« ■節子への挽歌3187:自然との交流日 | トップページ | ■節子への挽歌3189:口に出した以上は守らなければいけません »

2016/05/26

■節子への挽歌3188:人は一瞬にして通ずることもある

節子
今日は新潟市でゆる~い集まりを開くというので、やってきました。
というよりも、気になっていた友人に会うのが主目的というべきでしょうか。
いつか新潟にも節子と一緒に来たかったのですが、かないませんでした。
人生は「かなわないこと」のほうが多いものですから、それは仕方がありません。
その友人もまた、最近、生きる意味を問い直させられるような、かなわぬことを体験したのです。

その友人は、この挽歌を読んでくださっているので、少し書きづらいのですが、読んで下さる人がいるということは、心して書かなければいけないということです。
しかし、私にはそれがなかなかできません。
困ったものですが、心せずに書きましょう。

今日の会の目的は、表向きにもいくつかの欲張った目的があったのですが、それは予想以上にうまくいきました。
新しい会も始まりそうです。
私がもう来なくても、たぶん持続できる仕組みがつくれそうです。
市役所の知り合いのメンバーにも挨拶にいけました。
新潟にやってきた目的は、すべて果たせました。
企画した、もう一人の友人も満足してくれているでしょう。
そのはずでした。
でも何かが不足していて、ちょっと疲労感に襲われそうでした。

駅のすぐ近くのお店で食事をしていたのですが、
新幹線の時間が来たので、私だけ抜けさせてもらいました。
会いにきた友人が、一人で新幹線の入り口まで送ってきてくれました。
そして、歩きながらのわずかな時間に、心情を吐露してくれました。
そのわずか1分で、新潟に来てよかったと思いました。ー
何が不足していたかがわかりました。
私が、なぜ新潟にやってきたかも、改めて思い出しました。
握手嫌いの私が、思わず手を出してしまいました。
友人に感謝しなければなりません。

人が理解しあうには、時間は無縁です。
一瞬にして通ずることがある。
ただし、お互いに生きることの意味を考えた体験があればですが。
ちなみに、それは解のない問題なのですが。

人は、それぞれ重荷を背負っていますが、それを肩代わりすることはできません。
でもその重さを感じながら、思いを重ねることはできるかもしれません。

新幹線に乗って、もらってきたおにぎりを食べました。
今日は2人の友人に、お昼も夕食もご馳走になってしまいました。
美味しいお魚やお肉を満喫させてもらいましたが、
一番おいしかったのは、このおにぎりでした。
涙が出そうなほど、おいしいおにぎりでした。

上野まで熟睡できそうです。

|

« ■節子への挽歌3187:自然との交流日 | トップページ | ■節子への挽歌3189:口に出した以上は守らなければいけません »

妻への挽歌16」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌3188:人は一瞬にして通ずることもある:

« ■節子への挽歌3187:自然との交流日 | トップページ | ■節子への挽歌3189:口に出した以上は守らなければいけません »