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2016/06/02

■「新しい判断」

「再び延期することはない。ここでみなさんにはっきりとそう断言する」と明言して、安倍首相は衆議院を解散しましたが、その公約に反して、また消費税増税を再延期しました。
そして今度は、「公約違反ではないかとの批判があることも真摯に受け止めている」が、「新しい判断」について参院選で国民の信を問うと話しています。
なぜ「公約」が守られなかったのかは、語られていません。

今回の再延期の理由は、経済の停滞です。
「世界経済のリスク」などという言葉も使われていますが、野党からは「アベノミクスの失敗」だと指摘されています。
念のために言えば、前回の延期の時に、安倍首相は、経済成長率などを増税実施の判断材料にする「景気条項」を消費増税法から削除しています。

それにしても、「新しい判断」とは感心しました。
過去はともかく、「新しい判断」の是非を問題にする。
そのどこが悪いのか。
昨今の日本の社会状況を見ていたら、消費税増税の再延期に反対する人は多くはないでしょう。
目先の生活で言えば、私も出費が増えないので、どこかでよかったと思っているような気がしないでもありません。
もっとも私はほとんどお金を使わないので、消費税が上がってもあんまり影響は受けないと思いますが。

でも、果たして喜んでいて、いいのか。
私が危惧するのは、消費税や財政赤字ではありません。
「新しい判断」という発想です。
そこに含意されているのは、「約束の軽視」であり、「自省の放棄」です。
今回の件で言えば、自らの取り組み(アベノミクス)の失敗によって公約(消費税増税による社会福祉の充実と財政健全化)が果たせなくなったと考えるべきだと、私は思いますが、そこは全く触れられることなく、ともかく「新しい判断」を評価してくださいと呼びかけているわけです。
やはり根本的におかしいのではないか。

「新しい判断」という言葉で思い出したのは、「ニュースピーク」です。
ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に出てくる言葉ですが、従来の言語に代わる新しい言語を国民に押し付けることで、国民の思想を管理し、権力者の行動に反する思考ができなくなるようにするという話です。
もちろん「新しい判断」と「ニュースピーク」は、違うものです。
しかし、なんとなくつながっているような気がして、気が重くなってきました。
こんな言葉を流暢に使う人が国家を方向づけている。
そして多くの国民とメディアが、その政府を支持している。
政府に異を唱える動きは、たとえば現在の沖縄の問題がそうであるように、マスメディアの協力によって、見事に覆い隠されてしまっている。
もしかしたら、すでに私たちは、「ニュースピークの世界」に生きているのかもしれない、という気がしてきました。

テレビでは、都知事の(私には瑣末な事件としか思えない)事件を、大きく取り上げています。
こうした「サーカス的な見世物」の背後で、「ニュースピークの世界」が着々と進んでいると思うと、恐ろしくなります。

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