■節子への挽歌3171:孫が無事出産しました
節子
昨夜の11時前にジュンが出産したという連絡がありました。
写真も届きました。
母子ともに元気そうです。
ジュンのパートナーの峰行は、イタリアンレストランをやっています。
ですから、開店日はなかなか病院にも行けません。
ところが9日と10日は連休なのです。
まさにそれに合わせて、生まれてきたかのようです。
それで、昨日の朝、峰行はジュンを松戸の病院に送り、夜また病院に出かけられたわけです。
今日もレストランは休みなので、病院に行けます。
親思いの子どもです。
私の娘たちとは大違いです。
朝、娘から電話がかかってきました。
峰行の両親も来るけれど、お父さんは来るのかという電話です。
こういう時には、普通は行くのでしょうか。
この歳の初孫なので、みんなさぞ喜んでいると思うでしょうが、そういう実感は出てこないのです。
病院に行っても、窓越しにしか会えません。
それに生まれたばかりの赤ちゃんは、私にはみんな同じ顔に見えます。
頑張ったね、と娘に言うのも、なんか白々しいです。
さてなんというべきか。
節子がいたら、すぐにでも行こうという気になるのですが、なぜかそういう気が起きてきません。
これまた実に複雑な心境なのです。
孫に会うのは、私ではなく、節子であってほしかった。
孫に会えなかった節子が不憫でなりません。
その責任は私にあるのかもしれません。
喜びには、かならず悲しみもついてくる。
でもまあ、みんなで病院に行くことにしました。
節子も連れていきましょう。
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