■節子への挽歌3173:税金の季節
節子
この時期は税金の工面で大変です。
自宅の税金もありますが、実は節子と転居する予定で購入していた湯河原のマンションもあるので、その税金も払わなければいけません。
節子が残してくれた貯金は、あるトラブルのためになくなってしまいました。
困ったものです。
私の生活は、基本的には毎月15万円の年金で成り立っていますが、税金や家の改修工事などがあると、まあそれなりに大変なのです。
今年も庭の藤棚が倒れそうになっているので、造りかえようと見積もりを頼んだら、なんと予想以上に高価で、結局、先延ばしにしました。
もっとも貯金が全くないわけではなく、少しはありますが、定期預金はもはやなくなってしまい、税金の季節になると残高は減ってしまいます。
でもあと2~3年ほどは大丈夫でしょう。
湯河原のマンションは、もう転居計画はなくなったので売却したいのですが、それも面倒なので放置していますが、この管理費が高いのです。
時々、銀行の残高がなくなって振込できないこともありますので、今年こそ売却して、借金返済に充てようかとも思っていますが、値段を聞いたら、なんと購入時の4分の1です。
売ろうという気が失せてしまいました。
まあしかし、お金は天下のまわりものですから、本当に困ったらどこからかやってくるでしょう。
そういう考えが持てるようになったのは、節子との生活のおかげかもしれません。
収入がなくても何とかやってこられましたし、いつも誰かに支えられているのです。
娘の連れ合いは、私に収入のないことを知って不思議がっていましたが、私がだれかから何かをもらってきたりわが家に何かが送られてくるのを知って(その時には必ず娘夫婦にお裾分けします)、それで私の生活が維持できているのだなと、娘に話したそうです。
そうなるとまるで私がまわりの人たちのお布施によって生きているような感じがしますが、そんなことはなく、ただ単に生活費を切り詰めて、質素な暮らしをしているだけなのです。
質素な暮らしは、私には豊かな暮らしでもあるのですが。
たとえば、最近は本を図書館で借りて読むようにしているのですが、そうすると返却しなければいけないので、メモまで取って、2~3日できちんと読むようになりました。
購入した本は、机の上に積まれたまま、結局、読まずに書棚にうずもれてしまいがちですが、借りた本は必ず読み終えます。
書籍代は以前に比べれば、10分の1以下になりました。
それでもお金があまりないので高い会費の集まりには行けませんし、地方に出かけるのも、ままなりません。
仕立てのいいスーツとも無縁ですし、豪華な外食にも縁がありません。
お金で困っている人がいても、いまでは応援することもできません。
事実、今回の被災地への支援も、わずかしかできませんでした。
でもそれは、私にとってはむしろいいことでしょう。
とんでもないトラブルに巻き込まれることがなくなったからです。
それに、高価な食卓を前にすると、なぜか罪の意識を感ずるのです。
税金はめどが立ちました。
今年は、少し収入のある仕事に取り組もうと思っていますが、そう思うたびに逆に出費が増えてしまうことが多かったので、注意しなければいけません。
税金の季節は、私自身の生き方を考える時期でもあります。
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