろんなやりとりの中で、少なくとも3人の方から話したいという連絡があったので、湯島で一度、サロンを企画したいと思います。
決まったらご案内させてもらいます。

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■節子への挽歌3156:深いつながりと浅いつながり

敦賀の義姉から今年もタケノコが送られてきました。
義姉の家もいまいろいろと大変なのですが、私のタケノコ好きを知っているので送ってくれたのです。
いつもは娘にすべて任せているのですが、今回は私が皮をむきました。
驚いたことに皮をむいたら大きなタケノコが予想以上に小さくなってしまいました。
なんだかだまされたような気がしました。
もちろん皮をむいたら小さくなることは、さすがの私でも知っていたのですが、実際にやってみるのと観察するのとでは、印象が全く違うものです。

人もまた、タケノコのように、たくさんの皮で包まれています。
私はかなり本性のままに生きているつもりですが、それでもたくさんの皮をかぶっているのでしょう。
そうした「皮」を剥いでいって残るところは、みんな同じではないか。
人は、深いところで、通じ合える。
そういう考えで、日本在住のガーナ人のアナボヌ ユウジンはweasone というNGOを立ち上げました。
理念は、DEPTH(深いところでみんなつながっている)。
彼とは2回ほど、彼の考えている活動に関して激論を交わしましたが、たしかに深いところではつながっていることを感じます。
しかし深くないところでは、やはりかなりの違いもあります。
weasoneは、まだいろいろと試行錯誤段階ですが、彼の活動を少し応援しようと思っています。
実際に何かを一緒にやることで、理解は深まりますから。
深いところでみんなつながっていることの実体が、見えてくるかもしれません。

それはともかく、私たち夫婦は、深いところで理解しあっていたでしょうか。
そして、浅いところではどうだったでしょうか。

人の繋がりは、浅いところと深いところがあります。
浅いところでの理解や共有は、時間を共にしていれば、自然と育ちます。
しかし深いところでの理解と共有は、それなりの努力が必要かもしれません。
人間や生命としての核、つまり一番深い最深部は同じだと思いますが、そこに達する直前の、個人的な本性は、たぶん人それぞれです。
ですから、そこに関わると、誤解や混乱や反発が生ずることになります。
ですから友人知人関係の場合、深入りせずに浅いところで付き合っていたほうが、楽しいでしょう。
しかし、夫婦はそうはいきません。
どうしても相手の深部に関わらないわけにはいかない局面がやってきます。
それがまあ、「7年目の危機」かもしれません。
そこで壁を破れないと、その先にはなかなか進めないかもしれません。

幸いに私たちは、その壁を超えられました。
お互いに、自らの弱みをさらけ出すことができたからです。
弱みを見せられることが、夫婦の出発点かもしれません。
そして私たちは、夫婦になったわけです。
さまざまな気づきがあり、関係が少し冷えた時期もなかったわけではありません。
でもそれを乗り越えたのは、たぶん相手の弱みを十分に知り合っていたからではないかと思います。
深いところで共有するものを持っていれば、浅いところの違いはむしろお互いを豊かにしてくれるものになります。
浅いところでの、違和感は、いかようにも対応できるものです。
逆に、浅いところで世界を共有していても、深いところでのずれがあると、いつかお互いに疲れが出てきます。

弱みを共有する。
それが夫婦の最大の意味かもしれません。

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2016/04/22

■節子への挽歌3155:「独身はじめました」

節子
節子がいなくなってから知り合った岡田さんという人がいます。
映像関係の仕事をしていますが、一時期、湯島のサロンによく来てくれました。
実に魅力的な人です。

その岡田さんのフェイスブックに、「4月22日。よい夫婦の日ではありますが…独身はじめました」と書き込みがありました。
「離婚届」の写真付きです。
岡田さんらしい話です。
それに対するコメントがたくさん寄せられていますが、それがみんな実に面白いのです。
まさに岡田さんの生きている世界が伝わってきます。
うらやましいほどに、明るくて楽しくて、あったかい。
私は、「おやおや」としかコメントを書けなかったのですが、それに対してすぐに岡田さんからは「父親・母親であることに変わりはありません」と返ってきました。
まさに「おやおや」。
岡田さんは、私とは違って、「遊び心」の豊かな人なのです。
岡田さんがますます好きになりました。

夫婦のあり方はいろいろとあります。
岡田さん夫婦は、たぶんこれからもお互いに納得できる「いい関係」をつづけるのでしょう。
そんな気がします。
ある意味では、私たち夫婦も、ある意味では「いい関係」がいまも続いているとも言えます。
夫婦とは、実に不思議な関係です。

しかし、考えてみると、私もいまは、「独身やってます」ですね。
岡田さんと違って、あんまり楽しくないのはなぜでしょうか。
人生をおしゃれに生きている岡田さんに学ばなければいけません。

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■見える困窮と見えない困窮

熊本や大分の地震被災地に対して、各地の自治体が職員を支援活動に派遣し始めています。
派遣している自治体の職員のフェイスブックを見ていたら、こんなコメントが書かれていました。
「自分も現地支援したい気持ちでいっぱい。いてもたってもいられない心境。」
よく知っている人なので、そうだろうなと心から思います。
被災地への職員派遣もとてもいいことだと思いますし、自分も何かしたいと思う職員の気持ちもよくわかります。
それは別に職員だけではなく、多くの人たちが、「自分に何かできることはないだろうか」と思っているはずですから。
そうした動きや風潮に、異論があるわけでは、まったくありません。
それを前提としての、ちょっとした感想です。

今回のような被災事故が起こると、みんな「何かをしたい」と思います。
しかし、被災事故が起こらなくても、生きるのに困っている人は少なくありません。
とくに自治体職員にとっては、被災事故の有無にかかわらず、たくさんの問題が地元地域には山積されているのではないかと思います。
それが証拠に、いまもって貧困のために命を絶つ人や精神的にダウンする人が少なくないという事実があります。
生活保障さえ、なかなか受給できない人もいますし、働く場もなく自らの身を売らなければいけない人も、いないとは限りません。
居場所のない高齢者や生きる上での障がいを持つ人も少なくないでしょう。
そうした「日常的な困窮」が、なかなか見えなくなっているのが現代かもしれません。
いや、みんな、あえて見ないようにしているのかもしれないとさえ思うこともあります。

今回のような大きな災害があると、それが見えてきます。
災害によって新たに生まれた「困窮」は多いでしょうが、なかには災害によって見えなかった「困窮」が見えてくることもあるでしょう。
災害は、社会のさまざまな問題を可視化してくれるのです。
しかし、災害があろうとなかろうと、実は「困窮」はあるのです。
自治体職員のみなさんは、本気でそうした「困窮」や「問題」を見ようとしているのか?
地域住民たちは、本気でそうした「困窮」や「問題」を見ようとしているのか?
災害で見えるようになったことに対して「いてもたってもいられない心境」になる前に、普段からもっと心がけるべきことがあるのではないのか。
そんな気がするのです。
もちろん私自身の自戒をこめてです。

災害によって顕在化するのは、「困窮」だけではありません。
「善意」もまた顕在化します。
いわゆる「災害ユートピア」の出現です。
http://homepage2.nifty.com/CWS/blog6.htm#yu
みんなの「日常的な善意」もまた、普段抑圧されていることがよくわかります。
しかし、残念ながら、「災害ユートピア」は次第に消えていきます。
これもまた現代社会の特質だろうと思います。
しかし、災害がなくても、「ユートピア」はつくれるのではないか。
少なくとも、そういうことを目指した生き方をすることなら、誰にもできるのではないか。
私は、そう思いながら、そういう生き方を心がけています。
これもまた自治体職員にとっても、普段から取り組める仕事です。

大きな災害が起きなくても、「いてもたってもいられない心境」になるような問題は、普段から私たちのまわりにはたくさんあります。
日常的な生き方を少し変えるだけで、そういう問題が見えてくる。
ボランティア活動などと言わなくても、日常的な生き方のなかで、誠実に取り組めることがたくさんある。
みんなの目が被災地に向く足元で、被災者以上に困窮のただなかにある人たちがいることが、私にはとても気になるのです。

被災者に目を向けることを否定しているわけではありません。
しかし、日常的にも支援を求めている人がいることを忘れないでほしいと思うのです。
被災地へのまなざしの一部を、みずからの周辺にも向けていきたいと思います。

今回の記事を書くのは、ちょっと勇気が必要でした。

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2016/04/21

■節子への挽歌3154:スーパーでの買い物

節子
今日は一人で近くのスーパーに買い物に行きました。
買い物は苦手だったのですが、最近は少し慣れてきました。
最初のころは財布を落としたり、いろいろありましたが、いまはもう大丈夫です。

前回は自転車で来たのにたくさん買いすぎて持てなくて大変でした。
今日はそうならないように自重して買い物をしましたが、うっかりリンゴとオレンジの徳用袋入りを買ってしまい、そのうえ、飲み物もたくさん買ってしまったので、やはり今回も一袋に収まりませんでした。
物欲がない、お金を使わない、などといいながら、困ったものです。
ちなみに支払いはカードなので、無料です。
ですから気楽に買い物かごに入れてしまうわけです。

風が強かったので、裏道を通って帰りました。
この道は、ハケの道といって、かつては白樺派の文人たちが散策した道なのです。
道沿いには志賀直哉邸跡などもあります。
この道のことは志賀直哉の短編にも出てきます。
手賀沼を囲む斜面林のすそ野をつないでいる道なので、浸水がところどころに出ています。
昔はもっと水が豊かだったでしょうが、宅地開発が進んだので、いまは水場は少なくなっています。
それでも数年前は、水がかなり戻ってきて、沢蟹が出てきたという話も聞きました。

この道は、わが家のほうにもつながっています。
わが家のほうはかなり外れのほうにあるので、ハケの道もまだ十分には整備されていません。
私がやっている花壇は、その道沿いにあるのですが、それもあってもっときれいにしなければいけないと思っているのです。

節子がいなくなってから、私のライフスタイルもかなり変わりました。
まさか私が一人でスーパーに買い物に行くとは節子は思ってもいなかったでしょう。
でもまあ買い物も楽しいものです。
安い商品を買うコツもだいぶわかってきました。
今日は、いつものパンが、黄色いシールがついて、110円で売っていました。
躊躇せずに買ってしまいました。
なんだかとても得をしたような幸せな気分になりました。
これが主婦の喜びなのかもしれません。
しかし、こうやって実は無駄遣いをしてしまうのでしょう。
困ったものです。

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■「小さな鍵」と「大きな鍵」

鍵の話を昨日書きましたが、それで思い出したのが、千葉県習志野市の秋津小学校の宮崎校長です。
宮崎さんは、校長時代に学校の鍵を地域の信頼できる人たちにばらまいたのです。
学校を地域住民みんなで活かしていく場にしようと考えたからです。
そして生まれたのが、学校と地域の融合教育研究会です。
いまは宮崎さんは、校長を辞めて、まさに「みんなのものをみんなのものしよう」という活動に取り組まれています。
ちなみに、秋津小学校は、いまも不登校もいじめもないとお聞きしています。
秋津小学校の話は、有名なので、ネットで調べればいろいろと出てきます。
もしみつからなかったら連絡いただければ情報を差し上げます。

鍵は、外部からの侵入を遮断するために使われますが、考えようによっては、逆に外部そのものを引き込むものでもあります。
宮崎さんから鍵を預かった住民は、学校という空間を活かす責任を得たわけです。
責任に関しては、いつかまた書こうと思いますが、私は、義務ではなく権利と捉えています。
鍵を預かった住民たちは、学校の仲間になったわけです。
鍵はメンバーシップの証です。
「鋏と鍵は使いよう」なのです。
そのことに気づかせてもらえたのは、宮崎さんのおかげです。

宮崎さんが配ったのは、「物としての鍵」ですが、実は同時にメンバーシップという形のない意識のつながりを生み出したのです。
私は、それを「大きな鍵」と呼んでいます。
昔はみんな大きな鍵に守られて生きていました。
でも今は、「小さな鍵」で自分を守ろうとしています。

熊本の被災地で、空き家からの盗難が起こっているようです。
被災者は、支援物資の配給にもきちんと列をつくっている一方で、外部からやってきた人たちが、そうした不埒な行為を働いているのは、実に哀しくてさびしい話です。
その報道を見ながら、改めて「大きな鍵」の大切さと宮崎さんの活動を思い出しています。
宮崎さんを見習いたいと、いつも思っています。

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2016/04/20

■みんなのものは誰のものでもない?

一昨日書いた「みんなのものパラドクス」に関連して、思い出したことがあるので、続きを書くことにします。

もう20年以上前だったと思いますが、東京の入谷の住宅地の一画に、たしか都有地がありました。
周囲には勝手に誰かが入れないようにと、フェンスが張り巡らされていました。
都有地なので、年に何回かは雑草が刈られていたと思いますが、夏になると野草が生い茂り、やぶ蚊も発生していたかもしれません。
そもそも地域住民にとっては、見栄えも悪く迷惑な存在だったと思います。

そうしたなかで、ある人が妙案を思いつきました。
まずは周辺の住民たちで、その雑草を刈り取ることを管理事務所に申し出ました。
都にとってはありがたいことなので、鍵を貸してくれました。
そして住民たちは、みんなで草刈りをして、鍵を返しました。
それだけなら何ということはない話です。
しかし、それを思いついた人は、こっそり鍵のコピーをつくってしまったのです。
従って、それから先は住民たちが、その塀の中に自由に入れるようになったのです。
そしてそこにみんなの花畑や農園をつくることにしました。
その写真を私は、この話をしてくれた人からもらっていたのでどこかにあるはずですが、見つからないのが残念です。

都の管理者は年に1回くらいしか来るか来ないかですので、気が付いた時にはきれいな花畑や農園になっていたわけです。
まさかそれをこわすとは言えないでしょう。
都は草刈りの費用がいらなくなり、「みんなの土地」はみんなでうまく活用されたわけです。
めでたしめでたし。

私は我孫子に住んでいます。
これも20年ほど前になるかと思いますが、我孫子駅の北口駅前の開発途中に、駅のすぐ前のかなりの広い面積の市有地が空き地になりました。
我孫子市民のみんなの土地ですので、我孫子住民に開放するのが良いと思いましたが、結局、入谷と同じようにフェンスが張られてしまいました。
せめてそこを自転車の置き場にでもしてくれれば、住民には好都合でしたが、次の計画が動き出すまでフェンスに囲われていました。
みんなのものだから、誰かが勝手に利用するのはダメなのです。
つまり「みんなのもの」とは、昨今の行政の仕組みの中では、だれも使えないということでもあるわけです。
「みんなのもの」とは、要するに「誰のものでもない」のです。

昨夜、湯島に来た人は数年前に会社を辞めて起業しました。
行政は、今回の熊本地震のような非常時のために、多くの非常食を備蓄しています。
幸いに非常事態が起こらないで、賞味期限が近づくと、それらは廃棄されます。
まだ食べられる膨大な食べ物が廃棄されるという、無駄な話です。
だとした、賞味期限直前のものを世界の飢餓地域に提供したらどうかと考えたのです。
最近話題になっているフードバンクの発想です。
大成功するはずでした。
しかし見事に失敗して、彼の会社は破産しました。
なぜ失敗したか。
行政が廃棄する膨大な非常食はみんなの税金で買ったものなので、行政の内部で処分しなければいけないのです。
つまり、役立てられると思っても、勝手には企業には提供できないのです。
それで費用をかけて廃棄処分するしかないのです。
それで彼の構想は挫折してしまいました。
行政のそうした仕組みを知って、彼は怒りに震えたそうですが。
ここでも「みんなのもの」は「誰のものでもない」ことがわかります。

さてさて困ったものです。
どうしたらいいのでしょうか。
「みんなのもの」って、一体何なのでしょうか。
私のテーマは、「コモンズの回復」です。
コモンズは、政府や国家という制度とは実はなじめない概念なのです。
そう考えると、「公共」という言葉のおかしさに気づきます。
「公」と「共」とは、発想の原理が全く違うのです。

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■節子への挽歌3153:ワクワクよりもモヤモヤ気分

節子
いろんなことが動き出して、最近少してんてこまいです。
ほんの少しだけですが、昔に戻ったような気分です。
しかし、どうも以前のようにワクワクしません。
むしろあんまりすっきりしない気分が浮かび上がってきます。
なぜでしょうか。
柔軟性が低下しているのでしょうか。

昨日は夕方までは湯島の来客はないので、自宅でのんびりしていたら、電話がかかってきました。
ひきこもり家族会の全国組織の代表の方が、会いたいというので湯島に連れてきた、という友人からの電話です。
連れてきたと言っても、当の私は我孫子の自宅にいるわけですから、湯島は空っぽのはずです。
幸い、彼には鍵を渡していたので、勝手に入って待ってもらうことにしました。
それで急いで湯島に向かいました。
まあ、こういうことが時々あります。
私はいつも湯島にいるわけではないことを知っているはずですが、何しろ湯島は駆け込み寺的な存在なのです。
そのため、私が時々「駈け込まなければ」いけないわけです。
湯島駅から、走るようにして事務所に行ったら、おふたりが神妙な顔をして座っていました。
珈琲くらい淹れておいてよと言いたかったのですが、持参のペットボトルを飲んでいました。
しかたなく、私が珈琲を淹れました。
それから2時間、相談に乗り、解決の方向はたぶん合意できたかと思います。
しかし、資料もないので、まずはその組織の実体を把握するのに1時間ほどかかりました。
なにしろ国会議員に会いに行った帰りに、突然私に会いたくなったのだそうで、資料も何も持ってきていないのです。
そんな相手の気ままさに、どうして私が、自宅でのゆったりした時間を切り上げて、跳んでこなければいけないのか。
断ればいいだけの話なのですが、誰かが相談に来たら行かなければいけないという思考が、私のなかに、どうもしみついているのです。
困ったものです。

さて夜も、別件での相談です。
この方は資料を事前にもらっていましたが、6頁にわたる上に、文字も多く、しかもメールで送られてきて、印刷しておいてください、などと書かれていると、それだけで読む気も起きません。
有料相談ならともかく、珈琲付きで無料相談なのですから、資料くらいは自分でコピーして持ってきてほしいと思います。
まあそう思うのですが、心身の方はなぜか言われたように動いてしまうのです。
これまた困ったものです。

というようなことが毎日起こると、いささかすっきりしない気分が起こってきます。
かなり具体的に書いてしまいましたが、これらはまだいいほうの事例です。
しかし、いろんな人に会っていると、人の善意とは悪意と隣り合わせだなと思うこともあります。
そんなこんなで、最近はワクワクするよりも、モヤモヤすることが多くなっているのです。

実に困ったものです。
だれかにこのモヤモヤをぶつけたいです。

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2016/04/19

■節子への挽歌3152:生のもろさ

節子
熊本周辺での地震はいまなお続いていて、死者も40人を超えました。
突然の死に見舞われた方への深い哀悼の念とともに、改めて「生のもろさ」を感じます。
生きるということは、実はたくさんの幸運に支えられているのです。
おそらくこの地震で、生と死を分けたのは、ちょっとしたことだったのではないかと思います。
少し大きな視野で捉えれば、このような地震が、私が住んでいる我孫子で起こってもおかしくないわけで、その意味では私自身もまた、今回の死者のみなさんたちとは紙一重のところにいるわけです。
生とは、実にもろい存在で、むしろ「生きていること」がいわば「僥倖」なのかもしれません。
改めて、生きることへの感謝の念を持たなければいけないという気がしています。

生のもろさを実感したことはもう一つあります。
私には孫がいないのですが、娘が来月、出産する予定なのです。
不妊治療のおかげなのですが、それでも高齢出産ということもあり、実際に生まれるまでは不安が絶えません。
娘たち夫婦の出産に至る話を聞いて、子どもが生まれるということはこんなに大変なことなのだと、私は初めて知りました。
恥ずかしながら、私は娘たちの出産も子育ても、ほぼすべて節子に任せてきてしまったのです。
ですから出産に関しては、知識すらほとんどなかったのです。
母親がいないため、娘はいろいろと苦労していますが、私には何もできません。
節子がいたら、彼らもこんな苦労はしなかったかもしれませんが、人が生を得るということがこんなに大変なことなのかということを、私は知りませんでした。
実に恥ずかしい話ですが、おそらく節子は大変だったのでしょう。
母親の支援を受けたとはいえ、夫である私の支援は、いまから思えば何も受けていなかったのかもしれません。
もし節子が今いたら、平謝りしなければいけません。
謝ることができないのがとても残念です。

生は実にもろいものなのでしょう。
そして、運に大きくゆだねられている。
そうであるならば、やはり私ももっと真摯に生きなければいけません。
誠実には生きているつもりですが、真摯さにはかなり欠けているのは自覚しています。
改めなければいけません。
さてどうするか。
まだ答えが見つかりません。

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2016/04/18

■節子への挽歌3151:死に向かう生き方

今日、お会いした方の子どもさんたちは、若い時代、お一人は摂食障害、お一人は自傷行為傾向が強かったそうです。
現われ方は違いますが、いずれも「死に向かう」志向が感じられます。
いまはおふたりとも、それを克服されているようですが、ご両親のご苦労も多かったと思います。
しかし、そんなことはおくびにも出さず、その方はお仕事のかたわら、ボランタリーな社会活動に取り組まれています。

その方とは、ある人を介してフェイスブック友だちになったのですが、一度、私に会いたいと湯島のサロンにご夫婦ともども参加してくださいました。
とても自然なご夫婦で、今日、お話を聴くまでは、そんな背景があるとは知りませんでした。
改めてボランティア活動というのは、普通の生活の中から自然とわき出てくるものなのだろうと思いました。
いかにもボランティア活動をやっているという方とは全く違うものを感じます。

ところで、人の生と死はまさにコインの裏表どころか、同じものかもしれないという気が、最近してきています。
死を志向するとは、まさに生を志向することなのかもしれません。
生を意識すればこそ、死が意識されてくる。
私たちはふだん元気な時な時には、生きていること自体への意識はありません。
朝起きて、生きていることへの感謝の気持ちが浮かんでくることは、私の場合はありません。
それが当然だと思うからです。
しかし、節子は違いました。
朝起きると、ああ今日も1日が迎えられたと感謝していましたし、寝る時も1日の生に対して感謝していました。
節子には、死が見えていたのかもしれません。
私も同じような感じを持っていましたが、死への感じ方は違っていました。
どこかで死を直視せずに、節子は治るという思いに覆われていました。
いまにして思えば、勝手な妄想だったかもしれません。
そこには、もしかしたら「生の意識」さえなかったのかもしれません。
いまから思うと悔いがたくさん浮かんできます。

死に真剣に向かうことは、生に真剣に向かうこととつながっているのかもしれません。
節子の病気の相談をさせてもらった知人の2人の医師から、「死に方の問題です」と言われて、ショックを受けて、おふたりとの付き合いをやめてしまったという体験があるのですが、おふたりが言いたかったのはこういうことだったのかもしれません。
しかし、私にはやはり表現が間違っているような気がします。
やはり「生き方の問題」と表現すべきでしょう。
真摯で誠実な生の先にこそ、輝くような生がある。
そして、その生の一部にきっと「死」があるのです。
たとえたどり着いたところが「死」であったとしても、生を誠実に生きたということには変わりはない。
まだ十分には整理できていませんが、最近そんな気がしています。

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■「みんなのもの」パラドクス

近くのNさんの庭には、この季節、見事なチューリップの花が咲き誇ります。
わが家から駅に行く途中の坂道にあるのですが、その坂道を上っていくときに必ず、そのチューリップの花畑が目に入ります。
私もいつもその恩恵を受けている一人です。

今年も見事なチューリップを楽しませてもらっていましたが、つい数日前にそこに手書きの注意書きが貼られました。
「花を取らないでください、みんなで鑑賞しましょう」

Nさんは道を行く人に見えるように、むしろ道に向けて花壇をつくっていますので、その気になれば簡単にとることができる場所なのです。
心無い誰かがとってしまったのでしょう。
それはとても残念なことです。
私も、同じ体験をしたことがあります。
道沿いの花壇をつくっていますが、育ってきた芝桜が根こそぎなくなっていたこともあります。
ちょっと残念でしたが、まあ私よりも大事に育ててくれればいいかとも思いました。
花壇の整備は、それなりに大変なのです。

Nさんのチューリップで、私が一番悲しかったのは、花がとられたという事実よりも、注意書きが貼られたことでした。
せっかくきれいなチューリップを見ても、その横にそんな張り紙があったら、心癒されることはないからです。
たぶん注意書きを貼るときにNさんは躊躇したでしょう。
Nさんはとても花好きで、時々、玄関に花を置いていることがありました。
Nさんは、それを自由に持って行ってくださいと言っていたのです。
そういう人ですから、注意書きを出すことが一番悲しかったのはNさんのはずです。

さて長々書きましたが、みなさんはどうお考えでしょうか。
注意書きは貼るべきだ。
とられないように柵をするべきだ。
そうお考えの人もいるでしょう。
でも私は、花を取られても注意書きは出すべきではないと考えます。
なぜなら花は「みんなのもの」だからです。

しかし、みんなのものであれば、私のものでもある。
そう考える人がいてもおかしくありません。
念のために言えば、Nさんのところの花は、もちろん法律的にはNさんの私有財産です。
しかし、Nさんは、自分だけで楽しむのではなく、みんなに楽しんでもらおうと、あえて自分の家に向けてではなく外に向けて花壇をつくっているのです。
Nさんは、自分のチューリップを「みんなのもの」と思っているわけです。

つまり、「みんなのもの」だから自分だけのものにせずにみんなで鑑賞しようという考えの一方で、「みんなのもの」であれば、「自分のもの」と考える人もいるわけです。
しかし、自分のものとした途端に、それは「みんなのもの」という考え方を否定することになります。
これはまさにパラドクスです。
「みんなのもの」は「みんなのもの」ではないという「みんなのものパラドクス」です。
ここにこそ、現代社会の問題を解く要の思想が込められていると私は思っていますが、まあそれはまたいつか書くことにします。

昨日、駅から帰宅する途中、偶然にNさんと会いました。
チューリップがきれいですね、とお礼を言ったら、Nさんが話しだしました。
あんな注意書きを出したくなかったの、でも3回も取られてしまい、それを見ていた人から勧められて出したのです、と、まるで私が注意書きがなければいいなと思っていたことを知っているような話をしたのです。
たぶんNさんは注意書きを出しながらそれがずっと気になっていたのでしょう。
Nさんのお気持ちがよくわかります。

さてこのパラドクス、あるいはジレンマはどう解決したらいいか。
みなさん、お暇だったらぜひお考えください。
チューリップの話ではなく、現代社会の大きな問題につながる話かもしれませんし。

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■節子への挽歌3150:心がだんだんなくなってきているのかもしれません

節子
昨日は朝早くから出かけなければならず、ホームページの更新もブログも書けませんでした。
節子がいた頃は、何が何でもホームページの更新は日曜日にやっていましたし、ブログも毎日書いていましたが、最近は、無理をせずに、「まあ、いいかっ!」という気分で寝てしまうようになりました。

昨日はいろんな用事の後、「心トリートセミナー」を受講しました。
受講というよりも、そういうセミナーをやっている友人か、一度体験してみて、コメントしてほしいと言われたのです。
ほかの友人たちとも一緒に参加したのですが、私はどうもその枠に入りません。
最初に「性格は変わると思いますか?」と質問されました。
私以外の人は「変わる」と答えましたが、私は「変わらない」と答えてしまいました。
そもそも性格など変える必要はないと思っているからです。
ニーバーではないですが、変わるものは変えればいいですが、変わらないものはそのまま活かせばいいというのが私の考えです。
まあきわめて自己肯定的なのです。
実は、心トリートの目的は、自己否定感を克服して、自分を肯定的に生きるようになることを目指しているもののようです。
本性を抑えている世渡りのための「よろい」も、私にはあんまりないようですし、自己肯定感を引き出すにも、もともと自己否定感がないために、配布されたワークシートがうまく書けませんでした。
困ったものです。
実は、友人はそういう私であることを知って、被験者に選んだのですが。
果たして役に立ったでしょうか。

それにしても、やはり私は社会から脱落しているようです。
最近、そう自覚させられることが多いのです。
昨日も、参加した仲間からは「宇宙人」と言われたり、絵に描いたら、私は地に足ついていない浮遊的な存在になっていました。
そんなはずはないのですが、自覚している私も私なら、外から見える私も私でしょうから、それも含めて素直に受け入れなければいけません。
まあ、節子が苦労したわけです。

しかし、昨日の友人の話を聞いて、普通の人は、先天的な本性と後天的な性格との大きな乖離の故に、その間にある被膜のような「こころ」が痛んでいるというのですが、私の場合、どうも本性が強いようで、痛んでいないのかもしれません。
いや心がだんだんなくなってきているのかもしれません。
心がないとしたら、トリートできるはずもありません。
あんまり「いい被験者」ではなかったような気がします。
しかし、私自身はいろいろと気づくことはありました。
まだ頭の方は作動しているようです。

さて、今日もこれから、ある人と会いに行きます。
我孫子に来てくれると言うので、駅前で会うことにしました。
我孫子である集まりをやりたいという相談です。
さてどんな話になりますやら。
本当は畑に行きたかったのですが、今日はいろいろあって無理そうですね。

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2016/04/16

■節子への挽歌3149:「いい人」が集まる「ユートピア」

節子
今日は、みんなのゆる~いカフェサロンと高等遊民会議という2つの集まりを湯島でやりました。
最近は毎週のようにいろんなサロンがあるので、自分ながらいささか混乱してしまいます。
しかし、世間にはいろんな人たちがいることを知ると元気が出てきます。
もしかしたら、この湯島はちょっと変わった人たちが集まってくるのかもしれませんが、ともかく「いい人」ばかりです。
ある意味でのユートピア、つまり「現実的でない場」なのかもしれません。
そんな気もします。

今日、最初に来たのは小学6年生の子供と母親です。
湯島には、小学校入学前の子どもがきたことはありますが、小学生は初めてです。
最後に来たのは、29歳のお坊さんです。
というわけで、今日も実に多彩の人たちとの出会いがありました。
湯島にいると、実にいろんな人と会えるのです。
しかも、みんな「いい人」ばかりです。
そう言う人たちばかりにあっていると、どうして世界には戦争や犯罪があるのか不思議な気がします。
そう考えると、やはり湯島に来る人たちは特殊なのかもしれません。

「いい人」が集まる「ユートピア」。
考えてみると、これは「彼岸」ではないかという気がしてきます。
もしかしたら、私はもう死んでいて、ここは「彼岸」かもしれない。
ふと、湯島からの帰りに、そんな気がしてきました。
実は、彼岸に旅立ったのは節子ではなく私だったのかもしれません。
そう考えるとなにやら納得できることもあるのです。

もしそうであれば、もう少しゆったりさせてほしいなと思います。
帰宅してメールを見たら、明日は朝の9時にはまた湯島に行かなくてはならないのだそうです。
昨夜も真夜中にテレビで九州の地震の報道を見ていてあんまり寝られなかったのですが、そのせいか、帰宅してこの挽歌を書きだしたら、頭が痛くなってきました。
そういえば、今日湯島に来た若者は、職場のストレスで頭痛が絶えないそうです。
「いい人」が集まる「ユートピア」も、それなりにストレスはたまるのかもしれません。

そう言えば、今日、やってきた杉原さんが、よくまあいろんなサロンをやっていますね、と言っていましたが、ちょっとやりすぎかもしれません。
なんでこんなことになってしまったのでしょうか。
きっと「いい人」が多すぎるからでしょう。
困ったものです。

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2016/04/15

■神様の警告

熊本の大地震は、私には川内原発稼働を許した私たちへの神様の警告のような気がします。
昨夜、テレビでニュースに最初に触れた時に頭に浮かんだのが、そのことです。
熊本で被災した人たちには、不謹慎かもしれませんが、今日もずっとその考えが頭から抜けません。
震源地が鹿児島だったら、どうなっていたかと思うとぞっとします。
川内原発の再稼働差し止め訴訟を却下した裁判官はどんな思いでこの報道を見ているでしょうか。
自然のエネルギーの大きさや気まぐれさへの考えは変わったでしょうか。
原子力規制庁は、熊本地震の影響はないと公表していますが、これまでのことを考えると、その公表をそのまま信頼することもできません。
いささかの不安はどうしても残ります。
せめて、こんな影響があったとか、こんな被害があったと言ってくれれば、少しは安心できるのですが。

テレビの報道を見ていると、一部のキャスターの人は、なんとなく川内原発再稼働差し止め訴訟のことを意識しての発言ではないかと思うことも少なくありません。
活断層はどこにあってもおかしくないとか、火山活動も活発になってきているとか、聞きようによっては、川内原発差し止め訴訟の裁判官へのメッセージのように聞こえて仕方がありません。
私の独りよがりの可能性は大きいですが。

もう40年ほど前になりますが、たしか「人類は滅びるか」という座談会の記録を読んだことがあります。
その本が手元に見つからないのでいささか不正確ですが、そこで、人類は22世紀には滅んでいるのではないかというような話し合いがなされていました。
そう言ったのは、たしか今西錦司さんでした。
かなりショッキングな話ですが、私も最近そんな気がしてきました。
もしかしたら、22世紀を迎えることはないのではないか、とも思います。

人の死はみんな当然のこととして受け入れます。
しかし、なぜか人類の滅亡は誰も考えようとしません。
しかし、種としての生物はいつか必ず滅亡するはずです。
人類の滅亡はもう少し先かもしれませんが、日本という国に対して、神様は警告を出しているのではないか。
最近そう思うことが少なくありません。

そう思う理由はもう一つあります。
それは東日本大震災の被災地の東北の海岸沿いに高い堤防が建てられる動きです。
私にはあれは、バベルの塔のような気がしてなりません。
神への、つまり自然への冒涜ではないか。
神様が怒るのではないか、とそんな気がしてならないのです。
現地の方には大変失礼なことだとは思うのですが、そういう気がしてならないのです。

私たちは、自然との付き合い方を間違っているのではないか。
この数年の日本の自然災害は、神様の警告なのではないか。
そんな気がしてなりません。

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■節子への挽歌3148:自分の言葉を大事にする生き方

節子
熊本で大地震が起こりました。
気になっていたのですが、こうした時に連絡を取ることは迷惑以外の何物でもないことを体験していますので、相手からの連絡を待ちました。
幸いに、私の友人知人たちはみんな無事でしたが、それぞれに多大な被害を受けています。

最近は電話やメールなどで、かんたんに他者との連絡が取れます。
そのせいか、たぶん「過剰なお見舞い挨拶」が飛び交っているような気がします。
そしてそれに慣れてしまうと、他者への心遣いもまた、形式の世界に吸い込まれかねません。
さらに、「言葉」が軽くなっていく傾向があります。
注意しなければいけません。

私は、一度発した「自分の言葉」にはかなりこだわっていますが、正直、他者の「言葉」には最近、信頼を置かないようになっています。
言葉だけの人が、ともかく増えてきているからです。
たぶん本人はそういう自覚はないでしょうし、ましてや「悪意」などもないように思います。
社会全体が、「言葉」を大事にしなくなってきているように思います。
しかし、「言葉」を大事にしない社会は、住みにくい社会のはずです。
そう思って、私は「言葉」を大事にしています。
自分が発した「言葉」は、自分との約束だと思っているからです。
自分に素直に生きるとは、自分を裏切らないということですので。

熊本では多くの被災者が出ているでしょう。
またみんなの目がそちらに向いてしまう。
それは決して悪いことではありません。
でもそういう大事件に目を奪われやすい社会もまた、私には住みにくい社会のように思います。
ちょっと周りを見れば、大きな事件とは無縁な日常生活の中で、問題を抱えて生きにくくなっている人たちがいます。
そう言う人たちへの心遣いこそが、まずは大事だとも思うのです。
普段は、そういう周辺の問題を見ないようにしながら、大きな災害があるとボランティアに出かけたり、寄付をしたりする、そういう生き方は、企業が事業を通して社会に日常的に負荷をかけながら、社会貢献事業などと言って、無駄なお金を顕示的に支出している姿と重なってしまうのです。

本当はこういうことを時評編に書きたかったのですが、誤解されそうなので、挽歌編で節子に向けて書いてしまいました。
節子ならどう考えるでしょうか。
節子は、東日本大震災も経験せずに、逝ってしまいましたが。

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2016/04/14

■話すことと語ること

ストーリーテリング協会を仲間と一緒に立ち上げました。
立ち上げにあたって、「ホモ・ナランス宣言」を書きました。
その草案をホームページにアップしています。
正式には協会のコアメンバーによって修文された者が、協会のホームページには掲載されるでしょうが、私自身は言うまでもなく、私が書いた草案が気にいっています。
よかったら、読んでください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/narrative.htm

ところで、「話す」と「語る」とは意味合いが違います。
「話す」は、言葉を「放す」ことです。
それに対して、「語る」は、言葉によって価値を「象(かたど)る」ことです。
一方的なスタティックな行為と創造的なダイナミックな関係との違いがあります。

このブログの時評編の記事を時々フェイスブックに再計したり紹介したりすることがあります。
そうするといろんなコメントをもらいます。
たとえば、昨日の「私たちは本末転倒した生き方をしていないでしょうか」をフェイスブックに書きました。
私のフェイスブックは公開型なので、誰でもがコメントできます。
時に知らない人もコメントしてくれます。
それはとてもうれしいことです。
しかしいつも気になることがあります。
多くの場合、「語る」よりも「話す」ものが多いことです。
私の書いたものをきちんと消化しないまま、別の話を書きこんでくる人も多いのです。
テーマをすり替える人も少なくありませんし、私の主張を読み違える人も多いです。
つまり、あたしの主張をきっかけに「たまっていること」を放すスタイルです。
そういうスタイルが増えているのは、フェイスブックだけではありません。
むしろ社会全体が、そうなっている。
テレビのコメンテーターの発言のほとんどは「話す」型です。
もっと語ってほしいのですが。

私はできるだけ「語る」姿勢でコメントにはコメントを返しますが、それにも「反応してくれない」人もいます。
もちろんよく知っている人は、きちんと再びの反応をしてくれることが多いのですが、知らない人はコメントしたまま、それへの私のコメントも読んでくれたかどうかさえわからないこともあるのです。
そういうことが繰り返されると、コメントを返すのもおっくうになります。

とまあ、愚痴っぽいことを、それこそ「放って」しまいましたが、「ホモ・ナランス宣言」に書いたように、改めて「物語る」生き方を取り戻さないといけません。
もし共感して下さったら、ぜひストーリーテリング協会に入会してください。
活動が軌道に乗るまでの2年間は、私が代表を務めるつもりです。
ストーリーテリング協会のホームページはまだ作成途中ですが、次にあります。
http://www.storytelling.tokyo/

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■節子への挽歌3147:人間の本質は移動のなかにある

節子
節子がいなくなって、8年半ですが、ようやく少し動き出せそうです。
その気配を感じます。

「人間の本質は移動のなかにある。完全なる平穏は死だ。」
と書いたのはパスカルでした。
パスカルは胃病のためにあまり行動できず、そのせいで、「人は快適な寝場所を牢獄と感じる」とも嘆いています。
行動したいのに思うように行動できなかったパスカルにとっては、平穏こそが苦痛だったのかもしれません。
そのくせ、パスカルは死に対しては不安を持っていたようですから、快適なベッドで死を待つことを嫌悪していたのかもしれません。
戦場でこそ死にたいという武士の気分を思わせます。

節子がいなくなってから、私には死への抵抗感がなくなりました。
昨日も駅のホームで、電車に吸い込まれそうになりましたが、ある意味での死へのあこがれがどこかに芽生えている気もします。
注意しなければいけません。

節子がいなくなってから、改めて自分を取り戻すと、実のところ「暇で暇で仕方がない」という気分に陥っています。
最近は正直に、そういう気分を吐露するのですが、誰もわかってくれません。
時に時間破産するほどに、時間的な余裕は一見ないように見えるからです。
ですが、心底、正直に「暇で暇で仕方がない」のです。
忙しく心身を動かすのは、暇だからなのです。
これに関しては前にも書いた記憶がありますが、何か自ら意図的に新しいことを始めようと思うのではなく、誰かに誘われたからとか、誰かに頼まれたとか、といった受け身での活動は、暇の意識を埋めてはくれません。
しかし、かといって、自分で何かをやろうという気分が、節子がいなくなってから全くと言っていいほど起こっては来ないのです。
やったところで、何の意味があるのか、という思いがどこかにあるからです。
そういう状況にあるということは、たぶん生きているとは言えないのかもしれません。
パスカルが「完全なる平穏は死だ」というように、ただただ流れに任せて生きるということは、生きているとは言えないのかもしれません。
まあそういう意味では、最近の日本人のほとんどは、生きていないような気もしますが、私もその一人になっているのです。

しかし、最近、私自身、少し気分が変わってきたような気配を感じます。
再び生きようという気が、どこかに芽生えだしているのです。
その気配のせいか、私のまわりで、最近いろんなことが動き出しています。
いささか他人事でおかしなことを書いているような気もしましたが、これが最近の私の気分なのです。

生きていないと死ねません。
ですから、死ぬためにもう一度生き返ろうとしているのかもしれません。

何だかとても誤解されそうなことを書いてしまった気もしますが、まあ素直に受け止めてもらえるとうれしいです。
要は元気だということです。
昨日書いたことを、重ねて少し違った視点で書いただけのことです。

自らを鼓舞しなければ、走りだせないのはちょっと情けない話ですが、走り出し方がどうもわからなくなっているのです。
節子の不在が、その理由なのですが。

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2016/04/13

■節子への挽歌3146:育つ縁と消える縁

節子
久しぶりに高須さんが来ました。
高須さんとの縁も、実に不思議で、なぜか一度しか会ったことがないのに、彼から突然、仲人の依頼がありました。
節子も私も、自分の結婚式もきちんとしていないので戸惑いがなかったわけではありませんが、標準的な結婚式の仲人をつとめさせてもらいました。

その高須さんの娘さんたちも大きくなり、上はもう大学3年生です。
先日、電話したら、娘さんが出たのですが、お母さんそっくりの声で、間違ってしまいました。
時がたつのは、実に早いです。

高須さんは、この数年、中国の関係の仕事をしているため、一時は海外ばかりだったのですが、最近は少し落ち着いてきたようです。
しかし、まあ性分上、落ち着くような人ではなく、好奇心が強く、まさに仕事を楽しむタイプなので、どんどんと世界は広がっているようです。
たまに帰国しても、たぶん活動をしまくっているのでしょう。
私のところに来てくれたのは、2年ぶり、いやそれ以上かもしれません。
話していると際限がなく、超古代史から最先端モバイル技術の話まで、止むことがありません。

それにしても、人の縁は不思議なものです。
高須さんが最初に湯島に来たのは、友人から紹介された大学生が就職の相談に来た時に、一緒についてきたのです。
その時は、相談に来た学生と主に話したのですが、一緒に来た高須さんともう一人の学生も、それを聴いていたのです。
それからたぶん会うこともなく、数年してから突然、仲人をしてくれと電話があったのです。
私の記憶に誤りがあるかもしれませんが、たしかそんな気がします。
私も驚きましたが、節子も驚きました。
何しろ節子は会ったこともないのですから。
そして4人で会食をし、仲人を引き受けました。
ある意味で、私たち夫婦と似たものを感じたからです。

その時に相談にやってきた学生は、その後、私が紹介した会社に入社しましたし、彼の結婚式にも行ったのですが、いろいろとあって交流が途絶えました。
もうひとり一緒に来た学生がいるのですが、彼は霊能者の末裔でしたが、もしかしたら「その世界」に戻ってしまっているかもしれません。
高須さんも、いまはその2人と連絡がとれていないそうです。

人の縁は、実に不思議です。
15分立ち話しただけで、いまも続いている縁もあれば、かなり時間を割いていろいろと関係を育てたのに消えていく縁もあります。
何回も相談に乗ったのに、うまくいきだしたら連絡もしてこなくなった人もいますし、友だちと一緒にたまたま来ただけなのに、仲人を頼んでくる人もいる。
私は自分からは積極的に縁を切ることはありませんが、縁には育つ縁と消える縁がありそうです。
高須さんとは3時間を超える話し合いになりましたが、彼のエネルギーの強さに老体の私はかなり疲れました。
エネルギーのある人と話すと、こちらもエネルギーを出さないといけません。
でも、高須さんの人生設計には、少しだけ役だったような気がします。
また新しいことが始まるでしょう。

最近、まわりでいろいろと新しいことが始まりだしています。
ようやく私もまた「生きだしている」のかもしれません。
現世滞在期間を2年延ばしたおかげかもしれません。

久しぶりの春が来るかもしれません。

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■私たちは本末転倒した生き方をしていないでしょうか

また保育園に預けていた子供が死亡する事件が起きました。
その事件の報道に合わせて、1か月前にも同じような死亡事件が報道されています。
こういう「同種の事件の報道」に接するたびに、報道される事件とは「氷山の一角」でしかないことを思い知らされます。
おそらく保育園での死傷事件は、報道されている以上に多いのではないかと思います。
にもかかわらず、子どもを預けて働きに出る。
そこに大きな疑問を感じます。

私が保育園問題に取り組んだきっかけは、ある経済人対象の集まりで、生活の視点からの企業のあり方に関する報告をさせてもらったら、参加者の一人が、日本の経済基盤に大きな影響を与える少子化こそが問題だと発言されたことです。
私も当時、少子化に関する問題意識は持っていましたが、経済人は、それを「労働力と消費者の減少」と捉えているのだと気がつき、唖然としました。
しかし、当時はまだそうした意識さえ持つ人はさほど多くはありませんでしたが。
その後、財界でも少子化問題が盛んに話題になりだしました。
1990年(平成2年)の話です。

そういう経済界の発想には納得できないので、新しい保育モデル構想を考えるプロジェクトを始めました。
理念は、ソーシャル・フォスターリズム。保育とは社会の問題だという捉え方です。
それに基づいて、具体的な保育園の設計もし、あるところに提案させてもらいました。
残念ながら実現はしませんでしたが、その後、世論はますます「少子化」を経済の問題と捉えるようになりました。
こういう流れが、福祉でも環境でも同じです。
すべては「市場化」が理念でした。
社会の劣化が、そこから急速に始まった気がします。

保育問題は、誰のためのものなのでしょうか。
子どもたちのためのものか、働く親や企業、つまり経済のためのものか。
保育園落ちた日本死ね!という発想は、子どもの視点ではありません。
経済界や政府には、実に好都合な考えですから、両者がそれに飛びついたのは当然です。
保育園に入らずに親と一緒に暮らせるのであれば、子どもは喜ぶかもしれません。
待機児童を減らすために施設としての保育園をつくる発想は、私には本末転倒に思えます。
考え方が、基本から間違っているとしか思えません。

私たちは何のために働くのでしょうか。
お金のためでしょうか。
子どものためでしょうか。
そうはいってもお金がなければ生活できないという人には、お金がなければ生活できないような生き方を一度問い直してみたらと言いたい気がします。

私たちは何のために子どもを育てるのか。
まさか労働力や消費力を提供するためではないでしょう。
生きるとは何か。
働くとは何か。
そして、子どもを育てるとはどういうことか。
子どものために生き方を変えることができなければ、親のエゴでしかありません。

待機児童が減れば子供たちは幸せになるのか。
そして、親たちは幸せになるのか。
私には大いに疑問があります。
私たちの生き方は、あまりに本末転倒になっている気がしてなりません。
せめて私は、そんな生き方はしないようにしようと思っています。

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2016/04/12

■節子への挽歌3145:農作業デイ

節子
今日は午後から畑に行きました。
めずらしく娘のユカが手伝ってくれて、10種類以上の苗を植え終わりました。
花の種を蒔いて、苗を育てる畑も作りました。
少しずつ畑らしくなってきました。
何しろ白菜やキャベツまで植えてしまったので、植えた以上はできるだけ畑通いをしなければいけません。
道沿いの斜面に植えた芝桜も元気ですし、チューリップも元気です。
この勢いだとうまくいきそうですが、油断はできません。
梅雨に入り、畑に行かない日が数日続いただけで、野草はすごい勢いで、畑を席巻してしまうからです。

畑作業をしていると、自然の生命力を感じます。
昨日は、人を癒すのは音楽だけだと書きましたが、意味合いは少し違いますが、自然もまた人を癒してくれます。
わが家の農場は、畑というよりも、むしろ野原といったほうがいいのですが(耕してある部分は一部で、野草で覆われているところの方がほとんどなのです)、その草の上に座り込んでいると、とても居心地がいいのです。
今日は、かなり大きな殿様バッタに出会いました。
あまり草を刈り取ってしまうと、彼らの生活環境がなくなってしまいますので、まあそこは微妙なところなのです。

座っている分にはいいのですが、実際に土を耕し、畝をつくっていくのはかなり大変です。
なにしろもともと畑ではない宅地用の空き地なので、土は固いですし、笹が根を張っています。
それこそひとつ農園をつくるだけで息切れがしてしまいます。
頑張りすぎると立ちくらみでダウンです。
今年もすでに一度やっています。
ゆっくりとゆっくりとやらなければいけません。
畑を終わって自宅に戻ると、もうへとへとです。

実はわが家の畑は、自宅から見下ろせる位置にあります。
そこに行くには回り道をしないといけないのですが、高台にあるわが家の下に位置しているのです。
ですから帰宅して庭から見下ろすことができるのですが、いつも頑張って帰宅して、上から見るとあんまり変化が見えないのでがっかりするのですが、今日は、苗が植えられたので変化がはっきりと見えました。
この調子で、今年は大収穫を目指そうと思います。

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2016/04/11

■節子への挽歌3144:人を癒すのは音楽だけ

節子
昨日、テレビで、「福山雅治 SONGLINE」第1回の「人はなぜ歌うのか?」を見ました。
福山雅治さんがアポリジニの人たちと音楽をシェアしているのを見ていたら、わけもなく涙が出てきました。
われながら意外でした。
節子がいなくなってから、音楽とあまり触れることがなくなっています。

番組では、アポリジニの長老らしき人が、「音楽が一番深いところに届く」「人を癒せるのは音楽だけだ」と言っていたような気がします。
そうだなあ、と思いました。
音楽だけが人を癒すと言うといささか異論のある人も多いとは思いますが、音楽の癒し方は、それ以外のものとはやはり違うように思います。

節子と最後にコンサートを聴きに行ったのは、わが家のすぐ近くの柏の市民文化会館での、ポニージャックスのチャリティ・コンサートでした。
節子はすでに再発し、遠出はできなかったのですが、すぐ近くなので、2人で出かけました。
その後、我孫子市の合唱団の発表会にも行きましたが、その時には節子の症状はかなり悪くなり、いわばコーラス仲間へのお別れのあいさつのような感じでした。
節子は、そこでさまざまな人に会え、コーラス仲間とも話せて喜んでいましたが、帰宅後、寝込むほどでした。

おそらく私はそれ以来、コンサートと名のつくものには一度も行っていません。
一度だけ友人が無謀にも企画した市民による市民のための「スロバキア国立オペラ日本公演会」には行きましたが、それは企画した友人のためにチケットを売るのが目的でした。
久しぶりに会った友人は、喜んでくれましたが、私自身はオペラを鑑賞するという気分よりも、友人を応援したいという気分でした。
しかし、その時の最後のアンコール曲はなんと「time to say goodbye」。
友人たちと一緒に行ったので、がんばって涙はおさえましたが、なんでこんな曲を最後に歌うのかと思ったものでした。
音楽は、感情を高ぶらせる効果の強さを、その時、改めて感じました。

ところで、昨日見たテレビ番組のタイトルは「ソングライン」です。
オーストラリアには、ネイティブのアボリジニの人々の生活の中で刻まれ、受け継がれてきた目に見えない道があると言われます。
そのひとつが、ソングラインだそうです。
アボリジニの人々は、その道々で出会ったあらゆるものの名前を歌いながら、世界を創りあげていったといいます。
精霊たちの世界の現れとして、音楽が現れ、人をつないでいく。
そこには、文字を持たない人たちがいまなお、神とともに生きているのです。
番組は、そうしたソングラインを福山雅治さんがギターだけを持って旅していくものです。
旅のなかで、福山雅治さんがつくった音楽が出てきます。
涙が出たのは、その音楽を聴いた時でした。
たしかに、音楽は人を癒す力がある。
そして人は涙で癒される。

でもまだコンサートには行く気は起きません。
生活に少しずつ音楽をとりもどそうとは思いだしているのですが。

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2016/04/10

■節子への挽歌3143:「時は流れない それは積み重なる」

時は流れない。それは積み重なる。

これは1991年にオンエアされた、サントリーのウイスキー「クレスト12年」のテレビCMのコピーです。
秋山晶さんの作品で、CMの出演者はショーン・コネリーでした。
ウイスキーの熟成を、アクションスターだったショーン・コネリーが演技派へと成熟していったことに重ねているわけです。
さらに、この言葉は、さまざまな事柄が積み重なって「歴史」が作られていることも示唆しています。

一般に、時間は「蓄積」というよりも「流れ」で捉えられがちです。
美空ひばりの名曲「川の流れのように」、私たちは人生における時間を捉えがちです。
であればこそ、愛する人を亡くした人に対して、「時間が悲しみを癒してくれるでしょう」とつい言ってしまうのです。
しかし、実際に愛する人を失った人は、時は決して流れ去るものではなく、積み重なっていくものであることに気づくでしょう。
時は、悲しみを癒してなどくれないのです。

時間の流れに身を任せたとしても、人生は、川の流れに身を任せながら、周囲の風景を眺めていくのとは違うのです。
過ぎ去った出来事は、決して流れ去ることはなく、いつも常に、自分のすぐ下に存在し、今現在の自分を支えているのです。
忘れることなどできないばかりか、それなくしては、いまここにさえ、安定して立ってさえいられないのです。
時間は、水平に流れ去るのではなく、人が立つ基盤を形作って、垂直に積み重なっているわけです。

節子がいなくなってから、8年半。
時間とは流れるものではなく、積み重なってくるものだと、つくづく実感します。

今日、久しぶりに、美空ひばりの「川の流れのように」を偶然聴いて、改めて時間の残酷さを思いました。
そして、もしかしたら、積み重なった時間は、足元にではなく、頭上にあるのではないのかと、ふと思いました。

10年前の今日は、節子も一緒に、滋賀の湖東三山をお参りしていました。
あの時はまだ奇跡が起こると確信していました。
あの時、もしかしたら、私自身、時は流れるのだと考えていたのかもしれません。
人は、おろかな存在なのです。
経験してから知ることの、なんと多いことでしょうか。

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■コムケアサロン「子どもたちが危ない!」のお誘い

子どもから社会を考えるサロンも5回目になりました。
今回は、かなり核心に迫ったサロンを企画しました。
「子どもたちが危ない!」です。
それは同時に、「大人たちも危ない!」「社会が危ない!」という話でもありますが。

問題提起してくださるのは、久米隼さんです。
久米さんは、和光市社会教育委員でもあり、日本冒険遊び場づくり協会や児童虐待防止全国ネットワークのスタッフでもあります。
子どもの世界と多面的に関わっているだけでなく、社会そのものにも幅広くかかわっている若者です。
そういう久米さんが、子どもたちの世界をどう感じ、社会をどう見ているのか。
そして、なぜ「子どもたちが危ない」と思っているのか、などをお話しいただき、そこから私たち自身の生き方を考えてみたいと思います。
子どもたちの世界は、私たちの未来を示唆しています。
さまざまな立場のみなさんの参加をお待ちしています。

●日時:2016年4月24日(日曜日)午後2時半~5時
●場所:湯島コムケアセンター
http://homepage2.nifty.com/CWS/cccentermap.pdf
●テーマ:「子どもたちが危ない!」
●話題提供者:久米隼さん(児童虐待防止全国ネットワークオレンジリボン企画委員)
●進め方:久米さんからの問題提起を受けて、みんなで話し合うスタイルです。
●参加費:500円
●申込先:comcare@nifty.com


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2016/04/09

■バトミントン選手の裏カジノ問題謝罪会見で思ったこと

バドミントンの桃田選手と田児選手の裏カジノ問題謝罪会見は、見ていて本当につらかったです。
賭博問題で問題になった巨人の高木投手の記者会見の時も、一体誰がこんな純情な若者の人生を狂わせたのかと、強い憤慨の念を感じましたが、こんなにすぐにまた同じ光景を見ることになるとは思ってもいませんでした。
要するに、スポーツ界にはこの種の動きが蔓延しているということなのでしょう。
そう考えてこそ、問題の意味が理解できるような気がします。
悪いのは、彼ら若者ではないと、強く確信します。
私の憤慨の矛先は、いささか短絡的かつ感情的ですが、石原元東京都知事や橋下元大阪市長や森元首相に、そしてかなり八つ当たり的ですが、新自由主義を推進する財界人や政治家に向かってしまいます。

私は現代のスポーツがあんまり好きではありません。
ローマ時代の剣闘士の興業と似てきているように感じられるからです。
有名な選手を見ても、どうも「惨めさ」や「かわいそうさ」を感じてしまい、かつての運動選手のような輝きを感じられません。
もちろんそうでない選手も少なくありませんが、概してそんな気がしてしまうのです。
だから薬に頼ってしまうことも、私にはまったく違和感はありません。

今のスポーツ界はお金で汚染されつくされています。
箱根駅伝のように、まだ安心して見られるものもありますが、最近のスポーツは金儲けのためのショ―になってきている気がしてなりません。
社会のことをよく知らない純粋な若者が、しっかりとした指導もないまま、そうした世界に入ってしまえば、お金に関する感覚も変わっていくでしょう。
2020年のオリンピック騒動がわかりやすく露呈してくれたように、いまやスポーツは、芸能や福祉や環境と並んで、お金のあふれている世界になっています。
醜い社会になってしまったものです。

いまや日本の、というか世界の金融政策は、一種の賭博やカジノと同質とさえ言えるでしょう。
しかも、政府や財界人は、政策としてのカジノまで取り上げています。
そんななかで、体力と精神力をぎりぎりまで使い込みながら頑張っている若者たちが、「遊び」程度の賭博やカジノに迷い込んだことを、社会あげて問題にし、みんなの前で涙の謝罪を指せる社会には、どうも違和感を禁じ得ません。
もっと大きな問題をみなければいけません。

こうした問題が蔓延していることを、スポーツの世界をお金で売り払ったしまったスポーツ界のリーダーたちはどう考えているのでしょう。
まずはその人たちが謝罪すべきではないでしょうか。
若者たちを、スポーツ産業の商品にしていることへの反省はないのでしょうか。
カジノに取り組んでいた政治家や財界人は、カジノとは何かを、きちんと説明すべきではないでしょうか。
マスコミやスポーツファンは、スポーツ選手をお金儲けの手段にする発想こそを問題にするべきではないでしょうか。
ドーピング問題も、そこから出てきているように思います。

ちなみに、田児さんの借金の1000万円を返すために、みんなで寄付をしようというように考える人はいないのでしょうか。
もしそういう田児さん基金ができたら、私も借金を背負っている身ですが、1万円なら頑張って寄付します。
1000人いたら返せるでしょう。
そういう発想で、この問題を捉える人は私だけでしょうか。

やはり私には、社会がおかしくなっているとしか思えません。
そういうことは書きだすときりがないのですが。

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■節子への挽歌3142:「抜け出す」楽しさ

節子
昨日、箱根で挽歌を書いた後、思ってもいなかったことが起こりました。
箱根では企業の人たちとの報告書づくりの合宿でした。
私は、そのアドバイザー役で一つのチームを担当していました。
これまでもそうですが、ホテルに缶詰めになって議論し合うスタイルには、どうもなじめません。
ですから、いつも、途中で帰りたくなるのです。
今回は、最後なのでわがままを言わずにいたのですが、天気がよくなったので、ホテルをこっそり出て、大涌谷にでも行ったほうが気分転換でいいのではないかと、担当チームに提案しました。
以前も時々提案していましたが、採用されたことはありません。
それは冗談なのだろうと思われてしまうのでしょう。
なにしろ私はアドバイザーですから、もっと真剣に話し合うことを勧めるべきだと思う人が多いのでしょう。
しかし、より成果を上げるためにこそ、ホテルを抜け出して、遊びに行くのがいいというのが、私の本心なのです。
もちろん事務局にも何回も提案しましたが、採用されません。
サウスウエスト航空の事例はみんな知っているはずですが、リスクをとりたくない官僚的な人は、それを「冗談」だとしか思えないのです。
まあそんなこともあって、この仕事から今回身を引くことにしたのですが、最後まで私の思いは実現しなかったなと諦めていました。
なにしろ今回も「おとなしくしているよう」やんわりと注意されていたからです。

ところが奇跡が起こったのです。
私の話に、私の担当チームが乗ってくれたのです。
記録のために名前を残しておきたいですが、山口さんのおかげです。
昼食時に、偶然彼が私の前に座ったのが、幸運でした。
そして昼食後、山口さんの呼びかけで全員でこっそり会場を抜け出し、大涌谷と箱根神社まで出かけてしまったのです。
私には最高の贈り物になりました。
ちなみに、大涌谷は噴火の危険性のため道路封鎖でいけませんでしたが。

私は、「抜け出す」ことが大好きです。
思えば、会社に入社した時に。新入社員教育がありましたが、そこからも抜け出して、海に泳ぎに行ったこともあります。
それが最初の「抜け出し」体験でした。
私は誘われたのですが、誘ってくれたのは、私よりもかなり年上の大学院博士課程卒業の岡田さんというドクターでした。
彼にとっては、新入社員教育は私以上に退屈だったのでしょう。
彼と2人で会場を抜け出してしまったのです。
その年、入社した社員は200人ほどでしたから、2人ほど抜けてもわからなかったのです。

しかも電車に乗ってまで海水浴場に行ったのですから、まあ見つかったら大変だったでしょう。
その帰りに電車の中で、岡田ドクターから「エントロピー」の話を教えてもらいました。
その話は、私のその後に大きな影響を与えました。
2週間ほどの新入社員教育は全く記憶にはありませんし、たぶん役には立たなかったでしょうが、電車の中でのエントロピー講座(電車の窓ガラスに図を書いて教えてくれました)は役に立ったわけです。
しかし、それ以上に役立ったのは、「抜け出すことの大切さ」です。
そしてまた、抜け出すことの楽しさです。

そんなわけで、最後の箱根合宿は楽しいものになりました。

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2016/04/08

■節子への挽歌3141:今日の箱根はいい天気です

節子
小涌園の箱根ホテルに来ています。
昨日は雨風で荒れていましたが、今日の箱根はとても気持ちのいい日和です。
例年のようにロビーから見える庭の桜がきれいです。
昨日の激しい雨風にも散らずにがんばっています。

昨日から企業の経営幹部のみなさんたちとのディスカッションをしています。
経営者に「心と道」を持ってもらおうと、30年近く前に友人が立ち上げた活動にずっと協力してきました。
でも残念ながら、日本の大企業はなかなか社会性を高めてくれません。
これはこの試みが成功していないということです。
私にも責任があるわけですが、そんなこともあって、今期でこの活動は辞めさせてもらうことにしました。
ですから、今回が最後の合宿です。
このホテルも、今回が最後でしょう。
ここにもいろんな思い出があります。
ちょっとさびしい気もします。
しかし、人生は変わらなければいけない時もあるのです。

この活動は、節子がいなくなってからも関わってきました。
合宿は箱根も多かったのですが、恥ずかしながら、箱根の時は涙が出たことも少なくありませんし、箱根の桜の時期には桜を見ないように下を向いて帰ったこともありました。
一度は、帰りに何か急に芦ノ湖に上りたくなって、帰る予定が反対行きのバスに乗ってしまったこともあります。
その時は、節子が好きだった恩賜公園でぼんやり1時間過ごしたこともありました。

その箱根も、しばらくはこないでしょう。
今日は天気がいいので、上にあがれば富士山が見えるはずですが、残念ながら缶詰です。

Photo


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2016/04/07

■節子への挽歌3140:箱根への同行2人

節子
雨です。
かなり降っています。
今日はこれから、企業の人たちと箱根で合宿です。
今回で、この仕事はやめることにしましたので、これが最後の合宿です。
仕事ばかりでなく、箱根に行くのもそろそろ終わりにしようかと思っています。
箱根には、節子の思い出がたくさんありすぎます。
節子は、箱根が大好きでした。
少しずつ生活も整理していかねばいけません。

節子は病気が再発した後、たぶん箱根に行きたかったのだろうと思います。
いまにして思えば、どうして箱根に行かなかったのだろうかと不思議です。
最後の家族旅行は房総でした。
まあそれはそれとしてよかったのですが、なぜ箱根に行かなかったのか。
思い出そうにも思い出せません。
まあ当時わが家もいろいろとあったのでしょう。
断片的にはともかく、なぜか当時のことが思い出せません。

そろそろ家を出ないといけないのですが、なんとなく外の雨の様子を見ていたら、いろんなことを思い出してしまい、挽歌を書くことにしました。
なんとなく節子を思い出させる雨なのです。
四国遍路ではないですが、今回は節子と同行2人で箱根に向かいましょう。
節子の分身も、久しぶりに同行です。

さてこれをアップしたら、出かけます。
雨はやみそうもありませんし。

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■なぜ裁判員制度は行政訴訟に適用されないのか

川内原発の運転差し止めは、福岡高裁によって棄却されました。
新聞での判決要旨しか読んでいませんが、「合理的」とか「客観的」という言葉が安直に語られているのがとても気になりました。
判決の文章にも不思議さを感じました。

たとえば、「住民らが生命、身体に重大な被害を受ける具体的危険が存在しないと、九電は相当の立証を尽くした」とあるようですが、「立証を尽くす」ってなんなのだろうかという気がします。
「現在の避難計画の下で川内原発を運転することで、住民らの人格権を侵害する恐れがあるとはいえない」ともありますが、すでに住民の人格権が奪われているような気もします。

まあそんな表現をいくらあげつらっても、水掛け論になるでしょう。
しかし、大津地裁の判断とはあまりにも違い、司法の判断とはいったい何なのかを考えたくなります。
単に「ある裁判官」の判断ではないのだろうかという気になります。
そう言えば、以前、ある人から家庭内暴力に関する冤罪の相談を受けたことがあります。
その人は膨大な資料を持ってきて、「○○裁判官に当たってしまうと、すべて男性が加害者になり親権も剥奪されるのです」と説明してくれました。
その真偽のほどは私にはわかりませんでしたが、自らのまわりのささやかな体験を思い出すと、まんざら否定できない気がしました。
司法は「私物化」されているのではないか、とまでは思いたくありませんが、現代は「私物化」の時代ですので、そういう状況が一部にあっても不思議はありません。

私は、裁判員裁判には否定的なのですが、もし裁判員裁判を適用するのであれば、こうした行政訴訟や社会全体に影響を与える「公衆に大きな直接的影響」を及ぼす事件にこそ、適用すべきだと考えます。
そうであれば、「客観的」とか「合理性」とかの基準が、一個人の価値基準から解放されるからです。
客観性とか合理性は、間主観的に成り立つものだからです。

それにしても、福島の原発事故の原因究明ができていないばかりか、その解決さえ十分できていないのに、次々と原発が再稼働されていく状況を見ていると、過ちは数回繰り返さないと気づかないものなのだなと思わざるを得ません。
まあ、私自身もそうですから、それは仕方がないのかもしれません。
しかし、そうした「過ち」を小賢しく利用している人たちを見ると、情けなくなります。
彼らにも、家族がいて、生活があるはずなのですが。
私には、とても不思議です。

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2016/04/06

■節子への挽歌3139:ルーティンとリズムの大切さ

節子
四国のお遍路さんをしている鈴木さんから手紙が来ました。
歩き出してから1週間。
まもなく高知県に入るようです。
サンティアゴ巡礼と違って、宿が個室、納経の時間が結構長いようです。
それでもだいぶお遍路リズムには慣れてきたそうです。

人生もまたリズムに乗れると順調に進んでいけます。
しかし、そのリズムが壊れてしまうと、どうも生きにくくなる。
節子がいなくなってから、一番の問題は、このリズムが変調したばかりでなく、安定しなくなったことです。

この9年の私の生活リズムは、なかなか安定できずにいます。
最近は就寝時間が9時台のこともあるのですが、節子がいた頃に11時前に眠ることなどあり得ませんでした。
それがいまでは、9時に就寝していることさえあるのです。
そうかというと、気がついたら12時を回っていることもある。
朝の起床時間はさほど大きくは変わりませんが、早い時には午前5時、さすがに8時ということはありませんが、7時半ころに起きだすこともあります。
ともかく安定できずにいます。

いわゆる「ルーティン」ということで言えば、朝晩の節子へのあいさつは破られることはないとしても、それ以外の「ルーティン」はほぼありません。
一日単位でも週単位でも、ルーティンがないので、曜日感覚や月日感覚がかなり弱まっています。
それもまた生活をおかしくしているのかもしれません。

自由気ままな生き方のほうが生きやすいと思いがちですが、どうもそうではないようです。
人は、ある程度のルーティンがないと、リズムがつけられないのかもしれません。
生きやすさとは、生活のリズムのことなのかもしれません。
伴侶の存在は、お互いにある程度の制約を与え合うことで、リズムを整える効果があるのかもしれません。

今年は、改めてもう一度、自分で生活リズムを安定させて、ルーティンを増やしていこうと思っています。
この挽歌も、以前ように、毎朝書けるようになるといいのですが。

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■節子への挽歌3138:今年の畑仕事の開幕

節子
今日は久しぶりに在宅です。
庭のカイドウが咲きだし、花木が生き生きしだしてきました。
畑にほとんど行っていなかったので、今日から畑仕事を始めることにしました。
それで、まずは野菜の苗を買いに行きました。
手当たり次第に買ったため、かなりの量になりました。
種類にして10種類を超えてしまいました。
さてさて大丈夫でしょうか。

一部の苗を持って畑に行きました。
冬を迎える前にきちんと手入れしていなかったので、大変です。
あまりの惨状に、気が萎えてしまいました。
若いころは、いや若くなくてもしばらく前までは、こういう状況ではやる気が出たはずなのですが、歳とともに思考は逆転するようです。
へたへたとしてしまい、耕すのも植えるのもやめて、生い茂りだしていた野草を刈るので精いっぱいでした。

ちなみに、秋に植えておいた大根は、みんな花を咲かせていました。
花の咲いた大根は食べられないかなとも思いましたが、もったいないので大きいものだけは収穫してきました。
秋に植えた小松菜も、収穫せずにいたので花畑になっていました。
こえは種子をとるために残すことにしました。
唯一よかったのは、道沿いの斜面に植えておいたチューリップが咲きだしていたことです。
なぜか半分だけが元気に咲いていました。

帰宅して大根を早速おろして食べてみました。
上と下の両方を食べてみましたが、いずれもやはりおいしくありませんでした。
大根は花を咲かせてはいけないことがわかりました。
まあ当然のことですが。

持って行った苗は畑に忘れてきてしまいました。
明日からしばらく不在なので、枯れなければいいのですが。
まあ明日は雨らしいので大丈夫でしょう。

というわけで、今年の畑仕事が始まりました。

Hatake201604061


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2016/04/05

■節子への挽歌3137:湯島はにぎやかな1日でした

節子
今日もまた湯島はにぎやかな日でした。
いろんな人たちがやってきました。
湯島にいると退屈しません。
しかし、最近は知らない人たちが、それも私とは関係ない事柄で、相談に来るようになってきました。
湯島は「駆け込み寺」みたいな場所ですと私が話してしまっていたために、
どうも気楽に、「それなら湯島に行けばいい」と気安く私を紹介してしまう人がいるのです。
そのおかげで、私がどのくらい大変な目にあっているのか、わかっているのでしょうか。
困ったものです。

もっとも、大変な目にあうと同時に、楽しい出会いをいただくことも多いのです。
湯島がいまなおにぎわっているのも、そのおかげです。
ですから困ったものだなどと言いながらも、ありがたいことだとも思わないといけないわけです。
ややこしい話で、まあ、それこそが困ったことなのですが。

ところで、今日は、その気安く私を紹介してしまう不埒な人が、ふたりも湯島に来たのです。
文句を言いたかったのですが、一人はおいしいお菓子を、もう一人は手づくりのおにぎりを持ってきてくれたので、文句が言えませんでした。
貧しい暮らしをしていると、そういうお土産にすぐに騙されてしまうのです。
その上、ややこしいことに、その紹介者が私に相談に行けと言った人たちまで来てしまったのです。
実にややこしい。
しかも、その人は問題が解決しましたといってお菓子まで持ってきてしまったので、この紹介好きな2人は、また誰か問題を抱えた人を私に送り込んでくるなと心配になりました。
実に困ったことです。

でもまあその人のフルーツケーキもおいしかったので、良しとしましょう。
貧しい暮らしは、人をやさしくするのです。
貧しい暮らしは、人を豊かにもしてくれるのです。

でも今日は、甘いものを食べすぎて、いささか調子が悪いです。
貧しい暮らしの人に大切なのは、分不相応な美食の誘惑に勝つことです。
今日、食べた中で一番おしかったのは、おにぎりについていた、これも手づくりのきゅうりの浅漬けでした。
貧しい人には、貧しい人に合った食べ物がやはり一番です。

明日は湯島に行かずに、畑にきゅうりを植えようと思います。
貧しい人の、豊かな暮らしは、大事にしなければいけません。

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2016/04/04

■節子への挽歌3136:「10年後には何をしているのですか?」

節子
久しぶりに3時間の激論をしてしまい、疲れてしまいました。
テーマは、「ウォー・ゲーム」、相手は40歳の論客です。
3時間も話していると、のどの調子がおかしくなります。
それにテーマがテーマだけに、ついつい身が入ってしまいます。
相手は、その分野の専門家ですし、話は底がありません。
それに、私の視点は、学問とは全く無縁の視点なので、議論を噛み合わせるためにも大変なのです。
3時間の激論は疲れましたが、いろんな気付きをもらいました。
激論が少し始まったところで、いつものような質問をしました。
「ところで、あなたは10年後には何をしているつもりですか?」
ビジョンがなければ、議論はすべてむなしくなりますから。

人には質問しますが、もし私がそう問われたら、どう答えるでしょうか。
いまでは、それは明確です。
10年後は、彼岸を楽しんでいるでしょう。
しかし、もし節子が元気だった10年前にそう問われたら何と答えたでしょうか。
いまから思えば、私にそう質問してくれた人はいませんでした。
そのせいか、私はずっと「いま」を生き続けてきました。
10年先も、いまに続いていると思い込んでいたのです。
しかし、現実は決してそうではありません。
10年後、どうしていたいのかが明確であれば、私のようなことにはならないでしょう。
伴侶を亡くすようなことには。
その反省があればこそ、私はこれはと思う人には、質問するようにしているのです。
「10年後には何をしているのですか?」と。

節子と老後の人生設計をしようと仕事の整理を始めた時に、人生が狂ってしまいました。
気づくのが遅すぎたのです。
そして、私には老後はなくなってしまったのです。
「10年後には何をしているのですか?」と質問するたびに、私もこういう質問に答えたかったなあと、いつも思います。

10年後の自分を考えられる「幸せ」に、みんな気づいているのでしょうか。

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2016/04/03

■悦子への挽歌3135:困難は克服するためにある

節子
先日久しぶりに会った友人から、もう9年近くですか、よく生き抜けられましたね、と言われました。
私が節子に依存していたのを知っている人ですが、まあ、それはそうですが、こういうことは自分で言う言葉であって、他者からはあんまり言われたくありません。
しかし、なぜか私の場合、よく言われるのです。
困ったものですが、それほど私は自立していないということなのでしょう。

昨日、テレビの「名探偵ポワロ」を見ていたら(このドラマはストーリーとしては退屈なのですが、ホームズものと同じで、観なければいけないという意識が植えつけられていて、何回目かの再放送なのになぜか見ているのです)、秘書のミス・レモンがポワロに名言を吐きます。
それが、「困難は克服するためにある」です。

「克服」を「楽しむ」と言い替えたほうがいいように、私は思います。
人は何のために「困難」を克服するかと言えば、克服した後の喜びのためでしょう。
高校生時代、奥多摩の山によく登りましたが、苦労して登った時の喜びは何とも言えません。
困難のない人生など、たぶん退屈でしょう。
ですから、困難は多いほど、人生は豊かであるともいえるでしょう。

節子を見送った後の私の人生は、困難のなかにあったのでしょうか。
たぶんそうではありません。
しかし、そうとも言えるかもしれません。
確かに、よくぞ「生き延びた」とも言えないこともありません。
足元がしっかりしだしたのは、たぶん5~6年たってからです。
娘や友人がいなければ、どうなっていたかわかりません。
生き方が変わってしまっていたかもしれません。
つまり、友人たちが言う意味での、「生き抜けなかった」可能性はあるでしょう。

ちなみに、ポワロのドラマの魅力の一つは、ポワロの相棒のヘイスティングスの人の良さです。
ヘイスティングスには、困難を楽しむ姿勢はないかもしれません。
なぜなら彼には、困難などないからです。
つまり、困難の存在にさえ気づかないほど、人がいいのです。
私には真似できない生き方ですが、ああいう人が節子には相応しかったのではないかなと、いつも思いながら、観ています。
節子には、いささかの困難に突き合せすぎたかもしれません。
そんな気がすることも、ないわけではないのです。

でもまあ、節子は良い人生だったと言ってくれました。
そういうふとことが、遺された人には残ります。
私は、その言葉を誰に言えばいいのでしょうか。
うまく言えるといいのですが。

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2016/04/02

■節子への挽歌3134:理解を超えた関係の居心地よさ

節子
人と理解し合うことは至難のことです。
私は学生の頃から、人は理解しあえないものだと確信していましたから、理解しあおうなどとはあまり考えたことがありません。
違いを知って、受け入れることができるかどうかさえ、しっかりしていれば、理解できていなくても問題は起きません。
逆に理解していると思えば、いつか裏切られることがあるかもしれません。
裏切られるということは、自らの理解が間違っていたということでしかありません。
人は理解しあえないものだと思っている私には、あまり裏切られたという記憶がないのです。
まあ時に、裏切られたと思うこともあるのですが、その責任は自らにあると思えますので、腹立ちもまた自らに対してです。
残念ながら、未練がましく少しひきずってしまうことはないわけではありませんが。

最近、つくづく、このことを感じます。
理解しあえると思ってはいないものの、あまりに認識が違うと疲れてしまいます。
私自身、もしかしたら「生きる文法」が社会的な平均から大きくずれてしまっているのかもしれません。
そうでなければ、これほどのすれ違いを味わうこともないでしょう。
そんなことがあまりに多いので、最近はいささか疲労気味なのです。

ところで、節子とは理解しあっていたでしょうか。
たぶんその答えはノーでしょう。
お互いに理解などできていなかったのです。
しかし、理解を超えて思考の一体化ができていたような気がします。
お互いに根本のところで認め合っていたと言ってもいいでしょう。
それを確信できたのは、私が会社を辞めると節子に言った時でした。
一言の異論もなく、そしてさほどの間をおかずに、節子はそれを受け容れてくれました。
それも、極めて積極的に、です。
あの時ほど、節子に感謝したことはありません。
もしかしたら、あの時に、私は節子のすべてを受け容れたのかもしれません。

理解しあう必要のない関係というものがあるのです。
それがどれほど大きな支えになるかは、それがなくなってからはじめて気づくのかもしれません。
理解を超えた関係の居心地よさは、もう体験できないと思うととても寂しいです。

しかし行き違いの多さには、辟易します。
疲れる毎日です。

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■カフェサロン「人工知能と人間の創造性について考える-音楽を切り口として」「コンピューターに作曲が可能になった今、人間は音楽で何ができるのか?」のご案内

人工知能と韓国のプロ棋士との囲碁の試合は、予想に反して、人工知能が勝利しました。
さらに今、人工知能が小説の創作にも取り組みだした話題になっています。
人工知能はどこまで「進化」するのでしょうか。

そこでちょっと知的なカフェサロンでは、「音楽」を切り口に、人工知能にはできない「人間のできること」を考えてみることにしました。
タイトルは「コンピューターに作曲が可能になった今、人間は音楽で何ができるのか?」。
話題提供者は、音楽のために生きているという小林正幸さんです。
小林さんは、「仕事は、何をして飯を食っているかという意味では某外資IT 企業のサラリーマンですが、何のために飯を食っているかという意味なら音楽です」という人です。
知的カフェサロンにふさわしい、不思議な人です。
小林さんはこう言っています。

私にとって音楽は、趣味でも教養でもありません。
音楽の秘密を知りたい。音楽の真理を知りたい。音楽の新しい地平を見たい。
それを音にしたい。
そんな未知の豊かな音楽を求めて、追いかけています。
こんな人に話題提供してもらった果たして話し合いが成り立つのかと、いささか不安ではありますが、次のような小林さんからのメッセージで開催を決めました。
現在でも、ある種の音楽はコンピューターではなく人間によって“音楽工学”的手法で生み出されています。
その手法とロジックをプログラムに表現できれば、コンピューターで実行することは可能です。
それがついに現実のものとなりコンピューターが作曲をするようになりました。
もしも人間が発見した音楽の法則が音楽を構成する全てであるなら、それにしたがってコンピューターで高速に大量に作曲することができ、人間はただそれを審美的に評価するだけの存在になってしまうかもしれません。
では、音楽創造はいつの日かすべてコンピューターに取って代わられてしまうのでしょうか。
ぜひとも、最後の問いの答えを知りたいです。
音楽が切り口なのですが、そこから話し合う広がりは、かなり柔軟なようです。
人工知能にできなくて人間にできることはなんなのか。
人間の創造性とは何のか。
人間は音楽で何ができるのか?
新しい気づきがたくさんもらえそうです。
もちろん音楽関係者である必要はまったくありません。
よかったら遊びに来てください。

○日時:2015年4月30日(土曜日)午後1時半~3時半
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「コンピューターに作曲が可能になった今、人間は音楽で何ができるのか?
小林さんの問題的を受けて、みんなでできるだけ人間的な話し合いを行いたいです。
○話題提供者:小林正幸さん
○会費:500円
○申込先:qzy00757@nifty.com

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2016/04/01

■節子への挽歌3133:3人の私

節子
4月になりました。
手賀沼沿いの桜も咲きだしています。
あけぼの山公園も満開に近づいているのかもしれません。
今日は、湯島の帰りに上野に寄ってこようかと思いましたが、久しぶりに来訪してくれた旧知のYSさんと長話をしてしまい、何やら疲れ切ってしまって、寄らずに帰りました。
今年も花見の機会はないかもしれません。

YSさんは、夫婦2人でやっていたデザイン会社をたたんで、京都に戻ることにしたのです。
会社勤めの場合には、平和な老後が保証されますが、個人企業の経営者はそんなにあまくはありません。
会社を清算するのも、それなりに苦労が多いのです。
それも、自分たちがやりたい仕事だった場合は、特に大変です。
YSさんも、蓄財どころか、会社をやめるためには資金が必要で、
そのために、自宅を売って、京都に転居するということで、準備をしてきたようです。
そうしたことがほぼ一段落し、先が見えてきたというので、挨拶に来てくれたのです。
京都では、南禅寺近くに住んで、できれば、近くの大学に聴講生として通うことを考えているようです。
夫婦ともに京都のご出身なので、豊かな暮らしになるでしょう。

こんなようにして、私の友人知人も少しずつ、仕事から離れだしています。
夫婦で、これまでできなかったことに取り組もうとしている人も少なくありません。
私自身には、そういう選択肢は残念ながらありません。
やりたかったことはその都度可能な範囲でしてきましたし、節子がいなくなった今は、やりたいこともなくなってしまいました。

しかし、こうして昔からの友人知人との交流もだんだん少なくなってきています。
いま私が付き合っている多くの人たちは、もう節子の知らない人が多くなっているのです。
鬼籍に入った人たちも少なくありませんし、遠い出身地に戻った人たちも多いです。
私のように、いまなお生き方もオフィスも変えずに、同じような生き方をしている人は、一人もいません。
みんなどんどん変わっているのです。
しかし、私の生き方は、会社を辞めた時からは全く変わっていません。
久しぶりに会う友人知人は、みんな異口同音に、「佐藤さんは変わらないね」と言います。
いい加減な生き方をしていると、変えるにも変えようがないというのが、実は正直のところですが、しかし、私の生き方は変わっていないとしても、私が知っている私は大きく変わってしまっているのです。

節子がいなくなってから、私の生き方は大きく変質してしまっています。
それは誰にもわからないかもしれませんが、私にはよくわかります。
節子がいた頃の私は、もういないのです。
節子がいた頃の私が、いまの私を見ていて、そう思うのですから、間違いはありません。
おかしな話ですが、私を見ている私と私に見られている私は、かなり明確にわけられます。
なにやら不思議な気がしないでもありませんが、節子がいなくなってから、私に中には2人の私がいるのです。
いやそれを別々に見ている、3人目の私もいるのかもしれません。

桜を見に行かないのか、と1人目の私が毎年問いかけます。
迷った挙句に、今年もやめようとする私がいる。
そして、やはりまだそうなのかと言う3人目の私がいる。
こうして今年も、まだ桜を見には行っていないのです。

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