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2016/06/05

■「それでもボクは会議で闘う」ノ周防さんに感銘を受けました

先日も書きましたが、湯島で、「司法サロン」を始めるつもりです。
日本の司法はあまりにもひどいと思うからです。
原子力ムラと同じような法曹ムラができているのは仕方がないとしても、法曹ムラの人たちは強大な「暴力機構」に巣食っているが故の、恐ろしさがあるからです。
私はこれまで弁護士もその仲間だと思っていました。
ですから、弁護士もあまり信頼できずにいました。
認識を改める契機は、大学の時の同窓生の弁護士に会ってからです。
そして司法のことをもう少し知らなければいけないと思い出しました。

先日、ある裁判に巻き込まれてしまった友人が湯島に来ました。
その話も生々しかったです。
腹立たしいですが、立ち向かうのは至難です。
こんな経験を何回かしていますが、これまでは深入りしたことがありません。

以前、湯島に公安警察が踏み込んできたことがあります。
私が直接の被疑者ではなく、私の友人がある嫌疑をかけられ、その調べに来たのです。
慇懃無礼さの後ろに、居丈高の権力を実感させられました。

75年も生きていると、いろんなことを体験します。
私自身はまだ裁判に巻き込まれたことはありませんが、傍聴に行ったことはあります。
あまりのばかばかしさに、それ以来、傍聴に行く気は起きませんが、それもやはり反省すべきかもしれません。

司法サロンを始めるために、いま何冊かの本を読みだしています。
その1冊が、映画監督の周防正行さんの「それでもボクは会議で闘う」(岩波書店)です。
厚生労働省の村木厚子さんが巻き込まれた「郵便不正事件」での検察の証拠捏造が契機になってつくられた法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」に、法律家でない有識者委員の一人として3年間参加された人です。
そこでの論議を、ていねいに、しかもしっかりした主張を基軸において、紹介してくれています。
それを読むと、やはり日本の司法には失望どころか、絶望さえ感じかねませんが、周防さんの姿勢には感動しました。
周防さんは極めて誠実に書いていますので、専門用語も多く、読むのに疲れますが、私は感動しました。

部会の最後に周防さんが話ことが最後に紹介されています。
長いですが、とても大切根メッセージだと思うので、紹介させてもらいます。

法律の専門家の皆さんと3年間にわたって話し合う機会を得たことで、正直に申し上げれば、刑事司法の内実に少しだけ詳しくなった分、最初の頃感じていた刑事司法の現状に対する素朴な「驚き」、「疑問」、いわば市民感覚のようなものが、自分自身、非常に薄れてきているように感じます。これはどんな世界でもそうかもしれませんが、自分がその新しい世界へ入った時の戸惑い、驚き、違和感といったようなものが、徐々にその世界の常識に染まることで、何の疑問を持つこともなく、当たり前のこととなっていきます。(中略)是非、法律の専門家の皆さんにも心に留めておいていただきたいのは、専門家であるが故に当たり前に思っていることが、決して多くの市民にとっては当たり前のことではない、ということです。専門家に任せておけば良いのだ、ということではなく、多くの市民にも理解できるように言葉を早くしていただきたいと思っています。その責任が専門家にはあると思います。
この周防さんの言葉に、涙が出そうになりました。
決して読みやすい本ではありませんが、多くの人に読んでいただきたいです。

いつか湯島のサロンに周防さんに来てほしいと思いました。
どなたか周防さんの親しい友人の方がいたら、お願いしてもらえないでしょうか。

http://astore.amazon.co.jp/cwsshop00-22/detail/4000237292

Suou

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