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2016/05/29

■節子への挽歌3191:障害夫婦

節子
昨日の「みんなのゆるカフェ」に、発達障害の人が参加してくれました。
彼からもらった資料の中に、発達障害の方が子ども時代のことを書いた文章がありました。
こんな文章です。

小学校時代、初めて日直を担当した時、「黒板を消しておいてね」という先生の言葉に戸惑い、1時間近く考えこんでしまった。どうやって「黒板を消す」のだろう? と。
とてもよくわかります。
この方ほど、優れてはいませんでしたが、私もそれと似た経験があります。
いまでも時々、とんでもない勘違いをしてしまって、ミスを犯してしまうことがあります。
世間的な常識や常識的判断思考は、かなり身についてきていますので、あまり問題は起こしませんが、時々、冷や汗が出るような勘違いがあるのです。
節子も戸惑ったことでしょう。

ちなみに、私の場合、「黒板を消しておいて」と言われたら、方法がわからないので、たぶんどうやって消すのですかと先生に質問するでしょう。
1時間悩む前に質問するのが、私のスタイルです。
ですから、とんでもなく簡単な質問を時々してしまうのです。
娘からも時々、ついていけないと言われますし、節子からはよく、私の発言は、冗談なのか本気なのかわからないといわれました。
しかし、私はいたって真面目なのです。

私はたぶん発達障害と診断はされないでしょうが、まあ似たようなものです。
そもそも人はみな、それぞれに世界が違いますし、時間感覚も違います。
「障害」は、誰でも持っています。
持っていなかったらおかしいでしょう。
ですから、一部の障害だけに、特別の名前を付けることには違和感があります。
それに「健常者」などという言葉を聞くと、それこそが「異常な障害者」ではないかと思えてしまうのです。
たぶん、私と節子は、世間的な常識からすれば、「障害夫婦」だったかもしれません。

娘たちも含めて、本当にたくさんの人たちに迷惑をかけて来たなと、最近つくづく思います。

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