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2016/04/11

■節子への挽歌3144:人を癒すのは音楽だけ

節子
昨日、テレビで、「福山雅治 SONGLINE」第1回の「人はなぜ歌うのか?」を見ました。
福山雅治さんがアポリジニの人たちと音楽をシェアしているのを見ていたら、わけもなく涙が出てきました。
われながら意外でした。
節子がいなくなってから、音楽とあまり触れることがなくなっています。

番組では、アポリジニの長老らしき人が、「音楽が一番深いところに届く」「人を癒せるのは音楽だけだ」と言っていたような気がします。
そうだなあ、と思いました。
音楽だけが人を癒すと言うといささか異論のある人も多いとは思いますが、音楽の癒し方は、それ以外のものとはやはり違うように思います。

節子と最後にコンサートを聴きに行ったのは、わが家のすぐ近くの柏の市民文化会館での、ポニージャックスのチャリティ・コンサートでした。
節子はすでに再発し、遠出はできなかったのですが、すぐ近くなので、2人で出かけました。
その後、我孫子市の合唱団の発表会にも行きましたが、その時には節子の症状はかなり悪くなり、いわばコーラス仲間へのお別れのあいさつのような感じでした。
節子は、そこでさまざまな人に会え、コーラス仲間とも話せて喜んでいましたが、帰宅後、寝込むほどでした。

おそらく私はそれ以来、コンサートと名のつくものには一度も行っていません。
一度だけ友人が無謀にも企画した市民による市民のための「スロバキア国立オペラ日本公演会」には行きましたが、それは企画した友人のためにチケットを売るのが目的でした。
久しぶりに会った友人は、喜んでくれましたが、私自身はオペラを鑑賞するという気分よりも、友人を応援したいという気分でした。
しかし、その時の最後のアンコール曲はなんと「time to say goodbye」。
友人たちと一緒に行ったので、がんばって涙はおさえましたが、なんでこんな曲を最後に歌うのかと思ったものでした。
音楽は、感情を高ぶらせる効果の強さを、その時、改めて感じました。

ところで、昨日見たテレビ番組のタイトルは「ソングライン」です。
オーストラリアには、ネイティブのアボリジニの人々の生活の中で刻まれ、受け継がれてきた目に見えない道があると言われます。
そのひとつが、ソングラインだそうです。
アボリジニの人々は、その道々で出会ったあらゆるものの名前を歌いながら、世界を創りあげていったといいます。
精霊たちの世界の現れとして、音楽が現れ、人をつないでいく。
そこには、文字を持たない人たちがいまなお、神とともに生きているのです。
番組は、そうしたソングラインを福山雅治さんがギターだけを持って旅していくものです。
旅のなかで、福山雅治さんがつくった音楽が出てきます。
涙が出たのは、その音楽を聴いた時でした。
たしかに、音楽は人を癒す力がある。
そして人は涙で癒される。

でもまだコンサートには行く気は起きません。
生活に少しずつ音楽をとりもどそうとは思いだしているのですが。

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